アーネンエルベの兎   作:二ベル

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英雄賛歌⑬

ギルド本部

 

エレボスの宣言より数時間。

 

「住民と神々の安全を確保しろ! 7年前と同じことを繰り返させるな! 呆けている暇などない、動け!」

 

不安の色に染まるギルド職員等の尻を蹴り飛ばすように罵声や怒声をあげるのはギルド長のロイマンだ。エルフらしからぬ醜い容姿をしていながら、長きにわたって迷宮都市を支えてきた彼は、伊達にギルドの豚ではなかった。

 

「そこいらにいる冒険者達も使える者はなんでも使え! 冒険者なのだから普段迷惑かけている分、肉盾にでもしろ!」

 

悲鳴をあげたがる胃の痛みを堪え、随分と脂肪を蓄えた大きな腹を巨乳の女に負けず劣らずタプタプと揺らして、汗を滴らせながら、唾を飛ばす。

 

「送還された神々、派閥を洗い出せ! 怪我人の傷が塞がらないだと!? なら呪詛(カース)を疑え! 【ディアンケヒト・ファミリア】に解呪の秘薬(アンチカース)があるはずだ! 一刻の猶予もないぞ、さあ走れ!」

 

「ほ、ほらエイナ、行こう!?」

 

「……う、うん」

 

制服に身を包む彼等彼女等の中に、7年前の抗争を経験した者もいるがエイナやミィシャのように経験のない者も当然いる。そういった若い衆達は何が何だかわからず、瞳を潤ませるのみ。だがそれをロイマンは許さない。神ウラノスの派閥と言ってもいい『管理機関』であるギルドの人間がそれは許されないのだ。故にこそ罵声を飛ばし、怒声を飛ばし、手足のように彼等彼女等を動かす。結果、悲鳴のように返事を上げて制服姿の職員達は右往左往と走り回るのだ。そして、ロイマンの手腕はやはり長く都市の歴史に生きてきた者の中でも見事、と言えるものだろう。

 

「都市のすべての門を()()()()!」

 

「は……はい!?」

 

「いいか、【ロキ・ファミリア】が落とされた! 【勇者(フィン)】も、【九魔姫(ナインヘル)】もだ! 都市の双璧、その1枚はもうないと考えろ! 【アストレア・ファミリア】には裏切りの疑惑だ! どうだ、馬鹿みたいで笑えてくるだろう!? あの派閥が裏切りだと? 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。それはつまり、女神アストレアが敵と内通していたということではないか! 天変地異が起きてもあり得ん! だが女神アストレアの身柄は拘束しろ! 広がってしまった不安材料を自由に出歩かせるわけにはいかん! 保護だ! かの女神を保護するのだ!」

 

都市の双璧である【ロキ・ファミリア】は落とされた。

剣も魔法も使えない神の策略によって。

更にはダイダロス通りの『不審火騒ぎ』は、ダイダロス通りの『爆破』という形で昇華。小事が大事になってしまった。これを住まう者達は「すいませんでした」では納得しないだろう。犯人を見つけ、そして捕まえなかった【ガネーシャ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】に責任を求めるだろう、間違いなく。そして小人族の復興を野望にこれまで『人工の英雄』、その道を進んできたフィンの道は無に帰した。それも『(デマ)』によって。しかし見ていた者がいたのであればそれが例え嘘だろうと嘘として通用しない。ダイダロス通りの爆破によってロキの眷族達は巻き込まれ、死者も出ていると既にロイマンの耳に届いている。幹部達は軒並み戦闘不能、であれば最早この状況を打開することをあの派閥に期待することはできない。だがロイマンが市壁の門を閉めることを命じたのは、それもあるがもう1つあった。

 

