勇者くんに振り向いてもらいたい邪神ちゃんのお話。

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邪神ちゃんと勇者くん~心変わり随時受付中~

 

 初夏の風が薄いカーテンを押し上げ、通り雨に匂い立つニセアカシアの香りを運んでくる。背の高い樹に無数の白い花が咲き誇るのも、梅雨前の今が盛り。

 その甘い香りを深く吸い込み精神を落ち着けると、ぱらぱらと本のページをめくりながら少年は静かな物言いで対峙者に語り掛けた。

 

「……大嫌いなはずなのに、その相手の事が気になる。目が離せない。それを君はなんだと言う?」

「恋よ!」

 

 少年が"静"を体現するのであれば、対峙者である少女は"動"を体現する者であった。無い胸を張って自信満々、元気いっぱいの迷いなき声を教室に響き渡らせる。

 少年は皮肉気な笑みを浮かべ、少女の主張を言葉で叩き落した。

 

「いいや違うね。それは恋なんかじゃなく、防衛本能だよ。取り逃して見失ったゴキブリに向ける感情と同じ。だからこの漫画のように、第一印象最悪だけど気になるアイツ、とやらが。恋愛対象になることなど本来ありえないのさ。第一印象の大きさを舐めるなよ。最悪が好転するなんて、そんな都合のいい話しあってたまるか」

 

 断定的な物言いに、少女が笑顔を崩して気色ばむ。

 

「ちょっと! その言い方だと私はゴキブリってことー!?」

「もっと悪い。だって殺せない」

 

 わずか苛立ちの感情を滲ませた少年は、彼女に押し付けられた少女漫画を閉じる。そしてそれがスイッチだったかのようにくわっと目を見開くと、勢いよく席を立った。

 

 更に手にした本を大きく振りかぶり……少女に向かって全力投球! 

 

 

 

「ゴキブリ扱いはむしろ上等な方なんだよこの邪神がよぉ!!」

 

「いやん、勇者のいけずぅ!」

 

 

 

 

 気取った物言い諸共に放り投げ、至近距離から投球された本。それを難なく受け止めて見せた少女だが、せいぜい二百グラムもない本は、受け止められた瞬間ダンプカーがコンクリの壁に正面衝突をかましたような音を出した。

 だがその音は「この二人」にしか認識されないまま弾け飛び、あとには何事もなく……はなく、少女の手中で消し炭となって崩れゆく憐れな単行本が一冊。それもすぐに風に攫われて、窓の外へ飛んでいった。

 速やかなる証拠隠滅である。

 

 今しがたの投本にどれほどの力が込められていたのか。

 それを知るのは当人たちのみだ。

 

 

 

 

 

「ま~たやってるよあの二人」

「邪神と勇者設定だっけ? あれだけ恥ずかしげもなくやられると、見ごたえあっておもろいよな」

「な」

「つーか勇者相手なら魔王じゃないの?」

「……設定のこだわり?」

 

 珍妙なやり取りをする彼らを呑気に見守っているのは、思い思いにくつろぐ学友たち。

 

 現在この学び舎は昼食後のやや長い休み時間。あと少しでチャイムが鳴り午後の授業も始まろうという今、ほぼ全てのクラスメイトが教室内にそろっている。人口密集度ど真ん中の時間帯だ。

 その全員の前で臆面もなく賑やかに注目を集めている少年と少女だが、このクラスではすでに日常と化した光景である。

 最初はなんだなんだとざわついていた彼らも、今は穏やかなもの。注がれる視線は生暖かい。

 

 

 周りが自分たちのやりとりを「厨二交じりの茶番劇」と認識しているのを良い事に、少年はわなわなと肩を震わせ少女を指差した。

 即座に「勇者様が人を指差していいのかよ~行儀悪いぞ~」とヤジが飛ぶも、無視である。

 

「何度も……何度も何度も何度も! なんっども! 一つ救えばまた別の世界襲って僕の負担を増やす馬鹿に恋するわけがねぇんだよなぁぁ! 呼び出される身にもなってみろよ! ああもう、若気の至りで召喚勇者契約なんか結ぶんじゃなかった!」

 

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶこの少年……何を隠そう、現代日本から様々な異界へ赴き、その世界をことごとく救ってきた無敵の大英雄なのである。

 少年はある日、神の導きで勇者となる契約を結んだ。が、その時は彼も一度ならず二度三度、それ以上に世界救済のおかわりがくるとは思ってもいなかった。何度「詐欺だ!」と叫んだことか。

 もとの世界へ戻るたびに時間がリセットされるため見た目こそ若いが、中身は結構なジジイである。

 

 普段は落ち着き払った様子から「ジィ」だの「ご隠居」だの呼ばれていたが、今やもう一つのあだ名で呼ばれることが多くなった。唐突に転校してきた、見目だけはたいへん愛らしい少女がもたらした影響によって。

 

 頭をかきむしってしゃがみ込む少年に、少女は恥じ入るように顔を押さえる。

 

「だ、だってぇ。この姿になるには転生しなきゃいけなかったんだものー! えーとえーと。まず人間になるでしょ? 性別も変えるでしょ? 鼻を小さく高くして二重にして目も大きくするでしょ? 足もすら~っと長くしたかったし、骨格も華奢にしたいし、あとあと全身脱毛もするでしょ? あとは、えーと。あ、君は胸が小さい方が好みでよかったのよね!? 前回大きくしたら不評だったものね!」

 

 ふふんと自らの小さな双丘を誇示する少女。こちらの中身が何かといえば、幾度と無く少年……勇者と敵対し、倒されてきた不屈の大邪神なのだ。

 

