アーネンエルベの兎   作:二ベル

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この世界のヴァレッタってどうなってんだったっけ……覚えてねえ……


英雄賛歌④

 

 

「彼等はいったい、何者なんだ?」

 

「………我々は、彼等のことを異端児(ゼノス)と、呼んでいる」

 

暗がりの中を、2人の人物が会話していた。

1人は黒い襤褸を纏った男とも女とも分からない辛うじて人型のシルエットだと思える人物で、もう1人は旅装を身にまとった若いエルフの少女だ。

 

「彼等には共通した特徴がある……という説明は、必要か?」

 

「……『人語を解する』という点か?」

 

「……通常のモンスターよりも高い知能、知性を有し、それでいて『心』を持っているという点だ。我々と何ら遜色のない、意志と感情の総体、破壊や殺戮の衝動に支配されない、常軌を逸した『怪物』達……それを―――」

 

「だから、『異端児』なのか」

 

「そうだ。君に『遺品(ドロップアイテム)』を託した者もまた、『異端児(ゼノス)』……密猟者に捕まり、都市外に売られたのだろう」

 

「………お前も、その異端児(ゼノス)なのか?」

 

黒い襤褸の説明に、拳を握り締め、下界を揺るがしかねない『未知』の存在を知ったことで、鼓動が動揺と共に早まる。否定したい思いはあった。しかし、事実を叩きつけるように少女の目の前にいる人物は淡々と前を歩きながら言葉を紡いだ。僅かに見えた襤褸の中身に、人間にしては違和感を感じる姿に少女は思わず聞いてしまう。黒い襤褸の人物は、身体を揺らした。頭を振ったのだろう。

 

「いいや、私は人間だよ。………()()()といった方が正しいかもしれないがね。しかし、名は名乗っておこう。『愚者(フェルズ)』と、今はそう名乗っている」

 

「………元? 愚者(フェルズ)……? いったい、何者なんだ?」

 

「生憎、出会ったばかりの君にこれ以上踏み込んだことを説明する義理はない、神ヘルメスの眷族」

 

「!」

 

フェルズと名乗る人物が振り返る。

金の髪を揺らすエルフの少女は、自分の派閥を知られていることに動揺を隠すことさえ忘れてしまっていた。致命的なミス。せめて動揺を隠し、「なんのことやら」と(しら)を切ればよかったものを、『喋るモンスター』との接触から独断的な行動が重なって、取り繕う事さえできずにいる。

 

「『中立』と言っている彼の眷族が、単独行動をしているとは何事かと思ったが……まさか、都市外の調査の最中に出会っていたとは……神ヘルメスから何か指示を受けたのか? いや、であれば単独であるはずがないか……? それでいて、彼等の同胞に出会えるとも限らないのに律儀に『遺品(ドロップアイテム)』を持ってくるとは中々に考え無しの……失礼、無茶なことをする」

 

「うぐ……」

 

痛い所を突かれる。

返す言葉もない。

主神の名を出されただけでも心臓を掴まれたような気分だというのに、『喋るモンスター』の同胞に出会える確証もないのにダンジョン内であちこち破壊して未開拓領域を探すという無謀な行動を指摘される。フェルズに声をかけられたのも、恐らくどこかで見ていたからだろうがダンジョン内の壁やら石英の集まっている場所やらを破壊して回る頭のおかしい変なエルフなど、目立つに決まっているのだ。

 

「君達エルフは知に長け、堅物で、頑固で、潔癖だ。個人差はあれどそんな種族の冒険者が奇妙なことをしていれば目立つ。彼等の敵でさえ、考え無しに迷宮内を破壊して回ったりはしない」

 

「はぅっ!?」

 

「第一、考えなかったのだろうか? 彼等に出会えたとして、怪物と人類がどれほど長く殺し合っていたのかを」

 

「ふぐっ!?」

 

「出会って開口一番、「これ、君達の仲間だった物だ受け取ってくれ!」なんて言えば、君は集団殴殺(リンチ)間違いなしだ。身を守れる自信がいったいどこにあるんだ?」

 

「ひぐっ!?」

 

「ああ、ちなみにだけど私が君のことをいつから勘づいていたかについては、割と数時間前だ。何故か【剣姫】と【探索者(ボイジャー)】が私の屋敷(ラボ)でイチャコラしていて……性欲多感な年頃とはいえ、他所でやって欲しい……いや失敬。まあ、【最強(ゼウス)】と【最凶(ヘラ)】の混成児(ハイブリット)の魔力が手に入れられたのは私のじっけ……こほんっ、研究にも役立つからラッキーではあるが……まあそれはいいさ。そんな時に使い魔を介してダンジョンへと続く入口あたりでキョロキョロと不信な動きをするエルフが目に入ってね。とてもじゃないが、冒険者の装いじゃあない。君は外から来た人間だ。旅装というのが分かりやすい。次に独断行動をするときは、恰好を改めた方がいい。碌な準備もせずにダンジョンに入るなんて冒険者以前の話だよ」

