アーネンエルベの兎   作:二ベル

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もうちょっとかなあ


英雄賛歌⑦

レイと名乗る妖精の少女との交流は続いた。

両腕両脚に包帯を巻き、アマゾネスの好むような戦闘衣装(バトルクロス)の上から全身を覆う外套(ローブ)を身に付ける彼女は、ベルと共に地上を出た時、瞳を驚きで震わせた。

 

「これが……地上の世界……」

 

「?」

 

「あ、いえ、ず、随分、ダンジョンを彷徨っていましたの……デッッ」

 

「はぁ……」

 

 

そんな具合で、行方不明者の1人だったのかもしれない程度にしか思っていなかったベルはオラリオを案内した。女神が売り子をするオラリオのソウルフード『じゃが丸君』の屋台だとか、武器を売っている店だとか、魔法具(マジックアイテム)を置いている怪しげな店だとか。1日では周り切れないだけのものを。そのどれもを見せてもレイの表情は見たことのないものを瞳に焼き付けるかの如く新鮮な表情を浮かばせ、そしてベルの話を聞き逃そうとはしなかった。

 

「ここは、お墓……ですか?」

 

「『冒険者墓地』と呼ばれています」

 

レイにとっては恩人との逢瀬。

ベルにとっては地上が久しいらしい妖精との観光。数日目にして訪れたのは、冒険者墓地。観光で行く場所とすれば有りえなくもないが、逢瀬で訪れる場所ではないだろう。無数の墓がひしめく墓地。ダンジョンで散っていった者達が埋葬される、冒険者達の眠る場所。白い石材で造られた無数の墓標に少女は喉を鳴らしつつ、ベルと共に墓地の奥へ向かう。やがて見えてくるのは、漆黒の巨大な記念碑(モニュメント)。他の墓標とは作りが異なる『古代』の時代を駆け抜けた英雄達の墓。5(メドル)はある漆黒の記念碑(モニュメント)を見上げるレイの耳にベルの声が届く。

 

「己の身を賭し、地下世界からのモンスターの侵攻を食い止め、多くの命を救った偉大な英雄達のお話……『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』っていうのがあるんです」

 

「そ、ぅ……です、か」

 

ふとレイは隣にいるベルの横顔を見た。

彼は記念碑(モニュメント)を見ていたと思ったら、それよりも奥にある、それこそ墓の群れからはぐれたような場所を見つめていた。寂し気な目をして、今にも泣き出してしまいそうな顔で。チクリと刺すような痛みが胸に巣食って、何かを言おうとして開いた口が言葉を紡ぐこともできず閉じられる。せめてその小さな背中をさすってやれたらとも思ったが、それをすればすべてが壊れてしまう。それが歯がゆい。

 

「僕の幼馴染……ちょっと苦手な人なんですけど、綺麗な女の子なんですけど、上手くいかなくて……そんな彼女は、実は英雄の子なんじゃないかって僕は思ってるんです」

 

「?」

 

話題を逸らすように記念碑(モニュメント)へと顔を向けて口を開いたベル。レイは誰のことだろうかと思ってつい先日に置いてきてしまった金髪の少女のことだろうかと何とも言えない気持ちに襲われた。

 

「大英雄アルバート……本によってはアルベルト、オイゼビウス、剣の覇者……いろんな名前で呼ばれていて……たぶん、あまり、知れていないもう1つの名前があるんです」

 

それは昔。

祖父がベルに与えた『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』に記されていた大英雄の名前。

 

「『傭兵王ヴァルトシュテイン』」

 

「よう……へい?」

 

「傭兵……探索者、今でいう冒険者と同義の言葉です。つまり、そのヴァルトシュテインという人を意味するところは『冒険者の王』ってことなんです」

 

「冒険者の……王?そんなヒトが、本当にいたのですか?」

 

「黒竜から片目を奪ったとされています」

 

「!」

 

