下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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119.隠し玉

 

下町の鶴

12章-先発列車の尾灯-

☆Episode.119「隠し玉」

 

「あの、みっちゃん」

言いづらそうにモジモジとしながら声を掛ける明希。片手には作詩帳のノートブックが握られていた。振り向いた瑞希に対し彼女は話す。

「あの...詞なんだけど」

「ああ、どう?順調?」

「えっと、その」

明希は作詩帳を瑞希の前に出し、頼まれた詞が書かれたページを広げた。瑞希はぱあっと明るい笑顔を浮かべ

「出来たの?お疲れ様」

と大喜びしてくれた。

「仮でこんな感じってだけ。曲に合わない部分はいつでも変えられるようにしてるから」

「十分だよ、良いじゃん。早く軽音の人達に見せてあげな」

明希の詞が仮完成したことにより、軽音部では本格的に曲作りを進めることとなった。曲と詞のバランスを話し合うために明希が文芸部から出張し、瑞希も詩鶴の説得により渋々お手伝いに来ることに。居残り部員の二人も本来のやるべきことを放棄してやってきた。

「おい、お前らは何しに来たんだよ...」

「引き続き、音響監督(みっちゃん)の補佐に就かせて頂こう」

「お前ら課題未提出で居残り食らってんじゃねえのか」

「愚問!」

「うるせえよ」

随分と賑やかなメンバーで開かれた部活動。明希の詞が先に作っていた曲とどう合わせていくか、演奏したり口ずさんだりして考察していく。最初はただの足手まといだと思われていた河島だったが、小難しい会議をしてる中、無心で歌った鼻歌が一部メロディに採用される。ただ傍聴してる割には案外使えるキャラになっていた。

「それ良いな。この詞の部分にぴったりはまる」

「お、採用で良いすか」

「採用採用。良い仕事してるぞ」

そんな風に曲づくりは着々と進んでいく。しかし部員の一人がボソッと呟いた一言で周りの手が止まる。

「何か違うんだよなあ」

「え?」

「いや、これで良いんだけど...何か痒いところに手が届かないというか」

「お前よお、せっかく良い感じに進んでるのに余計なこと言うなよ」

完成させなければいけない期日が迫るなか、小さなブレーキひとつで空気はピリついてしまう。

「まあ良いじゃん。ケンカするなよ」

と詩鶴が仲裁に入ろうとするが...

「口だけは黙っとけよ」

「はあ?言われるまでロクに手ぇ進めなかった癖に」

たった一言の突っぱねですぐムキになってしまう。河島が呆れて詩鶴の頭に平手を落とした。

「喧嘩するなって言ったやつが喧嘩腰になってどうすんだよ。アホかお前」

「っ、だからって叩くことないでしょ!?」

「すまねえ、生憎これ以外の特効薬を持ってなくて」

ピーピーと頭を噴火させる詩鶴を小動物みたいに扱う河島。軽音部たちも険悪な雰囲気で会議を始めだす。明希は瑞希に助けの目線を送った。

「みっちゃん...」

瑞希は腰に手を当て、ため息を吐く。そしてその疑問を投げかけた部員の前まで歩いていき、彼の持つエレキギターを指差して提案した。

「さっきのとこ、FM7(メジャーセブンス)にしてみたら?」

「え?」

「サビのとこだっけ、確かAマイナーよね」

細かいことろを指摘するも、ずっとぽかんとしたままなので

「ちょっと貸して」

と言って瑞希はエレキギターを首から下げた。いつもアコースティックギターを膝に抱えて弾いているからか、友達の目には新鮮に映ったはず。そして彼女は軽音部員の中心に立ち、専門用語を並べながら部員たちに伝わるよう指揮し始める。