 

「きゅぅっ!?」

 

君がダンジョンに入る時から、実は見てたよ! とまで言われて少女は兎が喉を潰されたような鳴き声を上げてへたり込んだ。長く尖った耳までへにょっと垂れさがってしまっている。ボロクソに考え無しと言われたのだ。無理もない。言い返す余地もない。

 

「ああ、言っておくが私が君を神ヘルメスの眷族と言ったのは、旅装から都市外からやってきたのだと考え、それでいて中層域近くまで踏み込めるだけの階位はあるということ、そして時折、神ヘルメスへの懺悔の言葉をブツブツと呟いていたからだ」

 

「きゃぅっ!?」

 

「君がこうして勝手な行動をとったことで、あの中立を標榜する男神に首輪がつくという可能性を考えなかったのか? まあ、あの男神のことだ……首輪を嵌めようとしたところで、のらりくらりと回避してみせるんだろうがね。しかし、このことが知られれば君は派閥(ファミリア)に害を成したと判断されるか……公にさえならなければ万事大丈夫かもしれないが、それでも独断且つ単独行動は褒められたものじゃあない。それこそ、神々の企みを超えるだけの偉業でもして納得させない限りはね。つまり、君はそう遠くない未来、派閥を破門されるか謹慎か、なんらかの処分を受けることになるだろう。まったく、若気の至りとは恐ろしいな」

 

「もういいだろう! その辺にしてくれぇ!?」

 

少女は泣きそうになった。

羞恥やら悔しさやらで。

瞳に涙を溜め、耳まで赤く染め上げる。

もうやめて、私のライフはもうゼロよ! なんて言いたくなるくらいだった。

 

「それで神ヘルメスの眷族」

 

「……ローリエ」

 

「?」

 

「神ヘルメスの眷族と呼ばれ続けるのは、今の私には身に余る。私の名は、ローリエ・スワルだ」

 

「目が据わっているぞ、大丈夫かい?」

 

「大丈夫じゃない!」

 

ぷるぷるするローリエにフェルズは肩を竦めるように襤褸を揺らした。暗がりを進んで少し、広い空間へと辿り着く。そこは光源など一切ない、暗くも広い場所だ。歩みを止めたフェルズに続いて、赤面涙目のエルフも足を止める。どうしたのだ? と言おうとしたところで、気配に気づき尖った耳が揺れた。

 

「――――いるかい、リド。客人を連れてきた」

 

「………?」

 

誰だその名前は、とローリエは思った。

周囲を見渡し、そして、フェルズが見ているだろう正面に視線を戻すと闇の中から怪しく光る紅色の光がギラリと輝いた。

 

『フェルズ、そう易々と連れてくるんじゃねえよ』

 

「今更だろう?」

 

『そいつが敵っていう可能性があるだろう。それに、隠れ里を知られたって俺達には得はねえ。仲間を危険に晒しちまう』

 

「彼女は敵ではないよ。君達に事前通達(アポ)もなしにつれて来たことについては謝罪するが、彼女は入口については覚えていない。目隠しをしていたからね。彼女を連れてきたのは、オラリオの外で君達の同胞に出会い、遺品を託されたからだそうだ。潔癖なエルフが動揺に動揺を重ねてまで君達に会いに来た。それを鑑みて、許しては貰えないだろうか?」

 

ローリエは警戒する。

周囲からぽつりぽつりと自分のことを見る視線が増えていくからだ。そして、フェルズが会話しているリドとやらの声音も人間とどことなく違うような違和感を感じさせるのだ。

 

『ただいま戻りましタ……おや、お客人ですカ?』

 

そこへ、別方向から女の声がした。

美しく柔らかい声音だ。

悩むように呻いて、リドはようやく口を開いた。

 

『お前等、灯りをつけろ』

 

渋々といった感じ。

リドの声の後に、魔石灯が点灯する。

鍾乳洞に似た特大の広間(ルーム)にいるのだと今、ようやくローリエは理解した。それでいて、自分を見ていた視線の正体が、怪物達であるということも。

 

「初めましテ、美しい髪のエルフさん」

 

