下町の鶴
12章.先発列車の尾灯
☆Episode.116「未来」
学校が休みの日、久々に私は四季乃ちゃんと会う約束をした。待ち合わせの場所に着き五分ほど待っていると、ごちゃごちゃとした人の波の中から四季乃は現れた。彼女は黒を基調とした大人っぽい服を纏っていた。ぼんやりと見とれていると、四季乃はそんな私を可笑しそうに笑う。不思議がる彼女に理由を話すと
「そういう明希も可愛い服着るじゃない。私服姿はじめて見たよ」
なんて返されるので、心の置き場に困った。
「そ、そうかな。私、ファッションとか分かんなくて」
「へえ?分かんなくてそれならセンスある方だよ」
これって嬉しいって感情なのかな。恥ずかしいけど、何か少し誇らしい気持ちにもなれた。
「でもひと手間加えるともっと可愛くなると思う。良い店あるんだけど、見てく?」
そう言って四季乃に腕引かれ、二人でアパレルのお店を複数回った。彼女のオススメするアイテムを試着してみては、可愛い可愛いと褒めてくるので頬は熱を増していくばかり。こちらを持ち上げてばかりの四季乃に少しばかりの仕返しをしてやろう、と私も同じように四季乃のことを褒めちぎってみたのだが
「からかっても無駄だよ」
と大人の笑顔で返される。挑む相手を間違えたと反省した。
小一時間見回った後、私たちは近くのファミレスに休憩がてらで入った。腕時計に目を落とすと時刻はだいたい十一時を回ったところ。そこで私は四季乃に昼食を取ってしまおうかと話した。まだお腹は空いていないと返ってきたが、大きなテーブルの上でメニュー表を開くとすぐに前言を撤回し
「こんなの別腹じゃないか」
と頬を緩めた。
不思議だ。初めて会ったときの暗い印象が今は面影もない。こんなに楽しそうに笑ってる姿が私にはとても嬉しかった。
それぞれ注文を終え、四季乃は飲み物を取ってくると言って席を立つ。一人きりになった私は、先日詩鶴の店で会った千春というお姉さんのことを思い出した。私が詩を書いていることを言うと楽しそうに耳を傾けてくれた。詩の話なんて誰も興味を持ってくれないと思っていただけに、じんわりと熱いものが胸いっぱいに広がったのを憶えている。私が卒業をテーマに作詞を依頼されたことを話すと彼女は頬杖をついた。お姉さん曰く、ちょうど大学の卒業を近日に控えているという。
「明希ちゃんさ、未来って聞くと何を思い浮かべる?」
「未来、ですか?」
「うん。直感でいいよ」
「不安ですかね、新しいものに順応していけるか、とか」
「不安か。そうだよね、確かにそうだ」
私の回答に考えさせられたかのような頷きを見せる。お姉さんが暫く黙り込むので、私はこの会話を繋げる一言を探した。言いだしの言葉に悩んでいると、お姉さんが口を開く。
「どうやら明希ちゃんは私よりもずっと大人みたいだ」
言ってる意味が分からなかった。思わずあからさまに首を傾げてしまう。
「私、未来って聞くと手放さなきゃいけないものが目に浮かぶんだ。今まで楽しかった日常を置き去らなきゃいけない、ってさ。それが本ッ当に嫌で」
楽しそうに話しているはずなのに、お姉さんはどこか悲しい目をしていた。
四季乃の声がして、気がつくと四季乃は二人分のジュースを持って戻ってきたところだった。
「どうした、考え事?」
「え、ああうん。まあ」
四季乃からは深く考え込んでいるように見えていたようで、一体何を考えていたのかと不思議がられた。そこで私は、今取り込んでいる作詞のことについて話した。卒業に向けての不安について意見を聞くには少し失礼な気がするけど。
「日常を置き去る、か...」
四季乃は千春さんから聞いた言葉を耳にし、じっとその言葉を噛み締めた。
「明希がボーッとなってた意味分かったよ。これは考え込んじゃうな」
難しい計算を解くような表情で頭の中を整理する四季乃。私はそんな彼女の目を見ていた。暫くして言葉が纏まったのか、四季乃はジュースをぐいっと喉の奥に流し込んで
「これは私の意見だけど、」
と言い出した。
「落ち着いたところにたどり着けるまではがむしゃらに走るべきだと思う。いつか振り返ったときに「懐かしいなあ」って思い出せるなら、それが一番だよ」
「そっか...」
「何もかも選べる訳じゃないから。どんなに居心地の良い場所もずっとは続かない。フウカなんて家庭も学校生活も全部捨ててここに来たのに、生きるための手段があれしか見つけられなかったんだから」
「.......」
「でも、アイツは今いる環境を幸せだって言ってる。暫くは落ち着けるっ、て」
「...何が答えなんだろうね」
「人それぞれだよ。その時はそう思えなくても、いつかはそれが自分にとってベストになるかもしれない」
「四季乃ちゃんはどう思ってるの?その事について」
「わからない。今は探してる途中かな」
つづく。