アーネンエルベの兎   作:二ベル

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めっちゃ長いです。わけるべきだったかな。


水天日光㉗

 日付が変わった頃。

海上にいた神の眷族達はようやく陸に上がった。誰もがボロボロで、誰もがヘトヘトで、同胞に担がれるようにしながら最後の一戦を演じた戦闘娼婦(バーベラ)が引き上げられ、そして最後にベルと春姫が。碌に動けなかったのだろう。冒険者達が順番に漁船や小舟で運ばれていく中、ベルは疲労から、春姫は泣きつかれて、眠りこけ、コクリコクリと舟をこいで互いの身体を預け合うようにしていた。陸に上がり、ベルが眠気眼を擦りながら離れていき、それが少し寂しく、春姫の手が空を泳ぐ。

 

 

「なんだ、少しはマシな顔をするようになったじゃないか」

 

 そうアイシャが言うくらいには、春姫は憑き物が落ちたような顔をしていた。とても恐怖のあまり()()()()()()()()()()()という年頃の乙女としては黒歴史級のやらかしがあったとは思えない。

 眷族と共に陸に戻った美神も、陸で見守っていた正義の女神も、男神でさえ、水浸しとなった港町(メレン)にいたがために濡れていて、神聖な衣が張り付き女神の体型(ボディライン)をしっかりくっきりはっきりと誰の目にも映っていて、時間が時間であったならそれこそ衣に閉じ込められた悩ましい肢体が透けて見えていたことだろう。艶めかしさがそこにはあった。出迎え、ねぎらいの言葉をかける正義の女神に眷族達はほとほと疲れ果てた、でもやりきったような表情を浮かばせ抱きしめ合い温もりを分かち合う。

 

「あああ、アストレア様ぁ……お体が、お体がぁ」

 

「悩ましいそのお胸が、透けッ、透け……ッ!」

 

「真夜中で良かった……!」

 

「ほら輝夜、アストレア様の胸に癒してもらいなさい! 今だけよ、ベルには内緒にしておいてあげるわ! だから思う存分アストレア様の谷間に顔を埋めてパフパフしてもらいなさい!」

 

「あらあら」

 

苦笑するアストレアは両腕を拡げ、自分のやらかし具合にどんよりしている輝夜を迎え入れた。温かく、柔らかい、完成された存在である女神の悩ましい谷間に顔を埋めて輝夜は瞼を閉じる。嗚呼、皆、乳房に顔を埋めてしまえばいい……それで世界は平和になるんだ。そんな馬鹿なことを考えながら。

 

 

「むぅ………」

 

「お疲れ様ですベルさん」

 

それを、少し羨ましそうに見ていたベルは港町(メレン)に駆け付けていたアミッドと再会する。声の方に振り向けば神の眷族であるか否かに関わらず怪我人の手当に奔走していたのだろう彼女がそこにいた。白を基調とした衣装には汚れが染み付いていた。普段から大して表情を変えない少女の顔にも僅かではあるが疲労が浮かんでいる。そして港町(メレン)にいたということは女神達の様に濡れているということで――――。

 

「…………アミッドさん」

 

「はい」

 

「今日は細かい刺繍が素敵な、けれど()()()()白い下着なんですね」

 

「フンッ!!」

 

「ゴフッ!?」

 

「コンッ!?」

 

魔石灯が唯一互いを照らす灯りであり、陽の光が照らす時間でないにせよ、ベルの瞳には確かにしっかりと映っていた。治療院の制服は水気を吸って張り付き、身長は低いものの大きく実った果実はサイズと形をはっきりとさせるほどに彼女の体型(ボディライン)を浮かばせており、布の向こうにあるだろう最後の防壁たる下着もまた薄っすらと浮かび上がっていた。聖女様らしい、白色のそれでありながら細かな花柄なのだろう刺繍が施されたそれを疲れ果てて馬鹿になっていた白兎の頭は指摘しないでおくという紳士的な思考などどこぞへと旅立っており、むしろお姉さん達の下着姿や生まれたままの姿を幼少より見ていたからだろうか……うっかり、口にしてしまった。アミッドは瞬時に顔を赤くし、聖女様、羞恥の鉄拳(ボディーブロー)を毎度心配させてくれる腐れ縁の少年にぶち込んだ。ベルの華奢な身体がくの字に折れ曲がり、浮き、崩れ落ちていくのをそのままアミッドが抱きとめる。もうベルの意識などそこになかった。一撃(ワンパン)である。

 

「ベ、ベルゥウウウウウウウウウウウウ!?」

 

「【戦場の聖女(デアセイント)】ォオオオオオオオオオオオ!?」

 

「だ、だだだ、旦那様ぁあああああああああああ!?」

 

阿鼻叫喚。

白兎と聖女の名を叫ぶ者達の声が真夜中の港町に轟いた。挙句、狐人(ルナール)の少女は娼婦らしく少年の身に起きた事象に尻尾を逆立てて悲鳴をあげた。

ここにアミッド・テアサナーレの偉業(?)がなされた。第一級冒険者(フリュネ・ジャミール)を吹っ飛ばした第三級冒険者(ベル・クラネル)撃沈(ワンパン)する聖女(アミッド)というその字面は、その話を耳にした有識者達の頭を大いに悩ませた。

 

「麻酔、入りました!!」

 

((((麻酔………だと!?))))

 

「このまま近くの施設で簡易的な治療を行った後、我が派閥の治療院に搬送(しゅっか)していただきます!」

 

((((今、出荷って……言った!?))))

 

アミッドは目を泳がせ、汗をダラダラと流し、抱きしめているベルで自分の前面を隠しつつ、必死こいて取り繕う。彼の背中に己の胸が形を歪めて押し付けられていることなど気にもしない。

 

「アミッド、出荷するのは良いがクール便か? 『ナマモノ』の常温は危ないだろう?」

 

(((((ニョルズ様がノッた!?)))))

 

「い……いえ、まだ脈を打っていますので、常温放置で問題ありません。むしろ氷なんて入れたらトドメさしてしまうかと……ああ、治療院のベッドの上に置いておいてもらえると」

 

(((((【戦場の聖女(デア・セイント)】が白兎の置き配を希望している……!?)))))

 

 

「まったく……あいつらはどこに漫才をやる体力が残っていたんだか………ん? 春姫、どうしたんだい? 春姫? お、おい、春姫!?」

 

「――――――」

 

少女は察してしまった。あの男神が少年には既に女がいるぞなんて言っていたが、それはつまり、あの聖女様のことなのだろう……、と。見ればわかる、彼と彼女の関係は『尻に敷かれている』感じのアレなのだ。付き合いの長い熟練のソレなのだ。サンジョウノ・春姫、勘違いによる敗北を味わった瞬間であった。

 

「――――――きゅぅ」

 

「ア、アイシャ!? 春姫がなんか立ったまま気絶してるよ!? なんで!?」

 

「知るかぁ!?」

 

目の前で起きた漫才(ドタバタ)に、春姫はショックを受け気絶。

レナやアイシャが何故か気絶している狐人(ルナール)の少女にただただ困惑。

ベルが治療施設に運ばれた後、両派閥の女神と男神(ニョルズ)、そして幼女神は集まって話し合い。

 

 

「やっぱり戦争遊戯(ウォーゲーム)はお流れか?」

 

「そうなるでしょうね」

 

「しかしニョルズ、お前が参戦してどうする。怪物に銛を投げつけるなど……そういう神だったか?」

 

「これでも海神だぞ」

 

港街(メレン)の復興はどうなりそう?」

 

津波(まほう)の被害は確かに受けたが、建物が破壊されるほどの規模じゃあない。せいぜい海水が流れ込んできたくらいだ。早めに掃除しておかねえと、塩でベトベトになるだろうな……ま、そう何ヵ月もかかるようなもんじゃない。『学区』が来る時期には確実に元には戻っているだろう」

 

「アストレアの眷族達に死傷者はなし……しかしイシュタルよ」

 

「フン、冒険者をやっていれば少なからず訪れる物だ。弔いこそすれ嘆くものか」

 

「ふむん……で? 結局あの怪物(モンスター)は何だったのじゃ? 天然ものではなかろう? 船に乗って現れたのだから、下界の住人(こども)か、超越存在(かみ)か……あるいはその両方が関わっていると見れる。天災ではなく神災じゃろう此度の事件」

 

いやぁ、誰の仕業なんだろうなあ……わからないなあ…なんてカーリーが顎を摩りながらイシュタルにニチャァとした笑みを向け、ニョルズがおいおいと汗を滴らせ、アストレアが肩を竦めた。眷族(こども)達は仮設天幕の中で身を休めたり、海水による被害の少なかった建物に厄介になったりしている。しかしそこに、1人分の足音が。振り返る神々の瞳に映ったのは、紅の着物に長い黒髪を揺らす輝夜である。此度の一件で、魅了の影響とはいえ『サクヤヒメ』の役を押し付けられた女だ。

