下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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121.途切れた線路

 

下町の鶴

12章-先発列車の尾灯-

☆Episode.121「途切れた線路」

 

私は瑞希に頼まれておつかいに行った。彼女が言うには音源を焼くための専用ディスクがあるんだそう。一人じゃ迷うだろうから、と河島を助手につけたのだが

「デートついでに宜しく」

と揶揄ってきた瑞希の言葉が頭から離れない。お陰様で街を歩くのに同級生とすれ違わないかと神経質になってしまっている。私たち二人、クラスメイトからそんな風に見えているのだろうか。どこか知らず知らずのうちに恋人みたいなことをしてしまっているのか。勘弁してくれ、河島とは友達同士だ。やましいことなど何もない。だいぶ前に家に泊めたことはあるけど...、それって恋人しかやらない?....やらないと言われればそんな気もするけど。

「名取、あそこ置いてるんじゃない?」

「わっ、なになに!?」

突然話しかけられて飛び上がる私を呆然と見る河島。その指先はレンタルビデオ屋の看板が。

「どんだけ驚いてんだよ」

「ごめんごめん。ありそうだね、確かに」

考えてることを悟られないよう大慌てになったけど、冷静に思い返せば隠さなくても良い話題じゃないか。話して馬鹿馬鹿しいと笑えば良いだけなのに。深読みしたせいで余計に恥ずかしい思いをした。

店に入ってすぐ、私たちはCDのコーナーに足を運んだ。

「えっと、みっちゃんの言ってたのってどれだ?」

「ロムがどうこうって」

「あーそうそう。真っ白のCDがあるんだってね」

店に陳列している商品を流し見しながら歩く。どうやら瑞希が言うには録音専用のまっさらなディスクがあるのだとか。プレイヤーにかけても何も流れず、パソコンなどから曲を入れてようやく聴けるものになるのだそう。私には何のことかさっぱりだが、とりあえずそのロムというのが見つかればそれで良い。商品に何かしらの説明が載っているだろう。そんな感じで初めは真面目に探していたのだが

「あ、」

「河島、見つかった?」

「懐かしいな、これ」

河島の目線の先には子供の頃によく流れていた歌手グループの写真が。

「真面目に探しなよ」

と呆れて返した私だったがその直後、見覚えのある歌手のCDアルバムが目に映る。

「あー!」

「....?」

「これ知ってる。最近流行りの....」

言い切る前に体が固まる。軽はずみに投げた指摘は円を描くように踵を返し、この胸へと直撃した。そんな無様な姿を揶揄うように河島の口元はにやりと笑い、ここぞとばかりに私の真似をしてくる始末。

「真面目に探しなよ」

「ごめんって」

数十分ほど探し周り、ようやくそれらしき代物を見つけた二人。会計を済ませて振り替えると河島の姿がない。どこに行ったのかと店内をぐるりと歩いて探してみると、奥の方で顎に手を当てて立ち尽くしていた。声をかける寸前、彼の向いている先に目がいく。そこには怪しげな黒い暖簾と、数字に斜線の引かれた印が。

「もう幾つ寝れば...」

憧れと渇望が入り交じったその姿を見て呆気に取られ、私は彼の背中に向けて

「行くぞアホ」

と放つと、店の外に連れ出そうとその腕を引っ張った。河島と黒い暖簾との距離が開いていく。彼は陽の光にさらされるまで悔恨の台詞を放ち続けていた。

 

学校に戻ると、瑞希は音楽室でひたすら部員たちの演奏の指導をしていた。顧問の先生と一緒に楽譜を睨んだり、各パートに指示を出したりと、部屋の空気はスタジオそのもの。気軽に入室して話しかけられる雰囲気ではなかった。しかし、廊下で立ち尽くしているこちらの存在に気がつくと、瑞希は頬を緩めて話しかけた。

「あ、つるりん。見つかった?」

「うん。これで合ってる?」

彼女に買ってきた代物を差し出す。

「ああ、それそれ。ありがとう」

「これに曲が入るんだよね」

「そ。このあとリハやって、数テイク録って、一番良いのを入れる。マスタリングはあまり知識ないから先生にお願いするつもり」

凄い、まるでなに言ってるか分からない。

「みっちゃん、裏で実は音楽の仕事とかしてない?」

「ふふふ、さてね」

「え、まじ?」

「憧れてたってだけだよ、本気にしないで」

これだけの実力を持ってして何故その道を目指さないのか。そんな疑問が何度も頭に浮かんだが、それと同時にいつか瑞希の言った言葉に諭される。

「上には上がいる。私なんか足元にも及ばない」

と。それなのに音楽に取りかかっている時の彼女の目はこんなにも輝いている。それが私には理解できなかった。夢のためでなく、ただ好きだからやっている。その思い一つでこれだけのものが時間をかけて形作られていく。もう気づけば曲が出来上がっていて、CDの完成すら目前だ。曲を作ろうとなったのが数日前のように感じるのに。

 

放課後、明希は一人帰路についていた。人で賑わう夕暮れ時の駅前を歩いていると、ふと何かに気付いて足を止める。目の先には新調したスーツ姿の女性と、その母親らしき人の姿が。遠くからぼんやりと見つめていると、どこかから聞き覚えのある声で自分の名が呼ばれた。振り返るとそこには千春がいた。

