暗く冷たい人造の迷宮を、ベルは走っていた。リューらしき人物を追ったのはいいが、明るい場所から暗い場所に入ったことから視界が慣れる前に完全に見失ってしまった。進んでいるのは一本道で、真っ直ぐ進めばいいとだけわかるが、後ろから何かが上から下へと降りるような重い音が響いてきた。振り返って確認しようかと思った時、道の橋や所々にある穴から見たこともない
「道が……違う、扉!?」
一本道を進んでいたと思っていたベルは、その迷宮の恐ろしさを体感した。ゴゥンッ、と音を立てて左右から複数の『
「【我等に残されし、栄華の残滓。 暴君と雷霆の末路に産まれし落とし子よ】」
『キシャァァァッ!』
「――ッ、【示せ、晒せ、轟かせ、我等の輝きを見せつけろ】ッ!」
『シャァァァァア!』
魔剣より放たれるは、雷。
轟雷一閃とばかりに振るう度に極大にして
「【忘れるな、我等はお前と共にあることを】ッ!」
魔剣の雷で怪物を飲み込み、破壊し、それを通ってきた個体がいれば紅の長剣で断ち切ることで身を守る。いよいよもって感性した魔法を解放しようとした、その時。
『クキューーーーー!?』
「! あ、【アーネンエルベ】!?」
後方、
『クギュブ!?』
「………『カーバンクル』!? なんで、こんなところに……
後頭部に溜まるモフモフの毛を掴むベルは、目を見開いて視線を向けた。飛び掛かってくる
「………」
『………』
紅くつぶらな瞳をうるうると潤ませ『ひどい目にあった』と目を回している……ように見えなくもない。パチパチとベルの魔法というか雷兵というかとにかく巻き添えを喰らったせいで、電気を帯び毛が逆立っているせいで膨らんでいるようにも見える。1人と1匹の間で、奇妙な時間が流れる。
「……1つは春姫さんに渡したんだっけ。あとで魔石を抽出して、『ドロップアイテム』を手に入れて、ヴェルフに加工してもらってアストレア様にあげようかな……いやでも、神様達が持ってても魔法が使えるわけじゃないし、魔力ないんじゃ意味ないし……アミッドさんに渡すべき……?」
『キュッ!?』
戦争遊戯でベルが使用していた指輪の1つには、『カーバンクルの秘晶』が用いられている。魔力を流し込むことで魔力障壁を展開するベルの知りうる限り極小の盾だ。しかしその額にある石は超希少かつ超超超超高額。戦う力を持たない春姫には、身を守らせるためにと【ファミリア】に加わった後に渡したが、やはり希少種ともなれば欲しくなるのは『冒険者』の性だ。ガーンッ! と衝撃を受けたように見える四足獣のモンスターのことなど知ったことかとベルは呻る。
『――オオオオオオオオオオオオオオッ!』
「!」
『!?』
この謎の場所を出た後、この獣をどう
「―――仕方ない」
この先に何があるのかは分からない。
自分が迷い込んでしまっていることなど、十分理解できている。あのリューらしき人物はいったいどこへ消えてしまったのか。追って来たのだから間違いなくここにいるのだろうが、ここはダンジョンなのだろうか? 未開拓領域なのか? わからないことだらけだ。どうにかなったものの『未知』のモンスターに襲われたことは変わりなく、ベルは『攻撃』寄りの【アーネンエルベ】から『防御』寄りの【ビューティフルジャーニー】へと切り替えることに決めた。走りながら詠唱を始める。
「――【行こう、冒険はどこまでだって続いていく】」
『キュッ?』
詠唱を継続しながら、ぐるんっとカーバンクルを掴む右腕を後ろに。走りながらではあるが身体の向きを変えて構えを取ったベルにカーバンクルは嫌な予感を感じ取ったか、これまた可愛らしい鳴き声を鳴らす。
