アーネンエルベの兎   作:二ベル

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春姫の救済でこれがやりたかったっていう1つをぶち込みました。
実質、これで春姫編であり輝夜編は終わりです。
次は事後処理回みたいなもんです。


リューさんと春姫の抱き枕カバー、予約しました。
人生初の抱き枕カバーです。


具はどこですか。


水天日光㉖

 大神の裁き、と言うが正しいかのようにその必殺の刃は振り落とされた。太陽は落ち、夜闇が下界を染め上げていく中、青白い雷が港町(メレン)近海を明るく染め上げていた。それこそ、魔石灯など必要ないくらいに。怪物の乗っていた船は真っ二つに斬り裂かれ、海底にまで届いたそれは、次には爆発し海水を巻き上げ雨となって降り注ぐ。

 

「……終わった」

 

誰かが、緊張の糸が切れたように立つのもやめて座り込む。

 

「もう無理、まだなんかあっても私は無理」

 

「同じく……疲れた…」

 

誰かが、へとへとなのも隠さず仲間にもたれ掛かって爆発四散し灰になっていく怪物の亡骸を見つめていた。

 

「輝夜、お疲れ様」

 

「……ああ」

 

「何、感傷に浸ってるの?」

 

「いや……まあ、この景色が風情に思えてな」

 

誰かが、極東出身の剣客の隣に腰を下ろす。彼女はどこか懐かしいものを見るような、それでいて寂しそうな眼差しを海に向けていた。その視線の方を見てみれば揺れる海面に映るのは『月』の光であり、流れていく『灰』が散った桜が流れていく『花筏(ハナイカダ)』のように見えた。肌に張り付いた赤髪を指で梳いてアリーゼは静かに微笑んで一緒にその景色を瞳に焼き付けた。かつて仲間が故郷で見たかもしれない景色を。

 

「ま、しかしこれで今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)はお開き……いや、文字通り()()()()()()わけじゃな。まったくもってつまらん」

 

「カーリー、あまりそういったことを言うものではないわよ?」

 

「フンッ、事実であろう? 仮にも『闘国(テルスキュラ)』に居を構えておる女神が見ているというのに、横やり…いや、水を差しおってからに」

 

「そもそも、なんじゃああのクソガキは滅茶苦茶ではないか! なあにが『第一宇宙速度』じゃ。わけわからんぞ!? ……お、おいアストレア、どうなっているのか説明を―――――ッ!? て、訂正する。クソガキと言ったのを訂正するから今にも腰に構えておる剣を抜こうとするのをやめろ!? その愛しの彼ぴっぴを侮辱された女みたいな顔をするのをやめろぉ!?」

 

誰かが、『謎の怪物乱入戦』を終えた海へ視線を向けながら語っていた。神聖な娯楽である『代理戦争(ウォーゲーム)』がおじゃんになったことは、神々からしてそれこそ『つまらん結果』というものなのだろう。

 

「本当に倒しちゃった……ううん、バーチェ達がいたからっていうのもだけどさ」

 

「うん、すごい……すごく、すごかった」

 

「あの妖術……いいね」

 

「フィン、言っておくが」

 

「僕も命は惜しい。彼女達の怒りを買うようなことはしないさ」

 

「かつて【男殺し(アンドロクトノス)】がまともに戦っておる描写があったかのう」

 

「「「「描写いうな」」」」

 

誰かが、『鏡』の向こうで行われた戦いに称賛の声を上げていた。金髪金眼の少女は『鏡』の向こうで降り注ぐ偽りの雨に身体を濡らされる白髪の幼馴染の姿をその瞳に映すと、自然と口元が笑みを浮かばせた。

 

「で? 『戦争遊戯(ウォーゲーム)』はこれで終わりってことでいいのか?」

 

「無効試合ではあるがな」

 

「致し方あるまい」

 

「両派閥の主神も現地に行ってしまったんやから、落ち着いた頃にでも集まってどうするか決めるしかないやろ」

 

誰かが、戦争遊戯(ウォーゲーム)の結果を語り合っていた。最早これから「んじゃ、続行しよっか♡」などと言えるわけもなく、今は謎の怪物を打倒した美神と正義の眷族達の健闘を称えるのみであった。

 

「では、この俺ヘルメスが戦争遊戯(ウォーゲーム)を閉廷させてもらおうとしよう」

 

 

第〇〇回戦争遊戯(ウォーゲーム)