「【九魔姫(ナインヘル)】がやられたのだぞ!? 王族(ハイエルフ)が! この情報が都市内に広まったままならまだいい! いや、よくはないがまだいい! 都市内でどうとでもできるからな! だがこの情報が都市外に漏れてみろ、世界中のエルフが迷宮都市(オラリオ)へと攻め込むやもしれんぞ! オラリオが世界から敵として見られかねん! 私達はやってないでは済む話ではないのだ! それだけは何としても防がなくてはならない! 商人……蟻1匹とて都市の外に出すな! 決してだ! 最・優・先・事・項……だ! 急げ、迅速に、可及的速やかに!」

 

「はぃいぃぃぃ!?」

 

ダイダロス通りの爆破によってエルフ達にとって神々への崇拝にも等しいものが向けられる王族(ハイエルフ)のリヴェリア・リヨス・アールヴもまた瓦礫に飲まれた。この情報が都市内だけで済めばまだ良い方。

 

「同じ派閥にいる同胞はなぜ、尊きお方をお守りしなかったのだ!?」

 

「リヴェリア様が矢面に立っておられたというのに、我々はいったい何をしていたのだ!? なんという無力、なんという恥辱!」

 

そういった声がある程度だ。

現に今、都市にいるエルフ達の士気はどの種族を比較にしても最も低い状態にまで陥ってしまっている。怒りの矛先がリヴェリアと同じ派閥の同胞に向けられたり、こうなってしまった原因と現段階でされているベルに向けられていたり、何より王族に怪我をさせてしまったことを自分の責任のことのように感じて、無力を嘆いている。これが都市内だけで済めば、まだ良いのだ。ロイマンの言うようにこの情報が都市外に漏れれば、世界中のエルフ達から迷宮都市は敵意を向けられることになるだろう。彼女の故郷である王森に、そこにいる父親の耳にでも入れば、「やはり粗暴で野蛮な冒険者なぞにするべきではなかったのだ!」と激怒することだろう。笑えない冗談だ、とロイマンは痛む腹を握り締めた。ああ、薬が恋しい。

 

「おのれぇ………!」

 

 

×   ×   ♪

治療院

 

 

忙しなくは動き回るのは何もギルドの職員だけではない。白を基調とした衣装を身に纏う治療師(ヒーラー)薬師(ハーバリスト)も同じだ。

 

「他派閥の治療師の協力も取り付けてください! 重傷者を優先して私に回してください、全て癒します!」

 

「アミッド様、傷が塞がりません!」

 

呪詛(カース)ですか……! ()()()()()()()()()()、秘薬を使ってください! 薬師(ハーバリスト)の皆さんは増産を、すぐに足りなくなります!」

 

 

治癒を受け付けない不治の呪詛。

厄介な代物ではあるが、運ばれてくるアマゾネス達の症状は『怪物祭』の時に既に経験している。【ロキ・ファミリア】による人造迷宮攻略の時にも呪詛を解くための秘薬を用意することができた。よって治療師(じぶん)達が無事であればどうとでもできる。ディアンケヒトも同じ考えなのか、「死なせるな、死なせると治療費を踏んだくれなくなるぞ」とかいろいろ言ってはいるが動いてくれている。

 

「アミッド、助けてくれ!」

 

「――ロキ様!?」

 

慌てるようなロキの声が飛ぶ。

それを連れられるようにして冒険者の集団が、血に汚れながら扉を蹴るように開く。驚く治療師達など気にしている暇もないほどで、彼等彼女等は意識を失っている者達をアミッドに見せた。

 

・【凶狼(ヴァナルガンド)】――意識なし。右足を腿から先、左腕を肘から先を切断。

 

・【怒蛇(ヨルムンガンド)】――意識なし。左腕二の腕から先を切断。右肩から腰辺りまで斜めに裂傷。

 

・【大切断(アマゾン)】――意識あり。 両腕肘から先を切断。腹部に裂傷。

 

・【重傑(エルガルム)】――意識あり。打撲。

 

・【九魔姫(ナインヘル)】――意識なし。打撲及び裂傷及び火傷。

 

・【勇者(ブレイバー)】――意識なし。九魔姫に同じ。

 

