アーネンエルベの兎   作:二ベル

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英雄賛歌⑩

 

『―――ォ、ォオオオ』

 

 

慟哭が響く。

苔の光に照らし出される広間(ルーム)の中央で、怪物が啼いていた。それは仲間を失った悲しみであり、耐えがたい怒りを象徴するような慟哭だ。怪物は、灰色の身体を震わせ、瞳を赤く輝かせ、その硬い身体に持つ爪が生える手によって、協力者たるフェルズの制止を呼びかける声を振り切るかのように握りつぶし、壊した。

 

 

『ガ、ァ――――ァアァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

許せない。

許しがたい。

許せるわけがない。

周囲に転がっているのは、仲間だった者達が身に付けていた鎧だ、武器だ。そして、血液や羽毛が散らばっていた。言われなくたって分かる、ここで惨劇があったことくらい。聴覚が優れた竜女(ヴィーヴル)を呼び寄せるために密猟者(ハンター)共に捕えられた者が『囮』として利用されたのだ。

 

巨大な樹の幹には深い刺し傷があり、血が付着しており、そしてその下には羽根と杭と鎖がいくつも落ちていた。歌人鳥(セイレーン)のものなのか半人半鳥(ハーピィ)のものなのかはわからないが、それこそ百舌鳥(もず)の早贄のように、『磔』にされていたのだろう。

 

怪物(モンスター)磔刑(タッケイ)

ダンジョンに広がる筈のない異様な景色がきっとそこにはあったのだ。『囮』にされていただろう新たな同胞かもしれない者を救わんと、誇り高き仲間達はまんまと罠にハマって、そして追いついた石竜(ガーゴイル)達の瞳に仲間達の姿がいないどころか残骸しかないということは………そういうことなのだろう。

 

大量の灰粉が撒き散らされた広間(ルーム)で、怪物達はやがて瞋恚(しんい)の炎を宿し、叫喚を響き渡らせた。

 

 

何があっても「耐えろ」と言われ続けてきた彼等が、それでもなお耐えることなどできるわけがなかった。それだけの人間の所業がそこにはあったし、石竜は見て、聞いたのだ。仲間達の死に様までも。

 

報復を(コロシテヤル)!!

報復を(コロシテヤル)!!

報復を(コロシテヤル)!!

 

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

そして、異端の怪物達は18階層を壊滅させた。

 

 

 

×   ×   ♪

ダンジョン上層

 

 

冒険者達が駆けていく。

似通った団員服や派閥を表す徽章をつけた外套等を身に付ける彼等彼女等。その足音は走っていながらも軍靴の音のようだ。

 

「――調教(テイム)って、正気!?」

 

「緊急事態ではなかったのか?」

 

「少なくともギルド本部では混乱騒ぎになっていた。これで緊急でなかったら、何だと言うのです。宿場街(リヴィラ)の住人はならず者(ローグ)とはいえ、少なからず実力を持った者達の集まりだ」

 

「リオンの言う通りだ。モンスターの襲撃だって今までだってあったはずだ。そもそも18階層まで辿り付けるだけの力はあるんだぜ? そんなやつらのいる場所が壊滅したんだろ? ただごとじゃねえだろ」

 

魔導士のリャーナが耳朶を震わせた指示に叫び、輝夜が足音も立てない走行を行いながら静かに問い、リュー、ライラと続いた。彼女達は現在、【ガネーシャ・ファミリア】の団員達と共に18階層を目指している。進路上にいるモンスターなどわけないぞとばかりに討伐する。緊張感を身体に纏わせ、真剣な眼差しのままいた誰もが、聞こえてきた指示に首を傾げた。

 

 

『モンスター達には調教(テイム)を施し、殺さず、生け捕りにしろ』

 

 

地上では少なからず18階層、宿場街(リヴィラ)壊滅の件で騒ぎが起きていた。ギルド本部では今頃、職員達が泣きの目を見ている頃だろう。その状況で、調教(テイム)など無茶を言うなと誰もが思っている。

 

「そ、それが、主神(ガネーシャ)様からギルドの密書を手渡されて……ご、極秘に行えという指示が」

 

「だから、詳しく説明してくれないと困るわ! ええっと―――モモンガくん?」

 

「無茶を言わないでください、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】!? あと自分はモダーカです!?」

 

「シャクティさんシャクティさん、アーディさんは?」

 