対戦カード

【アストレア・ファミリア】対【イシュタル・ファミリア】。

 

お題(タイトル)

海戦(ナウマキア)』。

 

対戦結果。

無効試合(フェイリァ)

 

 

異常事態(イレギュラー)による無効試合で各々思うところはあるだろうが……今はあの怪物を討伐し港町(メレン)を守ってくれた冒険者(こども)達の健闘を称賛するとしよう。ではこれにて戦争遊戯(ウォーゲーム)を―――――」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)の始まりの時。

『鏡』を展開した時と同じように指を弾こうとしたヘルメスの声を――――。

 

 

『終わらせるわけないだろう』

 

 

1人の戦闘娼婦(バーベラ)の声が遮った。その言葉に『鏡』から目を離していた誰もが、海から撤収しようとしていた誰もが、振り返った。

声の主は濡れた長い髪を靡かせて、真っ二つになった船…その船内から姿を現した。ベルが必殺を撃ち落とすのとほぼ同時に、彼女は紅の斬撃(ヘルカイオス)を船内から放っていたのだ。大朴刀を引きずるようにして身を躍らせ甲板に飛びあがった彼女は疲弊しきっている仲間達や闘国(テルスキュラ)女戦士(アマゾネス)達、そして正義の戦乙女達を見た最後に膝をつき紅の長剣を杖のようにして荒い呼吸を繰り返すベルを瞳に映した。

 

「こっちは不完全燃焼なんだ。これで『はい終わり』なんて認めるわけにはいかないね」

 

身体に伝う滴を振り払い、前髪をかきあげたアイシャはベルだけを見て続ける。

 

「それに、けじめをつけなきゃいけない相手がいるんだ、そうだろう? ベル・クラネル」

 

目を見開くベルに対し、アイシャは好戦的な笑みを浮かべていた。そして大朴刀が持ち上がり、一隻のガレー船に刃が向けられる。

 

「春姫にまだ会ってないだろう?」

 

「!」

 

大朴刀の指す先に、春姫がいる―――ということなのだろう。

戦争遊戯(ウォーゲーム)中には再会することなんてなかったが、いるんだろうなとは何となく思っていたベルは自然とそちらに視線を向けた。

 

「もう戦争遊戯(ウォーゲーム)はお流れなのは場の空気から読み取れる。仕切り直すのかは神の気まぐれ次第さ。けどね、時間が空いたんなら()()()()()()()()()()()()……何も解決しちゃいない。春姫が死ぬことに変わりはないんだよ」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)は終わり。

仕切り直すのかもわからない。

けれど、両派閥が回復と補給をするだけの期間ができることは確か。

なら、『殺生石』の儀式をするだけの時間は十分にある。

となれば春姫が魂の抜け殻となって実質死亡することには変わらないとアイシャは言っているのだ。勿論、最早『殺生石』の儀式を行う意味はほとんどないが、それはベルの知らぬところ。

 

(これは……建前だ………)

 

それだけは、アイシャの視線から感じ取れていた。

 

「………そういえば」

 

「?」

 

「歓楽街で僕は貴方に負けてから……それっきりだった」

 

だからベルも、乗っかることにした。

身体は痛むし、精神力(マインド)も碌に残っていない。それでも、目の前に立つ女傑とは戦わなければいけないとそんな気がした。

 

「終わるにはまだ………足りないものがある」

 

そう言って、ベルは紅の長剣を支えに無理矢理立ち上がった。

 

「アイシャ、正気? 本当にやるの?」

 

「レナ、お前達は先に戻ってな……このまま、なあなあで終わらせたらそれこそ『未練』になっちまう。そんなの、冗談じゃあない」

 

「ゲゲゲッ、レナァ放っておきなよぉ……そいつは戦争遊戯(ウォーゲーム)でも碌に活躍していなかったんだ、憂さ晴らしでもしなきゃやってられないのさぁ……イシュタル様ァ、いいだろぅ?」

 

姉貴分なアイシャもまた疲弊しているのは見れば分かり、だからこそレナはそれでも戦おうとするアイシャを心配の眼差しで問うたが、アイシャに止まる意志などない。フリュネは後押しまでして、最後にはイシュタルに。眷族達が美神に視線を向ける中、女神は間をおいて口を開いた。

 

「いいだろう、『戦』の女神である私が許す。存分に、殺し合え」

 