近くに歩み寄ってきた外套(フーデッドローブ)の女性。彼女は頭を振ることでフードを外した。エルフの瞳に映るのは、毛先が青みがかったくすんだ金の長髪の女性だ。未だ首から下を覆っている外套越しでもわかるくらいには、彼女の容貌は美しい。エルフであるローリエでさえ、言葉を失って見惚れてしまうくらいには。

 

「フェルズ、あとで相談ガありまス。聞いて頂けますカ?」

 

「ああ、構わないよレイ。私にできることであれば協力しよう。ところで、彼女は?」

 

「新入りを見つけて隠れ里に戻った後、出て行っちまった。たぶん、また密猟者(ハンター)の住処だ」

 

「………そうか」

 

「最近、密猟者(ハンター)共の動きも活発になってきている気がする。正直、あいつが俺達の所を行ったり来たりするのは、いい加減、危ないんじゃないのか?」

 

「………ああ」

 

リドと呼ばれる、蜥蜴人(リザードマン)はまさに戦士のような恰好をしていた。彼だけではない、広間(ルーム)にいる怪物達もだ。『冒険者』の『防具』を身に付けたモンスター。『武装したモンスター』がそこにはいた。赤帽子(赤帽子)小怪物(ゴブリン)半人半鳥(ハーピィ)獣蛮族(フォモール)一角兎(アルミラージ)etc...etc...。姿を現してくる怪物達が警戒しつつも、若く美しいエルフに興味津々といった感じで近づいてくる。更に奥の方には殺気立ったガーゴイルやアラクネ達の姿がいつでもエルフの命を刈り取れるようにと身構えている。そんな光景を目の当たりにした若きエルフの少女は――――。

 

 

「―――――――――」

 

「おい、そいつ白目剝いてないか? エルフってのは威嚇するときはそういう感じなのか?」

 

「!?」

 

リドの指摘に振り返ったフェルズは、言葉を失った。

ローリエは気を失っていたのだ。

有り得ざる光景に、迫り来る、武装し、人語を解する怪物達に許容範囲(キャパシティ)は限界突破。だってこんなにいっぱいいるなんて思ってなかったんだもん! という具合にローリエは立ったまま気を失ってしまっていたのだ。

 

「………まじか」

 

 

×   ×   ×

???

 

 

薄暗い迷宮を少女は歩いていた。

背は低く、『子供』とさして変わらない容貌。破れた衣装を身に纏って、彼女は慣れたように迷宮内を歩いていた。冒険者達が探索するモンスターの坩堝たる迷宮ではなく、人の手によってつくられたような場所だ。

 

「やあ、少女。おかえり。今日も素敵な赤帽子(レッドフード)姿だな」

 

「…………エレボス、様」

 

それを迎え入れるように、エレボスは進路上にいた。腕を組み、待っていたとばかりに待ち構え、ニヒルな笑みを浮かべて眷族にそうするように迎えた。少女は虚ろな瞳で見上げ、その神の名を口にする。

 

「貴方が教えてくれた『指揮』とやらのおかげで、また生き残れました」

 

「それは上々」

 

「それより………早、く」

 

「………ほら、受け取れ」

 

小瓶がエレボスの手から投げ渡される。

ちゃぽん、と音を立てるように波打って、それを両手で受け止める。栓を抜き、一息に煽り、口端から垂れた液を舌でチロリと舐め取る。一滴とて無駄にはできない。喉を鳴らし嚥下すれば、少女は目を見開き、喉を両手で掴み、蹲って、苦しんだかと思えば恍惚とした笑みを浮かべた。それを興味なさげに見ているのはエレボスただ一柱(ひとり)だ。

 

「では、哀れな娘よ。忘れ去られた可哀想な子供よ、俺にも教えてもらおうか? お前の戦術を教えた俺への報酬として、イケロスの眷族()の玩具達のことを」

 

「………」

 

靴音が2人分、闇の中へと消えていく。

少女がいた場所には、()()()()が入っていた小瓶だけが転がっていた。そうして、どこか部屋の中へと入っていくような扉の開閉音が聞こえてくる。

 

「あーん? 負け犬の神様のご登場じゃねえか」

 

部屋へと入ったエレボスに向って、女の声が飛んだ。

布をあちこち切り刻んだような衣装に、くすんだ桃色の髪。目付きは鋭くぎらついて、彼女の笑みは嫌悪を抱くに値する。神であれ挑発するようなその不遜な態度の彼女にエレボスは肩を竦めて笑みを浮かべ、隣の椅子に腰を下ろす。ついてきた赤帽子(レッドフード)の少女は虚ろな瞳で扉の横、壁にもたれるようにして座り込んだ。そんな少女を、女は見向きもしない。扉を間にして、もう1人の女が壁に直立し、豊満な胸の下で腕を組んで瞼を閉じていた。短い赤髪に、瞼の下で帯びる瞳の色は、緑色。他にその室内にいるのは、頭から足元まで覆いつくす、白装束の信者達だ。