「ベルー、1人だけ先行かないでー戻っておいで~大好きなアーディお姉さんがいなくて寂しい気持ちはわかるけど、『喋る火炎魔法(イブリ)』に鼓膜破られても知らないよー」

 

「俺を―――――呼んだなぁあああああああああああああああッッ!!」

 

「「「「呼んでない!! 間をあけんな!! あとうるさい!!」」」」

 

「アーディは地上待機だ。全団員がダンジョンに行くわけにもいかない。あっちもあっちで市民や神々を守る任がある。その、なんというか……妹がすまない」

 

「?」

 

「いや、お前達がいいなら、いいんだ」

 

「?」

 

「シャクティー、お願い、アーディとベルがくっつくムーブやめて。その娘を送り出す母親みたいな顔しないでお願いだから」

 

緊張感を持ちながらも、勝手知ったる仲間だからこそ軽口が飛び交う。それでも周囲に気を配り、隙など微塵も表せない。こうした集団での行動が初めてなベルのことは正直なところ心配ではあるが、経験させない手はなかった。【ガネーシャ・ファミリア】は前方、後方に別れてその間に【アストレア・ファミリア】がいる形になっている。先頭にいたシャクティの元からアリーゼ達の元まで戻ってきたベルをマリューが「めっ」とデコピンをかまして注意する。

 

 

「どのような思惑があるにせよ、私達の主は【群衆の主(ガネーシャ)】だ。彼を信じ、彼についていく。お前達には苦労をかけるな」

 

申し訳なさそうに少しだけ笑みを浮かばせる盟友(シャクティ)の顔を見れば、アリーゼ達はもう何も言わなかった。

 

「シャクティ、私達の派閥には生憎と『調教師(テイマー)』はいないわ。だから、生け捕り……無力化に努めるけど、それで天に還っちゃったら笑い話にもならないからあまり期待しないで頂戴よ?」

 

「…………ああ、わかっている」

 

 

間もなくして、両派閥の冒険者達の瞳に18階層の景色が広がった。

冒険者達の訪れに合わせるように、罅割れた青水晶の柱が、音を立てて倒壊した。

 

 

×   ×   ♪

地上

 

揺れる、揺れる。

都市が揺れる。

 

「ひひひひひっ……!! ディックスゥ……気ぃつけろぉ……! エレボスがやらかしやがるぞぉ……!」

 

遥か高所、街並みを一望できる建物の上。

笑う密猟者(ハンター)達の主神、男神(イケロス)が動乱する都市を眼下に収める中、絡み合う様々な思惑は混迷を引き連れ、1つの巨大な渦をなそうとしていた。これから『何かが』起ころうとしていると神々は予期し、そして笑みを浮かべる者、無辜の民や眷族達を率いて避難する者、あるいは何も語らず表情も浮かばず、ただその時を待つ者とがいた。どのような思惑があるにせよ、神々は地上の住人(こどもたち)より遥か先の光景に目を向けていた。

 

それは、正義の女神(アストレア)であっても変わらない。

何かが起ころうとしているという予感と眷族達に対する信頼はあれど湧いてくる心配という感情に胸を締め付けられる。それを悟られまいと孤児院の子供達や都市民達を他の冒険者達と歩を共にして避難誘導を行っていた。

 

(恐らく、この騒動は『始まり』に過ぎない……)

 

『怪物祭』からちょっかい自体はあった。

自らの存在を主張するように、陰湿に。

だからこれも『はじまり』に過ぎない。

これから、『何かが』起こるのだ。

ギルドでは逃げてきた冒険者の怒号が響き渡っている。耳朶を震わせるそれは、これから起こる何かを助長しているかのようだ。

 

アストレアはふと、空を見上げ目を細めた。

彼女達は知っていたのか、それとも知らないのか、死人に口なし故に問うことなどできないが、天に還った覇者へと、せめてどうか見守っていてほしいと祈りを込めた。

 

 

×   ×   ♪

18階層

 

駆ける。

駆ける。

宙を駆ける。

ベルは、【ビューティフルジャーニー(ふたつめの魔法)】を解放し、上空から『リヴィラ』を目指していた。唯一、地上ではなく空中を進むことのできるベルの方が、事態の把握が早いと踏んだシャクティの指示だった。ベルの後方を部隊を分けた冒険者達が追って来ている。

 