アイシャが建前でベルとの『決闘』を望んでいることなどお見通し。アイシャの憂さ晴らしであることもわかりきっている。ベル本人は受けて立つ姿勢ではあるようだし、イシュタルには止める理由などなかった。故に、戦争遊戯(ウォーゲーム)における『番外(エキシビション)』を許可した。

 

 

「ベルっ」

 

ベルの背後から輝夜が声を投げかけ、二振りの小太刀を投げ渡した。声に反応して振り返り、飛んできた得物を受け取ったベルは声の主である輝夜を見た。隣にいるアリーゼはどこか呆れたような笑みを浮かべていたけれど手をヒラヒラと振って「好きにしなさい」と言っている。

 

「勝て」

 

「―――うん」

 

短い会話にもならないやりとりを最後にベルは小太刀を腰に佩き、アイシャに正対する。互いに光粒を纏わせて2人は口上を述べる。明滅する光粒の感覚からして、妖術の効果は残り1分だろうと美神は読み取る。

 

「女神イシュタルの眷族が1人、アイシャ・ベルカ。与えられし二つ名は【麗傑(アンティアネイラ)】」

 

「……女神アストレアの眷族が1人、ベル・クラネル。授けられし二つ名は【探索者(ボイジャー)】」

 

「春姫を連れていきたきゃ、全力で来な」

 

「今一度、英雄の作法をお見せしよう……!」

 

静まる海原の上。

2人を照らすのは月の光。

アマゾネスが構えるは大朴刀。

ヒューマンが構えるは紅の長剣。

真っ二つに斬断された船が傾き沈み始める。

パチャンッ、と波が船を叩いて鳴らした音を合図に2人の神の眷族は双眸を吊り上げて一気に飛び出した。

 

「はぁあああああああああああ!」

 

「ぉおおおおおおおおおおおお!」

 

長剣と大朴刀が衝突する。

交差した刃の奥で女傑が笑い、ベルは瞳に意志の光を灯す。

快音を上げ得物を弾き合う少年と戦闘娼婦は、更なる加速をもって激しく斬り結んだ。

 

「はははははははははははははっ!?」

 

互いの身体を行き交わせ、錯綜し、縦横無尽に刃を走らせながら、アイシャは大笑した。とどまることを知らない衝突音と火花を散らせ、腹の底から歓呼する。

 

「そうさ、これだから雄と交わるのは止められないんだ!」

 

剣と刀をぶつけ合うベルの顔を見据え、そこにもういない覇者の影さえ感じ取り、女傑は獰猛に笑う。

 

「傲慢で、荒々しくて、強い………!」

 

ベルの身体を、ベルの視線を、ベルの力をその全力で受け止めながらアイシャは迸る喜悦に打ち震えた。

 

(わたし)達の血を騒がせるのは、いつだって(おまえ)達なんだよ!! 戦争遊戯(ウォーゲーム)の無効試合? 冗談じゃあない! こっちは意味もなくあの馬鹿を救おうとしたって知っちまって鬱憤も溜まっているんだ、このまま終わらせるわけないだろう!!」

 

歓喜の声を上げ大朴刀を振り下ろす。

甲板を粉砕し叩き斬る刀撃に、船が悲鳴を上げ沈没を始めた。ベルもまた雄叫びを上げながら長剣を見舞い返した。沈みゆく船上を高速で移動しあい、一撃と一撃を衝突させ高らかな戦場の歌を響かせながら、一進一退の攻防が続く。チカチカと【階位昇華(レベルブースト)】が終わりの時を告げ始めた。

 

「おぉぉぉ………らぁッッ!!」

 

下からの振り上げが長剣をベルの手から離れさせた。衝撃にベルの華奢な身体もつられて仰け反り気味になり、その隙を見逃さずアイシャはベルの懐に潜り込み腰を捻り蹴りを見舞う。

 

「ごめんなさい」

 

その時、仰け反っていたベルが小さく呟いた。

この戦いの中で謝罪…それを怪訝に思わないアイシャではない。しかし、その謝罪の意味はすぐに分かった。

 

「―――なっ!?」

 

蹴りを放ったアイシャの足を、交差させた二振りの小太刀が止めていたのだ。そしてそのまま身体を捻り攻撃の直線状から滑るようにして脱し、肉薄。

 

「僕………本当は短い得物(こっち)の方が得意なんです」

 