「【天空を駆けるがごとく、この大地に星の足跡を綴る】」
とても嫌な予感がするんですが……と言っているようにも見えるつぶらな瞳。しかし、小動物の如き秘獣の訴えなど雷電兎に届くはずもない。
「【
詠唱が終わり、【ビューティフルジャーニー】が解放される。癒しの光が身を包み、重力が消えるような浮遊感にも似た感覚をカーバンクルは感じとった。そして次の瞬間。
「――――はぁっ!」
『ギ――――――ッ!?』
投げた。
思いっきり、進む道の先へと、投擲した。
そう、ベルは投擲の構えを取っていたのだ。
断末魔よろしく短く、無様で、哀れな鳴き声が凄まじい速度に掻き消されて飛んで行く。まさに緑色の毛玉弾丸。あまりの速度に酷い顔をしているだろうことは容易に想像できるが、それを観測する者はいない。もしも神々が見ていれば、抱腹絶倒ものだろう。それを追って、展開された光翼が飛んで行く。進む道の先、開けた場所は広大な
「な、あ、あれは!?」
「なんだあの毛玉は!? いや、我々の後ろの通路から!? 新手か!?」
「援軍か!?」
「毛玉を投げる援軍など私は知らない!?」
『ギィィィッ!?』
「ふぎゅっ!?」
カーバンクルは見るからに恐ろしい『化物』と怒れる出会ったこともない同胞達との間にへたり込む
『―――クゥウウウ!?』
「!?」
額の秘晶が輝きを放つ。
展開されたのは『光の
モンスターの中でも図抜けた『魔力』を持つと有名なカーバンクルが成せる御業、『魔力壁』だ。その強度は上位魔導士の『結界』と同等以上。絶対数の少なさに加え、『魔力壁』の防御力と俊敏な
「これは……また、新種……?」
視界に広がるのは、雨に打たれた人間と怪物が発狂しているのか同士討ちお構いなしに暴れまわる光景だ。
× × ♪
18階層
煙が上がっている。
「アリーゼ」
「リオン……生存者は、見つかった?」
リューが声をかけてきた。
仲間達とそれぞれ宿場街を一通り見てきたのだろう。アリーゼの問いにリューは静かに首を横に振った。生存者はいない。見つかったのは複数の死体。本能のままに暴れる怪物は既に討伐済みで、耳朶を震わせていた冒険者達の吠え声も剣戟の音も随分静かになった。もうすぐ、この騒ぎは収束するのだと予想できた。短く息を吐いてアリーゼはいつもの調子に笑みを浮かべて胸を張る。
「ベルも困ったものね。大好きなリオンを間違えるだなんて」
「だ……ッ!? そ、それは余計だ。この騒ぎだし、その、彼はまだ
「まあいいわ、それより被害者の派閥は割り出せそう?」
被害者になった冒険者。
生存者を問うたがそうではないらしく、では、死者を指す。
その死亡した冒険者の所属派閥が分かれば、気乗りはしないが、その派閥に報せてやることはできる。遺体を地上に運ぶことができるか否かはまた別の問題だ。
「いんや、生憎と割り出せてねえ」
アリーゼとリューに口を挟んだのはライラだ。
頭の後ろで手を組んで、いつもの調子で言ってくる。他にもノインやイスカといった仲間達も集まってきた。リューと同じように見回りを終えてきたのだろう。視線がライラへと向けられる中、ライラは言葉をつづけた。
「怪物共との戦闘を前提にしてたもんだから、私達の中に1人でも
「ま、そもそもが『御禁制の品』……いくら私達だからとは言っても、持っていて当然の
「手ひどく痛められてたし……うーん……身元が分かるのが一番なんだけど、なんていうか、後ろ暗いことしてるような臭いはするよ」
「『
「まあ、その辺りはシャクティと要相談ね! シャクティ達は
「残る部隊はリヴィラで待機だったわね」
「ええ、そうねリャーナ。モンスター達が何体か『東』へ向って行ったらしいし、ベルも『東』に向ったんでしょう? だからそっちに何かあるんじゃないかって」
