下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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107.詩書き

 

下町の鶴

11章-魅力-

☆Episode.107「詩書き」

 

「飲食店なんてやんない方がいいよ」

居酒屋娘である詩鶴は清々しいほど直球に言う。個人経営のお店とチェーン店では多少の違いがあるのかと思ったが、仕事の愚痴に対して嬉しいほどの共感を貰えるので楽しい。なんて言ったって彼女の堂々とした口振りが聞いていてスカッとするのだ。

「何、作んのが遅いって?毒仕込むのに時間かかってんだよ!ってね」

本当思うけどどこで手に入れたんだ、その精神は。強烈な冗談をつまみに笑いを交わす昼休み。年明け早々からぶつぶつと文句を垂らす詩鶴だったが、その表情は楽しそうだった。そんな彼女の抱負は

「超食って、超楽しむ!!」

今年も面白い一年になりそうだ。

 

顧問の先生が学校に居ないという理由で自主練になった部活だが、監視の目が無いのを良いことに部員同士でバックレ作戦を提案し

「よーし、お前ら解散!」

と、部長でも何でもない奴が勝手に代表して決めてしまった。それにより私の部活は一瞬で帰宅部へと早変わり。一人で帰るのも何だし、それで怒られるのも嫌だったから身を潜伏させる場所を探した。そりゃあ一人でも練習出来るならやってるさ。テニス部が相手もなしに何の練習をするって言うんだ。走るくらいしかやることないじゃないか。最初は陸上部である詩鶴の練習に交ぜてもらって並走しようかとも考えた。でも、彼女はこの校内でトップを争う実力の持ち主。まともに付いていける訳がない。なので今回は明希を探すことにした。もしかしたら校舎のどこかで一人、詩の題材探しをしてるかもしれないから。

木と汗のにおいが立ち込める玄関で上履きに履き替え、誰かと出くわさないか恐る恐る廊下に出る。屋内に入って一気に環境音が減少するせいで変な緊張感が湧き上がるのはどうしてだろうか。外だとかき消されるはずの足音が響き、どこかで薄っすらと吹奏楽部のラッパの音が聞こえてくる。自分の教室に足を運ぼうとしたが、その音がだんだんと大きくなってくるので怖くなって諦めた。

それから五分後くらい。半ば諦めかけてた明希探しの旅が終わったのは、駄目もとで寄った保健室の扉窓を覗いた時だった。見覚えのある長い後ろ髪にピンときて、そっと扉を開ける。ガラガラと鳴る音に振り返ると、彼女は私の存在に気づいて微笑んだ。

「どうしたの?」

「あーっと...、部活無くなっちゃって。先生は?」

「今空けてるとこ」

「そうなんだ。お邪魔しちゃって良いかな」

「私は大丈夫。ついでに留守番も任されてるし」

部屋には明希以外の気配を感じず、どうやら一人で詩を書いていたみたい。近くまで行って隣に腰かけると

「んーーーーーっ」

明希はうんと背中を伸ばし、大きな欠伸をしはじめた。

「言葉見つかんなくてさ。ありがとう」

「ありがとう??」

「え、なんだろ、良い気分転換になるなあって」

机の上には見覚えのある作詩帳が。明希が言うには、もうそろそろ埋まるから新しいノートが欲しいみたい。鉛筆を宙に滑らせながら、そう話してくれた。

「何のテーマ書こうとしてたの?」

ぽつりと彼女に尋ねてみる。明希はその質問に直ぐには答えずに一呼吸、二呼吸と口を噤み、ぽーっとこの部屋の空気に身を浸からせた。そして

「うーんとね、」

と切り出し、打ち明ける。

「それを考えてたっていうか」

「まだ決まってなかったのね」

「ぼんやりは浮かんでるの。ここに来ると色んなこと思い出すから」

そう言って明希は空いたベッドをじっと見つめ出した。

彼女の言葉を待っていると、それに気づいた明希が言った。

「そうだ、手伝ってくれない?詩を書くの」

「え、手伝う?どうやって?」

そう言うと明希はニコッとこちらに笑みを浮かべた。 

「付いてくるだけで良いから」

ぽん、と椅子から立ち上がり、窓の外を見つめた。いつも明希には自分の世界を広く持っていて、どんな小さなものにも心を寄せることが出来る。だからこそとても繊細で、人との関わりには慣れていなかった。そんな女の子だったのに、今は何だかその背中がとても大人びて見える。