その言葉にアイシャや『鏡』を介して見ていた者達がゾッとする。両手に持つ小太刀から斬閃を生み出し一気にアイシャを防戦に追い込むその白兎が、限界を超えて加速しているのもそうだが今の今まで得意の得物で戦っていなかったという事実に悪寒にも似た感覚を覚えたのだ。

 

「ガッ!!」

 

連続攻撃(ラピッドラッシュ)に身を刻まれたアイシャは次には視界からベルを見失い、そしてぐいっと視界に映る景色が横にズレた。視線だけを動かした時、緩慢な時の中でベルの唇がアイシャに言葉を届けているのが分かった。

 

「お・か・え・し」

 

「~~~~~~~~~ッ!?」

 

否、ズレたのではない。

視界から消えたベルがアイシャの頭を掴み、それこそ歓楽街でベルにしたように船端に叩きつけ走り、投げ飛ばしたのだ。直角にまで傾いて沈む船から船外に飛ばされアイシャは流氷の上に手をつき、回転、体勢を整え―――。

 

「―――フッ!」

 

「ぐっっ!?」

 

視線を上げた時には跳躍して接近していたベルがドロップキックを炸裂。咄嗟に構えた左腕の骨に嫌な感触を感じて苦悶を浮かべたアイシャは後ろに跳ぶことで衝撃を和らげた。2人の戦場は先程まで極寒の大地であった今は砕けた巨大な流氷の上へと変わった。

 

(このガキ………まだ()()()()のか!?)

 

どれだけ驚かせてくれれば気が済むんだこの雄は、とアイシャは唇を逆さ三日月のように吊り上げる。長剣を使っているよりも速い、体調が悪かったにしても歓楽街での一戦よりも加速するベルに置いていかれそうになっているのさえ感じて、それでもなお、女戦士(アマゾネス)(さが)に全身を焦がされるアイシャは。

 

 

「―――【来たれ、蛮勇の覇者】!」

 

詠唱を、始めた。

 

 

 

×   ×   ×

ギルド前庭

 

 

『は、はぇえええええええええ!? 何で!? 何でまだ速くなるんだ!? レベル2!? いや、3か!? それよりもっと速いだろお前ぇええええええ!?』

 

「ベ、ベル君、ナイフとかの方が得意だったの!?」

 

興奮しつつも理解不能(ワケワカメ)解説役(イベリ)が叫び、見ていたアーディでさえ「今まで一緒にいたのに知らなかったよ!?」と驚きの声を上げる。

 

「うぉおおおおおおおおおおお、もっと加速したくはないかッ、少年ッッ!! そして俺が、ガネーシャだぁああああああああ!!」

 

そしてガネーシャは意味の分からないことを叫んだ。

 

×   ×   ×

黄昏の館

 

 

「ベルは別に得意不得意っていうのがなかった。長剣を使っていたりする理由を聞いても『かっこいいから?』って言うくらいで……試しにナイフを持たせてみたら」

 

「アイズはあの子にはナイフや短刀が合うと思ったんだな?」

 

「うん、速度と手数にものをいわせた激しい猛攻(ラッシュ)。真正面から斬り合う戦闘型(バトルスタイル)……これがあの子に一番合うものだって思った」

 

2人で特訓をしていたアイズはベルが別段武器に拘りを持っているわけではないことを早い段階から気がついていた。複数の武器を使う冒険者は勿論いるし、むしろ特定の得物しか使わないという冒険者の方が少ないだろう。それでも、得意とする得物を使う使わないとではまるで違っていた。

 

「あの子自身……教えるまで気づいてなかった」

 

「とするとあの階位(レベル)に見合わない速度はスキルによるもので、得物が短くなったおかげで相乗効果でも起こしているのかな?」

 

「都市最速に届いておるのではないか?」

 

「その分、身体に無理を強いている可能性が高い」

 

何故かドヤ顔するアイズが珍しく解説する変わった光景が幹部陣に目に映るが、彼の親を知る者は特に表情は変えなかった。

 

「まあ……女神(ヘラ)の血筋だからね」

 

才禍の怪物(アルフィア)の息子だしな……」

 

「あの坊主、空を飛んでおったしのう……」

 

どこか遠いところを見る3人に若人達は首を傾げた。

 

 

×   ×   ×

氷上

 

 

戦いは加速する。

最早、戦争(ウォー)ではない。

これは2人だけの闘争(バトル)だ。

戦闘を繰り広げながら響き渡った歌声に、ベルは眉間を寄せた。

 

「【雄々しき戦士よ、たくましき豪傑よ、欲深き非道の英傑(えいけつ)よ】!」

 

その唇から高速で紡がれる呪文の音は力強い。

大朴刀を振り回し、こちらの攻撃と打ち合っては、淀みなく戦闘と詠唱を両立するアイシャにその胆力と技術を見せつけられつつも、彼女もまた『場数』を踏んだ猛者であるとベルは理解した。

 

(この人も、並行詠唱を……でも、リューさんほどじゃない!)