東の方角を見つめる一同。
その時、頭上から影が彼女達を通り過ぎた。見上げてみれば、その影の正体は
「は……?」
「何!?」
「―――同胞!?」
アマゾネスのイスカが、同族の元へ駆け寄る。
瓦礫に埋もれ、できたばかりの傷口から垂れ流すのは赤い雫でそれは地面を濡らし広がっていく。赤い長髪のイルタという名の女性冒険者だ。
「【
ズン、ズン、と戦慄を浮かべる彼女達へと近づく地響きが如き足音。まるで嵐そのものがきているような気さえする。何があったか分からないが第一級冒険者が
「みんな、来るわ」
「構えろ。『亜種』だ」
「あいつ……なんて臭いだ」
そして、誰もが硬直している時。
アリーゼと輝夜が冷や汗を頬から流しながら、団長、副団長として指示を飛ばす。言われなくても、と正義の戦乙女達は既に武器を構え臨戦態勢へと入る。狼人のネーゼが、漂う知己達の血の臭いに顔をしかめる。本能が最大の警鐘を鳴らし、返事をしようとする声を失わせる。徐々に近づいてくるのは、黒い獣だった。
ソレは岩のような拳を有していた。
ソレは見上げるほどの巨躯を誇っていた。
ソレは強固な鎧を纏っていた。
ソレは、巨大な
漆黒の皮膚を持つ黒き影は、声を失う女達を睥睨する。
滴る血液が、刃から落ちていく。
アマゾネスの女性冒険者が投げ飛ばされるほんの少し前に聞こえてきた爆砕音の正体とは、ソレだった。共に18階層へとやってきた【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者達は、敗北したのだ。
『フゥーーーーーーッ』
臨戦態勢の構えを取る【アストレア・ファミリア】を前に、ソレは静かな呼吸を繰り返し、そして天を衝かんとばかりに咆哮した。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
× × ♪
人造迷宮
黒い雨が降り注いでいた。
豪雨、というのが相応しいほどに。
その雨に触れた途端、人間だろうが怪物だろうが、発狂し、目の前にいる生物へと襲い掛かった。
「ガァァァァッ!!」
『フゥゥゥゥウッ!!』
同士討ちさえ構わない。
暴れまわり、血に染まる。
まさに地獄絵図。
この
「新種……それに、この感じ……」
ベルは目の前にいる巨大かつ気色の悪い巨躯の異形に目を細めると、熱を放つ背中のスロットを意識する。3つ目のスキル【
「【
「………?」
襤褸を纏うフェルズが口零すが、ベルには誰なのか分からず首を傾げる。そしてそのまま魔剣と長剣を構えた。
「ま、待ってくれ、危ない! 下がるんだ! 雨に濡れたら――――!?」
「――――ぉおおおおおおッ!」
妖精の少女が言う前に、ベルは突貫する。
肥大化した右腕、長い触手の左腕、脚部は
『ォ、オオオオオッ!?』
暗い部屋を真昼のように白く染め上げる魔剣の一撃は異形の怪物の顔を焼き、傷付けた。悲鳴が轟く。目を見開いていた3人のうち、フェルズは声を震わせた。
「まさか、【
降り注ぐ雨は、
『錯乱の
それこそが、眼前に広がる地獄絵図の正体であり原因であった。その中で身を守ることもなく動けるベルに、フェルズは戦慄にも似た感覚を感じていた。黒い雨に肌を濡らしながらも、ベルは右腕からの薙ぎ払いを後方に跳ぶことで避け、着地する。
「これだけ大きいと『魔石』がどこにあるのかわからない……!」
傷付けたはずの傷は怪物の硬さを物語るように小さく、修復されるどころか、大きな悲鳴を上げさせ傷口から吹き出す血が雨のように降り注ぐ。見上げれば天井に頭が付きそうなほどに大きな体躯で、そのせいか怪物の『核』である『魔石』のおおよその位置がわからない。降りかかる血を拭っていると、暴れまわる冒険者と怪物達が襲い掛かる。