・【剣姫】――意識なし。腹部から背中にかけて貫通の痕あり。呪詛により塞がらない傷を凍結によって応急処置済み。

 

・小人族の少女――意識なし。鳩尾より下に切断し短くした槍だった物が突き刺さった状態。

 

「これは……っ! ガレスさんはピンピンしていらっしゃいますね?」

 

「ドワーフは頑丈なのが取り柄よ! それよりほかの連中を優先してやってくれ。フィンはともかくリヴェリアは庇いきれんかった」

 

「何があったかお聞きしても?」

 

「ダイダロス通りが爆発。儂らが立っておった建物もそれにつられて倒壊。結界を張っていたリヴェリアは動けず、フィンも……まあ動けず、咄嗟に腕を伸ばしたが御覧の有様。フィンは近くにおったからよかったが……リヴェリアはそうもいかん。ひょっとすれば瓦礫が頭を直撃してる可能性もある。見てやってくれ」

 

「……かしこまりました」

 

運ばれてきたのは【ロキ・ファミリア】の幹部達。

一目見ただけでも酷い有様だった。その中にリヴェリアを見つけて即座にアミッドはロイマンと同じことを考えた。【ロキ・ファミリア】の要であるフィンだけではなく、リヴェリアまで。決して倒れない、倒れてはいけない存在である彼等の『ありえない光景』に誰もが思考を奪われる。彼等と同じ派閥の者達は顔色を悪くし、まるで縋るようにしてアミッドを見つめてくる。唇を噛んで、アミッドは奪われそうになる思考を引き留め、指示を飛ばした。

 

「致し方ありません、空いている部屋へ運んでください!」

 

「空いている部屋はありません!?」

 

「なら既に入院中の患者共を移動させろ。やむを得ん、同室にすればよい! これからやってくる怪我人共はバベルの施設へ入れろ! 何も治療系派閥は我々しかないわけではないのだ、他所に任せろ!」

 

「しかし衛生面だけは注意をはらってください! それから……手を空いている方はいませんね……感染症を防ぐために薬品を巻いてきていただきたいのですが……」

 

「では私の派閥が請け負おう」

 

「……ミアハ様、それにエリスイス!?」

 

「手、空いてるよ……私のとこ」

 

「いいのですか?」

 

「そういうこと言ってられる状況?」

 

ミアハとやってきたのはナァザだ。

率先して協力しようという彼女に、何か企んでいるのではと疑ってしまうのは彼女達の関係からすれば仕方のないことだ。けれど、気だるげな表情を浮かべていた犬人(シアンスロープ)の彼女は不服そうではあるが自分にできることをやろうとしていた。アミッドは近くにいた者に目くばせすると彼は頷いて薬品の入った袋をナァザに手渡した。

 

「それで……ベルは?」

 

「……はい?」

 

「外じゃベルが原因みたいに言われてるよ。【アストレア・ファミリア】だってそう……しかもアストレア様は身柄を抑えられてる」

 

(てい)よく拘束などと言ってはいるが、保護であろうな。不安材料を自由に行動させるわけにもいかないのであろう……そんなことを許せば、ギルドにまで疑いの目を向けられてしまうからな」

 

耳打ちするようなナァザの声をミアハが補足する。

どうやら今、アストレアは身動きが取れない状態にあるらしい。【アストレア・ファミリア】が帰還していないことも心配ではあるが、それは今、アミッドにどうこうできるものではなかった。すぐ目の前に一刻を争う者達がいるからだ。

 

「ベルさんは……私の部屋にいます」

 

「……やっぱり。どうやって来たの?」

 

「その、ベルさんは状況を何も知らないようでして……周囲から逃げて下水を通ってきたと。怪我をされていたので治療を行い、休んでいただいてます」

 

「破傷風にでもかかりたいの? あの子がそういうのかかるのかわからないけど」

 

「私も貴方と同じことを言って彼を怒りましたよ」

 