 

攻撃、移動、回避、防御を依然遜色なく実行――まるで歌いながら踊るアイシャはまさしく【麗傑(アンティアネイラ)】の名に相応しかった。

 

「【女帝(おう)帝帯(おび)が欲しくば証明せよ】!」

 

何度も弾かれる斬撃はその長髪の先端を切断し、アイシャ自身にも傷を生むものの、それはアイシャが小太刀を往なすことで致命を避けた結果でしかない。彼女は笑う。守りに入るどころから長脚を織り交ぜて危地に踏み込み獰猛にベルを攻め返す。

 

「【我が身を満たし我が身を貫き、我が身を殺し証明せよ】!」

(この坊や、逃げないのか……!)

 

刻一刻と進む詠唱にベルは一切動じないことにアイシャは訝しむ。もうあの光翼を従え空を飛ぶ魔法を使ってこない辺り魔法の効果は切れてしまっていることは勘づいている。このままでは『魔法』を撃ち込まれることなど分かり切っているのに、しかし、ベルは逃げない。振り上げられた手から、光を反射する指輪を見た。そこで思い出すのは魔力の障壁による防御。

 

(―――――チッ階位昇華(レベルブースト)が消えた……!)

 

ついに効果時間を終えて光粒が両者から消え去った。

何をしてくるかわからない『未知』に、アイシャは長脚で限界が近いのかよろめいたベルを蹴り飛ばした。

 

「ぐっっ!?」

 

氷の上を転がっていくベル。

 

「【飢える我が()はヒッポリュテー】!!」

 

大きく距離が生まれ、詠唱を完成させたアイシャ。

吹き荒れる『魔力』、予想されるその魔法の正体。

ぼんやりとした意識の中で、狐人(ルナール)の少女が決着の瞬間をその瞳に映した。

 

鋭い眼差しがぶつかり、そして眦を決する。

 

「ッッッ!!」

 

回避という選択など、ベルにはなかった。

胸元を握り締めると次には、姿勢を低く、両手を地につき、突進の構えを取った。淡い輝きを放つのは、両手に填め込まれている2種の指輪だ。

 

「はああああああああああああっ!!」

 

前方、アイシャが裂帛(れっぱく)の咆哮とともに大朴刀を氷上に振り下ろす。女傑渾身の『魔法』が発動した。

 

「【ヘル・カイオス】!!」

 

分厚い氷の上に叩きつけられた大朴刀から放たれた、斬撃波。

それこそ水面を切る鮫の背びれのごとく、紅色に染まった斬撃の衝撃波が氷上を邁進する。己より遥かに巨大な紅の斬撃波に対し、ベルは力強く氷を蹴り爆走。

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーッッ!!」

 

それこそ猛牛(ミノタウロス)さえ思わせるその突進の姿勢に、誰もが『自殺行為』だと心の中で叫んだ。防ぐでもなく、斬撃の中に飛び込むなど、正気の沙汰ではない。けれど、けれどどこかで、「あの白兎(へんなの)はやらかす」という予感があった。

 

紅の斬撃波と弾丸となった白兎がぶつかり合う。

唯一突き出された左手が斬撃波とぶつかり、拮抗が発生する。月光照らす氷上で閃光と火花の飛沫が舞い上がる。

 

(『秘獣(カーバンクル)の指輪』、やはり使って来た! 残りの魔力を防御に利用したな!?)

