英雄賛歌①
俺は、この下界の異物だと自負している。
7年前の抗争で敗北を期した俺は、
ああ、その通り。
俺はこの下界における
眷族を囮に使ったことで本来の結末から大きくズレた。
誠実に服を着せたような存在である俺にあるまじき行為だ。
己の無能故に眷族を死なせたが、己の有能さと呼べるものが成した成果でもある。
1つ、夢想する。
もしも、アルフィア達が俺の計画に加担していた場合を。
2人の覇者をもって、それこそ俺達は『大抗争』と呼べる
1つ、想起する。
もしも、アルフィアがアストレアの眷族になっていなかった場合を。
それこそ1人の少年は齢にして6歳で迷宮都市に訪れることもないし、正義の女神と出会うこともなかったはずだ。
そして俺は
修復したとはいえ、アルフィアから片腕を奪った怪物を生み出したあの事件のことだ。ルドラの眷族達は全滅したらしいが、それ以上に重要なのはその怪物だ。過剰な破壊を受けたことで
1つ、幻想する。
もしも、アルフィアと出会わずアストレアもいないオラリオに訪れた少年はどのような道を辿るのかを。親の愛情を知らず出会いに恵まれず、冒険者になることもままならず、途方に暮れているところを、それこそ眷族のいない神が手を差し伸べるということがあるのではないだろうか。あの少年のことだ、その後に運命的な出会いを果たし女神にちょっかいを出され、神々をあっと驚かせる偉業を成し遂げていくに違いない。あれは……可能性の塊だ。そして、暗雲の中で輝けるちっぽけな星だ。
であれば。
ここまでの物語は、アルフィアがいたから【アストレア・ファミリア】は健在であるというものであり、アルフィアがいたから正義の女神とその眷族達と少年は出会えたということであり、アルフィアがいたから少年は愛情を受け、出会いに恵まれすぎた。しかし足りない。まだ、足りない。重要なものが、少年には足りていない。欠落していると言った方がいい。
『怪物祭』でミノタウロスをけしかけ、戦わざるをえなくした。
俺がやらずともフレイヤが何かしていたことからどっちにせよ
『グランドデイ』での異常事態。
あれについては例外。
俺は何もしていない、これは本当だ。
しかしおかげさまで、少年は少し変わった。
恐らくは同時に存在していた『
『戦争遊戯』で美神の眷族達相手に大立ち回り。
ともかく、足りない。
イシュタルを利用して『英雄』への軌道修正を図ったが、まだ足りない。
欠落した願望から目を背け続けるなんて、あまりにも惜しい。
アルフィア、ザルド。
少年から平穏を奪い去った俺にお前達は怒るだろう。 呆れるだろう。
それでも、俺はやるよ。
我が唯一の眷族よ、2人の覇者よ、どうか見ていてくれ。
俺が、最後の英雄を生み出すその瞬間を。
―――
× × ×
ダンジョン19階層、大樹の迷宮
空気を切り裂く音が耳朶を震わせる。
怪物の咆哮が唸りを上げ、火炎が大樹を焼き焦がす。それでもなお、そこが地獄の業火の如き火の海にならないのは、大樹の密度の方がはるかに莫大だからだろう。
「フッ――――」
『―――ギギャァッ!?』
樹の間を縫うようにして現れた飛翔体の持つ紅の長剣が、紅色の
『ッッ!?』
眼前に急接近し現れた敵に驚いた鳥型のモンスターは断末魔を上げることさえできず、灰に変わった。緩やかな飛翔や浮遊などではなく、直角にさえ軌道を変える飛翔体――ベルは、空飛ぶ怪物を討ち滅ぼしていた。
「は、はえぇ……つーか、飛んでるのがずりぃ……」
「ベルくーん、待ってよぉー!」
それを追いかけるのは、
「ベル、直上に3、撃ち落せ」
ネーゼの指示が飛び、ベルが身体を捻る宙で仰向けになって右腕を伸ばし手のひらを開いて、呟く。
「―――【アストラルボルト】」
星空を切り取ったような炎が、迷宮に彩を沿える。
赤い炎などではなく、かといって真っ青というわけでもない。それこそ夜空が生まれたなんて言葉さえ正しいような炎だ。炎の中に、輝く小さな星々が見えるような……不思議な炎。それが、炎鳥を飲み込み焼き尽くした。魔法の発射による反動で背後から地に落下していくのを、駆け付けたアーディが跳躍し抱きかかえるようにして受け止める。そして――。
「行っといで!」
その掛け声と共に放り投げる。
加速し、縦横無尽に怪物達を破壊しつくしていった。
ことの始まりは、とある
「
18階層までやって来たベルと保護者2名に、『リヴィラの街』から依頼が舞い込んだ。ダンジョンでは特定のモンスターの大量発生が不定期ながら往々にして起こり、
順調すぎるくらいに
「ベル君、あんまり遠くに行っちゃだめよ!」
「――はいっ!」
「…‥! アーディ、右の茂みに『
「――りょーかいっ!」
人影らしきものを視界の奥に捉えたのは。
大樹の1つ。
太い枝に立ち、もたれるようにしている。
(僕達以外に、冒険者が……? 僕達より先に?)