「アイズさん本人からそういった話を聞いたことがあるわけじゃないし、そういった地雷になりかねないところを踏み込むようなことはしたくなくて……でも、僕は無関係ではないと思ってるんです」

 

ナイショですよ? と口元で人差し指を立てるベルにレイは唇を歪ませて笑みを咲かせ微笑みを浮かべた。

 

「アア……とても、気持ちがいいですね……」

 

ふと、風が吹いた。

肌を撫で、髪を揺らす。

暗く閉じられた迷宮などではなくどこまでも続く青い空は美しく、流れる雲を追いかけたくなる。目を細めて、羨望を抱いて、ベルには聞こえないような声音でそんなことを呟いた。

 

 

×   ×   ×

黄昏の館

 

 

「それで、あの子に……嫌いって言われちゃって……」

 

「ははーん……それはあんたが悪いわ、アイズ」

 

アイズは部屋に引きこもっていた。

ベッドの上でクッションを抱きしめて膝を抱えていた。

そして心配に心配を重ねていい加減にしやがれと扉を破壊し(こじ開け)てやってきたティオネに事情を話す羽目になった。完全に自分のやらかしであると。自分も同じことを言われたらたぶん怒るというのも分かっているので、ベルが怒るのは当然であると。謝ろうとしたが失敗に終わってしまったと。ティオネは腕を組んで、溜息をつく。腕の上に乗る豊かな胸は、むしろ腕で支えているのでは?と思えてしまうほどで、一緒にやってきたティオナは表情を曇らせる。レフィーヤは何とも言えない顔になっていた。しかし敬愛するアイズが、ベルとダンジョンに行って帰って来たら『ぬとねの区別がつかなそうな顔』をして帰ってきたのだから心配もする。リヴェリアだってギョッとしていたくらいだ。ロキあたりは「何やアイズたん、有り金全部FXで溶かしたん?」とか言っていたが、まったくもって意味がわからなかった。記憶が確かならベルからお金を借りてとりあえずの借金は消えた筈だ。問題ないはずだ。ベルへの借金ができただけで。しかし聞き出してみれば、事態はアイズにとっては深刻だったらしい。まるで燃え尽きた戦士のように真っ白で、どこかすすけていて、風呂に入る時だってフラフラと幽鬼のように揺れて背中が小さい。重症だった。

 

「リヴェリア様も手に負えないから私達に声がかかりましたけど……」

 

「なんていうか、リヴェリアは聞いたからこそっぽいけどね」

 

「あー……なんというか怒鳴り声、しましたもんね?」

 

ティオナとレフィーヤは瞼を閉じて思い出す。

 

<アイズ、どうしてお前はいつもそうなのだ!?>

 

聞こえてきたリヴェリアの怒声。

いったいなにがあったんだろうなんて思っていたら、内容は件の幼馴染問題であった。ティオナとティオネは闘国(テルスキュラ)出身で幼少期から一緒の異性なんていなかったし、幼馴染という概念はイマイチよくわからない。レフィーヤもまた幼少期一緒に遊んだ同胞の子がいたかもしれないが学区に入るのと同時に郷を出た身だ。アイズと同じような境遇というわけでもない。

 

((あれ、これ、私達には荷が重すぎるんじゃ!?))

 

「きっと、もう、顔も合わせてくれない……終わった……私はあの子が言う通り、全自動命摘み取り機なんだ……触れたモノみんな傷付ける……」

 

「…………」

 

((触れた怪物全て爆殺させるの間違いじゃ……))

 

アイズは幼い頃からバチグソにモンスターを爆殺させる勢いでぶった切ってきた娘である。ラウルがチビるレベルのやばい小娘である。しかし、触れた者みんなというのは語弊があるのでは? とティオナとレフィーヤは思った。彼女達の知る限り、あくまでもベル限定じゃね? というのがあった。

 

「アイズ」

 

「?」

 

ずっと黙っていたティオネがようやく口を開いた。

アイズは恐る恐るといった感じでティオネの顔を見て、首を傾げる。

 