 

「なんだ、まだ7年前の抗争で負けたのを引きずっているのか? 案外しつこいんだなお前は」

 

「ハッ、俺に任せろ!つっておいてこの結果(ザマ)だ。ダンジョンの中で怪物を召喚したと思ったら、負けちまうし……つーか、自分の眷族を囮にして何で下界に残ってんだ?」

 

「ハハッ、予想外な出来事というのはいつやってくるかわからないというものだ。第一、当時はあれが精一杯だったのさ。下手をうって覇者2人が出張って来たらそれこそ面倒だろう?」

 

「………チッ」

 

頬杖をつきつつも悪態交じりに舌を弾く女にエレボスは相変わらず愛想よく笑う。そして、手でカウンターを叩きつけ、そこにいる者達の肩を跳ねさせるほどの音を立てて、神威をわずかに漏らして口を開く。

 

「頼みたい事があるんだ、聞いてくれよ……なあ、ヴァレッタ」

 

「………て、めぇ……!」

 

「俺のことを敗者と言うのはいいが、じゃあ前回、ロキとアストレアの眷族()達に痛い目にあわされたお前は何なんだ? なんだったか、クノッソスに入り込んできたあの子供達を相手に分断したはいいが、最終的には自分達の罠で殺されかけ、怪物に殺されかけ、仲間の血で身体を洗ったんだったか?」

 

「…………っ」

 

どんな立場の人間であれ、神の前では皆『子供』。

神威に抗うことなどできず、「頭を垂れよ」と言われればそうさせられてしまう。神を神たらしめる空気(オーラ)が場を支配していた。ヴァレッタと呼ばれる女も例外なく、頬から汗を垂らして、エレボスから目を離すことができなくなっていた。心臓を掴まれるとはこういうことなのかもしれないと誰もがそう思った。

 

「…………おっと、脅しはよくないな。俺達は何と言っても『トモダチ』、なんだからな」

 

「……はは、どの口が言いやがる」

 

足に纏わりつくような重たい沼のような空気が霧散する。

それにヴァレッタは乾いた笑みを零して、表情を真剣なものに変えた。

 

「珍しいじゃねえか、あんたが頼みなんて」

 

そこに軽口を言い合っていた先程までの声音はない。

目付きもまた同じく、獲物を見つけた肉食獣の如く鋭さを増していた。エレボスは一拍置いて、口を開く。

 

 

「―――オラリオを壊すのを手伝ってくれ」

 

このまま終わらないために。

目的を果たすために。

恩を返すために。

 

「俺が……勝ちに行くために」

 

カラン、と溶けた氷がグラスの中で崩れる音が妙に大きく響いた。

 

 

×   ×   ×

???

 

 

「エレボスも酷いよねえ」

 

その後ろ姿を、外套(フーデッドローブ)をまとった男神が怪しげな笑みを浮かべて見送っていた。女性のように髪が長く、それでいて美形。司る事物は『死』。

 

「もう何年くらいだっけ? 抗争が終わって少ししてからだっけ……だーれも、あの子が帰ってないことに気付かないんだろうねえ」

 

死の神タナトスは幽鬼のように通路を歩く。

通路の所々に不気味な衣装の石像が配置されており、それを見る度にまるで自分の眷族にそうするように微笑み、手を振った。

 

「今日までの間に何人も死んでる。冒険者も、信者も。そして、バルカちゃん達『ダイダロス』の子を孕まされた子達も」

 

長い通路を何度も曲がり、進んで、広い広間(ルーム)に辿り着く。そこには、黒檻が多く置かれていた。まるで動物を入れているのと同じように綺麗に並べて、だ。しかしその中身は決して怪物などではない。

 

「タナトス様、母体が死にました」

 

「子は?」

 

「産まれてすぐ……」

 

「そう……じゃあ、『眼球』だけ取り出しておいて」

 

「かしこまりました」

 

黒檻の中には、女達がいた。

襤褸(ボロ)を着せられ、手錠や足錠なりで逃走できないようにされている。もっとも、手足の腱が切られているのだから、彼女達が逃げることは不可能だし、逃げ出せたところで未知の迷宮から地上に戻ることなど夢のまた夢。

 

「処理はいかがしますか?」

 

「んー………あー………そっか、前は『天の雄牛(グガランナ)』がいたから……うーん……放置するわけにもいかないし、かといって地上に出すわけにもいかない。ダンジョンに出せば怪物達が喰ってくれるけど……『食人花(ヴィオラス)』あたりに……でいこうか。うん、それしかない」