ことごとくが破壊された天幕や木造の商店、引火した魔石製品によって発生する火の手。ならず者達の喧騒が消え去った街から、膨大な砂塵とともに黒い煙が立ち上がっている。18階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』に到達した冒険者達は西部にある湖畔の巨島に築かれた『リヴィラの街』へと向かった。北門を始め、街を囲う水晶と岩の街壁には巨大な破砕跡が刻まれており、雪崩れ込んできた存在の進撃の威力を物語っていた。地面から生えている白と青の水晶の残骸があちこちに飛び散っており、他にも折れた剣身や粉々になった斧の刃、飛び散った血液の跡など、街の住人と冒険者が抗おうと繰り広げた攻防の激しさが散見される。あちこちから砂煙を吐いているダンジョンの宿場街は、今や廃墟と化していた。その景色を真上から瞳に映し、ベルは表情を曇らせた。あの荒くれ者(ローグ)達で賑わっていた街がこれほどまでに変わり果てていたのだ。冒険者経験がまだまだ少ないベルからして「よくあること」だと受け入れるのは難しかった。

 

「あれは……石竜(ガーゴイル)……?」

 

ゆったりとした慣性移動を行っていたベルは、見る影も失った街の通りの一角で一体の怪物を見つける。灰色の体色はまるで『石』でできた身体で、『ガーゴイル』であることはすぐに分かった。そしてその怪物は翼を広げているせいで見えにくいが、冒険者が倒れているように見えた。追いかけてくる冒険者達に言うとベルは魔剣と紅の長剣(ビーフストロガノフ)をそれぞれ手に握り締め、宙を蹴って、石竜(ガーゴイル)へと急接敵する。

 

 

 

 

『同胞ヲ何処ヘ連レ去ッタ!? 言エ、人間!!』

 

 

全壊した街に、怪物の声音が混ざる人語が響く。

見る影も失った街の通りの一角、そこで灰色の大翼を広げる石竜(ガーゴイル)と、両足を潰され寝転がされた冒険者の男がいた。

 

「はッ、はぁ……!? なに言ってんだよぉ、化物ォ……!! 言っている意味が……!」

 

男はモンスターの強襲から逃げ遅れた数少ない冒険者の1人だった。全身に走る激痛、更にひしゃげた脚から今もとめどなく流れる血液によって呼吸困難に陥りかけている。両目に涙を溜めながら、喋る奇怪な怪物相手に何を言っているかわからないと悪態を放っていた。石の爪から紅血を滴り落とす石竜(ガーゴイル)――グロスは、その歪な牙をむき出しにする。

 

『シラバックレルナ!! 貴様等カラハ臭ウ、仲間達ノ香リガ!! 『アーデ』ト同ジ、同胞達ノ匂イガ!!』

 

「っ……!?」

 

『同胞達ノ死臭ガ、貴様等ヲ薄汚イ畜生ダト言ッテイル!! 質問ニ答エロ!! 同胞ハ、『アーデ』ハ何処ダ!?』

 

異端児(じぶん)達の中でも、『アーデ』だけは違う。

彼女は人間だ。

本人は既に人間であることすら忘れてしまっているようだが、それでも人間だった。殺してやろうと思ったことなど何度もあったが、彼女は利用されている憐れな娘だとわかれば手を下すのも難しくなった。会ったこともない同胞達の遺品(ドロップアイテム)を、香りを身に付けた、怪物のものか人間のものかもわからないほどに血にまみれた小さかった彼女との出会いがあったからこそ、余計に()()()()()()()()()を嗅ぎ分けるのが上手くなったと皮肉ながらグロスは思う。『保護』という体のいい形に身を置かせて、やらせていたのは『スパイ』だ。密猟者達の住処や人数、自分達では手に入れるのも難しい情報を入手させるために、やらせていた。情でも持ったか、彼女に『スパイ』をさせるのはやめさせようと言う者もいつしか出始めた。だが、続いた。地上に返すべきだと言う同胞もいた。だが、どう返せばいいのかなんて彼等にはわからなかった。『フェルズ』の手を借りようにも『どこの誰か』を調べるには時間がかかり過ぎた。彼女には『才能』があった。いつからなのかわからない、彼女なりのしぶとさ、生存本能がそうさせたのか、『指揮』を執るようになった。仲間達の生存率は上がった。だが今、自分達の側に『アーデ』はいない。騒動が起こり、襲われた仲間達と共に姿を消した。

 

 

「はっ、はははッ……言ったって、お前等には辿り着けねえよ……!」

 

『言エ!! 言エ!!』

 