「あんた、ベルのことどう思ってるのよ」

 

「…………幼馴染?」

 

「いや、そうじゃなくて嫌われることであんたにどんな不利益があんのよ」

 

「「ん?」」

 

迷宮都市は狭いようで広い。

顔や名前を知った相手が他派閥にいたとしても、毎度の様に出会うことがあるわけでもない。好き嫌いがあってもおかしなことでは決してない。ティオネにとってはアイズがベルをどう思っているのか次第ではあるが「嫌われる」だの「好かれる」だのは正直どうでもよかった。アイズがベルをどう思っているのかが重要だった。

 

「え……え……?」

 

「別にあの子に会えなくなった、嫌われたからってアンタに何か影響あるの? ないなら別に気にしなくていいじゃない。雄なんてそこら中にいるわよ、アンタに見合う雄がいるかどうかが問題なだけで」

 

「ティオネさん……な、何が言いたいんですか?」

 

「いや、【アストレア・ファミリア】からは良い目はされないかもしれないけど、それはずっとじゃないでしょう? じゃあいっそ放っておけばって思って。一々気にする必要性はないわけだし。生きてりゃ仲違いすることもあるわよ」

 

「なんか年寄りのエルフみたいなこと言い出した?」

 

「うっさい馬鹿ティオナ。それでアイズ。あんた、あの子のことどう思ってるの? 好きなの? 嫌いなの? そこのところ、はっきりさせなさいよ。長い付き合いなんでしょ? 幼馴染なんでしょ? どう思ってるのかくらい結論出せるでしょ?」

 

ハッキリさせろやオラァなティオネ。

カァッと赤くなるのはレフィーヤで、口を開けたまま固まっているのはティオナだ。そして目をぱちくりさせるアイズはクッションに口を埋めて瞳を泳がせる。

 

「………あの子は優しくて、良い子で、白くて、温かくなるっていうか」

 

「「ごくり」」

 

あのアイズ・ヴァレンシュタインの恋バナ?ともなれば少女達だって喉を鳴らす。相手は年上の女に囲まれている兎だ。雷のワケワカメな魔法だったり空を自由に飛び回っている変な兎だ。それでも気にならないといえば嘘になる。ただしティオネだけはアイズの曖昧な表現にイラァっとしていた。

 

「アイズ、もういいわ。アンタも1人の雌だってよーくわかったから。私がアドバイスしてあげる」

 

「!」

 

「「え」」

 

「何?」

 

「「い、いえ」」

 

完全に目がキレ気味なティオネ。

ティオナとレフィーヤは「え、ティオネがアドバイス……?」という当然の疑問を浮かばせるが、恐ろしい眼力に黙らせられる。ごくりと喉を鳴らすアイズに、ティオネは顔を近づけ、耳元で囁いた。

 

「ごにょごにょごにょ……って言えば、いけるわ。それでアンタは、ごにょごにょごにょ……」

 

「そ、それで、あの子と仲直り、できるの?」

 

「仲直りどころじゃないわ。 いけるとこまでいけるわよ」

 

「!」

 

「ぐちょぐちょのドロドロになってしまえば、男なんてアンタなしじゃ生きていけなくなるに違いないわ!」

 

「「流れ変わったなぁ!?」」

 

なんて言ってたのかティオナとレフィーヤにはよく聞こえなかった。ただ、碌でもないことな気がしてならなかった。しかし、アイズの希望を見つけたような瞳の輝きに何も言えなかった。

 

「私を誰だと思ってるのよ! 安心しなさい。間違いなく、いけるわ!」

 

((団長(フィン)に悉く躱されている憐れな女の間違いじゃ……))

 

「あ゛?」

 

「「ひぃっ!?」」

 

 

×   ×   ×

星屑の庭

 

 