「がぁああああああああッ!?」
『ォオオオオオオオオオッ!!』
「くっ……!?」
右からスキンヘッドの男が大剣を振るい、左からオークが棍棒で薙いでくる。飛び上がれば両者がぶつかり、ベルを狙っていたことなど忘れたかのように互いを攻撃し始めた。再び着地したとき、頭上に巨大な怪物の左腕が伸びていた。そのまま、振り落とされる。
「ボ、【
「っ!」
バックステップで飛び退いたベル。
声をかけようとフェルズが声をあげるが、この広間に響く人間と怪物と化物の吠え声に虚しくかき消されてしまう。息つく暇もない乱戦。左腕の叩きつけを避けたベルは、別の怪物と戦っていた武装した
「邪魔!」
『ゴッ!?』
身体を捻り、飛び、頬へと足を叩きつける。
回し蹴りをあびせた。怪物の手から滑り抜けた
『オ、ゴ、ガアァァァァァアアッ!!』
「!」
先が槍の様な触手が
「リ、リドを蹴り飛ばしたぞ……」
「………」
再度剣を振り抜きながら跳躍し、触手を打ち払ったことで生じた僅かな『隙間』へと己の身を躍らせた。間一髪と言った様子で打ち払い、或いは躱しきったが、地面に突き立った別の触手が硬い地面を粉砕し、めくれ上がった地面そのものが新たな脅威となって周囲に立つ者達へと降り注ぐ。ベルは触手の合間を駆け抜け、そのまま抉れ、舞い上がった瓦礫に足をかけ、それらを踏み台として高く高く駆けあがる。
(アリーゼさん達なら、どうする……?)
考える。
彼女達なら、自分よりも場数は踏んでいるから。
<そんなのみんなの力をバーニングよ!>
親指立ててサムズアップするアリーゼがベルの瞼の裏に浮かぶ。
(それは答えになってない……却下)
<血が出るなら殺せる、つまり、殺せる>
<相手に痛みを感じる感覚があるのであれば、何度も同じことを繰り返せばいずれ倒せます>
(論外)
輝夜とリューがだいたい同じことを言っているのが浮かんだ。求めていたものではなかった。アルフィアやザルドならばどうしただろうかと考えるが、だいたい予想できてしまうのでダメだった。
<死ぬまで殺す>
<バラバラに刻めば流石に死ぬだろう>
「うん……」
冒険者は強くなると悩筋になってしまう宿命でも背負っているんだろうか。ベルは頭を振ってこの考えをやめた。宙を駆け、迫り来る触手を潜り抜け、触手を操る左腕の付け根へと剣を振り下ろした。
× × ♪
火花が散った。
受け止めた
「はぁああああああああ!」
「おらぁぁぁああっ!」
『ォオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
左右から迫る2人を敵は瞳に映すと、力強く土の地面を踏み込んだ。アスタが受け止めている
「な……っ!?」
「かはっ……!?」
「ぎ……ッ!?」
「くそ、なんだこいつ!?」
身体を捻ったことによって生み出した薙ぎ払い。
「マリュー、ノインとアスタを治療! 輝夜、リオン、いくわ! リャーナ、セルティ、
本能で動く怪物とはまるで違った動きに彼女達は驚きを隠せない。仲間が速攻やられた事実に、けれど戦意の炎は消えなかった。連携を以てして突撃する。
「【
詠唱文を口にして、アリーゼは付与魔法を行使する。
「【アガリス・アルヴェンシス】」
燃え上がる。
炎の鎧と言ってもいい付与魔法が彼女の身体を包み込む。アリーゼはそのまま正面から姿勢を落して突進を用いた
「はぁああああっ!」
『ヴォッ!?』
刺突を
「リオン、合わせろ!」