 

「――――輝夜?」

 

アストレアが何か嫌なものを感じ取った。

 

「輝夜、身体はもういいのか?」

 

ニョルズが当然のように心配の声をかけた。

 

「ゴジョウノ・輝夜か……何の用だ、今は神々(わたしたち)が話をして―――――ゴフッ!?」

 

今は大人が話しているの子供は引っ込んでいなさいっというようなイシュタルに対して放たれたのは捻りを加えた右ストレートであった。目を見開く神々、作業の手を止めて固まる港町(メレン)の住人、神の眷族達。輝夜の右ストレートを喰らった美神はきりもみ回転、石畳の上に2,3度バウンドして倒れ、そこに輝夜がイシュタルの豊満な乳房を隠す僅かな帯を胸倉をそうするように掴み、上げた。

 

「ガフッ、貴様、この私に―――――ゲフッ!?」

 

「か、輝夜!?」

 

「お、おいおい!?」

 

「まじかあいつ!!」

 

睨み、不敬極まると怒りを露わにするイシュタルに輝夜が拳を振り下ろす。頬に撃ち込まれた拳打が美神が言葉を紡ぐのを許さない。まさに暴力、理不尽なまでの暴力。その暴力が何を意味するのか輝夜は何一つとして言葉を紡がない。前髪に隠れた緋色の瞳が瞋恚の炎を宿していることに気付いたのはアストレアとカーリーだけだった。イシュタルの肢体に輝夜の拳が撃ち込まれ、真夜中の港町には身も毛もよだつ打撃音が奏でられる。その度にイシュタルが身に付けていた金を使った装飾の数々が零れ落ちていく。

 

「言え。貴様には言うべきことがあるだろう……」

 

ようやく聞こえてきた輝夜の言葉。

冷水のように冷たく、けれど殴る拳だけは決して止めない。

 

「―――言え」

 

「ガッ!?」

 

「――言うべきことを」

 

「ギッ!?」

 

輝夜はさらに顔面に一撃、逃れようと藻掻くイシュタルの腹に一撃、拳を振り落とす。

 

「お、おい輝夜!? やめろ、流石にまずい!? 何があったか知らんが、とにかくまずい!」

 

相手は神だぞ!? お前、神殺しでもするつもりか!? ニョルズが輝夜を止めようと彼女の肩に手を置く。無論、ニョルズのその行動は正しかった。何があったにせよ、このまま神殺しなど看過していいことではないからだ。

 

「――――――」

 

「ヒッ!?」

 

ぐりん、と振り返られた輝夜の眼光にニョルズは怯んだ。いくら超越存在(デウスデア)とはいえ、ニョルズは男。そして()()()()()()()()()()()。ニョルズは輝夜の眼光から、彼女の意志を以下のように読み取った。

 

『邪魔したら殺す』

 

ニョルズは輝夜の肩から手を離し、一歩、二歩、三歩と後退。己の腕を掴んで、どこか遠い所を見だした。

 

「――――続けてくれ」

 

(((((効果は抜群だぁ!?)))))

 

古今東西、神々であれキレた美女は恐ろしいものなのだ。手が付けられないものなのだ。まるで今にも火を吹きそうな竜の眼光を放つ輝夜を止められるものはどこにもいない。

 

(ベルが運ばれた後で良かった……)

 

アストレアは顔を逸らしながら、手で輝夜の方だけは見えないように壁を作りながらそんなことを思った。ベルのことだ、いくらイシュタルであっても輝夜が神をも恐れぬ所業をしているとなれば止めに入ったかもしれないし、ひょっとすれば「いや流石に見せられないから!?」とお姉さん達に視界とか耳とか塞がれて遠ざけられていたかもしれない。

 

「お、おいお前、流石にやめんか! イシュタルはもう意識などないぞ!? というか美神の顔殴るとか正気か!? もうソレ、美神がしていい顔しとらんぞ!?」

 

カーリーも流石に止めに入ったようだ。

しかし彼女は気づいていたのだろうか。今、イシュタルのことを『ソレ』と言ったことを。まあ友情なんてものが彼女達の間にあるわけでもなし、指摘したところで気にもしないだろう。

 

「気絶? 本当に?」

 

「ほ、本当じゃ! なんじゃお前、逆鱗に触れられた竜みたいに暴れおってからに!」

 

まあ逆鱗に触れられたからこそ、輝夜はイシュタルを殴り付ける絶好のタイミングを今、得ているわけだが。

 

「寝ているフリではなく?」

 

「んな器用なことできるかぁ!?」

 

ぺちぺちとイシュタルの頬を叩いて意識確認。

白目を向いている目を指で瞼を限界まで開かせてさらに確認。美神の身体に身に付けられていた『服』とは言えない帯は既に引きちぎられており、最早『全裸』と言っても過言ではない姿のイシュタルに馬乗りになっていた輝夜は恍惚に頬を染めて笑んだ。

 

「うふふふ」

 

「ほ、ほほ、ほれ、な? すっきりしたじゃろう? その辺にしておけ。な? 妾の顔に免じて、な?」

 

「うふふふふふ」

 

カーリーも流石にビビり散らかしているのだろう。

ニョルズに関しては聞けばきっと「な゛に゛も゛……な゛がっだ……ッ!!」とか言いそうな顔すらしている。アストレアは言わずもがな、「輝夜はどこへ行ったのかしら……探しにいかないと……」なんて現実逃避をする始末。そんな神々を置き去りにして、ゴジョウノ・輝夜はイシュタルの乳房を隠しているだけの帯を掴み、起き上がらせ鳩尾に一撃。

 

 

 

「モーニングコール、プレゼントしちゃうぞ♡」

 

「ゲハァッ!?」

 

美神がまた吹っ飛んだ。

意識を強制覚醒させられたイシュタルは見た。怒れる竜のソレを。ズカズカと近づいてきた輝夜はこれまた恐ろしいことを宣った。

 

 

「穴という穴に刺激物押し込んで女の機能、使い物にならなくしてやる……!!」

 

「ひ、ひぃぃぃいいいいい!?」

 

そこにいる全ての者達が、「もうやめたげてよぉ!!!」と叫んだのは言うまでもなく、幼い頃に房中術を教え込まれていた輝夜はその技術を、美神の手からすれば大したことのない児戯にすぎずとも、叩き込んだ。劇物という劇物をくれてやり、女神の肢体をのたうつ芋虫のように生き地獄を見舞ったのだ。二度目の気絶を迎えるころ、美神の下のお口からは透明な、それでいて魔石灯の光を反射する乙女の蜜が、綺麗な放物線を描いて石畳に落ちたのだった。

 

「「「「わぁ……くじらさんだぁ……!」」」」

 

誰もが現実から目を背け、同性の女性陣達は美神の身に起きたことに男達のいうところの『玉ひゅん』を感じて己の股座を押さえたことは言うまでもない。

 

 

 

×   ×   ×

後日。

 

 

温かな太陽の日差しが真上から射す頃、ベルは治療院の外にいた。戦争遊戯(ウォーゲーム)から既に2日。ベルは無事に退院したのだ。目が覚めるとアミッドが隣で眠っていたことは驚くべきことではなく、唇を突いていると彼女は目を覚ましデコピンを見舞って来た。

 

「眠っている女性の唇をおいそれと触るものではありませんよ。長い付き合いだから許しますが、親しいものにも礼儀ありという言葉があるのです、気をつけてください」

 

そう咎めるアミッドは身体に痛みの残るベルの身体を拭くために桶に溜めた湯でタオルを濡らし、清めてくれた。その時の会話は「アリーゼさん達は既に本拠に戻られています」「うるさかったので追い出しました」「イシュタル様は……いえ、やめておきます」「サンジョウノさんでしたか……彼女との最後のやりとりは女性にとても受けがよかったそうで……」とベルが治療院でアミッドの世話になっている間の内容だ。

 

「ベルと同じベッドで寝るわ!」

 

「またのお越しを」

 

「私が右、左にリオン、ベルの上に【戦場の聖女(デア・セイント)】。これで行きましょう! これにはベルも泣いて喜ぶに違いないわ!」

 

「ご退去を」

 

「いいのよ隠さなくても。【戦場の聖女(デア・セイント)】も年頃の女の子。一番近くにいる、良い子なベルが欲しくなっちゃって寝顔を見てはムラァとしちゃったりなんかして、色々理由をつけて添い寝しちゃってることくらい……まるっとお見通しなんだから! バチコン☆」

 

「わぁあああああああああああ、聞こえない、聞こえなぁああああああああい!! さぁ、お帰りくださいベルさんが目覚めたらちゃんと呼びますので!!」

 

「ちょ、押さないで!? いいじゃない、私はいいと思うわよ、聖女様が性女してたって!! というかそのおっぱいで聖女は無理でしょ」

 

「退去ぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

ドヤ顔するアリーゼに色々言われたアミッドは羞恥に顔を染めてアリーゼを、アリーゼ達を治療院から追い出した。身体に包帯が巻かれている? 大丈夫、だって彼女達の中にも優秀な治療師はいるからネ!