ベルにそういったものが通用するとは思えないが、それでも小言の1つ2つを言わなければ我慢ならなかった。身体は汚れていたし、怪我をしていたし、近くにいた冒険者達に襲われたのか、住民達に石でも投げられたのか、とにかく地上を歩くことが難しくなった結果、下水を通るしかなかったのだろう。幸いにも軽傷だったおかげですぐに治療は済んだし、その後は身を清めさせて、休ませるためにも眠らせた。今の状況で、何が何だか分からないような状態で行動させるのは危険と判断したのだ。

 

「であればベルに伝えておいてくれ。アストレアは無事であると。アリーゼ達の方は、ダフネとカサンドラ達が18階層に向ってくれている。他にも治療師達を含めたパーティが向かってくれたそうだ」

 

「だけど、【紅の正花(スカーレットハーネル)】達のことは伝えない方がいい。たぶんあの子……知ったら」

 

「無茶……しますよね」

 

「うん」

 

ベルがやり返す時は容赦ないのは、もう彼女達はよーく知っている。絶対、無茶するし無理する。極東にいるという『妖怪首おいてけ』よろしく敵がいなくなるまで当たりは雷撃の嵐に見舞われかねない。

 

「許嫁でしょ、しっかり」

 

「黙って」

 

「険しい道のり。だけどきっと乗り越えられるよ」

 

「黙って」

 

「そういうのを乗り越えて、結ばれるんだよきっと」

 

「はよ行け」

 

キャラ崩壊もおかまいなし。

アミッドはナァザ達を追いだしてリヴェリア達の治療に回る。彼女の耳は、赤かった。

 

 

 

×   ♪   ♪

どこかの教会

 

 

美女の歌声が静かに響く。

それは讃美歌で、彼女の歌声を聞けば誰しもが心を奪われ、今のオラリオの情勢など忘れることだろう。それほどに美しく、清らかだ。空は分厚い雲に覆われ、夜空など見えもしないが、雲さえなければそこに光り輝く月があり、その光がステンドグラスを通して教会を神秘的に照らすだろう。

 

「アフロディーテ様、都市は現在、混乱の渦中に」

 

「都市門が全て閉鎖されてしまったため、私達も都市の外に出るのは困難になりました」

 

跪き、2人の青年が歌う美女へと告げる。

美女もとい美神は振り返り、眷族達を労う。

振り向く動作と共に美しい金の長髪が靡き、眷族達が思わず見惚れ、喉を鳴らしてしまう。それを怒ることもせず、彼女は微笑みを浮かべた。裸にも近い衣装に恥じらうこともなく堂々とイシュタルにもフレイヤにも劣る、しかし美乳ではある胸を張って彼女は口を開く。

 

「都市を出るつもりはないわ」

 

「し、しかしアフロディーテ様っ、我々ではこの迷宮都市でできることは……!」

 

「だからこそ増幅器を都市中に設置するように命じたのでしょう? 都市外に拠点を置く私達が『化物の巣窟(オラリオ)』からしてみればクソザコだってことくらいわかっているわ。で、終わった?」

 

「はい、おおよそ完了しております。【ゴブニュ・ファミリア】に依頼していた増幅器である金属板も滞りなく都市内に設置いたしました」

 

「ならいいわ。あとは……そうね、ヘスティアの処女の血でももらいましょうか」

 

「………いったい、何をお考えなのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「エレボスは私達のことを戦力として見ていない。それはこの都市に私達がいても放っておかれていることが何よりの証拠。何とも思われていないのよ、私達。盤上を上から見つめているエレボスの視界には大した価値のないものとして映っているのでしょう。だったら、この状況をひっくり返すには、盤外から駒を出すしかない」

 

「?」

 

理解できていない眷族に罵声を上げたりはしない。

神々の考えなどを理解できる者なんて下界の住人ではそう多くはないからだ。アフロディーテはステンドグラス越しに空を見上げて呟いた。

 

「『    』を呼び出すわ」

 

 

×   ♪   ♪

旅人の宿

 

 

「自分が何をしたか分かっているのですか!」

 