すっかり暗くなり、空には星々の輝きが見えた。

バベルの真下でレイと別れたベルは、本拠に戻ってきていた。彼女がどこに帰るのかベルには分からないが、最近知り合ったばかりとはいえ住んでいる場所だとか派閥だとかを詮索する気にはならなかった。彼女も1人で帰還できると言っているし、問題はないのだろう。

 

「おかえりなさいませ、旦那様」

 

「輝夜さん……よかった、()()()()()()()()()()()()

 

「おかえりなさいませ、ベル様」

 

 

出迎えに来たのは、輝夜だ。遅れてメイド服を着た春姫がやってきた。ベルは輝夜の格好に安堵の息を漏らす。というのも先日のことだ。春姫とベルが本拠に帰ってきた時に抱き着いてきた女がいた。それが輝夜だ。生まれたままの姿(すっぽんぽん)でだ。

 

<か、輝夜様!?>

 

<か、輝夜さん、なんで裸!?>

 

<貴方、聞いて! 貴方様の……うぅ……、専属鍛冶師に乱暴されて……ぐすっ、私は、キズモノに……ひっく……! 私は、あなたの妻なのに……うぅぅぅ、私、とても悔しい……!>

 

これはベルの知らないことではあるが、輝夜はとある鍛冶師の青年に言い負かされてしまったらしい。よほど悔しかったのだろう。あの『男も泣かす【大和竜胆】』が言い負かされたのだから。湯浴みをしようとしていたタイミングでベルが帰ってきたのでタオルこそ巻いているが全裸で玄関まで猛ダッシュ。そのままベルに抱き着き豊満な胸にベルの顔を埋めさせて泣きついた。はらりとタオルが床に落ち、男好きのする女体をこれでもかと押し付けるまでしていた。わざと勘違いさせるような台詞まで述べて、だ。ベルはわけがわからなかった。輝夜が乱暴されたという。それも相手はベルの知っているとある鍛冶師の青年だという。彼が? ヘファイストス様と進展していない彼が? それ以前に、毒壺の身体である輝夜を? 輝夜の女体に包まれながらベルは硬直。ほのかな汗の香り、だけど嫌じゃない女の人の匂いが鼻孔をくすぐって、それでいて柔らかく、締まりのある女体の温もりはとても心地いい。思わず抱きしめ返してしまう。

 

<ベルー、その性悪が言ってること気にしなくていいわよー>

 

<え?>

 

<輝夜、あんたはいい歳こいて全裸で走り回るんじゃないわよ。湯浴みするならさっさとしてきなさい、風邪ひくわよ?>

 

<チッ>

 

<ていうか、しれっと『妻』とか言わないでくれる? 勝手なことしないで。輝夜・クラネルとか旅行先で書くのやめて。怒るわよ?>

 

<チッ>

 

<え?>

 

口を挟んだのはアリーゼ。

混乱する春姫とベルを他所に、化けの皮が剥げたように舌打ちをして、そのままベルを浴室へと連行。湯浴みの世話から着替えの世話、食事からなにから奉仕させた上に暇な時間は後ろから抱き着いてベルを股の間に納めるように座り、ガブガブと肩を甘噛みして八つ当たり。ベルは最後まで訳が分からなかった。ただ後日、ヴェルフの所に行くと輝夜の毒にやられるどころか元気にしていた。

 

<輝夜さんを強引に抱いておいて何で生きてるの?>

 

<ベル、殴るぞ>

 

<ご、ごめん?>

 

<俺はヘファイストス様一筋だ>

 

<そ、そっか……よかった>

 

そんなことを思い出して、着物姿のいつもと変わらない輝夜にほっと一息。ひょっとすればあの時はお酒が入っていたのかもしれない。強い方だとは思うが、酔わないわけじゃないし輝夜は所謂『裸族』の部類だ。今でこそ多少矯正されているが、就寝時は一糸まとわぬ姿なのは変わらないし、暑いとすぐ脱ぐクセだって相変わらず。他の男の前では脱がないだけというだけ。

 

「それでベル、お前、どこの誰とも知らん女と一緒に行動していたらしいな」

 