 

「ではそのように」

 

白装束に身を包む信者達が死に絶えた母体と母体が死んだことですぐに死んだ子を運ぶ。どちらも体液に塗れており汚れている。母体の顔など、まともな人間が見れば言葉を失うだろう。正気を失った顔をしているのだから。

 

「あー……この子もダメそうかなー? 肉体は生きてるけど、心が死んじゃってる」

 

呼吸に合わせて呻き声が漏れている。

まるで潰れた笛だとか、潰された蛙のように。

彼女達は、1人残らず『行方不明者』。

『ダイダロス』の血を続けさせるため、タナトス達『悪』の住処であり『ダイダロス』の使命を達成させるために連れ去られた憐れな娘達だ。人知れず攫われ、幽閉され、犯され、孕まされ、産まされ……そして死ぬ。タナトスは死した娘達をまるでねぎらうように頭を撫でてやると、その部屋を後にした。

 

「帰りたい」

 

「帰して」

 

「痛い」

 

「苦しい」

 

「生みたくない」

 

「出てこないで」

 

「来ないで」

 

 

そんな言葉を紡げるうちはまだ大丈夫。

イシュタルのように衣食住を充実させたわけでもない極限状態に突き落とされれば娘達はそのうちに発狂する。人間ではなく母体(ユニット)へと切り替わる。『恩恵』を持っていればそう簡単に壊れないから、便利だ。なまじ簡単には死ねない最低限を守ってさえいれば「殺して」を維持できる。生まれた子が死ねば『鍵』に再利用できるし、育てば労働力として利用できる。バルカとの親子としての絆など存在しない。生まれた彼等が自らに与えられた呪いに結局は発狂し死に絶える。それを繰り返した上で、バルカ達しか残っていないのだから。

 

「『冒険者』が行方不明になることなんてよくあること」

 

だから、早々探し出そうとする者なんていない。

すぐ近くで火がくすぶっていても、誰も気づかない。

 

「平和ボケって怖いよねえ」

 

 

 

×   ×   ×

地上

 

 

空はすっかり暗く、街灯が点灯している。

されどこの都市は眠ることはない。

都市内の酒場からは冒険者達の喧しい声々が轟き、給仕が両手に盆や(ジョッキ)を持って行ったり来たり。

 

「あぁん!? モルドの野郎を見失なっちまっただぁ!? どーせ、女の尻でもおっかけて未開拓領域にでも迷い込んじまったんじゃねえのかあ?」

 

「ちげえねえwww」

 

酒を呷り、怒声も交えて男も女も関係なく。

騒ぐ騒ぐ。

運ばれた料理を頬張っては卓を汚すのはいつものこと。

 

「ねえ、最近、農作物の値段上がってない?」

 

「やっぱり?」

 

「輸入品は高くなるのは仕方ないにしても、都市内で作られた物まで値上がりしてるのは……ちょっと、ねえ……」

 

「私の派閥、裕福ってわけじゃないから少しでも節約したいのに……困るわ」

 

都市外からの輸出品が高いのは言わずもがな。

されど女性陣達は口々に言う。

最近、都市内で作られた農作物まで高くなっていると。今年はひょっとすれば不作なのかもしれないと悲しげな顔をして派閥のお財布事情に頭を悩ませる。主神が勝手に金を使って遊ぶから悩みの種が全然解決しないだとか、そっちの派閥はどうやりくりしているの?とか、派閥違いの友人と言い合うそんなひと時。

 

「―――なあ、聞いたか? また、らしいぜ」

 

誰が言ったか、その『また』に一瞬、騒がしい会話が静まった。

 

「『ダイダロス通り』で不審火騒ぎが起きたってな」

 

「いつからだよそれ」

 

「わかんねえよ」

 

「犯人はまだ捕まらないの?」

 

「捕まってねえから、また起きたんだろう?」

 

「何をしているのよ、【ガネーシャ・ファミリア】は……憲兵でしょ?」

 

「いやでも、私の友達に【ガネーシャ・ファミリア】の子がいるから聞いたことがあるんだけど、自分達が到着したときには火は消えてることもあるのよ。火事になる前に消されてることもあるって」

 

「………何それ」

 

「だから()()()()()なんでしょ?」

 

「おまけに、【アストレア・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】が現場に来ても、そこに住み着いてる奴等だとかが野次馬したりして、犯人捜しどころじゃないらしい。見つけられっこねえよ」

 

「『ダイダロス通り』に住んでる人達の不始末ってことではないのか?」

 