流れるように宙を移動し、その人影を凝視する。
徐々に距離が縮まるにつれて見える立ち姿から、身長はベル自身よりも高い。ネーゼと同じくらいだろうか。フードからちらりと見えたのは、女性的な細い顔の輪郭が覗き、くすんだ金の長髪はすべての毛先が青みがかっている。目元は見えない。呼吸に合わせて外套越しに胸の膨らみが短い感覚で上下する。疑問が浮かび警戒するべきかと思ったその時、その外套の人物は、ぐらり、と力を失ったように崩れ落ちた。怪物の咆哮が耳朶を震わせ思考を奪われた。
『――キィェエエエエエエエエエエッッ!』
「!」
ベルと落下していく外套の人物、その間を引き裂くように
「光翼、展開っ!」
咆声する。
「せやぁああああああああ!」
左腕で外套の人物を抱き、確かな女体の感触を感じ眉間に皺を寄せるのも僅か、地面に下ろすとそのまま地を蹴って飛翔。光翼を散開させ、火炎の残滓の中を突っ切り、怪物へと肉薄。
『―――ゲェッ!?』
右手に握った
「あ、あの―――」
ぐったりとへたり込んでいる外套の人物―彼女―は、怪我をしているらしく口元は紅のように血で汚れ、外套は右肩から左わき腹にかけて血で汚れていた。まるで、剣か爪にでも斬られたかのように。ここで怪我をしていることに気付いたのは大樹にもたれていたがためにベルには見えなかったからだ。
(とにかく、放置するわけにいかないし……治療……
意識を彼女に向けると、光翼が2枚ほど近付いていきそこで旋回を開始。ふよふよと泳ぐ光翼は徐々に彼女の傷を癒していった。彼女は驚いて面を上げる。外套のせいで目元は見えにくいが、海か、空を彷彿させる青い瞳は動揺しているのか震えていた。ベルは右手に剣を握り締め、彼女を見下ろしながら言いかけていた言葉をつづけた。
「あの……大丈夫、ですか?」
× × ×
失敗した。
新たに産まれた同胞を保護するべく大樹の迷路で行軍していた私達は、運悪く敵に見つかってしまった。
「グロス、殿ハ私ガ。ココデアレバ飛ベル私ノ方ガ有利デス」
事実、この木々の間を縫って飛ぶことは容易い。
狭く、重いと感じる天井が存在する世界ではあるが、石の身体である彼よりも私が残り敵の注意を引き、翻弄した方が時間は稼げる。彼は仲間達を守る盾に徹した方がいいと私は判断した。
「ムゥ……致シ方ナイ、先ニ行ッテイルゾ」
飛べない仲間達を守るようにして、彼は去っていった。
そこからは同胞達を攫っている敵の注意を引いて、適当なところで逃げる。上手くいく筈だった。
「―――テメェは高く売れそうだな」
「!?」
敵は狡猾だった。
逃げていく同胞を狙うよりも、私に標的を変えていたのだ。
「
酷く冷たいその声の主は
「落ちろ、化物」
「ギッ!?」
穂の先が捻じ曲がった歪な形状をした槍が右肩から左わき腹にかけて走る。途端、傷が熱を放ち血が吹き出す。さらに身体を捻った
「へへ、えれぇ上玉じゃねえか」
下卑た目をした男達が涎でも垂らしそうなほどに興奮して私を値踏みするように下から上、上から下へと視線を送ってくる。そのことに怖気さえ催した。
「こんな場所で盛ってんじゃねえよ馬鹿が」
槍を肩に担いでズカズカと近づいてくる
「
「ディックス、
「諦めるわけねーだろ、またぞろあの
男達が新たに産まれた同胞を攫う算段を企んでいるのが聞こえる。
「それか、既に捕らえたこいつらのお仲間を餌に使う」
「!」
「まあそうはならねえよ……なあ?」
男は屈んで、私の瞳を凝視する。