「――っ」

 

最初にガツン、と何かが投げつけられる衝撃が走った。その後に少女の裂けた額から赤い雫が伝って床へと落ちた。血が落ちた床に視線を送れば、そこには水を飲むのに使っていただろうグラスが転がっていた。

 

「私達は貴方達が帰還するという報せを貰っていたから、迎えるため待っていた! でも、貴方だけは現れなかった! 仲間達に心配をかけた結果が暗黒期の再開(これ)ですか!? 貴方は派閥を裏切ったようなものだということを分かっているのですか!?」

 

激怒するのは派閥の団長であるアスフィだ。

顔を赤くするほどに激怒し、やっと帰ってきたローリエを誹った。場所は派閥の本拠にある団長室だ。外には仲間達がいるだろうが、きっとアスフィの声は部屋の外にまで届いていることだろう。普段だって喧しい時もあるアスフィだが、それ以上の怒りを見せる彼女にローリエは何も言い返さず、当然のことだと受け入れていた。そんな2人を見守っていたのは主神のヘルメスだ。旅行帽を深くかぶり、表情は見えない。

 

「リオン達【アストレア・ファミリア】は帰ってこない! 神々は送還され、男神エレボスが暗黒期の再開を宣言! 【ロキ・ファミリア】も落ちた! おまけに武装したモンスターが地上に進出して行方知れず! 最後にはダイダロス通り……いいえ、クノッソスから今回の騒動における原因であるベル・クラネルが出てきてしまったせいで、あの派閥には裏切り疑惑がかかっている! 有り得ない、そんなこと! 彼女達が日々、どれだけ都市のために奔走していたか、誰もが知っているでしょうに!」

 

アスフィが怒っているのは当然のことなのだろう。ちょっと目を離した隙に友人達が悪者扱いされているのだから、その怒りはごもっともな反応だ。眼鏡の向こうからローリエを睨みつけながら、激情を吐き出すのをアスフィは止めない。

 

「ベル・クラネルがどこかへ消えてから、貴方がのこのこと出てきて、帰ってきた! 武装したモンスターに絆されでもしましたか!? エルフである貴方が!? まさか怪物趣味にでも目覚めましたか!? 勝手な行動が私達にまで刃が向くと考えなかったのですか!? そうならないだけの力が貴方にあると!?」

 

「アスフィ」

 

「何もかもローリエ、貴方のせいです! 【勇者】が今までの栄光を失ったのも【ロキ・ファミリア】が落とされたのも、多くのアマゾネス達が死したのも、リオン達が帰ってこないのも……何もかも!」

 

「アスフィ!」

 

怒鳴り叫ぶのを止められないアスフィを、ヘルメスの声が止めた。肩を揺らし、男神の方を向こうとする彼女の頭に自らが被っていた旅行帽をかぶせ、顔を隠させる。

 

「酷い顔だ。顔を洗って、外の空気を吸ってこい」

 

「ですが……!」

 

「ローリエもいろいろ考えての結果だろう。 運がなかっただけさ。 今は1人でも人手が欲しい状況なんだ。いつまでも怒鳴っていたって疲れるだけだ。 今までのことより、これからのことを考えようじゃないか」

 

「………」

 

静かに頷いて、アスフィは部屋の外へ出て行く。

扉の向こうから団員達が心配するような目を向けて、アスフィの背中をさすりながら去っていった。やはり聞こえていたのだろう。見送って、ヘルメスはローリエへと向き直る。

 

「ローリエ、これはお前が招いた事態か?」

 

「……いいえ、ですが……そうだと言われても仕方がないと思っています」

 

ジンジンと痛む額を指で触れ、ヘルメスの問いに返す。事実、ローリエは今の都市の状況を招こうと思ったことなどない。異端児達の力になりたいとは思ったが、この状況など望んでいなかった。

 

「ベル君はクノッソスのことを知らない。だからあそこから出てきたのはきっと、偶然なんだろう」

 