「――言われずとも」
ぐんぐんと目にも止まらぬ速さで駆けていた
『―――――』
それを敵は殺気を読み取ったように静かに、剣を突き付けていたアリーゼの手首をつかんだ。
「―――――え?」
ぐんっと前に引っ張られるような感覚。
アリーゼの力の流れは完全に敵へと向かっていたせいで、そのまま前方につんのめるような姿勢に。巨体かつ重量級だろう敵がアリーゼを前に引っ張り、ぐるりと宙で回転し、立ち位置を入れ替える。
「な……!?」
「馬鹿な!?」
派閥でもトップクラスの俊足が、仲間との衝突を避けるため、同士討ちを避けるため、急速にブレーキがかかっていく。それを狙ったように敵は背中に背負っていた
雷が放たれる。
× × ♪
人造迷宮
雷が轟く。
魔剣から放たれた雷撃が襲い来る敵を撃ち抜いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
負けるなんて微塵も思ってはいなかった。
しかし、有効打が見いだせずベルはただ消耗するばかりだった。周囲から錯乱し襲い掛かってくる人間と怪物の相手までさせられ、息があがっていた。処女雪のような白の髪は、降り注ぐ雨のせいで汚れてしまっている。
「【
「!」
フェルズの声が、ようやくベルに届く。
肩を揺らし振り返ったベルは、
「目の前にいる怪物は『
「そんなの……」
そんなのはわかっている。
背中に刻まれているスキルが熱を放ち訴えてきているのだから。
「私達ではその呪詛の餌食になりかねない! かえって君の足手纏いになってしまう! だから、よく聞いてくれ!」
「…………」
『ガァァァァァッ!!』
「おおおおおおおおおおッ!」
「く………、はぁ!」
『ギッ!?』
「ごほっ!?」
「て、敵は、『寄生』されている! 胸のあたりに『宝玉』が見えるか!? それが恐らく『核』だ!」
有効打を打てないでいたベルにフェルズが声を飛ばす。
途中、
「宝玉……」
巨大な体を下から上へと眺めていく。
見れば見るほど気味が悪い。そんな生理的嫌悪を催す肉体を持つ怪物の胸の中心あたりに球体状の物体が見えた。あれがそうなのだろう、とベルは思う。襲い掛かる人間や怪物を殴り、蹴り飛ばし、あるいは剣で往なしながらベルは喉を鳴らした。
(あれが『核』なら、一点集中で攻撃をするしか……だけど、僕1人で倒せるとは思えないし……それに―――)
それに、とベルは巨大な怪物からの攻撃を身を反らすことで軽く避ける。そして、かすらせた。右腕に傷が生まれ、【ビューティフルジャーニー】の力で治癒されていく。けれどそれに抗うように傷が開こうとしているのを見て、確信する。周囲で暴れる人間や怪物達を見ても一目ではわからないそれは、現状、この場においてベルにしかわからないものだった。
「この雨……じゃないけど、あの怪物が持っている
「何?」
「錯乱の
「君は……
「雨に濡れれば『錯乱』して理性を奪われる。近づかなければ倒せないが、近づき少しでも傷ができれば不治の呪詛を受けてしまう……?」
ジュウッと音を立てるようにしてベルの傷が癒える。フェルズがベルが【アストレア・ファミリア】においてどういう役割を担っているのか分からず問い、ローリエが2種類の呪詛があることを聞いては声を震わせた。
「貴方達がどうしてこの『未開拓領域』にいるのかわかりませんけど……
「未開拓領域? 何を言っているんだ、ここは人造迷キュッ――――な、何をする!?」
「彼の様子からして『
「しかし!」
「【アストレア・ファミリア】を敵に回したいのか!?」
「うぐっ!?」
「?」