今にも喰らいつかんというほど眼前に近付けられる石竜の形相。繰り返される恫喝と拷問に耐えかねた男は、とうとう白状した。酸素を求めて喘ぐ口の代わりに、四肢の中で唯一動く右手で、ある方角を指す。震える指が示すのは、街の断崖から眺望できる景観の奥――階層東部の大森林だった。涙と鼻汁で顔をぐちゃぐちゃにする男は言う。東端に『扉』があるのだと。

 

「―――はぁあああああああああっ!」

 

『っ!? 冒険者、新手カ……!』

 

そこに、後方から急接近する白髪の少年―ベルが現れる。左手に魔剣、右手に紅剣を持ち、上空から襲い掛かってきた。歯噛みし、時間切れだと唾棄する。倒れている男へトドメを指すと、ベルへと向き大翼で前方を覆うことで防御をとった。

 

瞬間、雷撃が奔る。

 

『――ヌゥウウウウウウウウウウウウ!?』

 

凄まじい雷光と威力が石の身体だろうが襲い掛かり、苦悶を漏らす。身が焼かれ貫かれるような感覚の後、身体を回転させて尾で薙ぎ払うとベルは軽々と後方へと飛び退いて地に足をつけて構えた。無言、見つめ合う。

 

「冒険者……」

 

石竜の後ろで倒れている冒険者がこと切れていることに気付くと、ベルはより一層に戦意の炎をその瞳に宿す。対する石竜は、新手の冒険者をその瞳に映し身構えていた。

 

(白髪ニ紅瞳……空を飛ブ人間……マサカ……!?)

 

歌人鳥(レイ)の命を助けた恩人であり、最近彼女が人間に化けてまで地上に行っていた理由であると察する。ここで彼に手を出せば、仲間を傷付けてしまうことになるかもしれない。自分とは違い人間とそう変わらない相貌を持つ彼女が、同性の仲間達からして『綺麗になった』と言わしめるほどに変わった理由が目の前の存在であるならば、非常に厄介な事態なのではないかと怪物の理性が訴えている。

 

「………?」

 

ベルを前に動きを止めている石竜に、何故動かないのかと怪訝な顔をするベル。石竜との戦闘経験がないからこそベルは先手を取らず相手の動きを見るつもりでいたが、本来本能で襲ってくる怪物がどうしてだか自分を値踏みするようにじろじろ見ているようで変な気分になる。魔剣を握る手に力を込めて、振り下ろす。

 

『ッ!?』

 

石竜の右足前あたりに雷が着弾する。

威嚇射撃だ。

どうするべきか考えていた彼は現実に引き戻されたようにハッとなって飛び退く。ふと『アーデ』のことを思い浮かべ、そして未だ名前を持たない竜女の娘のことを思いだし、レイの少女のような笑みが瞼の裏に移り、ギリリと石の拳を握り締めた。

 

『―――ォ、ォオオオオオオオオオオオ!!』

 

「ベル、来るよ!」

 

「っ!?」

 

今度は私からだと言うかのように、石竜がベルへと接近。追いついてきたリャーナが言うとベルは構える。そんなリャーナのことなど無視して地面すれすれの超低空飛行から、迫り、剣を振ろうとするベルの手を柄ごと握り締め動きを止めさせる。慣性で地面を滑るように移動しながら、石竜はベルへと吼えた。

 

 

『答エロ、人間ッッ!!』

 

「――――ぇ?」

 

戦闘状態に切り替えていたベルの張り詰めていた表情が、驚愕に染まる。

 

『何ヲスレバ、我々ハ人間(おまえ)達ノヨウニ、涙スル事ガデキルノダッッ!?』

 

何度も同胞を奪われた。

何度も同胞を辱められた。

それでも愚者(フェルズ)は言った、「今は耐えろ」と。

地上に売りさばかれ尊厳を奪われた同胞から遺品を持ち寄ってきた妖精の少女(違う生き物)は、怪物(じぶん)達のために激昂してくれた。それでも、何かが変わる事はなかった。

 

『答エロ人間ッッ! 答エロォ!!』

 

「……っ」

 

握り締められる手が痛みを訴え、ベルの表情が歪む。

石竜は「どうすればよかったのだ」と言うかのように叫び散らした。一向に答えをくれないベルに、なおも叫ぶ。

 

『手遅レデアッテモ、看過シテハイケナイ事ガアル! コレガソレダ! 今ガ、ソウナノダ!』

 

「…………手遅れで、あっても……看過してはいけない、事……?」

 