 

「おい【戦場の聖女(デア・セイント)】、女の秘部に劇物が入った時用の薬とかないかい?」

 

「………」

 

気怠そうに頭を掻くアイシャがやってきて、そんなことを言っていた。どういうことですか、と問う前に聞けば怖気さえ感じる恐ろしい竜胆の所業。美神は生まれたての小鹿のように歩くのもままならないという。

 

万能薬(エリクサー)でもお買いになられますか?」

 

そうだ、万能薬(エリクサー)を使えばいいじゃないですか。『万能』なお薬なんですよ? と言えばアイシャは目を点にして、「ああ、そういやあったねそんな代物が」と言って買っていった。

 

「しかし冷たい液体を入れて大丈夫なのかい? 腹、下さないかねえ」

 

「温めればよいのでは?」

 

「ああ、なるほどね……タンムズあたりにやらせるか」

 

何が楽しくて美神の下の口に溶液入れなきゃいけないんだ。とぼやくアイシャの後ろ姿は面倒事を押し付けられた苦労人の色があった。

 

 

「はぁ~やはりこの間の獣人の少女とベルさんのやりとり、私もされてみたいですぅ~」

 

と治療院で働く少女が口にした。

その手には一冊の本が。表紙には少年と少女が身を寄せ合う絵が描かれている。

 

「アミッド様も当然、ベルさんにそういうのしてもらっているんですよね?」

 

「………?」

 

「アミッド様とベルさんの関係を鑑みれば、ええ、当然でしょう!」

 

「??」

 

何を言っているのかアミッドにはよくわからなかった。しかし彼女達は頬を染めていて恋に恋する乙女のような雰囲気すらあった。

 

「書店で偶然にも見つけて、つい購入してしまったんですけれど……この間の愛物語(ロマンス)が、結構受けがいいようでして、今年のベストセラー間違いなしではないかと噂されております」

 

「………仕事が速すぎませんか?」

 

戦争遊戯中のやりとりを、記録していたとしてもそれを書籍化して売り出すとか金にがめついというか仕事が早すぎるというか……本人が知ったら怒るレベルなのでは? とアミッドは思った。女性陣に受けが良く、特に身売りに出されてしまった者…もっと言えば望んでオラリオに来たわけではない娘達に特に受け、有力派閥の男性冒険者とのコネクションを得て娼婦としての地位を確固たるものにしようと精進している娼婦達にも刺さった。無論、本の内容に出てくる少年と少女は種族や年齢などはぼかされてはいるが、出版したタイミングもあって誤魔化しの意味がない。いったい【何メス・ファミリア】の仕業なんだ…。

 

 

「あ、輝夜さんだ」

 

「………」

 

治療院の出口。

アミッドに送られる形でやってきたベルの前に、腕を組んで待つ輝夜がいた。いつもの紅色の着物に羽織を羽織る姿の彼女はベルの声を聴いて閉じていた瞼を開けて小さく微笑んだ。アミッドに軽く挨拶をして、治療院を後にする。腕を組んでいる輝夜の腕を引っ張って手を握るベルに少しドキリとしつつも、まんざらでもないのか振り払うことはせず、道を行く。

 

「アリーゼさん達は?」

 

「団長達は派閥の活動で都市内を周っている」

 

「輝夜さんは休みなんですか?」

 

「ああ、だからお前を迎えにいけと言われてな」

 

露店や服飾系の店を冷やかしつつ、何でもない会話をする。

 

「アストレア様も治療院に行っていただろう? ステイタスの更新はしたのか?」

 

「えっと……少し、見送ろうって」

 

「?」

 

「んー……理由はよくわかってないんだけど、僕のステイタス、休眠状態らしくって」

 

「何?」

 

そういえば、と輝夜は気づく。

握っているベルの手が、妙に力が弱いのを。とは言え全くないわけでもなく、痺れがあるわけでもない。首を傾げ訝しむ輝夜にベルは頬を掻いてアストレアに言われたことを言った。

 

「僕のスキルと魔法が接続して、限界解除(リミットオフ)を起こして……何が条件なのかわかってないんだけど『第一宇宙速度』っていう状態になったのが原因じゃないかって。あ、でも『恩恵』がなくなったとかではないですよ」

 

「………つまり、どういうことなんだ?」

 

「ラウルさんから全能力(アビリティ)オール0にした感じ?」

 

「なるほど」

 

×   ×   ×

 

 

「ぶえっくし!!」

 

「ちょ、ラウル!? 急に何!?」

 

「ご、ごめんっすアキ!? ひょっとしてかかったっすか!?」

 

「それは大丈夫だけど……っていうか避けたけど……びっくりしたわよ、急にクシャミして。何、風邪?」

 

「うーん」

 

 

×   ×   ×

 

 

都市がよく見渡せる場所に辿り着いて景色を眺める。

優しい風が吹いて2人の肌を撫で、長い黒髪が靡いた。

 

「コホン」

 

「?」

 

輝夜が、わざとらしく咳払いを1つ。

首を傾げるベルの手をとって、その掌の上に髪飾りを乗せた。『松門』というわけではないが竹をあしらった髪飾りだ。

 

「アストレア様が、意識を落としている私の手にお前が握らせたと言っていた」

 

「あー……」

 

「いつ、買っていたんだ?」

 

「それは……輝夜さんと一緒に市場(バザール)に来た時に、輝夜さん、眺めてたから。あの後、こっそり」

 

「………」

 

こいつめ、とは言うまい。

唇をもごもごとだけして、年甲斐もなく頬を染めた。

気づかれないようにするのが精いっぱい。

 

「そういえば、いつもの髪飾りつけてないんですね」

 

「………髪飾りは、それで、いい」

 

だから置いてきた。そう言う輝夜の髪には今、髪飾りなど一切ついていない。戦争遊戯でのやらかしは思い返す度に羞恥で死にたくなってしまうし、ベルに唇を奪われた時のことは、都市に帰ってみれば会う人会う人からネタにされる始末で、お外になどとても出れなかった。

 

「「「「元気だしてぇ、輝夜ちゃぁあん!!」」」」

 

と揶揄う神々に。

 

「命短し恋せよ乙女」

 

「黒髪の色褪せぬ間に」

 

「心の炎、消えぬ間に」

 

「今日は再び来ぬものを」

 

などと武神の眷族達が励ましの眼差しを送って言ってくる始末。輝夜からしてぶっ殺してやろうかと思ったくらいだった。

 

「つけてくれ」

 

「??」

 

「お前に、付けてもらいたい」

 

「…………うん」

 

ベンチに腰を下ろした輝夜の後ろに回って、長い黒髪を弄る。絹のように滑らかな長い黒髪に、彼女から借り受けた櫛を通して、『サイドテール』というわけではないが、何本かまとめてそこに髪飾りを挿す。そしたらゆっくりと彼女の正面に回り込んで、ちゃんと着けられているか確認。瞼を閉じ、ベルの指が髪を弄る感触が良かったのか唇に笑みを浮かべる輝夜の顔は、それこそ天女も霞むほどに美しい。『女神の贋作』とも言える輝夜の身姿に少し、もう長い付き合いなのにドキリとして、けれど、どこか、『やりきった』ようなスッキリした顔をしている輝夜は、今まで見てきた彼女の笑みよりも美しかった。

 

「――――綺麗」

 

だからつい、口にしてしまった。

ベルの指が離れて、気配が前にきて、ベルの声が小さかったからよく聞こえていなかったのか、ゆっくりと瞼を開く。緋色の瞳と深紅(ルベライト)の瞳が交差する。着物の内側に仕舞ってあった手鏡を取り出して髪飾りを確認。手慣れている、という言葉こそ正しいベルの髪弄りは、女だらけの派閥で幼い頃から暮らしていればまあ、そうなるものか、というもの。輝夜は実際に見たことはないが、ムッツリエルフ(リュー)さえこっそりとベルに髪を梳いてもらっているらしい。

 

「――悪くない」

 

