下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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12章.先発列車の尾灯
112.夢路


 

下町の鶴

12章-先発列車の尾灯-

☆Episode.112「夢路」

 

部活に顔を出すときはいつも

「おお、名取じゃないか」

と珍しがられる。居残り常習犯の悪名がこびりつき、ろくに練習もさせて貰えない毎日を送っていたからね。だがしかし、今日は担任の先生が放課後すぐに出張に出なければいけないそうなので、それを良いことに部活に顔を出している。"言われる内が花"だか何だか知らんが、言う奴が居ないのはまあ何とも気の楽な話でして。今日は存分に私の好きにさせて貰おう。

本来は長距離の所属なのだが、久しぶりの部活動なので、短距離走組にも顔を出してみた。するとどうだ、だいぶブランクを空けたはずなのに意外と他の走者をぽんぽん追い抜ける。毎日こつこつと練習していた人等からしたらさぞ悔しかろう。久々に顔を出してきた奴に簡単に抜かれてしまうなんて話は。一年生の部員が腑に落ちないと言いたげな表情で私に話しかけてきた。

「名取先輩、何でそんな速いんすか」

「うーん、やっぱ毎日こつこつ練習してるからね」

「流石ですね。帰っても走られてるんですか?」

「いや、全然?」

「へ?でも名取先輩、普段居残りで部活出れてないんですよね」

「そう、そこがミソなんだよ」

「??」

後輩はぽかんとした顔で言葉の意味を探る。だが世の中には知らない方がいいことが沢山あるのさ。品行方正な課題提出者の舞台裏で過酷な逃走劇が繰り広げられていることなど。

さて、そろそろ長距離走の練習組に合流しようと思った私は短距離走組を後にし、少し早めのペースで学校の外周を走った。冷たい風が体に打ち付けるが、縛り付けるもののない自由がその痛覚を心地良いものに変えていた。校舎裏の砂利道に突入すると、列を成して走る長距離組の姿が目に映った。それは今現在の私の走るペースでもみるみるうちに距離が縮んでいき、瞬く間に追いついた。

「おひさー。みんな元気~?」

陽気に話しかけるも無視される。多分聞こえていないのだろう。声を大にしてもう一度話しかけた。

「お、ひ、さあああああ!」

「聞こえてるって!うるせえな」

「なら反応してくれてもいいじゃん。つれないなあ」

「みんな真面目に練習してんだよ。お前と違って」

「ふふ、そうかいそうかい。いま何周目?」

「二周目だよ。追いついた気でいるんじゃ――」

「おけ、じゃあまた後で!」

そう言って話の途中で皆を追い抜き、とっとと彼らの前から姿を消した。全く。何が"真面目に練習してる"だよ。あんなペースで走ってたら練習にならない。君たち危機感がないんだよ。そんなんじゃ先生に追われた時に直ぐ捕まっちゃう。そんなに真面目に成果上げたいなら一度誰かに追われるスリルを味わうんだな。

そんな戯言を胸の内に呟いている間にもう皆の背中が見えてきた。さあ、とっとと追いついて

「おひさー、みんな元気~?」

と同じことを言って揶揄ってやろう。悔しがる姿を拝んでやりたい。

そんなことを企んでいると、その長距離組に一人追い抜かれていく女子の姿が目に入った。少し長めのボブヘアにウェーブのかかった毛先が揺れている。いかり肩に細めの体つき、あの後ろ姿は瑞希に違いない。私は彼女の隣へと向かった。

「やほ、みっちゃん」

彼女は息を切らし、ヘトヘトな様子。休憩を促してみたが、歩くと怒られると言うので疲れない走り方を教えた。

「これなら体力温存できるよ」

「ありがとう」

「ゆっくり呼吸して。小刻みだと疲れるから」

この走り方なら問題ないだろう。何せめちゃめちゃ頑張ってるように見せられる。

「うん、少し楽になってきたかも」

礼を言う瑞希に、「良かった」と笑顔で言葉をかけた。

そういえば今年の秋に会ったとき、彼女は音楽室でギターを弾いていた。確か軽音に入っているとか言っていたはず。今更だが何故運動部のジョギングに交ざっているのだろう。私はふと気になってそれを尋ねてみた。