感情的になり、叫びあがり、涙など流れない石の身体を持つ竜は同胞の命を救ってくれた少年に問い続けた。理解できないものを見るような驚愕に満ちる瞳を揺らすベルは、地を背に押し倒され、そしてリャーナから放たれた魔炎に救出された。

 

「【魔炎の持物(イリヴュート)】!」

 

『―――ッ!?』

 

「ベル、ごめん詠唱に手間取った、無事!?」

 

「リャ、リャーナさん……」

 

リャーナも怪物が喋るところを見ていた、聞いていたのだろう。

掴みかかられたベルを助け出すのに動揺のせいで時間をかけてしまったらしい。リャーナに起こされたベルは石竜の方を見ようとした。だが、石竜はすでに飛び立ってしまっていた。

 

「何なのよ、今の……」

 

「………」

 

魔法で勝手に癒える手を見つめ、遠ざかっていく灰色の背中をもう一度見る。耳朶には他の場所でも戦闘を行っているだろう音が聞こえた。怪物の叫びが、ベルの心の中でどこまでも響いている。怪物なのに、倒さなきゃいけない敵なのに、と未だ感触が残る震える手を見つめ、歯嚙みし、ベルはもう一度上空へと躍り出た。周囲を見渡す。

 

すぐ近くでリャーナとセルティが。

ネーゼとマリューが怪物と戦っている。

武装している怪物もいれば、本能のままに騒ぎに便乗し暴れる怪物もいる。【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者達と混じって怪物を囲うようにして戦っていることから、問題はなさそうだ。アリーゼや輝夜達の姿は見えないが、部隊を分けたためだろう。リヴィラではない別の場所で戦っているのかもしれない。そして、シャクティが率いる部隊が森の東側へと走っているのが見えた。その中に【アストレア・ファミリア】の姿は見えないことから、ベルを含めた12名の冒険者を18階層に鎮圧を任せ、部隊を分けた【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者達が東へ向かう怪物を追うことにしたのだろう。【アストレア・ファミリア】よりも団員数は圧倒的な【ガネーシャ・ファミリア】だからこそ、そうしたのだろう。

 

「―――リューさん?」

 

「ベル、何か見つかった?」

 

シャクティ達とは別の場所から東へ向かう影を見つけた。

曲刀(シミター)長直剣(ロングソード)を持つ蜥蜴人(リザードマン)の後を追う金髪のエルフだ。長い金の髪が揺れる後ろ姿に、リュー・リオンかと首を傾げる。下からはリャーナが声をかけてきている。

 

(どうしてリューさん、1人なんだ……? いやでも、あの後ろ姿、本当にリューさん?)

 

リューさんのような、そうじゃないような…。

違和感に首を傾げるが、単独でどこかへ行こうとする彼女を放っておくのはいけない気がした。

 

「リャーナさん、リューさん? が東に!」

 

「え、リオンが?」

 

「僕、追います!」

 

「え、ちょっ、えぇ!?」

 

宙を蹴って、人影を追いかける。

リャーナ達もすぐに追いつくだろうなんて思って。

 

 

×   ×   ♪

???

 

がしゃん、がしゃんっ、と。

遠く離れた場所で起こっている騒乱と共鳴するかのように、檻を揺らす音と鎖の鳴る音が絶え間なく響き渡る。水を溜めたような台座に映し出される光景に、武装した怪物、追いかける妖精、そしてそれから遅れて1人の白髪の少年の姿を認めた男神は微笑を浮かべた。

 

「イケロスの眷族達がやっている密猟はいずれ大きな騒動へと発展することは分かり切っていた。それが今、というだけの話だ」

 

台座を撫でながら言う彼に口を挟む者はいない。

彼がいる暗い部屋には、彼以外誰もいないのだ。

 

「別段俺が何をする必要もない。勝手に舞台は動いてくれる。オラリオとはそういうところだ」

 

さて、それでは…と。

エレボスは台座を弄り、魔石製品(マイク)を取り出した。

台座には広間にまで侵入した怪物達と密猟者達が相対していた。これから戦闘が始まるということが一目でわかるほどに緊張感はピークに達している。怪物達の後ろには檻の中から救い出したのだろう同胞達がいる。とてもではないが戦闘できるような状態ではなかった。人蜘蛛(アラクネ)石竜(ガーゴイル)蜥蜴人(リザードマン)etc...etc...種類様々な武装した怪物達。そしてそれに相対するように煙水晶(スモーキークォーツ)眼装(ゴーグル)に禍々しい深紅の槍を持つ男を頭目に密猟者達が武器を構えている。そして、両者の間にいるのは、襤褸を纏う竜女(ヴィーヴル)の娘がいた。彼女は怪物と人間とを交互に見ているように動いていた。