笑みを浮かべ、改めてベルに目を向けた。

その表情がよかったのだろう。ベルは頬を染めて、嬉しそうに破顔した。

 

「今の輝夜さんの笑顔、すごく綺麗です」

 

「………」

 

「今までよりも、もっと」

 

あどけなさを残す年下の異性が、無邪気な子供のように笑った。見開かれるのは輝夜の目。

 

「輝夜さんがまた笑えるようになって――良かった」

 

その言葉は白い雪のように純粋で。

あたかも自分のことのように喜んでくれていて。

 

『愛ならちゃんと、得ているじゃないか』

 

今わの際で、かつて斬り殺した少年が悪戯が成功したように笑みを浮かべているのを思い出した。それもあってベルの顔を目にしたとき、輝夜は――己の胸が跳ねたことを自覚した。頬に熱が灯ったことも。わけもわからず、顔を逸らし、口元に手の甲を押し付けて、変な顔をしているかもしれないと隠した。

 

「輝夜さん……?」

 

そんな様子に気付いたのか、ベルが近付いて心配そうな声を耳の辺りに落とす。それだけで輝夜の心臓がもう一度飛び跳ねた。

 

(おかしい、動悸がする。なんなのだこれは、どうすればよいというのだ…)

 

光源氏なんて言われても反論できないくらいには育ててきたというのに、今までなんとも思っていなかったわけでもなく、如何わしいことだってまあ、それなりに? していたはずなのに…自分でも制御できない感情に混乱する輝夜は、ベルという異性に対して、弟としてではなく、男として改めて()()()()()。そして輝夜は、考えがまとまらないまま、正直に答えた。

 

「わ、私の顔を、見るな……」

 

「えっ」

 

「す、すまん………」

 

ベルの顔を見れば、頬が熱くなってしまう。

胸が、やたら騒めいてしまう。

その深紅(ルベライト)の瞳を見つめれば、理性などどこかへ行ってしまいそうだ。

 

「べ、ベル、すまんが先に帰る!」

 

「ええー!? か、輝夜さーん!? 一緒に帰ろう、輝夜さぁああああん!?」

 

とうとう我慢することができず、輝夜は走り出した。

驚くベルを取り残して、その場を急いで離れていく。

だけど、ダメだった。

走っても走っても、少女のように胸で手を押さえても。

この胸の高鳴りを、誤魔化すことができない。

顔も熱くて、肌を撫でる風が冷たく感じてしまう。

どうせ本拠で会うのに、何をやっているのか。

 

「くそ、こんな………今更……ッ!?」

 

顔を真っ赤にしながら、街の喧騒を運ぶ穏やかな風とともに駆ける。

一目散に本拠に戻った輝夜は、浴場に向い、生まれたままの姿になり、熱を帯びた身体を冷まし、冷静になるために滝行の如く冷たい水を吐き出すシャワーを浴びるのだった。

 

 

 

×   ×   ×

女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)

 

戦争遊戯から2日。

仲間達の中に天に還ってしまった者もいるが、彼女達は女神の御前に集まっていた。静まっていた時間がどれほどのものか、何度か煙を吐いた女神がようやく、重たい腰を上げるかのように言葉を紡いだ。

 

 

「―――――今、なんと?」

 

「破門だ、春姫」

 

長椅子(ソファ)の上で肘をつき、煙管を吸って煙を吐く女神が対面に座る少女に告げた。控えている青年やアマゾネス達も目を見開くのは無理もないことだろう。しかし、女神の御下知。異論はあっても反論などできない。

 

ただ1人の眷族を除けば。

 

「イシュタル様、正気かぁい!?」

 

同族さえ怯えさせるその異様。

自分こそ女神よりも美しいと自負する精神性。

フリュネだけが、イシュタルに噛みついた。

 

「こいつを手放すって、そう言ったのかィ!?」

 

「そうだ。それからあまり叫ぶな、傷に響く」

 

「【階位昇華(レベルブースト)】を手放すっていうのかいィ!?」

 

「そう言っている。叫ぶなと言ったんだ、まだ腫れているんだぞ」

 

「【フレイヤ・ファミリア】を潰すって話はァ!?」

 

「春姫に2つ目の妖術が発現した時点で、『殺生石』の儀式は行えなくなった。できないことはないが、どっちが石に宿るかわからんのでは意味がない。尻尾を生やしたアマゾネスの集団なんぞ、ギャグでしかない。そもそもだフリュネ、お前は誰に負けたか覚えていないのか? あと何度叫ぶなと言えばわかる? こっちは内側が腫れていると言っているんだ、お前の下半身の口に唐辛子エキスを流し込んでやろうか? ん? こっちはマスタードだぞ」

 

「ッッ」

 

僅かに光るイシュタルの瞳。

やかましい眷族を黙らせる程度の脅しに、フリュネは怯む。しかし、イシュタルは「お前の気持ちもわからんでもない」とフリュネのことは否定しない。そもそも目の上のたん瘤であるフレイヤを倒すことに固執していたのはイシュタルだ。そのために海の向こうからカーリーを呼び、包囲陣を敷き、『殺生石』に階位昇華(レベルブースト)を封じ、階位昇華したアマゾネスの『数』をもってして潰すつもりだった。なんなら強靭な勇士(エインヘリヤル)達を人造迷宮におびき寄せた上で『天の雄牛(グガランナ)』をぶつけるつもりでさえいた。

 

「………たった1人のガキに、階位昇華(レベルブースト)なんぞ()()()()()と証明させられてしまった」

 

未だLv.2のベル・クラネルがランクアップしたという話はまだ誰の耳にも届いてはいない。治療院にいるというのは聞いたから、ひょっとすればまだしていないだけかもしれないが。ともかく、少年がフリュネを倒したこともそうだし、階位昇華(レベルブースト)を奪われたこともそうだし、『天の雄牛(グガランナ)』にトドメを刺したことも、そしてアイシャとの決闘に打ち勝ったことも。イシュタルが提示した春姫を救うにたる条件を満たしてしまっていた。

 

怪物祭(モンスターフィリア)以上の偉業が、今回の件で成されてしまった」

 

ならば、春姫の妖術がいかに異常(チート)であろうとも。

ベルの偉業の前には、霞んでしまうだろう。

フリュネが思い出すのは、トラウマ級の必殺【終滅の天刑(ヘヴンズ・カタストロフ)】。タンムズが思い出すのは、輝夜を落した胆力にして接吻。他、アマゾネス達が思い出すのは何もない空中を自由に航行する化物―なんで兎が飛ぶんだよ―であり、挙句の果てには謎の怪物を殺してみせた御業だ。

 

「そいつを一撃で沈めた、【戦場の聖女(デア・セイント)】ってなんなんだよ……意味わかんねえよ…」

 

「ともかくだ」

 

そして最後にイシュタルが思い出すのは、ベルと春姫とのやり取り。あんなものを見せられては『愛』の女神である自分が知らん顔するのは難しかった。

 

「すでに春姫、お前の恩恵は改宗(コンバージョン)可能状態にしてある」

 

「………ぇ?」

 

「用済みだ、故にお前が眠っている間にしておいた」

 

『殺生石』の儀式はできない。

春姫が教えて欲しいと言っていた『愛』を教えてやることも結局のところできなかった。というか、少年にされてしまった。契約を履行できなかった女神がこのまま少女を縛り付けておくことはできない。故に、手放すのだ。

 

「お前を殺そうとしていた女神に、どうして捨てられそうな狐の顔をする?」

 

「…………」

 

「行きたいところが……寄り添いたい男がいるのだろう?」

 

「ですが、あのお方は……既に……」

 

「寝取るくらいしてみせろ」

 

「ね、ねとっ!?」

 

「それに英雄色を好むと言うんだ……1人2人、女がいても別にいいだろう」

 

目を見開く春姫に、イシュタルはよくわからん娘だと苦笑する。

 

「もし」

 

「?」

 

「もし、私に欠片でも感謝の念があるというのであれば……そうだな、私に何か返せるほど裕福になった時にでも、たっぷりと瑠璃石(ラピスラズリ)でも貢に来い」

 

突き放すような言葉だったが、小娘を安堵させる笑みを浮かべ、冗談とも本気とも受け取れる言葉を投げかけつつ、女神は春姫を神室から追い出すようアマゾネス達に指示を出した。

 

「イ、イシュタル様っ!?」

 

「お前達、私に反論したいのならするがいい。()()()()()()()()()()()()に敗北した小娘ども」

 

少女が女神の名を呼ぶが、聞く耳持たず。

女神は自分の決定に文句があるのであれば前に出よ、納得させるに足るご高説を垂れてみろと言う。最後に少年のことを言われてしまえば、階位昇華(レベルブースト)を手放すことに躊躇を大いに見せていたアマゾネス達は黙るしかなかった。フリュネでさえ、もう何も言わない。不満は隠さず拳を握り締めはするが。