「うわあっ、寒い」

保健室から外に繋がる扉を開けた明希は予想よりもずっと寒かった外気に驚いたのか、ピタリと足を止めて固まった。

「風邪引くよ?明希」

「ははは、外こんな寒かったんだ」

全く、何を言い出すかと思えば...。一月だというのに随分と呑気な物言いをするもんだ。さっきまで部活で解散と言われるまで極寒の場所にいたことを思い返し、小突くようにこう揶揄(からか)ってやった。

「この温室育ちめ」

しかし文芸部ともあってか、言葉遊びにはノリノリで乗っかってくる質のようで

「瑞々しさは一級品だよ」

などと一瞬で仕返しされる。困ったような笑いが返ってくると予想していたのだが、作詩家に喧嘩を売ったのが間違いだった。

「ねえねえみっちゃん、あれ」

明希はふと窓の外を指差した。何だろうと思い、指の差す先を見てみたが何も見当たらない。彼女の目に一体何が映っているというのか、凝視して探していると

「コンクリートの隙間に生えてる草、こんなに寒いのに枯れてない」

「え、草?」

なるほど、作詩家の着眼点は分からん。

しかし疑問に思っていると、明希は不思議な例え話を私にした。

「このお花、綺麗だね」

と、彼女は保健室の窓辺に飾られた小さな花に目を向ける。

「え、ああ。うん。それがどうしたの?」

「このお花はいつも一目につくところで大切に育てられて、寂しい思いも、寒さに苦しむこともない」

「....?」

「じゃああの草はどうかな。いつも冷たい風に吹かれて、なのに誰からも目もくれずに、最後まで「頑張ってるね」とすら言われない」

彼女の口から出てきた重たい言葉が私の心にのしかかった。私はその時、明希の世界が目の前に広がったように見えて、ぽつりとそこに立ち尽くした。

「もし私があの草だったら、このお花を妬ましいって思うかな。何にでもなれるとしたら、今度はこの子のようになりたいって夢見るのかな」

「......。」

「みっちゃんはどう思う?」

私はその問いに答えられなかった。言の葉で彩られているはずの世界で、どうしてか言葉に出来ない感情でいたから。

明希はそんな私に気づくと、遠くを見つめて話した。

「誰もが花になれる訳じゃないから。片隅で必死に生きてる存在をもっと見つけたい。見つけて、言葉にして、それを形にして残していきたい。そのために詩人がいるんだと私は思うから」

私にとって何でもないはずの小さい世界は、彼女のなかでは歩ききれないほどに広い。私はその場所の真ん中にぽつんといるようで、自分がちっぽけな存在に思えてしまった。

明希はそんな世界に吹く風を心地良さそうに受け止めていた。

 

詩の奥深さに心奪われている内に時間は経ち、気付けば窓の外は青い夕空に染まっていた。部活終わりのチャイムが鳴りやんで数分、ここでお喋りしている姿を詩鶴に見られてしまう。

「あはは、随分ぽかぽかした部屋ですこと」

「つるり....ん、これには深い事情が」

「あは、あはははァ...」

冷気を纏ったそれは不敵な笑みをもってゆっくりとこちらに近づき、遺す言葉も言わせずに氷の手のひらで私の頬はがっしりとホールドされた。ようやく家に帰れる、と笑顔に溢れかえる中、校舎の片隅でけたたましい叫び声が轟いていたことを他生徒たちは知らない。

 

つづく。

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