「なんで知ってるんですか?」

 

「お前がいるところに女の目ありだ」

 

「意味が分からない!」

 

「ま、まあ良いではございませんか輝夜様。ベル様も年頃の男性。女遊びをしたい年頃というものなのでは?」

 

玄関先でするような会話ではない。

言外に春姫が訴えかけてきているが、しれっとベルの手荷物を預かっているが、春姫の言葉に輝夜は黙りこくった。この狐、派閥の末席に加わったばかりというのにベルの侍従(メイド)が板につきすぎでは? と思ってしまう。普段からベルと行動を共にすることの多い春姫だが、くそ、メインヒロインの座が危ういかもしれないという危機感を覚える輝夜である。

 

「………おかえり、ベル」

 

「た、ただいま輝夜さん」

 

唇を尖らせて言った輝夜に苦笑を浮かべてベルが返す。手を洗って着替えをして、剣や道具類を片付けて、姉達が先に食事しているだろう食堂に行っては食卓に加わる。

 

「なんかよくわからないんだけど、【剣姫】が落ち込んでるらしいよ」

 

「あの何考えてるかわからない顔の子が? モンスターに逃げられてのかしら」

 

「ベル様どうされたのですか? 顔色が……」

 

「い、いや、何でもないです」

 

「それでベル、あの外套(ローブ)を着ていたエルフはどこの派閥だ? 言ったろう、私達の知らん女に手を出すのは浮気だと」

 

「か、輝夜さん、近い……顔がとても近いです。あと、き、聞いてないですそういうの」

 

「何々、ベルはやっぱりエルフが好きなの? リオンとセルティじゃ満足できないの?」

 

「あらあら……ベルも年頃だし、素敵な出会いがあったのかしら? でも、そうね……ほどほどに、ね?」

 

「アストレア様……えと、だから、違うんですってばあ! 前に助けた冒険者で、お礼がしたいって、それで……あれ、アリーゼさんがいない?」

 

年上女性陣の無言の圧力というか、ベルはあたふたして身の潔白を示そうと身振り手振り。知っている女はセーフだが知らない女はアウトみたいな反応をする輝夜に、ベルも年頃だものね~でもほどほどにねなんて柔らかな笑みで見守るアストレアに、ベルはぴえんぴえん。そしてアリーゼがいないことに気がついて話題を強引に切り替えようとする。食卓は、アリーゼを抜いた面子しかいなかったのだ。

 

「アリーゼはもう少しだけ見回りしてくって残ってんだよ」

 

「昔と比べれば平和ですけど、物騒なことがないわけではないですし」

 

「日付が変わるまでには帰るって言ってたからな。あれでいて勘は良い方だし……私達も残るべきだったか?」

 

「つっても、【ガネーシャ・ファミリア】のが人員が多いからな。任せられるところは任せた方がいいだろ。アリーゼのは完全に自分がそうしたいからって残ってるだけで、私達には帰れって言ってたじゃねえか」

 

「あ、春姫もそうだけど『ダイダロス通り』の近くを通るときは気をつけなさいよ? ただでさえ迷子になりやすい場所だけど、最近じゃ不審火騒ぎもあるんだから」

 

「リャーナ様、原因は結局見つかってはいないのですか?」

 

「原因って言ってもねぇ……火の不始末みたいなのが大半かしら。ん-……例えるなら燻ぶってる薪を投げ捨てていった結果、吹いた風で燃え上がったーみたいな」

 

「イシュタル様も相変わらず見つかってないし……戦争遊戯の処理って止まってるんですよね、アストレア様?」

 

「ええ、当事者であるイシュタルがいないおかげでどうするべきか決めあぐねている状況よイスカ。勝手に決めたら決めたで、イシュタルのことだから勝手なことをするなと怒るかもしれないし」

 

「行方くらませておいてそれは……我が儘なんじゃ?」

 

「美神ですもの」

 

「「「「あー……納得」」」

 