「それだと学習能力なさすぎだろ?」

 

「友達から聞いた感じだと、()()()()()感じがするんだってさ」

 

少しピリつく空気に、給仕達だって動きを止める。

自分達の住む都市のことだ。

冒険者という素行は悪いが力のある彼等は、いざとなれば騎士でなくともボディーガード代わりにはなる。というか、自分達の命に関わるかもしれない問題になんて巻き込まれたくないのだ。しかしそんな空気を酒場の店主が怒鳴りつければその話はお終い。給仕達は動き出すし、冒険者達は肩を竦めて別の話題に切り替える。うまい酒にはうまい話を。こんな話ばっかりしていれば酒がまずくなる。そう言うかのように話は変わるのだ。

 

 

×   ×   ×

ダンジョン18階層 迷宮の楽園(アンダー・リゾート)

 

 

十字に斬り込みを入れた木から、炎が上がっている。

篝火(ウッドキャンドル)』と呼ばれる、(まき)をくべる必要がない()き火だ。椅子にも使えるほどのサイズで十字かつ深めに斬り込みを入れて出来上がる。それに灯されるのは、星空を切り取ったような炎、ベルの【アストラルボルト】だ。少し距離を開けて、丸太を倒し、ヴェルフと桜花が椅子代わりにしている。『篝火』には肉が刺さった串が設置され、肉汁を垂らして焼かれている。

 

「ただいま戻りました」

 

「おう」

 

2人がいる近く、森へと続く方から草を分けるような音がし、そこへ振り向けば人影が3つ。春姫が戻ったことを言うとヴェルフは短く答え、命やベル、そして春姫がそれぞれ丸太の上に腰を下ろした。命と春姫は髪がしっとりとしており、篝火に手を伸ばすと冷えた身体に温もりが帰ったように吐息を漏らした。野営の番をしていたヴェルフと桜花がそれぞれ焼けた肉を渡すと、それを頬張る。

 

「すっきりしたか?」

 

男性冒険者ならまだ我慢は聞くが、女性冒険者ともなれば汗や体の汚れは気になるというもの。大樹の迷宮から戻った5人のパーティは18階層に戻ると野営に適した広い場所を見つけて天幕を張った後、ヴェルフ達が夕食を。春姫たちが水浴びに出ていた。ベルは春姫に「一緒に参りましょう」などと言われ同行。【アーネンエルベ】による覗きを見つけたら雷で裁かれるという他者からすれば殺意が高すぎる見張り役を引き受けていた。

 

「申し訳ありませんベル殿。魔法を2つも便利道具のように使わせてしまって」

 

「大丈夫ですよ、命さん」

 

「それと、見張りも。しかし……仮に覗きをしていた者がいれば、死んでしまうのでは?」

 

「さすがに命を奪うようなことはしませんよ……たぶん。……【最凶(ヘラ)】はわかんないですけど」

 

「春姫としましては、ベル様と共に水浴びしたかったのですが……」

 

「春姫殿、自分がいますので、そういうことは別の機会にお願いします」

 

「いつも一緒に入ってくださいますのに」

 

「「「いつも!?」」」

 

「おいベル、聞き捨てなんねえぞ!?」

 

「聞かせてもらおうか、全てを」

 

「ベル殿、春姫殿に手を出すのが早すぎるのでは!? 改宗してすぐということですか!?」

 

「待って、おかしい。僕に矛先がくるのおかしい」

 

誰もわかっちゃいないんだ。

僕が1人でお風呂を楽しんでいると春姫の方からやってくることを。それでいて、気を失ってしまうために介抱をさせられるということを。なんてベルはそんな愚痴をこぼしたかった。でも、気絶する春姫が割と面倒くさい上に毎度悶々とさせられているなんて言えば、春姫は羞恥に顔を染めるだろうしショックを受けるかもしれないと言葉にはしない。アリーゼ達に助けを求める? そんなことは春姫が改宗して派閥の一員になってすぐにしている。でも彼女達は言うのだ。

 

「娼婦してた子が、男の裸を見て気絶するわけないじゃない」

 

と。

ベルは諦めた。

アイシャに相談するべきかとも思ったが、あの戦闘娼婦のことだ。意識のない春姫を好きなだけ貪ればいいじゃないかと言われるに違いない。間違いなく、きっと。

 

「…………はぁ」

 

ただただ溜息を吐いて、串焼き肉を頬張る。塩と胡椒をまぶしただけの男料理ではあるが、身に染みるほど美味い。ベルを囲う年上陣営は首を傾げた。

 

「そういえば」

 

「?」

 