聞こえない2人のやり取りに首を傾げ、ベルはもう一度あの巨大な怪物へと向って行く。彼が一歩踏み出すのと同時に怪物からの攻撃が再開される。右腕からの叩きつけを避け、暴れる者達の攻撃を避け、左腕の触手からの連撃を躱す。その度に背中のスロットが熱を放ち、速度が上がっていく。地を駆け、壁を走り、天井さえも駆け抜ける。
「【我等に残されし、栄華の残滓。 暴君と雷霆の末路に産まれし落とし子よ】」
星が天の海を流れるように、3人の瞳にベルの姿が焼き付く。光翼がベルに置いていかれないようについていき、癒しの輝きを放つ。
そして歌う。
× × ♪
「【今は遠き森の空。無窮の夜天に
歌う。
地面すれすれを這うようにして、エルフの戦士は高速機動を駆使しながら魔法を紡いでいた。派閥で、いや、オラリオにおいてトップクラスと言っていい速度の並行詠唱だ。
「セルティ、リオンが放つそのタイミング! いける!?」
「いきます!」
「輝夜、悪い、小太刀を貸してくれ。さっきので私の得物がお釈迦になった!」
「仕方ない……まだ
「あいよ!」
『ヴゥ……』
本能的な怪物とは思えない『未知』の敵に対して、正義の女戦士達は果敢に攻めかかる。その身に傷をつけながら、血を流しながら、仲間達からの癒しが届けば目の前にいる『敵』をどこにも行かすものかと攻撃の手を緩めない。たとえ、先程受けた魔剣による雷がその身を焦がそうとも。リャーナが後輩のセルティに魔法を放つタイミングを伝え、セルティは分かっていたように頷き返す。ネーゼが壊れた双剣を捨てて輝夜から投げ渡された小太刀『双葉』を受け取る。軽口を挟むのは彼女達の調子を崩さないためだ。
「【
纏う炎の火力がLv.5へと階位を上げたことで上昇し、赤い炎は青に近い色合いへと変わっていた。
「【汝を見捨てし者に光の慈悲を。来れ、さすらう風、流浪の
敵に斬りかかるアリーゼと同じく並行詠唱を行いながら高速戦闘を行うリュー。2人の視線が一瞬交差し、まるで会話するようにアリーゼが飛び退く。リューが敵の
「――――【禍つ彼岸の花】」
「【星屑の光を宿し敵を討て】!」
『!』
音を消すような所作で納刀していた刀に手をかけ、アリーゼ、リューの間から割り込むように超短文詠唱を紡いだ輝夜が迫る。真上からリュー、真正面から輝夜、そして炎を纏うアリーゼが右に回り込み、二振りの小太刀を逆手に持ったネーゼが
「おらぁ!」
「セルティ合わせて! ―――【
「【ゴコウ】!」
「【ルミノス・ウィンド】!」
「【
小人の放った爆弾が、魔炎と雷が、絶対惨殺圏が、緑風を纏った無数の大光玉が、爆発するような炎が、敵を―――黒いミノタウロスを襲った。轟音が階層中に響き、轟き、木々が揺れる。完璧にタイミングを合わせた必殺。逃げ場などない。
「――――ぎゃっ!?」
爆発の煙が消えた後。
仲間が1人消えた。
いや、飛んできた屋台に巻き込まれたのだ。
「ノイン!? ―――づぐっ!?」
次に、獣人がやられた。
身体をくの字に曲げて、後方へ飛ばされて地を跳ねて動かない。彼女の身体の上には、意識を失った桃色髪の小人族がいた。
「おい団長!」
「――――嘘でしょ」
「ありえない……モンスターが、そんな動きをするなんて……!」
焼け焦げるような臭いが鼻孔をくすぐる。
驚愕に目を見開く彼女達の前、さらに奥へミノタウロスはいた。あれだけの魔法を受けておいて、と誰もが思った。しかしアリーゼに荒げた声をかけた輝夜やリュー、そしてアリーゼには見えていた。ミノタウロスが魔法を撃たれる瞬間に
『―――ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
ミノタウロスが吠える。
