下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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1章.居酒屋の一人娘
1.ムードメーカー副長.詩鶴


 

下町の鶴 1

1章 -居酒屋の一人娘-

☆Episode1「ムードメーカー副長 詩鶴」

 

東京葛飾区、柴又。小さな家々の隙間に陽の光が差しこんでいる。

この町の狭い空は今日も青い。

 

「名取屋」。それは母、小町が営んでいる猫の額ほどの小さな居酒屋で、元は父、陽一が小町のために建てた店。

赤字ではあるものの、父が働いた分からの投資でなんとか経営ができている。そんな名取屋の目の前には少し古びた電車が右へ左へ走っていき、少し歩けば相も変わらず帝釈天参道(たいしゃくてんさんどう)の賑わいが。

 

今日も帰れば店の手伝いが待っている。バイトを探してみるのも良いのかもしれないけど、私には生まれ育ったこの店での仕事が一番手に馴染む。やれ進学だ、就職だと面倒臭い進路指導さえ、私には関係のないことだから、今はゆっくり、青春だのなんだのに耳を傾けて過ごしている。

そう、青春といえば来週発売の新作プリンがーー

 

「名取、おい。」

少年の声とともに頭にポカッと痛みが走る。

それと同時に私の心地よい夢にも朝がやってきた。

「んぇ...、....あ。」

「ねぼすけ、おい。」

目を開けるとクラスメイトみんなが立っている。

「はっ、え?」

「詩 鶴 ち ゃ ん 、お は よ う 。」

担任の先生がわざと下の名で、しかも言葉が最後にいくにつれ、だんだんドスの効いた声に変わっていく。

慌てて立った私は勢いあまって、

「はッ...ハァぁありがとうございました!」

と言うと、それにノってクラス全員がありがとうございましたと礼をした。

さらに追い討ちをかけるかのように先ほど私を叩き起こした少年が口から垂れかかったよだれを指摘する。

 

 

...ねぼすけは、ひどく赤面した。

 

 

「あ~~~、もううう!」

「良く眠れたァ?オーはよう。」

「河島うるさい。あっち行って...。」

机にうずくまり、赤らめいた頬を隠す私をからかってくる。

少年の名は「河島栄汰(かわしま えいた)」。自称ムードメーカー長。私を副長呼ばわりしてくる。

中学からの友達で、仲はそこそこといったところ。人間関係においては幅広く関わりを持っているように見えて、実は自身が本当に信頼している友達以外はクラスメイトを笑わせるための仕事仲間という風な認識をしている。...じゃあアイツにとって私は仕事仲間なのかな?知らんけど。

 

授業が終わり、教室が賑わい始める。外からは溢れんばかりの日差しと、熊蝉の恋歌が左半身に打ちつける。

まだ6月に入ったばかりだというのに、季節というのは気が早い。

 

「次の授業なんだっけー?」

と、眠気交じりの声に河島は

「昼休みのお勉強だよ。ボケぇっとしてたら購買のメロンパン、売り切れるぞ~。」

そうだった。今日はサクサクふんわり、1日50個限定のスペシャルメロンパンの日だ。急がなくては。

 

 

急ぎ足で購買に駆け込むと、もう人で溢れてる。遅かったか...。と諦める私に1人の少女が。

「あ、つるりん。やほー。」

私のことをそう呼ぶのは隣のクラスの「矢原瑞希(やはら みずき)」。第一印象のおっとりさとは裏腹に、好きなことに対しての行動力は凄まじい。

「みっちゃん、やほー...。メロンパン、もうダメよね。」

「んー、ダメかもねぇ。この時間じゃね~。」

「だよねー...。あ~もう!また逃したあ...!」

落ち込む私に瑞希がにんまり笑いながら

「これなあ~んだ。」

と、メロンパンを見せびらかす。

「良いなあ~!私も食べたかったぁ~。」

「実はねえ、」

というと、続けて

「つるりん用に買っておきました~。」

と言って私にメロンパンを手渡す。私は目を丸くする。

「えっ、え?いいの!?」

「この前ゲーセンに付き合ってくれたお礼。」

「えー、そんな対したことしてないのに(笑)」

「お陰さまで欲しかったの取れたから。」

この入手難易度の高いメロンパンと互角だったのか、あれは。

瑞希は続けて、

「それにさ、良かったら一緒にお昼食べない?」

と私を誘った。私は笑顔で快諾し、二人で教室へ向かった。

 

 

教室に戻ると河島が教卓を机代わりにし、ジト目で頬杖をつきながらバナナをモグモグと食べている。室内の生徒がまばらなせいか、河島の存在感がより目立っていた。さっき起こして貰ったとはいえ、無駄に辱しめを受けたんだ。仕返しにちょっとからかってやろう。