 

「あーあー、聞こえるか諸君」

 

 

×   ×   ♪

人造迷宮 広間

 

 

「何故、何故です!? 何故、このようなことをっ!?」

 

少女は今まで出したことがないと思うほどの大声で男へ訴えかけていた。同胞を救い出した武装した怪物達でさえ聞いたことがないのか目を見開いている。目の前にいる煙水晶(スモーキークォーツ)眼装(ゴーグル)をつけた男は、ニタリと笑みを浮かべて少女の訴えに取り合おうとはしない。少女に与えられた役目は『囮』。変身できる魔法を利用して、人語を解する怪物達を捕獲する手伝いをさせられてきた。協力関係なんて言葉はまだ優しい。彼女は魔法が発現し、それを知られた直後、迷宮内をたった1人で彷徨い続けていた。酒を飲んでは甘美なものに包まれて、いいつけを守らされ、効能が切れる頃にはまた酒を飲まされる。そんな日々を、『暗黒期』が終わった時期から繰り返していた。生きるために幼かった頃から少女は必死になった。怪物達とは渡り合えない。逃げ隠れするしかない。普通の怪物とは違う『武装したモンスター』などと呼ばれる者達に出会えたのは偶然で、出会えば教えられた通りに「こっちに仲間がいる」なんて言葉を言ったが何度も失敗した。その度に身体に現れる酒を求める『渇き』に苦しめられた。

 

「怪物共の血を浴び、遺品(ドロップアイテム)を身に付けてようやく臭いを誤魔化せる知恵を身に付けたお前は、本当によく働いてくれた」

 

怪物の姿をしていれば当然、人類に殺されかけもする。

その度に逃げて、隠れて、罠に嵌めて、そしてまた臭いを誤魔化すために人間の血を浴びた。塗りたくった。褒美だと酒と怪物の遺品を渡されてはそれで喉を潤し、身に付けた。気がつけば少女は自分が『何者なのか』分からなくなっていた。自分自身の臭いすら、そうした日々の中で失われていった。

 

「自分の【ファミリア】からは忘れられ、それでも手を差し伸べている俺等は仲間だ、そうだろう?」

 

「な、何を……」

 

それでも少女には許せないと思えたものがあった。

心が叫んでいたのだ。

ある時、一柱の男神に連れられてとある部屋に足を運んだことがある。そこには、襤褸を着せられ、手足の腱を切られた女達が檻の中に押し込められていた。男神が言うには、そこは『人間を作る場所』なのだと言う。意味が分からなかったが、檻の中にいる女達は何もかもを諦めたような目をしていて、中には腹を膨らませた者もいた。呻き声ばかりが耳朶を震わせて、たまに違うものが聞こえたかと思えば「殺して」だ。自分は人間ではなく、彼等を欲情させる容姿ではなかったことは幸運だと思ったが、それと同じく少女はこの時、言葉にできない感情をその心に浮上させた。

 

 

――吐き気を催す邪悪。

 

 

<いいか娘、お前はまだ運がいい。だが、忘れるなこの光景を。そして手放すな、その『炎』こそお前の善性だ。魂の在り方だ>

 

 

自分が何をさせられていたのかを知った。

自分がたまに会う男達が何をしていたのかを知った。

かつて自分に仕事を与えた男が自分に二度と会うことはないのだと知った。その度に、胸の奥で炎が爆発するような感覚を覚えた。

 

<おいガキ、最近てめぇ、妙な知恵をつけてやがるな? エレボスとつるんで、何を企んでやがる?>

 

憐れんで保護してくれた怪物達がいた。

今すぐ殺すべきだと言った怪物達もいた。

帰るべき場所があるはずだと、聞いてきた者もいた。だが、その時にはとっくに忘れていた。自分がどこの誰かなんてものは。

 

 

「目を背けてんじゃねえぞクソガキ! ()()()()()()()()()()()()! 化物共も化物共だ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「―――黙れ」

 

「こざかしい嘘でいつまでこのガキを利用する気だ。許せることじゃあねえ!」

 

「――黙れ」

 

せせら笑う男の声が、瞳に映って歪む。

冷水でもぶっかけられたように少女は震えて、同じ言葉を繰り返し、俯く。振り向いて異端児達の顔を窺うなど恐ろしくてできなかった。

 