 

「なら、私も派閥を抜けさせてもらうよ」

 

「ア、アイシャ!?」

 

「魅了に支配されたまま、死ぬまでアンタの下で奉仕するなんてまっぴらだ。治療院から薬を貰ってきてやったんだ、受け取ったからには認めてもらう」

 

「………いいだろう」

 

眷族達が何名か、去っていく。

改宗(コンバージョン)の儀式を時間をかけて行い、1人、また1人と退室して神室を後にする。残ったのは青年と女神だけ。

 

「イシュタル様、本当によかったのですか?」

 

「春姫か? ああ、あれでいい。小僧が成した偉業のせいで娘が派閥を破門された……これは男として、責任を取らざるを得ないだろう? それから……そうだな、タケミカヅチあたりに聞こえるように噂でも流しておけ。極東の娼婦が派閥を追い出された、とでもな」

 

クツクツと笑うイシュタル。

青年は目を見開くが、これが彼女なりのベルに対する意趣返しなのだろう。『愛』を司る女神は性格がひねくれているのか、祝福の仕方さえ回りくどかった。

 

「イシュタル様、どちらへ?」

 

人造迷宮(クノッソス)だ」

 

立ち上がる女神はただ1人、黒幕の顔を思い出して神室を出ていった。

 

×   ×   ×

 

 

ベルは溜息を吐いて、都市内を歩く。

どうせ本拠で会うのだから、一緒に帰ればいいのにと思うが今のベルでは輝夜に追いつけそうにはなかった。

 

「スキルもアビリティもない……恩恵があるだけの状態……はぁ……」

 

 

春姫は溜息を吐いて、歓楽街を彷徨う。

これからどこへ行けばいいのだろう、どうやって生きていけばいいのだろう…。途方に暮れて、耳を畳んで尻尾を垂らして、落ち込んでいるとわかるくらいにトボトボと歩く。通り過ぎていく男女は、恋人か、夫婦か、客と娼婦か。そんなことはどうでもよくて、だけど羨ましくて。

 

「これから、私はどうすればよいのでしょう……」

 

一方的だった。

満足な衣食住をくれた。

恨みなどあるはずもない。

娼婦になったことは苦痛の日々でしかなかったが、それでも、『愛』を教えて欲しいと言った春姫にイシュタルが応えたに過ぎない。

当てもなく、彷徨う。

幼い頃の友人のもとになど、行く勇気はない。

かと言って春姫を救ってくれたあの白い春姫の英雄の下へも、どうやって行けばいいのやら。彼の派閥の本拠がどこにあるのかもわからないし、『正義』を掲げる派閥が果たして、娼婦であった自分を受け入れてくれるだろうか?

 

 

「あ……」

 

「………雨」

 

 

ぽつぽつと落ちてきた水に、手を差し出して天を見上げる。

雲はある。

太陽も輝いている。

雨が降るような曇天などでもない。

けれど、雨は降っている。

温かく、気持ちの良い、雨だ。

まるで少年の身体に残る痛みを癒すかのように温かく。

まるで少女のどうしたらいいのか分からないという感情を洗い流すように優しい。

 

だから。

だから、というわけでないが。

特に目的もなく。

特に当てもなく。

歩いていた少年と少女は、再会を果たした。

 

「「―――あ」」

 

とそう漏らす。

濡れた白髪。

濡れた金髪。

深紅の瞳に。

緑の瞳。

交差して、ぱくぱくと言葉ができずに酸素を貪る。

 

「身体、大丈夫ですか?」

 

「!」

 

「僕は……ちょっと疲れちゃって、少し、大人しくしてなさいって言われちゃってるんですけど」

 

身体を労わってくれる少年に、頬が熱くなる。

照れ隠しするように頬を掻く彼に、胸がトクンと跳ねる。

あうあうと俯く春姫に、少年が首を傾げる。心が喜んでいるのを示すように尻尾だけは正直に左右に揺れる。

 

「何か、あったんですか?」

 

「………」

 

何かを察して、聞いてくる彼に春姫が俯いたまま、やがて、口にする。派閥を破門されてしまったと。ベルは目を見開き、しばらく固まって、溜息を吐いた。

 

「僕のせい……なのかなあ……」

 

「………ベル様、私、どうすれば」

 

捨てられた狐の目をする少女に頭を掻く少年は、何度目かの溜息を吐いて手を差し出した。

 

「それならせめて、アストレア様に言ってくれればいいのに……他の神様に追われたりしたら、どうするつもりだったんだ」

 

「?」

 

不思議なことに、階位昇華(レベルブースト)なる妖術を持つ春姫を追いかけてくる男神や冒険者達は現れなかった。ひょっとすれば派閥を抜けたアイシャ達が陰から見守っていたのかもしれないし、ひょっとすればどこぞの優男風の男神が勝手に出版した愛物語(ロマンス)の影響からなのかもしれないし、ひょっとすればそれこそ格上に噛みついてくる頭のおかしい白兎のせいなのかもしれない。もしくは、乱暴な真似をすればそれこそ正義の味方がやってくるという御触れがあったからなのかもしれない。

 

「一緒に来ますか?」

 

「―――」

 

差し出された手と彼の瞳を何度も見る。

苦笑する彼の言葉に目が見開かれる。

貴方の御傍においてくださるのですか? と聞きたいけれど、言葉にできなくておずおずと春姫は意外にも『男』を感じさせる手に自分の手を乗せた。温かくて、優しく握り返してくれる。

 

(顔が……熱い……)

 

湯気がでているんじゃないかと思うほどに、熱くて、でも嫌な熱さじゃなくて、春姫は彼の手が離れないようにきゅっと握り締めた。そうしたらまた握り返してくれて、隣り合って、道を歩いてくれる。オラリオのことなんて碌に知らない春姫のことをベルが「ここには―――」「あれは―――」と案内してくれて、途中、市場(バザール)で目に入った極東風の紅葉柄の和傘を見つければ、それに気づいたベルが買ってくれて、傘を差して雨から身を守りながら歩いた。その頃には春姫の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

 

「あれは………」

 

そんな1つの傘の下に肩を寄せて歩く2人組の後ろ姿を、極東の男神が見かけて呟く。後ろから走って来た眷族達も遅れてそれに気がつく。風の噂か、友人が派閥を追い出されたなんて聞いてしまっては居ても立っても居られなかったのだ。相合傘というのを知っているのかわからないが、まったくもって罪作りなことをしているベルにタケミカヅチは腕を組んで苦笑するが、やがて、天を見上げて眷族達に「今は邪魔してやるな」と制する。晴れた日に降る雨、その下を和傘を差して歩く男女を見て、男神は呟く。

 

 

「風情があって良い」

 

 

 

 

 

 

ゴジョウノ・輝夜

 

【アストレア・ファミリア】

 

Lv.5

 

力: I 0

耐久: I 0

器用: I 0

敏捷: I 0

魔力: I 0

夜争: G

耐異常:H

剣士: I

 

 

《魔法》

【ゴコウ】

・超短文詠唱

・任意の場所に5つ斬撃を生み出す。

・詠唱式【禍つ彼岸の花】

 

【シカイ】

 

【サクヤノハナ】

・短文詠唱。

対魔力魔法(アンチマジックブレード)

・詠唱式【狂い咲け】【浅ましく求むるは】【今際の死桜(はな)

 

《スキル》

殺剣血統(カイナ・ブラッド)

 

一光血閃(サキベニ)

 

花筏御前(サムライ・バイブレーション)

・魅了に対する高抵抗(レジスト)及び魅了侵犯者の察知。

・魅了状態時、憤怒発生。

・精神状態に応じて全能力(アビリティ)に補正。

・粘膜接触による特定異性に対する催淫効果誘発(テンプテーション)

 

 

サンジョウノ・春姫

 

【アストレア・ファミリア】

 

Lv.1

 

力 :I 10

耐久:I 33

器用:I 11

敏捷:I 24

魔力:E 407

 

《魔法》

【ウチデノコヅチ】

階位昇華(レベルブースト)

・発動対象は個人限定。

・発動後、一定時間の要間隔。

・術者本人には使用不可。

 

【ココノエ】

・付与魔法。

・詠唱連結。

・連結対象の魔法効果を装填。最大発動数は九。

 

《スキル》

水天日光(キツネノヨメイリ)

器力共鳴(ファルナ・エフェクト)

・快晴時、『力』と『器用』に高補正。

・雨天時、『魔力』と『敏捷』に高補正。

・日照雨時、体力及び精神力(マインド)自動回復(オートヒール)及び発展アビリティ『幸運』の一時発現。

 