「ただいま、ボスゴリラ。」

「おう、帰ったか。よだれナイアガラ。」

即答の返しにクラスメイトが必死に笑いを堪えている。

私は頬を赤くして

「なんだ!やるかこの野郎!!」

「ボスゴリラに歯向かうのかお前。」

またしても返しがはやい。

あろうことか瑞希まで笑いを堪え出したので

「ちょっと、みっちゃん!」

と頬を膨らませ、軽く睨んでみるも、耐えきれず爆笑してしまう始末。

 

...今日のところは完敗だ。覚えていろ、ゴリラ。

 

「全く...、こういうのは頭の回転速いんだから。」 

私の言葉に瑞希がクスリと笑い、頷く。

「河島君とつるりん、仲良いよね~。」

「腐れ縁だよ。」

と、流れで吐き捨てる。河島と私が揃うと、それだけで面白いことが起こるのではないかという謎の期待を周りから感じるのだ。これは明らかにコンビと勘違いされている。あいつもあいつで、時々出てしまう私の天然なところをここぞとばかりに狙ってツッコミを入れてくる。ほんと、顔から性格まで蛙みたいな奴だ。...いや、蛙はバナナ食べないか。

 

「そういえばお前、何でバナナ食ってんの?」

私の問いに河島は

「ゴリラって呼んでおいてそれはないだろう。」 

と、ボケる。

「今月金ヤバいな?さては。」

そう私が痛いであろうところを突いてみたら

「それはお互い様だろうよ。お前らも一本食うか?」

と言って、河島はバナナの房をちぎろうとした。

「なんで房で買ってんだよ...。うちはいいよ。」

すると、横から瑞希が教卓まで歩いていき

「ありがと~♪」

と、河島から一本貰う。

いや、

マ ジ か 。

「う~ん、美味しいねこれ。」

横で瑞希が美味しそうに頬張る。

「だろ?コスタリカ産だからな。」

と、河島が自信満々に言う。

「コスタリカってどこ~?」

「知らん。」

堂々たる返しに私も吹き出す。

まるで吐血したかのように、手についたメロンパンの憐れなる残骸に息を飲み、その手を握り拳に変え、立ち上がる。

「こらゴリラぁ!メロンパン返せええ!!」

「お詫びのコスタリカバナナ。」

「要らねぇよバカ!」

熱の入った叫びにも冷静にボケをかましてくる河島。ふと横を見ると、瑞希が顔を真っ赤に火照らせてむせ返っている。

「みっちゃん大丈夫!?ねぇ、大丈夫!?」

瑞希の身体は小刻みにプルプルと震えている。ダメだ、完全にツボに入ってる。

「息してるかぁ!?おお!?」

「ちょっと黙ってろお前。」

「はい、すみません。ゴリラ黙ってます。」

 

その後、瑞希の笑いが収まるまで、結構な時間を要した。

消えかかった笑いの炎に定期的にガソリンを注ぐような河島。それを止めようとする度にあいつの波に乗せられ、結局笑いが起きる。

これがコンビとか言われてしまう原因だ。

 

やがてお昼が終わり、掃除の時間、5時間目、6時間目と、時間は過ぎていった。

 

 

放課後前のホームルームになると、河島と私は目を合わせ、頷く。

店の手伝いに追われて、課題がやりきれない私はいつも居残りを食らってしまう。だから、先生に呼び止められる前に息を合わせ、「ありがとうございました」のタイミングで群衆に紛れ、玄関へ猛ダッシュするのだ。

今日は全部活が休みの日。早く帰れるならそれに越したことはない。何といっても、課題より店、店より遊びたいが本望なんだ。ここはなんとか切り抜けなくては。

 

「課題やってない奴、当然だが残れよ。」

と、先生の圧のかかった警告。だが、それを遵守するほど私は良い子じゃない。

非公認帰宅部、反乱軍などと生徒会や、教職員らに言われながらも、居残りの教室で一年もの間、極秘裏に策を練り続けてきた。そんな我らが汗水垂らして作り出した''隠密帰宅陣形''、その全12ポジションのうち、成功率の高い第3陣形と第6陣形を編み出したのはこの私なのだよ。何度も失敗に終わり、酷い叱責を受け、涙堪えながらそれでも帰宅に命かけて頑張ってきた私たちなんだ。

居残り軍なめんなよ。

 

今日は先生の警戒レベルが高い。号令のタイミングで髪を下ろそう。

そう考えていると、河島からフェイスサインが送られる。

両眉を2回上下、ウィンク左右1回ずつ、口角を1回上げる。これは第6陣形だ。私は唇を噛みしめ、真剣な表情で親指を立てた。今日はだらだらと部活に向かって行く人たちのざわめきはない。今回に至っては教室が静まるのが早い。

第6陣形とはスピード重視の連携技。周りに溶け込み、教室の出入口前で体勢をかがめ、外へ滑り込む。

 

今回も成功するとは限らない。号令とともに礼をすると私は、居残りを認め、椅子に座るフリをして、ヘアゴムに手を伸ばした。

 

 

つづく。




2022.6.7
サブタイトルに話数を表記
2022.8.6
あとがきの一部を編集
2022.12.19
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