「黙れ、黙れ、黙れぇ……!」

 

竜女の姿をしている少女はその瞳からボロボロと涙を零していた。どうしてなのかは分からない。ただ、どこにも自分の味方がいないのだと、密猟者達からも怪物達からも利用されていたのだと察して悔しくて、涙で頬を濡らしていた。早く新入りの、妹のような何も知らない無知で無垢な竜女の少女を救い出さなくてはいけないのに、戦う力すらない少女には同じ言葉を繰り返すしかできない。

 

 

そんな時だった。

 

 

『あーあー、聞こえるか諸君』

 

 

広間に声が響いた。

その声の主を密猟者達は、少女は知っている。

 

「あ? エレボス? チッ、盗み見か……趣味が悪いじゃねえかよ」

 

『許せ、イケロスの眷族。覗きは男の浪漫なんだ』

 

「白けるだろうが、邪魔すんじゃねえ」

 

『安心してくれ、しっかり、楽しませてやろう』

 

「…………待て、てめぇ、拡声器(マイク)を誰の許しで取りつけやがった」

 

ディックスは天井を睨むようにしながら、言った。

どこかから覗き見て喋りかけていることは分かる。だが、そんな機能をディックス自身が施した覚えはない。バルカならばとも思うが、あの男は人造迷宮を拡張することを主軸にしている。この広間はディックスが管理しているために、興味もなければ踏み込んでくることもまずない。なのに、ディックスの知らない機能があるのはどういうことだ、と彼は訝しんだのだ。しかしそんな疑問など些事とばかりに男神エレボスは勝手に喋る。

 

『安い言葉ではあるが―――』

 

「神……エレボス……やはり、ここにいたのか……!」

 

襤褸を纏うフェルズが、近づく声に戦慄を浮かばせて呟いた。それは武装した怪物達により一層の緊張を走らせた。

 

「原初の神の一柱である俺が保証しよう」

 

こつこつ、と靴音が響いて近付いてくる。

重たい音を立てて、扉が開く。

そこに、彼はいた。

彼は広間に声を届けながら、この部屋にやってきたのだ。

魔石製品(マイク)を捨てて、言葉の続きを紡ぐ。

神の威光である神威を放つことで人間も怪物も黙らせて。

 

「神たる俺は確約しよう」

 

誰もが舞台上に立つ役者を見上げるように、彼のことを見た。彼は両手を広げて高らかに宣言する。

 

()()()()()()()

 

その言葉を聞き、怪物達は皆、力が湧いてくるような気がした。自分達を肯定してくれた。他でもない神が。その事実が同胞達に行われた所業に怒る彼等を認めてくれた気さえした。故に、自分達こそが『正義』なのだと怪物は咆哮を上げた。

 

『『『『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』』』』

 

美神の使う魅了を以てしての『人心掌握』などではない。

これこそが男神エレボスの、かつて『悪』の頭目に立っていた男神の有する『カリスマ』からなる『人心掌握』だった。

 

異端児(かれ)等の勢いが……増した……力を上昇させる魔法などかかっていない。単純な『肯定』による心の強化……自分達こそが正しいと認めたことで……いや、ウラノスよりも姿を目の前に現したことがより一層の凄味を生み出した……!?)

 

拡がっていく怪物達から人間への蹂躙劇などもうフェルズには止められない。例え止めようとしたところで、フェルズごときの声など、怪物の咆哮に消えるだけだ。自体に置いていかれた竜女(アーデ)を他所に怪物達が人間へと襲い掛かっていく。フェルズよりも後ろにいた救出された異端児達は、男神に畏怖するように平伏してしまっている。

 

「フェルズ、どうすればいい、これは……!? あ、あの神は……闇派閥の首領、だが……!?」

 

「7年前、終結の際に姿をくらませた男神だ。やはりと言うべきか、ここにずっと隠れていたのだろう……!」

 

「異端児達の怒りは最もだ」

 

「だが彼等の悲願を叶えるには、耐えてもらうしかなかった。時間をかけて融和の道を模索するしかなかった……!」

 

「しかし、こうして怒り狂う彼等を前に、あの神が現れた!」

 

「ウラノスのように姿を自分達の元に現さない神よりも、足を運んで姿を見せたエレボスを信用してしまう。誰だってそうだ。顔も姿も分からない相手より、顔も姿も分かる相手を選ぶ……! それを、利用された!」

 