 

 

ベル・クラネル

 

【アストレア・ファミリア】

 

Lv.3

 

力: I 0

耐久: I 0

器用: I 0

敏捷: I 0

魔力: I 0

幸運: H

治療: I

 

 

■スキル

雷冠血統(ユピテル・クレス)

・早熟する。

・効果は持続する。

・追慕の丈に応じ効果は向上する。

 

灰鐘福音(シルバリオ・ゴスペル)

戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

戦闘時、発展アビリティ『精癒』の一時発現。

戦闘時、修得発展アビリティの全強化。

 

月華星影(ミセス・ムーンライト)

破邪の加護(アルテミス・ディパル)

・夜間発動。

一定周期変動(ナイト・コール)

 

明星簒奪(スイングバイ)

任意発動(アクティブトリガー)

・一定範囲内に存在する全眷族からの能力(ステイタス)加算。

・簒奪した運動エネルギーによる加減速に超域補正。

・対象の運動エネルギーによる回避行動に高補正。

・対象の運動エネルギーによる高速攻撃に高補正。

・加算値は階位(レベル)反映。

 

■魔法

【アーネンエルベ】

・雷属性

自律(オート)による魔法行使者の守護。

他律(コマンド)による支援。

 

 

【ビューティフルジャーニー】

・自動治癒。

・光翼展開。

・魔法捕食。

・魔法無効化。

 

【アストラル・ボルト】

・速攻魔法

 

 

 

 

 

 

女神は、脚を踏み入れた。

何度も道を曲がり、後をつけられないように配慮し、迷宮都市の地下に存在する悪の巣窟へと。静かで、冷ややかで、金属で出来上がったその広大な人工物は畏れ多くも下界の住人による所業である。

 

 

「タナトス、どこにいる!」

 

 

豊満な肢体を揺らして、怒りの感情を浮かばせる女神の声が反響する。返って来る声はなく、『死』を司る男神は姿を現さない。それに舌打ちを慣らし、道を進む。ただただ真っ直ぐ、まるで「こっちに来い」とでも言うかのように。

 

天の雄牛(グガランナ)を何故、勝手に使った!?」

 

それは当然の怒り。

 

「私の眷族が何人、天に還ったと思っている!? 余計なことをよくも……!」

 

それは当然の物言い。

 

「出てこい、エレボス!! お前が黒幕だろう!?」

 

糸を引いているだろう男神の名を叫ぶ。

そして、重い金属音と共にイシュタルの後方の扉が閉じた。

 

「フン、それに何の意味がある」

 

己の手の中にある『鍵』を握り締めて、イシュタルは動じない。音に驚きこそしたが、最初だけだ。それに閉じた扉はずっと奥。なんら問題にもならない。例え怪物がやってきたところで、魅了してしまえばいい。あらゆる万物を虜にする、故にこそ『魅了』なのだ。だからこそ、女神は青年を連れては来なかった。

 

『ようこそ、善良なる女神イシュタルよ』

 

反響して男神の声が響き渡った。

それはタナトスの声ではない。

エレボスのものだ。

反響するせいで、声がどの方向から来ているのかわからない。薄暗い、申し訳程度の魔石灯が金属でできた区画の1つを照らす。

 

「貴様、天の雄牛(グガランナ)に手を出したのか!? 何のつもりだ!?」

 

『おや、まさか天の女主人にして美の女神が、醜悪なモンスターを飼っていたのか!? これは驚きだ!』

 

闇派閥の残党(おまえたち)にどれだけ投資してきたと思っている!? だというのに、恩を仇で返すのか!? 私の眷族を殺したのか!?」

 

『おお、冒険者よ死んでしまうとは情けない。だが嘆くことはない、長い別れだがすぐに会えるのだから』

 

どこかから響くその男神の声は、まるでわざとイラつかせてくるようなものであり事実、イシュタルは顔を真っ赤にするほどには怒りに震えていた。しかし、エレボスは言葉をつづけた。

 

『お前よりも俺が入れた金の方が()()()()()からだよ』

 

「………何?」

 

『お前は、オラリオ側にとっても闇派閥(イヴィルス)側にとっても()()()()。オラリオ側…ヘルメス辺りがお前の動きを睨んでいたんじゃないか? 最近、あいつと接触した覚えは? こちらとしては金を落してくれるお前は重宝すべき存在ではあるが……それだけだ。いつ住処(アジト)の情報を漏らすかわかったもんじゃあない。なら、つい最近()()()()()()()()俺を新しく出資者(スポンサー)にした方が安全だ。過去の実績もあるしな』

 

何を言っている? と目を見開くイシュタルに、エレボスは続ける。声が右側からして、イシュタルはそちらを向いた。

 

『司法取引として天界への送還、都市からの追放を逃れるために闇派閥の情報を差し出す。そうなれば闇派閥はロキ、フレイヤ、ガネーシャ、アストレア……等々と有力派閥に攻め落とされるのは時間の問題だ。それはお前も分かっているんだろう? 逆にそれを闇派閥にチラつかせて、金を握らせて、怪物を育てさせる……言う通りにしないなら、とな』

 

「―――――」

 

『故にイシュタル、お前は善と悪の派閥どちらからしても不穏分子なんだよ。切って当然だろう?』

 

「―――――」

 

『それにお前、俺が手を取ろうぜって言ったら……どうしたっけ?』

 

「――――――!」

 

 

―――さあ、手を取り合おうぜ天の女主人(イシュタル)

 

―――くそっ、お前っ、何がしたいんだっ。

 

―――()()()()()だ。

 

戦争遊戯が起きる前、イシュタルの神室に現れたエレボスの密談の時のこと。ゆっくりと右手を差し出したのはエレボスだ。握手を求めるように、ニッコリと笑みを浮かべて。それをイシュタルは弾いたのだ。

 

『じゃあ、お前は敵だよ。中立でも口にしてみるか? ヘルメスは中立とは言うが、あいつはオラリオ側だ。闇派閥にはつかない。それは確かだ。だから、2択しか存在しない』

 

悪か。

正義か。

 

『そして敵であるお前は、単身、住処(アジト)に入って来た。じゃあ、捕らえるだろう?』

 

「私を……捕まえられるとでも? 馬鹿にしているのか?」

 

『魅了は厄介だが、届かなければどうということはない。それとも『戦』の神として戦ってみるか? その裸にも近い恰好で』

 

エレボスの声が今度は左からして、つられてそちらを向く。

ドン、とまたどこかで扉が閉まる音がした。

女神の頭が、警鐘を鳴らし始める。

手遅れな警鐘を。

 

「戦争遊戯が起きるようにお前が糸を引き、それでいて天の雄牛(グガランナ)まで利用して……何のつもりだ!? 私の手から階位昇華(レベルブースト)を取り上げるのが目的か!? アストレアに負けたお前が、敗北した私から取り上げ、アストレアに春姫を与えるのが目的か!?」

 

『ククク……何を言っているんだ、イシュタル? お前達はそもそも……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――は?」

 

『勝利した場合に得るもの、敗北した場合に失うもの……いったい何を決めたんだ? まさかとは思うが、1人の少年の一人芝居に付き合わされて、1人の少女を救うための手段を教授しただけだったりなんてそんな間抜けはしていないだろうな?』

 

「――――――」

 

アストレアもイシュタルも、勝利した場合、敗北した場合の『賞品』を提示していない。指摘されて目をあらん限りに見開くイシュタルは瞳を泳がせる。いったい、どこからこの男神は糸を引いていたと言うのだろうか。

 

『お前達は神聖な代理戦争を穢したと言うだろうが、俺からしてみれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()時点で、そもそも代理戦争なんて成立していないんだよ』

 

なら勝敗が決したときに、「あれ、アストレア様にイシュタル様、何を要求するんだ?」という話になる。話がややこしくなる。

 

『よかったじゃないか、謎の怪物が割り込んで無効試合(なあなあ)になって』

 

謎の怪物が割り込んだとなれば、その問題は「これはもう無効試合にするしかなくね? しょうがないよ」となる。水に流すことで、有耶無耶になる。改めて戦争遊戯をするとなっても、イシュタル自身、ベルを始めとして神の眷族達の勇姿を見れば、()()()()()()()()

 

「まだ、まだお前から聞いていないぞ……天の雄牛(グガランナ)を使った理由を」

 

『…………』

 

返ってこない返事に、イシュタルが肩を揺らし拳を握り締める。血が滲むほどに。だが、ようやく別の方向から返ってきた返事にイシュタルの沸点は最高潮に達することとなった。

 

天の雄牛(グガランナ)ってなんだ? 知らない名前だな』

 

「~~~~~~~~~ッ!!」

 

エレボスはしらを切ったのだ。

 

 

―――差別するな、だと!? 貴様と私、どう足掻いても違うだろう!? 私は美の女神、お前は地下世界の神だ! 司る事物がそもそも違う! 同志ですらない! 私がいつ、お前の手を握った!? ふざけるのも大概にしろ、エレボス! 私がお前の話を聞いてやっているのは慈悲だと何故わからない!?