 

×   ×   ×

都市 北西

 

 

「というわけでローヴェル氏、ギルドによる調査も【アストレア・ファミリア】が報告してくれた情報と変わりありません」

 

「そう、わかったわ」

 

アリーゼはギルドを訪れていた。

カウンター越しに対面するのは、受付嬢の半妖精(ハーフエルフ)のエイナだ。時刻は遅く、街灯に照らされる都市が暗くなるということはないが、もう彼女も業務を終え帰宅する頃合い。長く付き合わせるというわけにもいかず、アリーゼは軽く礼を言って、ギルドを後にした。彼女達が話し合っていたのは、都市の情勢だ。『ダイダロス通り』で発生する不審火だとか、『怪物祭』で現れた『ミノタウロス』、そして【イシュタル・ファミリア】との戦争遊戯の際に乱入してきた『牛』と『女』を合わせた新種。ギルドに聞いたところで仕方ない所もあったり、一介の職員でしかないエイナに聞いても……という部分もあるが都市の秩序を守る派閥の団長としては情報は1つでも多い方がいい。とはいえ自分達が知っている情報はギルド側も知っているようで、収穫はなし。

 

「たぶん、あの神様が何かやっているってことなんでしょうけど……」

 

勘だった。

ストリートに敷き詰められた石畳を見つめながら、脳裏に浮かぶとある男神が何かをしようとしているとぼやく。7年前の抗争の後、いなくなってしまったことで【アストレア・ファミリア】は迷惑をこうむったのは言うまでもない。責任を追及されたことだってあるし、ヘルメスやガネーシャ達が庇ってくれなければどうなっていたかわかったものではない。時間が経ったことで、いつ何をやらかしてくるかわからないという不安感は市民達から消えてしまった。ずっと危機感を維持することは難しいが、最近になって何かしら問題が発生していることからアリーゼはピリピリとしたものを抱えていた。闇派閥の旗頭になっていたあの男神が何か糸を引いているというのがアリーゼの勘であり、都市外になど逃走していないというのも勘が告げていた。自分達が住んでいる足元には、未だ悪の住処(アジト)が存在している。【ロキ・ファミリア】と進攻したこともあったが、完全攻略はできていない。何より、その時はあの男神と遭遇することすらなかった。いる気がするのに目の前に現れない。だけど何かアクションを起こしていて自分の存在を薄っすらと正義の側に立つ者達に伝わるようにアピールしているようでもあった。それがとても気味が悪くて、フィンの言葉を使うなら駒の指し手の動きが全く読めない気持ち悪さがあった。

 

「はぁ……」

 

溜息を吐いて、空を見上げる。

綺麗な星空だった。

雨が降りそうな予兆もなく、歩いていたアリーゼへ酒場の店員や同業者が声を飛ばせば、愛想よく手を振って歩く。今日はもう帰ろうなんて思って、いつもより見回りの撤収時間をずらして収穫なしだった結果に喜ぶべきか悔しがるべきかもはっきりせず、もやもやとしたものを募らせて、帰ったらベルを可愛がって癒しを得ようなんて考えて、ふと、夕方に見かけた1人の少女のことを思い出す。 彼女は妖精(エルフ)だった。どこか知り合いの美少女に似た雰囲気を纏っていて、肩から外套(ローブ)を覆ってこそいるが時折見える中身はエルフなら着るのを避けるだろう露出の多い戦闘衣装(バトルクロス)。くすんだ金の毛先は青が混じっていて、それでも美しいと思ってしまうくらいで、ベルが迷宮内で助けた冒険者の特徴と合致するところもあって、声をかけようとした。1人でダンジョンに行くの? ファミリアには帰れた? そんなことを言おうとして、視線に気づいた彼女がアリーゼへと振り返った時、親指が疼くというわけではないが、何かが違うと感じて、アリーゼは言おうと思っていた言葉とは違うことを言っていた。

 

「貴方……本当に人間?」

 

 

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