動揺に震える私の心を握りつぶすように、獰猛な笑みまで浮かべて。
「テメェらもあのガキが敵だってわかった上で、傍に置いているんだろう? 俺達人類の仲間を連れまわすなんて随分酷いことするじゃねえか……バケモノ」
「―――貴方達ノ方コソ……ッ!」
怒りのままに言い返してやろうと思った。
その時だった。
遠くから火炎が大樹を焼き、火の海を作り出したのは。
『キィィィイイイイイ!!』
「――――クッ!」
一瞬の隙。
それを逃すわけもなく、私は飛び降りるようにして逃げた。崖から飛び降りるようにして翼を広げ、痛みに顔を顰めながら飛行。
「あ、この、くそ鳥がぁ!!」
「チッ……こんな時に
「ディックス、どうする!?」
「量が多いぞ!? 大量発生だ!」
「―――撤退だ。
火の海と化していく大樹の迷路を飛ぶ。
時折私の存在に気付いて襲ってくる怪物達からも逃げて。そして傷の痛みにとうとう飛ぶことも限界に来ると私は太い枝に着陸し大樹にもたれるようにして休息を計った。いつまた襲われるかわからない。この傷では連続飛行も難しい。出血は止まらず、傷口は焼かれるように熱い。玉のような汗まで浮かべて、後少しで自分がどうなっていたのかがふと脳裏をよぎり唇を噛む。
「人ガ……飛ンデイル……?」
人類が空を飛ぶという話は聞いたことがない。しかし、こちらが気付いたのとほぼ同じタイミングだろうか。あちらもこちらを視認し、近づいてきている。綺麗な白の髪を揺らした赤い瞳の少年だ。朦朧としてきた意識のせいで体勢が崩れ足元を踏み外し私は落下した。炎鳥が姿を現す。発射直前、火炎が口腔で作り出され怪し気に輝く。ああ、これはもう駄目だと同胞達に申し訳なさを感じながら、諦観に身を委ねていく。せめて少年に逃げて、と叫ぼうとした時――。
「光翼、展開っ!」
少年が咆声する。
背中が淡く輝き、半透明な光の羽が12枚現れた。それらは少年の周囲を旋回し、私に背を向け庇うようにして両腕を交差させると光翼が集合し、円形の形を取り盾となって発射された炎を防いだ。人類にないはずの翼は半透明だというのに思わず見惚れしまう。
「せやぁああああああああ!」
左腕で抱きしめるように抱えられた。確かな少年の力強さを感じて思わず胸の奥が跳ねる。私を地面に下ろすとそのまま地を蹴って飛翔。光翼を散開させ、火炎の残滓の中を突っ切り、敵へ肉薄。
『―――ゲェッ!?』
右手に握られた紅の長剣を下から斜めに振り上げるようにして切り上げ少年は両断する。第二射でも放とうとしていたか、火炎が中空で花火のように爆散し、伴って『魔石』を斬り裂かれた炎鳥は灰となって吹き飛んだ。膨大な火の粉と灰粉が宙に舞い、光翼が少年の周囲を遊漁の如く旋回し、少年は私の近くに着地し、怪我をしていることに気付くと数枚の光翼が私に宛がった。
「!?」
焼けるような熱が引いていく。
出血が無くなり、みるみる損傷個所が修復されていく。そして声をかけてきた少年に驚いたままの私は見上げた。そして彼は言いかけていた言葉をつづけるように口を開いたのだ。
「あの……大丈夫、ですか?」
大丈夫じゃない。
全然大丈夫じゃない。
今にも爆発して砕け散ってしまいそうなくらい喧しく高鳴る私の胸が、大丈夫なわけがない。こんなこと今までなかったのに。綺麗な白髪、半透明な光翼を背に従える彼、命の恩人を見上げていた私の顔はいつの間にか熱い。
―――彼は、いつか18階層で黒いゴライアスを討伐した男の子だった。