「……私は彼に、命を救われました。18階層で武装したモンスター……異端児達の後を追いかける私を【疾風】と勘違いして追いかけてきてしまったそうです」

 

「ふむ……。それで、デメテルの眷族達がクノッソスにいた理由はお前にわかるか?」

 

「!?」

 

ベルとローリエ。

この2人が一緒にクノッソスから出てこなかった理由が、デメテルの眷族達がクノッソスにいたことにある。眷族達は今、都市内にある治療施設にそれぞれ送られ治療を受けているが、助けを呼んだのは他ならないローリエだ。その情報をヘルメスが逃すわけがなかったのだ。だから出てくるタイミングが違ったのは、そこにあると考えのだ。

 

「詳細はわかりません。私の所見ですが……」

 

「構わない、聞かせてくれ」

 

「彼女達は手枷、足枷で拘束された状態で密室に閉じ込められていました。腱は斬られていました。ギリギリの食事しか与えていなかったのか、随分と痩せていました。ベル君と共に彼女達の拘束を解くと、彼は治癒を行ってくれましたが……彼の専門ではないようで、あくまでも応急処置。その後は、彼をこのまま巻き込んだ状態にしておくわけにもいかず、派閥の元へ帰すべきだと判断し先に地上へ。ですが、クノッソスが崩壊したせいで自分達が進んできた道もわからず、先行してしまった武装したモンスター達の後を追う形で地上へ出るしかありませんでした」

 

「『崩壊』……崩壊、したのか?」

 

「はい、どれほどの規模かはわかりませんが……確かに崩壊しました」

 

口元を手で覆って思考を巡らせるヘルメス。

だがヘルメスはすぐに両手を上げて肩を竦めた。

 

「今考えたって仕方ないか。よしわかった。武装したモンスター達のこともベル君のことも、このヘルメスが預かろう。ローリエ、お前も一度休め、食事を取って、身を清めて睡眠……ああその前に、額の治療をしろ。女の子なんだ、顔に傷を残しておくわけにはいかないだろう?」

 

ぽんぽんと頭に手をバウンドさせて、そう言い渡す。耳を垂らして自分の行動に猛省する彼女をヘルメスは怒鳴りつけたりはしなかった。どうしてだろう、とそう思ったローリエの思考などお見通しだったのか、ヘルメスはつづけた。

 

「アスフィがあれだけ怒って、俺までお前を罵ったらお前は拠り所をなくしてしまう。こういうのは怒る役とそうじゃない役が必要なんだ。だが、お前が帰ってこなかったせいで、皆が心配していたのは本当だ。それは、忘れないでくれ」

 

「……はい」

 

「おかえり、ローリエ」

 

「はい……っ」

 

その言葉に、涙を零しそうになる。

もうずいぶんと長い間、帰っていなかったんじゃないかとさえ思えた。父親のように抱きしめられ、背中をさすられて、その温もりに身を委ねてしまいそうになる。瞼を閉じたローリエはしかし、キッと瞼を開けるとヘルメスから離れた。

 

「まだ、まだ終われない」

 

「?」

 

「申し訳ありません……でも、このままでは終われません。このままでは本当に無責任な妖精になってしまう。それだけは、できない……彼等をどうにかして、迷宮に帰還させなくては……ベル君達の無実を証明しなくては……」

 

ローリエの呟きに、ヘルメスは苦笑に近い微笑みを浮かべた。苦悩して葛藤して、そして今の彼女がある。見ない間に成長した眷族を喜ばしくもあり、寂しくもある。そんな気持ちを抱いたが故の笑みだった。

 

「ローリエ、アスフィは2時間後にはここを出る」

 

「?」

 

「その後、俺は偶然にも本拠を出て、お前を監視する者はいないかもしれない」

 

「!」

 

「そうなればお前を止める者はいないだろうなあ……いやあ、困った困った」

 