ヴェルフが思い出したように切り出す。

 

「ベル、お前が知らない冒険者ってのはあり得るのか?」

 

「むぐむぐ………そりゃ、都市の外から新しく来たとかなら、知らなくてもおかしくないよ」

 

ヴェルフの脳裏に浮かぶのは、探索中にすれ違った集団だ。

6歳の頃にオラリオに来たベルが、知らない冒険者と言ったのだ。それが妙に引っかかる。神々……特に女神に気に入られているこの弟分は顔が広い。【ヘラ】に母親、【ゼウス】に父親というのもそうだが、【アストレア・ファミリア】唯一の男性団員というのもあって、良くも悪くも目につく。当然相手が知っていれば幼い頃からオラリオ、冒険者を見てきたベルだって知っているはず。それなのに、知らないのはおかしいとヴェルフは思っていた。

 

「気になるのか?」

 

「………まあ、な」

 

「そもそも、あれが新参の派閥だったとして。中層に入ってくるだけの実力者ということだろう?」

 

「新参の派閥の冒険者が、いきなり中層にアタックするか?」

 

仲間(パーティ)の中に経験者がいた、というのはどうでしょう?」

 

「だとしても、だ。つい最近オラリオに来たとして、そんな右も左もわかってないような人間を経験者が連れていくのか? 俺ならしない。 責任とれねえよ」

 

「………それは、確かに」

 

「あいつらの中に1人も『初心者』って空気がなかった。装備も含めてな」

 

「ではヴェルフ様は、あの方々が普通ではないとお考えなのですか?」

 

「普通じゃないというか、なんだろうな……何か問題がありそうな連中と言えばいいか……」

 

「ベル殿はどう思われますか?」

 

「……うーん」

 

仲間達がベルに視線を向ける。

肉を齧って咀嚼していたベルは、唸ってから口を開く。

 

「まず、管理機関(ギルド)が都市に来たばかりの新興派閥に、ぽんっと中層域の情報を渡すようなことはしないはず。そんなことをして仮に派閥に損失が出てしまってその派閥の団員達に「お前達が許可を出したじゃないか」なんて言われても困るし。……都市にとっても()()()()()のは良しとはしないだろうから。仮に出すとしても中層域に行ってもいいっていう実力を示された場合だと思う。……あの人達は、行き慣れた道を歩くような感じがあったから、『新参』っていうのは……どうだろう……帰ったらアリーゼさんに聞いてみる」

 

「おう、そうした方がいい。あんな姉貴分達でも、都市を守ってる派閥の1つだからな」

 

「ああ……あんな親バカ、じゃない。姉バカな奴等だが、やるときはやるからな」

 

「ええ、伊達に惚気てばかりではありませんからね」

 

「………そんな風に、思われてたんだ」

 

 

×   ×   ×

星屑の庭

 

 

団欒室に女神と眷族達が集っている。

長い赤髪を一本に束ねた美女が、自信に満ち溢れた笑みを浮かべ、両手を腰に当て、ここ数年で育ってきた胸を張って、部屋に響くように声を張る。

 

「それじゃ、ミーティングの時間よ! 情報の整理もしときましょう! ちなみに春姫とベルは今日はダンジョンに行ってるから帰らないらしいわ!」

 

「「「「癒しがぁ………ッ!!」」」」

 

嘆く正義の戦乙女達。

あの白くてもふもふしていて、手塩にかけて育ててきた弟は今日はいない。寂しい、お姉ちゃん死んじゃう!とばかりにテンションは下がる。ライラやリュー、アストレアはそんな仲間達を残念なものを見る目で眺めているが、寂しい思いがあるのは否定しない。

 

「コホン、いないのは仕方ないけれど、今生の別れではないのだし……始めましょうか。アリーゼ、お願い」

 

「はいっ、アストレア様! 今日も今日とて『ダイダロス通り』で不審火騒ぎがありました。死傷含めて怪我人はゼロ! 現場近くにはイスカがいましたけど、駆け付けた時には鎮火済み! 野次馬が集まっちゃったのもあって、犯人は見つかりませんでした! 今までもありましたけど、【ガネーシャ・ファミリア】と話をして()()()であろうと結論は出しています」

 

「問題なのは捕まえられないということか、とはいえこの騒ぎを起こしているのは大方『闇派閥』でしょう?」

 

「だと思うわ。『ダイダロス通り』の下に『闇派閥』の拠点があることはもうわかっているわけだし。問題なのはそこの出入りに難があるということで、地図作成者(マッパー)が必要」

 

「つーか、捕まえられないっていうよりは、放火みてーなことして、とっとと引っ込んでるってことじゃねえか?」

 