空気がビリビリと震え、女達の肌を粟立たせる。
まるで階層主を前にしているような感覚。
だというのに、戦ってみれば『怪物』よりも『人間』を相手にしているような奇妙ささえある。自分達の知る怪物とはまったくもって違う。常識が通らない。怪物はその身を傷付け血を流しているにも関わらず、笑みを浮かべ、吠え、そして力いっぱいに屋台の一つを持ち上げ、走りながら投げ飛ばした。
「な………!?」
「た、退避!?」
家とは違い仮設的に建てられたような屋台。
そうは言っても大きな物質の塊が凶器となって迫ってくる。悲鳴を上げて誰もがそれから避け、そして次には
「マリュー!?」
間一髪、屋台から逃れた後方にいたマリューを真っ先に潰されたのだ。誰もが屋台に視線を向け、退避しているその隙に急速接近、
(
(私達の
戦慄に固まる彼女達を前にミノタウロスは静かに構える。
彼女達もまた、倒れた仲間を心配しつつも歯噛みし、構える。
「………?」
ミノタウロスの構えは奇妙だった。
両足を広げて踏ん張りを利かせ、右腕を天に掲げている。その手に握られているのは先程自分達に浴びせた『雷』を生み出した斧の形をした魔剣だ。なぜ動かない、とリューが首を傾げたその時。
「んっ、これ、埃……? 何?」
パラパラと頭上から何かが落ちてきた。
それは透明に近く、光を反射してキラキラと輝いていた。激しい戦闘をしていたのだ、魔法も炸裂させたのだ、埃が舞うのは仕方のないことだと思いつつも頭上を見上げる。そして、階層の天井にある水晶が一部、砕けて落ちてきているのを見た。
「―――――――」
砕けた水晶が落ちてくる。
大きさはさまざま。
小さく埃かと思ってしまうほど小さな物もあれば身の丈ほどある物もある。
『―――――フンッ!』
「あ………」
魔剣が振り下ろされる。
水晶に雷がぶつかり、跳ね、正義の女戦士達を閉じ込め飲み込んでいく。青白い光に包まれながら彼女達の思考は真っ白に消えていく。彼女達の悲鳴もまた轟雷の中に飲まれていった。
× × ♪
人造迷宮
轟雷が轟く。
【アーネンエルベ】を解放したことで光翼は消え失せ、入れ替わるようにベルは雷を帯びる。閃光を思わせるほどの速さの刺突が胸にある『宝玉』を狙うが、思っていた以上に硬く僅かな傷しか与えられない。触手が迫り、ベルは回避する。
「っ!」
『オオオオオオ、ガァアアアアアアアアア!?』
あの怪物が何を思っているのかなどわからない。
苦しいのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、まったくもってわからない。ただただベルにできたのはほんのわずかにその怪物の位置をずらしてやることだけだった。怪物がいる場所のすぐ足元には、縦穴が見えた。
「う、く………頭が、痛い……!」
魔法を連続して切り替えていた負荷が頭を襲う。
それだけではない。
【ビューティフルジャーニー】と【
「ふぅ、ふぅ………くそっ」
「ベル・クラネル……!」
「苦しみ出した……先程とは別の魔法か?」
「わからない、わからないが……やはり限界か……我々にも何か手があれば……!」
彼等では戦場には立てない。
近付くことすらできない。
足場である床は呪いの雨で濡れ、触れればたちまち自分達は狂ってしまうから。そうなれば余計にベルの負担を増やしてしまうだけで、何の意味もない。ベルの近くに来た冒険者や異端児達に向けて魔力の弾を撃ち出して援護してやることくらいがせいぜいで、それでも射程外にベルが行ってしまえばどうしようもない。
「があああああああああああッ!」
『グルォオオオオオオオオオッ!』
「っ、しまっ!?」