 

斬撃波を凌ぎ切ればそのままベルはアイシャに肉薄し、アイシャの魔法の威力を自らの加減速(ちから)に転用してぶち込んでくるだろう。本能的にそれを感じ取ったアイシャは斬撃の中に自ら飛び込むように走り出していた。防ぎ切ったその瞬間に、最後の一撃を叩き込むためだ。

 

「ぁ―――あ、あぁぁああああああッッ!!」

 

深紅(ルベライト)の瞳をあらん限り見開くベルは、斬撃波からくる痛みに、器の限界を超えた反動からくる苦痛に、吼えて抗った。四肢に力を込め、心を奮い立たせ、背中(ステイタス)を燃焼させ、渾身をもって左腕で横へ薙いだ。

 

「あああああああああああああああああああああッッ!!」

 

轟音を立てて、爆砕。

紅の斬撃波がベルの左手とぶつかり、薙がれ、殺された。

 

「―――――――」

 

紅の斬撃の向こうから、アマゾネスとヒューマンの視線が絡み合う。飛び散る少年の血潮が確かに斬撃波が届いていたことを意味していたが、アイシャの渾身を防ぎ切ったものの正体に誰もが言葉を失った。

 

(指輪じゃ………ない!?)

 

ベルの左手薬指に嵌められていた指輪には魔力など込められていなかった。いや、淡く輝いていたのだから込められてはいたのだろう。()()()()()()()。しかし、であれば、何が防いだのか? 

 

 

×   ×   ×

摩天楼施設(バベル)

 

 

「なんだ、あれ……『竜鱗』か?」

 

「そもそも、魔法を防いだ指輪って右手じゃなかったかしら?」

 

「最初の方しか使ってなかったから、完全に意識から消えてたぞ!?」

 

言葉も碌に出てこない目を点にした神々が辛うじて出せたのはその言葉だ。

 

 

×   ×   ×

黄昏の館

 

 

「――――――ぁ」

 

アイズは金眼をそれこそあらん限りに見開いた。

ベルの左手の中に収まっていたソレの正体を、何を隠そう彼女自身が渡したものだったからだ。

 

『……正気ですか、アイズさん』

 

『………いや、だけど、君の身を守るためというか、その……やっぱり、捨てよっか』

 

いつかお世話になった『エダスの村』でアイズが頭を下げて―心底嫌だけど―村を守っていたとかいう竜の鱗を分けてもらったことがあった。それをベルは確かに持っていたのだ。

 

かつて男神(ゼウス)女神(ヘラ)の眷族達を滅ぼした竜の鱗を、自らを守る盾として利用していたのだ。ベルなりの『駆け引き』がそこにはあったのだ。

 

 

「指輪が輝いていたが、ブラフか!?」

 

「鱗で防ぎやがった……だと!?」

 

 

決着が迫るその時を、アイズは自分が与えたものを確かに手放さず利用してくれたことに対してどこか胸が温かくなるような感覚を覚えつつも、見逃すまいと『鏡』を見つめた。

 

 

×   ×   ×

氷上

 

緩慢な時の中。

驚愕するアイシャの眼前で、ベルは右拳を握り締める。深紅(ルベライト)の瞳を吊り上げ、拳弾を繰り出した。

 

「うあああああああああああああああああッ!!」

 

白兎の牙(ヴォーパル・ファング)

 

「ぐうぅッ!?」

 

腹部に炸裂した一撃にアイシャの身体が折れ曲がる。

足を地から浮かせる凄まじい魔法の威力さえ上乗せした衝撃(カウンター)に、しかし彼女が歯を噛み締め耐え抜いた、その時。ベルは、そこからなお、()()()()

 

「アストラルボルトォオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

零距離。

 

「があぁっ!?」

 

叩き込まれた拳弾から放たれる接射砲撃。

腹部で爆砕した星炎に今度こそアイシャの身体が宙を舞う。残っていた全精神力(マインド)を傾けたベルの最大火力。超至近距離の爆発に彼自身も飛ばされながら、地面を足で削っていく。少年の右腕は手首から煙を立ち昇らせた。己の腹部を焼かれたアイシャは、見開かれた瞳で前髪を隠し、ゆっくりと笑みを浮かべる。

 

「――――くそったれめ」

 

やがて宙を舞っていた彼女の身体はバシャンッと背中から海中に落ち、沈んでいった。

撃破。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ………ぐ、ぅぅぅうう………ッ!」

 

アイシャを撃破し、荒ぶる胸の鼓動を無理矢理落ち着かせようとしたベルは、身体が壊れていくような痛みに苛まれた。【明星簒奪(スイングバイ)】はそれこそ相手の力を自分のものとして利用こそすれ、そもそもの話、器の性能限界を超えるのだ。反動があるのは当然の話だ。

 

「まだ、まだだ……まだ、倒れちゃ、ダメだ……」

 