ヒラヒラと手を振ってヘルメスが部屋を後にする。

それはヘルメスからローリエに対する「やるだけやってみろ」というメッセージだ。それを感じ取ったローリエは、深く、主神に頭を下げたのだった。

 

 

×   ♪   ♪

18階層

 

薙ぎ倒された木々、砕け散った水晶、倒壊した屋台。まるで嵐でも通ったかのような惨状を前に、冒険者達は息を呑んだ。モンスターの気配はなく、静けさに満ちているが、瞳に映る光景から【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】の討伐隊が帰還しない、できない何かがあったのだと察することは容易だった。

 

「生存者を探せ! この惨状だ、まだ怪物がいる可能性も捨てきれない! 少なくとも第一級冒険者を相手にできるほどのな!」

 

生命線である治療師から離れるなと警告して指揮を飛ばすのは【ガネーシャ・ファミリア】の団員だ。団長が未だ帰還せず、仲間達もまた帰ってこない。道中、怪物との交戦こそあったが闇派閥からの邪魔もなく消耗は少ない。

 

「こ、こっち来て! 人が倒れてる!」

 

「こっちもだ! あんたたちの団長だろう!? 息はある……けど、やばいんじゃないか!? 治療師、来てくれ!」

 

森の中で【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は見つかった。木に身を預けるようにして意識を手放しているシャクティの元へ憲兵達が駆けよる。口から喉にかけて血でも吐いたのか赤く汚れてしまっている。周囲にも死屍累々に倒れている者達が大勢いた。討伐隊は全滅したのだろう。

 

「アーディを連れてこなくて良かったかもしれないな」

 

姉と友人の安否を気にしていたのはアーディだ。この惨状を見れば、いつも明るく笑う彼女であっても恐慌状態に陥ってしまうかもしれない。ガネーシャがアーディがダンジョンに行くのを止めた形ではあるが、それで良かったかもしれないと憲兵の1人が呟いた。治療師達が賢明に治癒魔法を施している光が森の中で輝く。それが数分か数十分かしたころ、別の冒険者が走ってきた。赤い短髪に指揮棒のような武器を持つ女性冒険者だ。

 

「【アストレア・ファミリア】、リヴィラで見つけたよ」

 

「息は?」

 

「ある。でもかなり重症。炎……か何かわからないけど、火傷の痕とか、色々あるし。今、ウチのとこの治療師が治療にあたってるけど……1人でできるかどうかって感じ」

 

「……わかった、そちらに応援に行こう」

 

「お願い」

 

宿場街に向った冒険者達は地に倒れふし動かない【アストレア・ファミリア】の女傑達を発見する。1人の少女が治癒魔法をかけてはいるが、手数が足りないのか焦りの汗を零している。

 

「カサンドラ、どう?」

 

「………うぅ」

 

今にも泣きそうなカサンドラ。

戦場となった宿場街は破壊の限りを尽くされたかのようだ。水晶の破片があちらこちらに飛び散っていて、倒れている彼女達はそれに巻き込まれたのか人の拳ほどありそうな破片まで傍らに転がっている。

 

「この感じ……魔剣か? 冒険者、いや、闇派閥が魔剣を使った……?」

 

「でも彼女達は神様達がいつ全員が第一級冒険者になってもおかしくないって言ってるくらい強いはずでしょ?」

 

「ということはやはり、第一級冒険者以上の相手が敵に?」

 

妖精の冒険者が魔力の残滓を読み取ったのか、彼女達を倒した敵が魔剣を使っていたのではと言う。だが少なくとも彼女達は第一級冒険者の集団と言っても過言ではない。数こそ少数精鋭と言えども弱い派閥では、ないのだ。

 

「……………ベ、ル」

 

呻く誰かが、ここにはいない少年の名を呼ぶ。

瑞々しい肌は無残にも焼け焦げ、武装は使い物にならない。持物である回復薬の類も全損。治癒魔術を行使する治療師達もここで何があったのか、思考を巡らせた。けれど、分からない。

 

「黒い嵐が、雷とぶつかり合う……うぅぅ……」

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