「この事態を収拾するのは無理だぞ!?」

 

戦慄を浮かべるローリエはフェルズに言うが、フェルズもまた戦慄していた。この事態を収拾するのは最早不可能。怪物達は怒りに取りつかれ、自分達こそが正しいのだと爪を牙を、あるいは武器を振りかざしては人間へと襲い掛かる。打って出る人間達に敗れる者もいるが、それさえ利用して飛び込み襲い掛かった。まるで、悪夢のようだった。

 

「テメェ、エレボス……! どういうつもりだ! 余計なことをしてんじゃねえぞ!?」

 

「面白くなったろう?」

 

ディックスは怒る。

自分の思い描いていたものを神が介入して滅茶苦茶にしてくれたのだ、怒って当然だった。神威を抑えたエレボスの胸倉に掴みかかり、唾さえ飛ぶのも気にせず睨みつける。だがそんなことは知ったことではないとニヒルな笑みを浮かべるエレボスに、より一層の怒りを浮かばせる。

 

『ガァアアアアアア!』

 

「うるせぇ!」

 

『ゲァッ!?』

 

襲い掛かってきたオークを振り返ることなく槍で薙ぐ。胴体を真っ二つにされたオークは断末魔の後に灰になった。エレボスはふっと息を吐いて、胸倉をつかむディックスの腕を掴んだ。

 

「―――お前達、ダイダロスの一族もよく働いてくれた。おかげで、我が領域もここまで拡張された。感謝するよ」

 

「は? 何を言って……」

 

「こういった自己紹介は初めてか、小僧?」

 

「…………」

 

「ようこそ、俺が支配する『暗黒地下世界』へ」

 

「――――」

 

目を見開き、固まるディックスを前に悠然とエレボスは振舞う。ディックスのジャケットにある胸ポケットの膨らみを見るとそこを開き、一冊の書物を取り出すとペラペラとめくる。すると、それを見たディックスが思い出したように動き出し、掴みかかる。

 

「ふざけんじゃねえぞ! ここがお前の場所だぁ? 勝手な事言ってんじゃねえ! 俺はてめぇのために働いたわけでもねえ、冗談じゃねえ! 負け(いぬ)が今更しゃしゃり出てきてんじゃねえぞ! 誰がてめぇの言う事なんざ信じるか! 俺は誰の指図も受けねえ、自分を好きにしていいのは自分だけだ! テメェが神だろうが知ったことか! 負け犬は負け犬らしく、引っ込んでろ!」

 

「そうだな……その通りだ。自分を好きにしていいのは、自分だけだ」

 

ディックスの言葉を聞いたエレボスは、まるで喚く子供をあやすようにディックスを抱きしめ、その背を撫でる。それが癇に障って余計に怒らせるというのに。エレボスは少しだけ悲し気な声音で言うと、次には冷たく言った。

 

「……それは俺も同じだよ、イケロスの眷族。だからお前の言い分を聞くつもりはない」

 

「―――――!?」

 

一歩、二歩、とディックスが後退する。

まるで刃でも突き刺されたかのように。

腹を押さえて、顔に脂汗を浮かばせて。

エレボスはなおも告げる。

 

(おれ)に意見するお前を俺は称賛しよう。だから―――対価もちゃんと支払ってもらう」

 

「あれは……宝玉……まさか……神エレボス!?」

 

「あ、ぎ……!?」

 

「では諸君、頑張ってくれたまえ」

 

立ち去っていく男神。

悲鳴にも似たフェルズの声。

腹を押さえて喘ぐディックス。

仲間達がその異変に気付いたのか、しかし、襲い来る怪物達を前に駆け寄る余裕などない。頭の中で警鐘が鳴り響く。そして、それは起こった。

 

 

『ア、ガ、ア、アァァァアーーーーーーッ!?』

 

内側から破裂するように膨れ上がるディックスの身体。

みるみるうちに、彼は人とは思えぬ身体へと肥大していった。




補足。


この世界のリリルカ・アーデは正史よりも早く『魔法』が発現しています。そしてザニスに知られて、利用されていました。

それが、『異端児』を誘導する『囮』でした。


この世界線では正史と同じ開始時点で【ソーマ・ファミリア】の問題はほぼ解決しています。理由は、【アストレア・ファミリア】が介入したからです。しかしこの時点でリリは地上には戻っていません。クノッソスとダンジョンを往復する日々で、突然ザニスが合流しなくなったことでディックス達に利用されることとなりました。
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