 

 

―――天の雄牛(グガランナ)

 

 

いやぁ、アレを育てるのはとても骨が折れる作業だったろうなあ。まるで他人事のようにぺらぺらと喋ってみせるエレボスに見開かれた瞳を震え、頬から首へと滑り落ちた汗は胸元さえ通っていく。ここに来てイシュタルは、エレボスに豊かな胸元に刃を突き付けられている錯覚さえあの時、覚えた。エレボスは言外に「俺を取り押さえてガネーシャ達の前に引きずり出してもいいが、出資者たるお前も無関係ではいられないぞ?」とそう伝えてきていたというのに。ここにきて、エレボスはしらを切ったのだ。そして、そこへ更に地を這うかのように何かがイシュタルの下へ駆け、そして手の中に握り締められていた『鍵』を()()、そのままどこかへ消えていった。

 

「―――なっ!?」

 

『見事だ、レヴィス。これでイシュタルは詰みだ』

 

ドン、とまた扉が閉まった。

少しずつ、確実に、イシュタルが身動き取れる空間が減っていく。退路が確実に失われていく。追い打ちは止まらない。

 

 

『ところでイシュタル、お前……()()()()()()()()()()?』

 

どこか友達や子供が迷子にならないか心配するかのような声音で聞いてくる。その言葉にイシュタルは、馬鹿にするなと言おうとして、そして凍り付いた。

 

「――――ぁ」

 

真っ直ぐ来た。

それは確かだ。

扉が閉まっていく。

別に気にすることじゃあない。

『鍵』を使えばいいのだから。

しかし、それはさっきまでのイシュタルの話。では、今は?

 

「―――ぁぁああ!?」

 

声の方向に何度も身体を向けてしまった。

どこを向いても同じ景色の人造迷宮の区画で、たまに顔を出す程度の女神が把握している道順などたかが知れている。

 

方向感覚の喪失。(ひとーつ)

 

鍵を破壊された。

閉じ込められても問題ないとなんとかなるという思考は奪われた。

 

安心感の喪失(ふたーつ)

 

確実に迫っている退路の断絶。

鍵がなければもうどうしようもなく、最早女神は袋小路に迷い込んだ鼠も同然。助けてくれる眷族も、いない。

 

帰還手段の喪失(みーっつ)

 

慌てて走る女神の焦燥をどこかからほくそ笑みながら、エレボスは確実にイシュタルの活動領域を閉じていく。眷族達に助けを求める女神の声が虚しく響く。そこに、美神としてのプライドなどなかった。

 

自尊心の喪失(よーっつ)

 

オラリオにとっても闇派閥にとっても不穏分子たるイシュタルは、どっちからしても()()()()()()()()()()()()()()存在でしかない。戦争遊戯後に行方不明となれば、「やっぱりイシュタルは……」と思われかねない。天の雄牛(グガランナ)の乱入による代理戦争の無効試合、そして動揺する二柱の女神達の中でもイシュタルだけではその同様の色はまるで違う。アストレアは、ヘルメスは、当然、怪しむ。後始末でこそアストレアがイシュタルのもとに現れず、取り調べられることがないにせよ、時間の問題だろう。ここでイシュタルが地上に帰還できなければ、「やましいことがあったから身を隠した」と思われかねない。

 

信用の崩壊(いつーっつ)

 

そうなれば確実に、オラリオ側からの信用はなくなるのは必定。歓楽街の運営は厳しいものとなり、どころかイシュタルの管理下から離れてしまいかねない。そうなれば収入など確実に減ることだろう。周囲の住人が眷族達に向ける視線すら変わる。何も知らない眷族達は主神に「裏切られた」なんて感情を向けてくるだろう。天の女主人と言われる女神は一気に転落することだろう。

 

「く、くそ、くそ、くそ!?」

 

司る事物の否定(むーっつ)

 

イシュタルは『美』と『愛』と『戦』と『豊穣』を司る神だ。しかし、その事物は今、何の意味も価値もない。

 

――『戦』の女神として戦ってみせるか? 戦う敵が目の前にいないというのに?

 

――『愛』の女神として『愛』を信じてみるか? ひょっとすれば眷族(こども)達が助けに来てくれるかもしれないぞ?

 

――『美』の女神として魅了してみるか? 金属の壁を魅了できるというのなら、やってみるがいい。

 

――『豊穣』の女神として全てを満たして見せるか? この場所でそれが通じるとでも?

 

どこかでエレボスがイシュタルを構成する事物1つ1つを否定しているような声がした。何もかもが崩れ去っていく音が心の中で響き渡る。そこにいるのはもう、恐怖に取りつかれた女だ。

 

「―――お前は、都市の破壊者(エニュオ)なのか……?」

 

嗚咽さえ含んだ、イシュタルの声にピタリとエレボスの声が消えた。しんと静まり返った僅かな時間は空間を静謐に包み込むには十分で、けれど、その問いこそがイシュタルを確実に終わらせるに足る問いであった。

 

 

「そういうことにしておいてもいいぞ」

 

「―――ひぃッ!?」

 

目の前に現れたエレボスに、女神は悲鳴を漏らす。

薄暗い閉鎖空間で、しかし現れた男神の姿に涙を漏らした彼女は眦を決して瞳を輝かせた。

 

「――――――ぁ」

 

ぐいっと何かが彼女の胸に押し当てられていた。

魔石製品というのは確かだ。

どこか歌を歌うのに使う『拡声器(マイク)』のような先端が丸いそれは、バチバチと青白い光を放っている。

 

「俺を誰だと思っている?」

 

酷く冷たい声音が女神の耳朶を震わせる。

青白い光が音を立てて女神の身体を打ち貫いていく。

 

「俺は『原初』にして、暗黒地下『世界』の神だ。たかだか複数の『事物(アクセサリ)』がある程度で落とせると思っていたのか、小娘」

 

バチッと弾けて、女神は意識を喪失(ななーつ)

 

「我が領域へようこそイシュタル。俺はお前を歓迎するよ」

 

倒れた女神を白装束の信者達が手枷、足枷を嵌めていく。

 

囚われの女神(やーっつ)

 

それを眺めて、エレボスは右手を上げ、振った。それを合図に魔石灯の灯りが完全に消え失せ、イシュタルは闇の中に閉じ込められた。最早、何も見えない暗闇の中では彼女の『美』も『愛』も『豊穣』も『戦』も意味を成さない。

 

「安心しろ、お前にもちゃんと役目はあるド派手な役目だ(ここのつ)

 

 

×   ×   ×

星屑の庭

 

「ベル、やっぱりステイタスの更新できない?」

 

「うん、アストレア様が少し様子を見ようって……だから、少しダンジョンはお休みします」

 

「ま、しょうがないか…スキルも魔法もアビリティも機能しないんじゃ、危ないもの」

 

少し落ち込んで長椅子(ソファ)で膝を抱えるベルの頭をお姉さん達が励ますように撫で繰り回していた。そこへ、少女の声が飛んできた。

 

「ア、アリーゼ様、わ、私のステイタスの確認を……っ!」

 

「はいはい、えっと春姫のステイタスはーっと……うん、変態ね!」

 

「変態だな」

 

「変態ですね」

 

緊張でガチガチに震える新入りの少女にアリーゼは「そんなに緊張しないで」と笑いかけるが、自分よりも強くて綺麗なお姉さん集団に春姫は萎縮しっぱなしだ。ベルに連れられて、アストレアに事情を説明して易しくて温かく迎え入れられた春姫はあれよあれよと改宗(コンバージョン)。少し豪華な料理というかちょっとしたパーティをして、自己紹介も済ませて、今は更新したステイタスを見せている。そして、【ウチデノコヅチ】とか【ココノエ】とか【水天日光(キツネノヨメイリ)】とか、もうなんか、変態なのだこの狐さん。

 

「アリーゼ、ランクアップしたわ」

 

「あらリャーナおめでとう!」

 

「どうしたの、皆して」

 

「春姫ちゃんのステイタスがね~」

 

ステイタスを更新し終えたリャーナが羊皮紙をアリーゼに渡して、仲間達が見ている羊皮紙―春姫のステイタス―に視線を注いだ。

 