「ドラム、Aメロ入ったらハイハット閉じた方が良いかも。他のパートが聞こえない」

「はい」

「ベース、もうちょっと音上げよっか。あとリードの人、歪みを少し抑えて。切らなくて良い」

瑞希が足元に目線を落とすと途端に目が輝きだし、興奮気味な喋り方でエレキの持ち主に言った。

「へえ、良いの持ってんじゃん。私これ高くて買えなかったよ」

「自由に使っていいですよ」

「え、ホント?やったあ。じゃあどうしようかな」

カチャカチャと足元のペダルを踏み、弦を鳴らしては幼い子供のようにはしゃぐ瑞希。明希らには何が起きてるかさっぱりだったが、

「みっちゃん、何か格好いいなあ」

と感動した様子で胸の言葉を溢していた。

「一回今言ったコード進行でやってみよ。ドラム、4カウントでお願い」

この部屋の中で誰よりも器用に、そして確実に音を構築していく。これが彼女の、この部で隠し玉として扱われる所以なのだろう。散々大口を叩いていた詩鶴は居場所に困り、恥ずかしそうに角で正座をしていた。

 

 

「どうです?陽当たりも良いですし、駅も近い」

「うーん、そうですね」

千春は一人、不動産屋に来て新居探しをしていた。初めての一人暮らしで右も左も分からず、取りあえずはと不動産屋の進める物件を片っ端から紹介して貰った。駅から近い、買い物がしやすい、トイレとお風呂が分かれてるなど、どれを選んで諦めるかの取捨選択をしていく。もちろん何もかもを取ればとんでもない家賃になるし、安さ以外を捨ててしまえばそれなりの苦労が強いられる。初めから一人暮らしに乗り気じゃない彼女にとっては中々"これこそは"と言えるものが見つからず、新しい暮らしも悪くないと思えるまでは長かった。

「この辺だと六万前後ですね。これだけは必要ってものありますか?」

「まあ特段不便過ぎなければ、それで」

「そうですか」

どの物件にも良いと悪いが半々のものが多い。部屋は広いが西陽が当たる、一階が安い定食屋だが飲食店の上という理由で虫がよく沸く、など。他にも似たようなものがたくさん続いた。

「ある程度妥協も必要にはなるんですよね。ここまでなら許せる、っていうのが明確にあると絞れますよ」

「和室とかって高かったりします...?」

「両極端なパターンが多いですね。何部屋もある高級マンションの一室か、築ウン十年の古アパートか、みたいな」

「なるほど」

「和室が良いんですか?」

「いや、古くてもまあいいかなー、なんて」

「築年数を気にされないようでしたらこんなのとかもありますよ」

パソコンに映し出される部屋の写真を一つ一つ見ていくが、画面を長時間見ていると頭が痛くなる。初めての情報を一気に押し込まれて疲れは溜まる一方だ。いつまで悩んでいても決まらないので、いくつか候補に選んだ物件を車で見回ることにした。車の後部座席に座り込むと、千春はパンパンになった頭の荷を下ろすように溜息する。不動産屋のお兄さんが運転席に戻ると、そんな千春を見て明るく笑い、元気づけた。

「画像では分かりにくいですからね。自分の目で見てみると結構違いますよ」

車での移動中は軽い雑談を交わした。その人の一人暮らしの経験談だったり、こういうお客さんもいたりした、など。窓の外の流れる景色を見ながら話す千春は、いつしかそんな時間を楽しんでいた。

お兄さんの言ったとおり、実際部屋を覗いてみると写真よりも広かったり、思っていた雰囲気と違っているものもあって新鮮だった。三、四件と見ていき、今回見る内の最後の物件に着いたとき、千春の目が変わる。これで良いのが見つからなければ、また日を改めて違う物件も見てみようと話していたところだった。

「ここにします」

床は軋むし、軽く変なにおいもしているし、不動産屋さんも耳を疑うような感じで千春を見た。

「確かにお家賃は安いですし、駅からも近いですけど」

壁だってそんな大して厚くもなさそうだし、寝に帰るだけの部屋といった方が近いような感じだ。しかし彼女の目は一目惚れとでも言うようにキラキラと輝いていた。何が千春をそこまで突き動かしたのだろう。帰りの車の中でその話題になったのだが

「私、二階より上に住んだことがなくて」

「そうでしたか。六階だと結構高さありますもんね」

「ええ。いやあ、良い景色だなあって」

「まさかそこが決定打だったんですか?」

「ふふふ」

 

つづく。

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