「ああ、あれね」

瑞希は頑張るのを諦めて歩き始めた。

「あまりにも使われないから異動したの」

「使われない?」

「うん。みんな大きな音で演奏するんだけど、私アコギしかできないからさ。練習する場所もないし、一緒に演奏しようっても言われないし」

「えー...こんな上手いのに。見る目ねェー」

瑞希は自虐的な笑みをその顔に浮かべた。

「だから呼ばれたら練習しておくってことで、メインはテニスに変えたワケ」

「なるほどね。軽音部の隠し玉ってことか」

「それどういう意味?」

褒めて言ったつもりだったのだが、可笑しそうに笑いながら小突かれた。普段こういう返しをするような子ではないんだけど、仲が良いからこその当たりなんだと思う。

「悪い意味じゃないって。いつかステージで一曲かましてよ」

「かますほど激しいのは弾けないよ?私」

「もー、またそんなこと言っちゃってえ」

多少はイジって言ったけど、ギターが上手いのは確かだ。あの日、音楽室で聞えてきた音色に心まるごと魅了されたのは紛れもない事実だし。なぜ音楽の道を進まないのだろう、とつくづく思う。綺麗なのはギターの音、私は弾いてるだけ、褒める度にそう返されるけど。そういえば...

「明希とは今も曲作りやってるの?」

「たまにね。でも、あれからそんなには出来てないかな」

「勿体ないなあ。二人とも才能あるのに」

「歌う人がいないからね」

「みっちゃん歌わないの?」

「あはは、自信ないよ。それに穏やかな曲を歌いたいって人も見つからないし」

「そっかあ...」

そうするとバンド形式で良い人を見つける必要があるのか。難しい世界だな、素敵なピースが二つも揃っているのに。

「あ、そうそう。今日って確か居残りないんだよね」

「無いって言うか、まあ...事実上」

「河島君、久々に部活出てるんじゃない?」

「えー、出てるかなあ...。無いのを良いことに帰ってる気が...」

そもそも何となくで入らされたとは言え、河島が文芸部なんていつ聞いても信じられない。あいつに合った部活だとは到底思えないんだけどなあ。

それを瑞希に話すと、彼女は意外な話を私にしてきた。

「でも明希から聞いたよ。河島君、詩づくりに困っているときに良いヒントをくれるんだって」

「良いヒント?」

「そう。ものの視点を変えてみたり、着眼点が凄いんだって。発想の天才だって言ってたよ」

「へえ、あいつがねえ。どんな詩を書くのか見てみたいな」

「それが、当の本人は一切書かないんだって」

「ええ?何それ。でもまあ、なんか河島らしいや。ははは」

 

その河島は部室の窓辺で頬杖をつき、ボーっと外の景色を見ていた。

「せぇっかく早く帰れると思ったのに。ちぇーーっ...」

ぶつくさと小声で文句を垂れる彼に、明希が遠目で苦笑いしている。将来の不安から荒れた詩でも書いてみようかと考えたり、最後まで綺麗な詩づくりに注力すべきかと悩んでいるうちに筆が進まなくなっていた彼女は、久々に顔を出した河島からヒントを求めようと思っていた。が、この様子じゃ暫くは動いてくれない。困ったなあ、と溜息を飲み込む。何か土台になる感情と情景が欲しい。そう悩んでいると、部室の扉が開き、男子生徒が数人入ってきた。彼らは軽音部を名乗り、新しい曲作りに向けての詞ができずに困っていた。

「良かったら誰か詞を提供してほしい」

申し訳なさそうにお願いをする彼らに部長も困った様子。実際問題、言葉単体を愉しむ詩と、音楽に乗せて歌われる詞は似て非なるものだというのを明希は理解していた。教室の出入口では部長と軽音部員が話し合っている。この部の中でも真面目にやっている人は少数で、作品作りのために教室外に出るといってる部員の殆どはそれを言い訳に下校時間まで遊んでいる。真面目な部員の中でも研究や作るものはバラバラ。文芸と一括りするには広すぎる世界だ。その中でも詩を専攻している生徒は...

「あの、四倉さんって君かい?」

「え...?は、はい」

 

つづく。

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