やがて。

身体に鞭を打って少女のいる場所へ向って行く。

肌を伝って氷の地に血の道標を作ることにも構わず、時折意識が途絶え、ふら付いてしまうのも一歩踏み込むことで無理矢理に覚醒させ、ゆっくり、ゆっくりと向って行く。どこかから、身体を癒す魔法がベルを包み血みどろだった身体が小奇麗になる。

 

 

「見つけたぞ……淫蕩のバビロン!」

 

 

そして、辿り着く。

血と埃で汚れた白髪を揺らして、息も絶え絶えにベルは春姫の元に辿り着いた。それこそ男を惑わした妖婦に裁きを下す英雄のように。春姫はただ静かに目を見開いて、彼の【ファミリア】を巻き込み戦争遊戯(ウォーゲーム)にまで発展したことに対する、裁きの時が来たのだと受け入れた。

 

 

「一体何人の男を誘惑し、陥れ、悲惨な末路へと導いた!? 恥を知るがいい、妖婦め!」

 

「―――――!」

 

それを春姫はよく知っている。

幼い頃に読んで怖がった物語だ。それでいて今になって共感した物語でもある。欲に溺れ、多くの人を不幸にした娼婦(かのじょ)は出会ってしまった輝かしい英雄を前に、惨めになって…そしてどうしようもなく惹かれてしまった。ベルの真意などわからない。けれど、この物語の結末が春姫という愚かな娘に与えられた結末なのだろうと春姫は感じ取り、そして、少年の言葉から続きが出ないことから自分を待っているのだと、続きを口にする。

 

「そ……そ、それが何だと言うの、ビルガメス。私は男が欲しい。愛が欲しい。全てが欲しい。私の空洞を埋めるには、この世の全てをもってしてもまだ足りない。ただ、ただ、しかし、お前こそが、私の空虚を埋めてくれると思ったのに」

 

台詞を口にしているだけなのに、言葉が震えてしまう。

それは恐怖からか、緊張からか、それとも両方なのか。

自分のことなのに、それすらわからない。

 

「――私はお前を斬り捨てねばならぬ! 海底に沈む真珠のように美しかろうと、罪を知らぬ子供のように無垢だとしても! 真実その身に怪物を飼っているのならば!」

 

おお、神々よ、ご照覧あれ!

英雄譚をなぞるベルが道中拾い上げた紅の長剣を天に掲げる。いよいよ、自分に裁きが下される時がきたのだと少女は彼を見上げ、唇を震わせて、そして最後の言葉を紡いだ。

 

「……私の思い通りにならぬ男など要らないっ。たとえその殺戮の剣で、この身を断ち切ったとしても…………お前とそれにまつわる者のあらゆる………冥府の淵で永久に祈り続けてくれようっ」

 

春姫には、物語通りに「死ね」とか「破滅」だとかそんな言葉をたとえ真似事であってにせよ、ベルに向けることはできなかった。恋しいと求めてしまった彼にそんな言葉を吐き捨てるなどとてもじゃないができなかったのだ。唇を噛み、その部分だけを飛ばして、言葉が途切れてようやっと言い終える。

 

「――――――」

 

けれど。

 

「――――――?」

 

いつまでたっても、剣が振り落とされることはなかった。どうしたのだろう、そう思って顔を上げようとしたその時。

 

 

「すまない、娼婦(バビロン)。もう一度お前の話を聞かせてくれ。私は、お前の本当を聞きたい」

 

「―――――ぇ?」

 

目を見開き、動きを止める。

そんな台詞、春姫は知らない。

顔を上げる。

ベルは眉尻を下げ、優しく笑っていた。

そしてまた、春姫が何かを言うのを待っていた。

 

 

×   ×   ×

ギルド前庭

 

 

静まり返るそこで、誰もが2人だけの舞台を見ていた。

何をしていて、どういった意味があるのかなんてわからないけれど、アーディは()()()()()()()()()()()に目を見開き、英雄譚好きなベルだからこそできるのだと胸に手を当てて微笑んだ。

 

「うん、大好きなヒロインや過去のお話にしか出てこない登場人物をもっと見ていたいって読者はきっといて……でも、それは叶うことはなくって……だからこそ、なのかなあ」

 

「ふむ……それもまた、ガネーシャか」

 