 この邪神、何を間違ったか初めて勇者に倒された時恋に落ちた。

 その後別の世界に何度も転生し悪行の限りを尽くしては、神に派遣された勇者が来ざるを得ない状況を作り続けてきている。

 勇者がお行儀悪く中指を突き立てた回数はすでに両手両足で足りない。

 

 そして邪神が言うにはようやく理想の姿となり、満を持して勇者の故郷へ転生を果たしたのだとか。

 

 

 ただただ、彼と結ばれたいがために。

 

 

 ……かといって、それを勇者が認めるかといえば難しい。

 当たり前である。彼にとって邪神は正に怨敵。いくら見た目を変えてこようが、この世界では悪行を犯してなかろうが、愛することなどありえない。

 

 だが邪神はただの邪神ではない。不屈の大邪神だ。

 諦めることなくアプローチを繰り返し、今日は「初対面は最悪! でもそんなアイツがだんだん気になり始めて……!?」といった内容の書物を意気揚々と携えてきた。結果は御覧の通りだが。

 

「整形感覚で転生してんじゃねーよ馬鹿! あとせめて転生しても世界を襲うな馬鹿! 僕の性癖も赤裸々に語るんじゃない馬鹿! おどろおどろしい見た目の邪神が女の子になったうえにどんどん可愛くなってく様を見せつけられた僕の身にもなってみろよ馬鹿ー!!」

「きゃっ、可愛いって言ってくれた。嬉しい~」

「都合のいいところだけ聞き取ってんじゃねぇ耳をマントルまでほじくってやろうか貴様」

「うう~。だってだって! 転生するには魔力ためなきゃいけないし、そのためには他から搾取しなきゃだし、なにより襲わないと貴方が異世界から来てくれないじゃない~!」

「馬鹿がよ!」

「ぅえ~ん! また馬鹿って言ったー!」

「泣くな鬱陶しい! さっきからだってだってとうるせーしガキかよバーカ!」

「また言ったー!」

 

 この程度の低い争いが勇者と邪神の戦いの成れの果てとは誰も思うまい。

 

 そのまま言い争いは続くが……少女が目に涙を浮かべた所で、ガタっと席を立つ者達が居た。

 

 【ギャルA、ギャルB、ギャルC が あらわれた!】

 そんなテロップが少年の脳裏をよぎる。

 

 

「ちょっと勇者ぁ〜。邪神ちゃん泣いちゃったじゃん。やりすぎぃ〜」

「勇者をあだ名にすんな」

 

 もう涙目である。自分は正当な文句をぶつけているはずなのに、何が悲しくて女子に責められねばならないのか。

 

「邪神ちゃん、プリン食べる?」

「ううっ、ありがとう邪神に優しいギャル……」

「なにそれまじウケるんだけどー! 邪神ちゃんってイタイけど可愛いよね〜」

「邪神ちゃんは勇者のどういうところが好きなの?」

「え~っと。手足がもげても向かってきてくれるところ……とか!? きゃっ、言っちゃった~」

「実際何本もお前にもってかれてんだよなクソが! リセットされるからいいってもんじゃねーぞ!!」

 

 少年はこの世の理不尽を呪う。何故自分は責められ、邪悪の化身はギャルに頭をなでなでされ、かつプリンなどという上等な供物までもらっているのか。

 

 こうして少年の日常は、ある日を境に頭痛の種を抱えたままなが~く続いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 困り果てる勇者をちらりと見ながら、少女はくすりと笑った。

 そして思う。想う。

 

 邪神には、勇者に隠している真実があった。

 けして話すことの無い秘め事。

 

 

 とある魔王は言った。

 とある魔神は言った。

 とある邪龍は言った。

 

 

【なぜ邪魔をする、異界の邪神よ】

 

 

 身を削り邪魔者を駆逐する邪神は笑い、答えた。

 

 

「恋してるから!」

 

 

__________ 大好きなあの人を迎えるのはお前達じゃない、この私だ。さあ座を受け渡せ。

 

 

 

 

 邪神が世界を滅ぼそうとしたのは、最初の一度きりだった。

 

 数多の世界で生まれ変わり、生命発展の障害となりうるものを勇者が来る前に消し去る。それがただの人間として、ただの女の子として、愛した男の世界に生まれ変わるために敵対するはずの神と交わした契約。

 

 報酬として吸い取った魔力を転生のための糧とした。

 ことごとく滅ぼしたため、もう彼が勇者として呼び出されることはないだろう。勇者は邪神のせいで呼び出されていたと、まんまと騙されているわけだが。

 

 

(あなたは知らなくていい。だってこれは、私のわがまま)

 

 

 あの人の目に映るのは自分だけ。彼の視線を独り占めしたくてしかたがない。

 

 

 

【何度も愛する者に殺される喜悦を、貴様らは知るまいよ】

 

 そして今度は、ようやく共に生きる喜びを。

 

 

 

 強欲で純粋な心を生まれさせたのは、紛れもなくかの勇者。

 

『もし生まれ変わる事があったら、お前も幸せになれるといいな』

 

 陳腐極まりない一言が、ただ世界を滅ぼすという目的を遂行するだけだった無機質で心無い邪神に未練を植え付けた。

 

 それは願いとなり、祈りとなり、恋と愛に成り果てた。

 

 

 地獄は予約済みだ。いくら他の世界で悪を滅っそうとも、自分の悪徳まで消し去ることはできない。

 だがそれで構わない。今この瞬間、愛した男の隣に居られるのなら。

 

 

 

「うふふ。心変わりはいつでも受付中よ、ダーリン!」

「むがー!!」

 

 愛しい相手の憤怒の声を聞いて、邪悪な少女は軽やかに笑った。

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございました!

※上限4000文字の企画参加作品です。


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