「まあ、それだろう」

 

未だ『不審火騒ぎ』を起こしているだろう『犯人』の姿を見つけることも捕まえることもできてはいない。怪我人がいないというのは運のいいことではあるが、それが続けば気味も悪い。あくまで『闇派閥』が何かをやろうとしていると予想はできるが、それだけ。歯がゆさがあった。

 

「次、私ね……ギルドの掲示板に気になる情報誌がありました」

 

仲間達が肩を竦めて、一拍間があくとリャーナが手を上げてそう言った。公式情報が集う巨大掲示板の前には冒険者が人集り、更新された情報誌がギルド職員の手によって張り出される。そこには、『武装したモンスター』というものがあった。

 

天然武器(ネイチャーウェポン)ではなく、冒険者の装備品を身に付けているそうです。これがその張り紙」

 

テーブルの中心に置かれた一枚の羊皮紙に全員が目をくぎ付けにする。描かれているのは、剣と鎧を纏うモンスターの絵だった。

 

「聞いたことはあるが……とうとう『中層』にも出るようになったのか」

 

「偶然だけど出会ったことがあるみたいな話、聞きましたね。あまりいい表情ではありませんでしたけど」

 

ネーゼが言い、セルティが続く。

怪物が冒険者の装備品を身に付けるという奇妙なことに誰もが眉根を上げる。全員が、そんな話を聞いたことがある程度のもので、それ以上の言葉は出せない。

 

「実際に見たことがない以上、どういう反応をすればいいのかわからないけど……中層に入る時は気をつけるしかないわね」

 

ミーティングは続く。

他愛ない話を交えながら。

 

 

「そういえば、勇者様が次回のクノッソス突入に兎と狐を参加させられないか? ってことを言ってきたんだが、どうする?」

 

「参加させないわ」

 

ライラが聞き、アリーゼが即答する。

だよなーとライラは最初から答えは分かっていたとばかりに言うと、アリーゼは続けた。

 

「春姫はまだ派閥に加わったばかりの子。それにまともに戦えるわけでもない。春姫の『階位昇華(レベルブースト)』は確かに強力な切り札だけど、それを理由に危険に巻き込むわけにはいかないわ。ベルも当然、参加させるつもりはないわ。あの子は強い。きっとこれからも強くなる。そう遠くない内に、私達のことも追い抜いちゃうと思う。でも、参加させない。()()()()()()()には巻き込まない。アルフィアに言われていたことでもあるけど、それは絶対。あの子には純粋に、『冒険』をしてほしいって思うわ。あの子の正義はきっとその先にあるはずだから」

 

「ま、冒険者なのに何で人間相手にしてんだって虚しくなることがないわけじゃないからな。私は賛成だ」

 

「他ならないアルフィアが言ったことなら、守るしかありませんね」

 

「戦争遊戯でアマゾネス達をぼこぼこにしておいて、今更人間同士の争いなどと言われても――――」

 

「ぐ~かやさ~ん、~何か、言った?」

 

「いえ、なにも……というか、ぐーかやと言うのをおやめ頂けますか?」

 

「あら、ベルには特に言わないじゃない」

 

「………相手によりますので」

 

「ふーん」

 

アリーゼが微笑みを浮かべているのに確かな圧をかけて輝夜に近付く。顔が怖いですよ団長様? と輝夜が顔を逸らす。副団長を圧する団長に仲間達も口元を引くつかせて汗を垂らした。

 

「――――関係のない話になるのだけれど……」

 

そんな眷族達を眺めながら、アストレアはふと口を開く。

話題は当然というか、ベルのこと。

 

「あの子が次にランクアップしたら、流石に神会(デナトゥス)で突かれると思うのだけれど……どう誤魔化せばいいと思う?」

 

「「「「えっ」」」」

 

「てっきり【戦場の聖女(デア・セイント)】といつ結婚するの?って仰るのかと思ってました」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「「「「………えっ?」」」」




ベル君がいないところでソードオラトリアのイベントは発生しているので、クノッソスに突入とかも普通に起きてます。

・ローリエ:『喋るモンスター』の住処どこー? と壁やら水晶群やら破壊したりと如何にも怪しい行動しているのをフェルズに見つかる。具体的な解決策があるわけでもあなく、行動自体も衝動的なものが多すぎるので呆れられる。

・コミックスでは描かれてますが(ソードオラトリアで書かれてたか不明)、娘を誘拐して孕ませてダイダロスの同胞を生ませたりとかしていたようです。でもだいたいが本を読んで発狂するなりして死亡してしまうため、死後、眼球をくりぬいて鍵にしてます。

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