「へぇ………変態ね」

 

「こん!?」

 

「ああ輝夜、アストレア様が呼んでるから行ってきなさいな。次は貴方の番だから」

 

「わかった」

 

リャーナに言われ輝夜が席を立つ。

しばらくして頬を染めつつ戻って来たパンツしか穿いていない恰好の輝夜が戻っときた。

 

「こん!?」

 

「か、輝夜!? 着物はどうした!?」

 

「輝夜、流石に自重しなさいよ……新入りの子が困ってるじゃない」

 

「ああ、気にしなくていいぜ新入り。こいつは全裸で本拠内をうろつくような女だからな」

 

リューが怒り、アリーゼが溜息をつき、ライラが肩をすくめる。輝夜は気にしたことじゃないと鼻を鳴らすとそのままズカズカとベルに近付き――――。

 

 

「んっ、ちゅぱっ……れろっ」

 

「んむぅっ!?」

 

接吻した。

たちまち、団欒室には剣呑な空気が。

唾液の糸が輝夜とベルの舌から伸び、引っ張り出されたベルの舌を輝夜がぱくりとしゃぶり、いやらしい音を響かせる。

 

「ちょ」

 

「は!?」

 

「ねえ」

 

「嘘でしょ」

 

散々、迷惑かけておいて。

散々、心配させておいて。

これか!? お姉さん達はおこだ。

突然の接吻にベルは驚き、顔を赤く染める。それでいて輝夜はしれっとベルの手を取り、自らの乳房にもっていき、触れさせた。さらにベルの顔が熱くなる。

 

「ちょっと離れなさい輝夜!」

 

「反省っていう言葉を知らないの!?」

 

「ベル君を斬ったの、覚えてないの!?」

 

「ていうか見せつけないでくれる!? 秘めなさいよ!」

 

「輝夜、今回の件、責任はどう取るつもりなんだ?」

 

「ネーゼ……どう、とは?」

 

「皆に心配をかけたことに対してだ。私たちは良くても、ベルには責任を取ってやるべきだろう? 死にかけたんだからな」

 

「………責任か。そうだな」

 

輝夜はどこかへと消え、そしてすぐ姿を現した。その手には1枚の羊皮紙が。それを卓の上に置くとベルにペンを持たせた。

 

「では責任を取りますので、こちらにサインを頂けますでしょうか、ア・ナ・タ?」

 

「ぁ、う…………ん」

 

「なーんか、前にも似たようなことがあった気が…………」

 

サインしようとする蕩け顔のベルから羊皮紙をひったくるノイン。そして、すぐに破り捨てた。

 

「これ婚姻届ぇえええええ!!」

 

「チッ」

 

「なに、ベルも輝夜も何かやらかした時の責任は結婚なの!?」

 

「このままサインしてたらベル……結婚式まで秒読みだぞ!?」

 

「で、でもぉ…………お姉ちゃん達は僕の………なんですよね??」

 

「「「「うんっ♡」」」」

 

「誰が挙式なんぞするか。何が楽しくて公衆の面前でベロチューせねばならんのだ」

 

「数秒前のお前の所業、思い出せ輝夜」

 

「ベロチューとか言わないでくれる!?」

 

「いや待て、ということは既に私はあの時…………ふふ、既に人妻だったわけか私は」

 

「「「「イラッ☆」」」」

 

きっと戦争遊戯でのベルからの接吻のことを言っているのだろう。お姉さんたちは普通にキレた。人妻宣言してんじゃねえと。まだ私たちの正妻戦争は始まってすらいねぇと。

 

「輝夜、そのステイタス……見せなさい!」

 

奪うようにして手に取ったアリーゼは輝夜のステイタスに発現した新しいスキルに口端を引くつかせた。仲間達もそれを見て、同じような反応。そして、叫んだ。

 

「「「「ゴジョウノじゃなくてハツジョウノじゃねえか!! あとランクアップおめでとう!!」」」」

 

むかつくけど、ちゃんと祝う。

長い付き合いだし、輝夜のことが嫌いになったわけではないのだ。そこんとこ、ちゃんとするお姉さん達である。しかし、それどころではない。

 

「と、特定異性って……」

 

「輝夜の身体って、確か毒があるって……」

 

「男の人と、その、えっちなことすると、男の人は死ぬんだよね?」

 

「それが……その……そういうことですよね?」

 

恐る恐る、突然の接吻を喰らった被害者(ベル)に視線を向けるお姉さん達。春姫も訳が分からないが見る。そして、ぺたんと座り込んで、両手を床に付き、両足ではさみ、何かを隠すようにモジモジする顔を真っ赤にしたベルがそこにはいた。そして次に犯人(かぐや)を見てみればしてやったりな顔。

 

 

((((こ、こいつ……確信犯だ!!))))

 

「ベ、ベルにだけは……媚薬的な効果ってことですよね!?」

 

「確か12歳までは服用していたと聞く……つまり、それだけ濃い毒ということでは?」

 

「ベル君って耐異常なかったわよね?」

 

「アストレア様的には【月華星影(ミセス・ムーンライト)】が似たような効果を持ってるって……その、アルテミス様の加護がその働きをしているはずだって」

 

「でも貫通してるってことは……」

 

「「「「ムーンライトさん、びっくりしちゃって仕事してない!?」」」」

 

「いや、今のベルはステイタスが正常に機能していないはずだから………いやでも大丈夫じゃないな!?」

 

お姉さん達があわあわする。

もじもじしているベルは可愛い、それはもう、可愛いが、動かない辺り、大変危ない状況なのだろう。思わず、美味しい獲物があるかのように、ごくりと喉を鳴らしてしまう。お姉さん達からしてみれば、ベルは据え膳もいいところであった。

 

「ベル君!」

 

「べーるっ」

 

動いたのはマリューとリャーナだ。

マリューが正面から抱きしめ、そのアストレアにだって対抗できる派閥一の巨乳にベルの顔を押し込める。そして背後からリャーナが抱き着き、マリューには劣るが大きい巨乳を背中に押し付けた。そして、持ち上げた。

 

「「お風呂はいろっか!」」

 

「むぐぅ!?」

 

「大丈夫大丈夫、綺麗にしてあげるだけだから!」

 

「大丈夫大丈夫、スッキリするだけだから!」

 

「べ、ベル様!?」

 

「春姫ちゃんも来る?」

 

「春姫も来る?」

 

「――――行きます」

 

ドタドタと連行される白兎。

ぶっ倒れるのは金狐。

悲鳴が何を意味しているのかなんて読み取れず。

頭を痛ませるのは、アリーゼだ。

順番にステイタスを更新しているのに次がこないことにアストレアが流石に「何事?」とやってきてはアリーゼがアストレアに迫る。

 

「アストレア様、どうしてこんなスキルを発現させたんですか!?」

 

「――――それは、その」

 

アストレアだって流石にどうかと思ってはいたのだろう。申し訳なさそうに顔を逸らし、そして頬を染めて、スキルの項目に指を差してから、人差し指と人差し指をぶつけ合って「私悪くないもん」な仕草をした。トゥンク、女神様尊い……アリーゼ達はアストレアの仕草にハートを撃ち抜かれた。

 

「だって、有用なスキルではあるもの………一応」

 

「ほほほほほ」

 

ぐぅの音も出ないとばかりに、輝夜のスキルは変に有用だったのだ。故に、無視するのが難しかった。というか、輝夜の意志が「いや発現させるでしょ」と言っていたのだ。アストレアはどうしようもなかった。ランクアップもして、ベル特攻のスキルまで発現させた本人はホクホク顔で妙に腹立たしい。後に新入りの春姫の「妄想力は53万だ」とアイシャに教えられることもあったりと、この派閥に『ハツジョウノ姉妹』が爆誕したことでアリーゼやアストレアは頭を抱えることになるのだった。

 

 




今回の章でランクアップした人

・輝夜 Lv.4 →Lv.5
・リャーナLv.4 →Lv.5
・リュー Lv.4 →Lv.5
・ベル Lv.2 →Lv.3


春姫のスキルについて。
・ベルとの出会いが春姫にとってなによりの『幸運』だった。
・彼と再会を果たした日、晴れているのに雨が降っていた。

輝夜のスキルについて。
・魅了使ったら輝夜にバレる。
・魅了の効果を受けていても怒りの丈が勝って「魅了されてるのに殺しに来る」状態になる。
・精神状態に応じて能力が増減。
・ベルとめっちゃえろいことしたい。

ベルのステイタスについて。
現在は、特殊状態である『第一宇宙速度』の代償で『恩恵』があるだけの状態なため、それが解決した時点でのステイタスです。まとめたかったので先出ししました。
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