「『二次創作』による救済………万人に受けるわけじゃないけど、救われる人はいる……あの狐人(ルナール)の女の子には、刺さるものなんだろうね」

 

本当の物語とは違う。娼婦は我欲のために振る舞い、男を破滅させようとした。英雄は激昂し、そんな彼女を斬り捨てた。けれど、そんな悲劇を『二次創作』によって書き換える。

 

英雄は斬りたくなかったかもしれない。

娼婦は許してほしかったのかもしれない。

その想いを夢想し、『もしかしたら』を綴ることができるのは、未来に生きる者の特権だ。男神(ゼウス)女神(ヘラ)の未来に残された置き土産(ベル)はその救済方法を思いついたのかもしれない。あるいは、物語を読んでいる内にそんな『もしも』を頭の中で誰もがそうするように夢想していたのかもしれない。

 

「む、アーディよ筆と羊皮紙を出してどうした?」

 

「え? こんなの今日限りなんて勿体ないじゃん。だから綴るんだ、この英雄譚を」

 

『鏡』に張り付いて、瞳を潤ませたアーディは2人きりの舞台を見ては筆を走らせた。台詞を考えて行われている即興劇か、間がどうしても開いてしまうがそんなこと気にもならない。そんな彼女の背中をガネーシャは優しく見守った。

 

 

 

×   ×   ×

船上

 

 

散々ためらった後、春姫は言葉を絞り出す。

 

英雄(ビルガメス)娼婦(わたし)は……娼婦(わたし)達は、破滅の象徴なんかじゃない」

 

どんな言葉を吐けばいいのかわからなくて、ただそれだけを言った。春姫の言葉を聞いたベルは目を細めた。そして、間をおいて続きの台詞を紡ぐ。

 

「ああ、そうだとも、娼婦(バビロン)。今も手を震わせ、想いを募らせる貴方達が、破滅をもたらす筈がない」

 

ベルを見上げていた翠の双眸が、静かに潤む。

胸に迫る様々な感情。

ベルと出会って、男神に嫌なことを言われて、心がぐちゃぐちゃになって、それで戦争遊戯(こんなこと)になって。目の前の彼はボロボロだっていうのに、優しく笑いかけてくれていて。安らぎを感じて、恐怖の象徴である父の存在さえ忘れてしまう。

 

「嗚呼、英雄(ビルガメス)……一目惚れだった。ずっと貴方の前で素直になりたかった!」

 

感情が言葉に乗る。

そのせいで喉が震えて、嗚咽まで混じる始末。

 

「汚れている私を、受け止めて欲しかった!」

 

胸元で両手を握り締めては、震える己の身体を抱きしめた。

 

「汚れてなんかいない。たとえ汚れていたとしても、それは恥ずかしいことなんかじゃない。私はもう貴方を誤解しない……私達はもう、解き放たれているのだから」

 

膝を折り、目線を同じ高さに。

もうずいぶんと疲れ切っているのだろう。

ベルの微笑には疲れが確かに滲み出ていた。それすら、春姫には愛おしく思えてならなかった。もう押さえておくことなどできず、大粒の涙が目尻から零れ頬を伝って落ちていった。

 

描く、描く、描く。

2人の物語を。

2人だけの『本当』を。

英雄と娼婦を。

 

「私は貴方の本当を知った。ならば貴方がどんなに絶望しても、私があなたを笑顔にしよう。だから貴方も、私を笑顔にしてほしい。悲しむ暇も、落ち込む暇もないくらい。私は貴方と――――」

 

少年が、春姫の英雄が告げるその言葉に。

 

「ずっと笑い合っていたい」

 

少女は、ベルの娼婦は大粒の涙を零しながら目を閉じた。言葉を出そうとして失敗し、嗚咽を漏らして、長い間が出来る。顔を覆って泣き叫ぼうとするのを抑えるので精一杯。だって少女からして少年の言葉は、どうしようもないくらいに優しくて狡い台詞で心を溶かしてしまったのだから。嬉しくて嬉しくて仕方がなかったのだ。

 

「嗚呼、溶けてしまいそう―――」

 

顔を上げ、目尻から涙を零しながら、春姫は微笑んだ。

ベルも自分がしていることを自覚しているのか恥ずかしそうに笑い返す。2人だけの舞台で英雄役を演じる少年に涙を拭われ、娼婦の少女は彼に寄り添い、舞台の幕が下りる。

『愛』を知らなかった少女は確かにこの時、救われたのだ。

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