「あっきーじゃん。どしたの。学校帰り?」

「ええ。お姉さんは?」

そう聞き返すと彼女は口を窄め、空に言葉を探し出した。二秒ほどして明希の目を見る。

「ねえね、今時間ある?」

「え、まあ」

「ちょっと付き合ってよ。一杯出してあげる」

そう言って千春は近くの喫茶店へと手を引いた。

ちょうど空いていた窓際の席に腰掛け、メニューを広げる。お品書きに目を通せば文字だけでも涎が滴りそう。

「何にするー。好きなの頼んで良いよ」

「いえいえそんな」

頬杖をついて楽しそうに眺める千春。それに対して明希は椅子の背もたれに(もた)れかかろうともせず、姿勢良くして待っている。何か話しかけても

「はい」、「ええ」

と、堅苦しい返ししかしないので、見かねた千春が揶揄うように彼女に吹っ掛けた。

「四倉君ッ」

「え、はい」

「御社に志望した動機は何かネ」

「へ...??」

明希の姿勢とは対極に肩肘をつき、わざとらしく企業のお偉いさんを演じだす千春。突然のことで思考が止まって動かなくなる明希に彼女は顔を綻ばせて言った。

「面接じゃないんだからさ、もっとラフにおいで」

「すみませ――」

畏まって謝るのを遮るように、千春がメニューを指差す。

「あ、これ見て。ケーキセット、この中から選べるんだって」

「へ、へえ」

「この抹茶のとか美味しそうじゃない?」

手のひらで踊らせるように自分の空気に持っていこうとする千春。普段から明るく友達の多い彼女にとって、明希のような大人しい子をぐいぐい引っ張るのは得意分野なのだろう。人にお金を出して貰うことに緊張していた明希も、千春のペースに上手くのせられて頬が緩む。

「確かに、珈琲と合いそうですね」

「お、あっきー渋いねえ。良いなあ、私それにしてみよっかな」

「良いと思います」

「そっちは決まった?お揃いでも良いよ」

「うーん、このパンケーキも気になるんですよね」

「ツウだね。チョイスが上級者だよ」

「え、そうなんですか?」

「店によって微妙に違うんだよ。盛り付けとか焼き加減とかね。その細かな違いを嗜めたら本物だよ」

「へえ」

いつの間にか話が弾む二人。テーブル端のチャイムを鳴らす頃には明希の緊張はすっかり彼女に連れ去られていた。

時計の針が俯く程度の時間が過ぎ、いつの間にか友達のようにうち解け合う。二人は窓の外の明るさにも気を止めなくなった。そんな時、千春は彼女を誘った理由を話し始めた。

「言うのが遅くなってね。本当はもう少し早く会って話したかったんだけど」

首を傾げ、ぽかんとする明希に彼女は続ける。

「一緒にお喋りするの楽しいかったからさ、中々言いだせなかったっていうか」

「え、何の話ですか」

「何て言うか、その、さ」

申し訳なさそうな笑みを浮かべ、明希の前で言い淀んでいる。一呼吸ほど沈黙したあと

「今日で会えるの、最後になりそうで」

と言った。明希は何も返さずきょとんとしてしまう。彼女の言葉の意味が読み取れない、という様子だった。千春は気まずい空気に堪えきれず、無様に苦笑いを浮かべながら

「ごめんね」

と発した。

「何かあったんですか」

「それが、ね。就職先のスケジュールが前倒しになっちゃって。実家でゆっくりする暇も持っていかれちゃってさ」

「というと、引っ越しももうお済みになったんですか?」

「まあ...まだ向こうの部屋、段ボールだらけだけど」

「そうですか」

明希はピタリと体を止めて考え込んだ。CDの完成を間近にして去ってしまうことに焦りを覚え、まだ間に合うのではないか、何か方法が残ってるのではないかと自身に言い聞かせている。せめて千春に何らかの形で恩返しがしたい、そう思って明希はテーブル周りへ目をきょろきょろと動かした。

「なら私が千春さんにご馳走しなきゃ。短い間でしたけど、良くして貰ったんですし」

「良いよ良いよ、最初から奢るつもりで連れてきたんだし」

「でも...」

「良いの。うんと楽しんで下さいな」

明希が俯いた目線の先には開きかけた財布が。中のお金を数えると、自分の分を払えるだけしか入っていない。不甲斐なさに小さなため息をつくと、諦めたような暗い声で千春に言った。

「渡したかったテープがあるんです。先輩の卒業制作で曲を作るってなって、完成したら真っ先に千春さんに詩を見て貰いたくて」

「私に?へえ」

「初めはどう書いて良いか分かんなくて、テーマすら決まらずに時間だけ浪費していってて、そんな時に千春さんと初めて会って」

落ち込む明希に、千春は優しい眼差しで相槌を打つ。

「生まれた町を離れることとか、将来の不安とか、私千春さんと知り合えてなかったらずっと書けないままでした」

「そんな、大袈裟だよ」

「大袈裟じゃないです。今作ってる曲の歌詞は貴女がいなければ出来なかった。だから誰よりも先に完成したテープを渡したかった」

「そっか。どんな歌だったんだろう、気になるなあ」

俯いたまま、だんだんと表情が曇っていく明希。千春はそんな彼女を励まそうと、小さな肩をぽんぽんと叩いて言った。

「私のために作ってくれたんだよね。それが聞けただけでも嬉しいよ」

「千春さん...」

「大丈夫だって。何も二度と戻れない場所じゃないんだし。また会えるよ」

別れのシーンを飾ろうとする二人の間に注文したケーキセットがやってくる。目を輝かせ、うきうきでフォークを手に取る千春。暗い話を続けるつもりだった明希も、彼女の楽しそうな姿を見ればそうは出来なかった。

「ごめんなさい。楽しい時間のはずなのに」

「気にしない。ほら食べよ」

 

つづく。





大変お待たせしました。長らく休止しておりましたが、本日より投稿を再開致します。何卒宜しくお願い申し上げます。
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