人間が前から、怪物が背後から、そして巨大な怪物の右腕が頭上から迫る。咄嗟に退避しようとしたベルは濡れていた床に足を滑らせバランスを崩した。その時―――。
「―――アアアアアアアアッ!」
金に毛先が青の羽が舞い降りる。
フェルズ達の背後から軌跡を描いて広間に入り込み、叩き潰される寸前でベルを救出。ぎゅっと瞼を閉じていたベルはバサリ、という羽ばたきの音と浮遊感を感じてゆっくりと瞼を開き、肩に感じる食い込む感触に振り返った。
「―――――
美しい
身体は傷ついていて、だけど、それでも、美しいと思えるほど綺麗だった。怪物の醜悪な顔ではなく、理性的な顔で、ベルの肩に食い込む足の鉤爪は傷付けないように絶妙な力加減をしているようでもあった。だけどベルの纏う雷が「子に触れるな」と怒るように彼女を傷付ける。苦悶を我慢するような表情を浮かべていた。
「う、ぐ………」
「は、離して……くだ、さい」
爪を掴み、どうして怪物が自分を助けるのだと困惑しながら言う。雷が彼女を傷付けてしまう。どうしてだけわからないが、それはダメだと心が訴えている気がした。何より、ベルは彼女にどこかで会ったことがあるような気がしたのだ。
「助けテ……同胞を、仲間ヲ……どうか……!」
潤んだ瞳で訴えかける
常識が崩れ落ちていく感覚に襲われて頭が痛むベル。
言葉を失い見守っていることしかできないフェルズ達。そして
「あの怪物の胸のあたりに、僕を。あとは、何とかします」
「ハイ……ハイ……!」
『ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!』
人間と怪物のやり取りが気に入らないかのように声を上げて触手で襲い来る。その間を掻い潜り潜り込み、歌人鳥はベルを怪物の胸へと連れていく。
「離して!」
「!」
鉤爪が外れ、ベルが離れる。
肌をひりつかせる電気から本能的に歌人鳥は退避する。探求者の剣を突き刺すことで落ちるのを防ぎ、ベルは放電を始めた。
「皆………お願い、します……!」
瞼を閉じて、もういない派閥の覇者達に希う。
バチンッと雷が弾けて、周囲の魔素を利用して雷兵が生み出されていく。生み出された雷兵達は皆女性で、姿を現した瞬間に人間も怪物も等しく拘束によって抑え込む。抵抗によって暴れられるが、ビクリともせず、けれどベルには負荷が走り、必死に歯を食いしばる。巨大な怪物はベルを振りほどこうと暴れるが剣はしっかりと肉に突き刺さりそれも敵わない。
「う、うぅぅぅぅ………!」
まだ、まだ足りない。
バチンバチンと稲光が起き、広間にいる者達の視界を眩ませる。苦しいのを堪えてベルは唸り、魔力を放出していく。足元で暴れていた人間と怪物の動きが無理矢理に止められると、次には巨大な怪物へ取りつくように雷兵の女達が姿を現した。怪物が暴れると弾けて爆発し、そして新たに姿を現す。それを繰り返していく内に怪物を雷兵が埋め尽くしていた。
「ま、まずい……ローリエ嬢、アーデ、レイ、退避だ! あの魔力は、巻き込まれる!」
「し、しかしリド達ガ……!」
「それどころじゃない!」
自分達が走ってきた通路へ、なるべく巻き込まれないところまで退避するフェルズ達。ゴロゴロと音が鳴った次の瞬間。怪物は絶叫を上げた。
「いくぞ………」
それは雷の結界とも言えた。
閉じ込め、苦しめ、貫き、焼く。
魔力が尽きるまで、ベルは解くつもりはない。
輝夜のような絶対惨殺圏などではなく、あえて言うならば『絶対雷撃圏』。取り囲む雷兵は全て、『女性』。雷に閉じ込められた怪物は何度も何度も撃ち貫かれる。
その必殺の名は。
「【トニトルス・メイデン】!」