下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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14.三つ巴

 

下町の鶴

3章-策略-

☆Episode.14「三つ巴」

 

「お前、学校中の憧れの的なんだってな。その容姿、テストの順位、何もかもが完璧だと。」

「フッ、今さら誉めても遅いんだよ。」

「違う。誉めてるんじゃねえよ。」

「じゃあ、何よ。」

「耳に化粧がついてないことにいい加減気づきな。」

河島がそういって不適な笑みを浮かべた次の瞬間

 

「四季乃、先生が職員室に来いってさ。」

と藤島を呼ぶ、彼女の友人がそう教えると

「何の用って?」

藤島の声色が変わる。河島を個室に閉じ込めて、手下らも隠れたため、彼女の友人からはこの惨状は見えてなかった。

あたかも今、御手洗いを済ませたかの様に友人と化粧室をあとにする藤島。その冷静さと、切り替えの早さは、それを見ていたものであれば誰でも背筋が凍るほどのものであっただろう。

 

 

名取は教室の中で混乱しつつも、状況を整理しながら冷静な判断を試みていた。

河島のところに何もなしに戻ったら状況は更に悪化するだろう。だったら仲間を連れてくるなり、誰かを呼ぶのが先決なはず。その中で、先生達に知らせるのが一番ことを大きくできる。

そう思った名取は教室を飛び出し、階段をかけ下り、職員室へ向かった。

 

近くまでやってきて、その廊下への角を曲がると、扉の前に立つ藤島の姿が目に映った。

私は驚きのあまり息を飲み込んだ。

「先回りされた!?私達がされたことを嘘にされる...!」

あたふたしていると突然、真横にあった図書倉庫に引き込まれた。

「やめて!やめて!」

パニックになって声を上げ、じたばた暴れようとする私を必死になだめようとする声が聞こえる。

その声に聞き覚えがあり、目蓋を恐る恐る開けると、そこに居たのは山岸だった。

 

「しー!しー!そこに居たらバレる...!。」

「え...?何がどうなってるの...?」

「作戦だよ。藤島らの独裁を壊すための。河島は...まだトイレにいるんじゃないか?」

「作戦...?何で...?何で藤島らの苛めのこと知ってるの?」

「ごめん、あとで説明するよ。」

そういって山岸は外の様子を見る。

ただでさえパニック状態の名取に、新しい情報が積み重なっていく。そんな状況の整理が追いつかないままで、彼女は頭を抱えざるを得なかった。

「ねえ、ちょっと...。」

不安を帯びた声で聞く名取に、振り向いた山岸は困ってしまい、状況を説明した。

「藤島は気に食わない奴らの弱みを握ってここを統治してるんだよ。それにあの容姿だから男子達は簡単に手のひらに乗せられる。女子は誰も逆らえない。」

「え...。」

「彼女にとっては朝飯前なんだよ。印象操作も、事実改変とかさえもね。」

「そんなにヤバい奴だったんだ...。」

「僕らも脅されてたのさ、彼女に。それと名取の分の復讐も兼ねて...だね。」

「私の分の復讐って....。」

山岸がこれまでの出来事を全て把握していることに驚きを隠せなかった。河島が助けに来たのも全部そうだったのかと思うと、名取の表情が変わった。

「ねえ、二人は一体どこまで知ってるの?...私がされたこととか、何で知ってる前提で話してるの...?」

「...僕らが恋話で藤島の名前を挙げたとき、名取一瞬ビクッてなったでしょ。」

それを聞いて名取は裏切られたような気持ちになった。彼女抜きで作戦を練っていたこと、初めから知っていて藤島に彼女を苛めさせ、動かぬ証拠を作らせたことに。

「てことはさ...、利用したの?私を。藤島への復讐のために。」

「え?」

「この作戦を実行させるために私をオトリに使ったってことでしょ。違うの?」

山岸は険しい表情になり、名取に目を合わせられなくなった。

「ごめん...。」

山岸の謝罪に食い入るように名取が質問する。

「何で話してくれなかったの。」

「え...。」

「何で話してくれなかったの!?」

「それは...。」

「初めっから知ってたら私も協力できたじゃん。その方がもっと上手くやれたハズじゃないの?何で私を仲間外れにしたの!」

「それは...!名取を巻き込みたくなかったからだよ!」

「何それ、巻き込んだって良いじゃん!今まで何があっても三人で一緒に怒られてきたじゃない。今回だって...」

「名取。」

「何よ!」

山岸は落としていた顔を上げ、名取と目を合わせ、真剣な表情で訴えかけた。

「僕らは彼女に重たい処分を受けさせるつもりでいる。」

「何。停学とか、退学でもさせる気?」

「ああ、そこまでいけたら良いな。」

「いいじゃん...!だったら三人でそうしてやれば!」

「ちゃんと聞けよ。」

彼の目に、名取は冷静さを取り戻す。吐息は震えたままだった。

「藤島は先生の弱みも握っている。そりゃあ、全員ではないだろうけどね。だからこれが失敗すれば全部僕らの非として処理され、そうなれば最悪、僕らがここを出なきゃいけなくなるかもしれない。」

「え...。」

「だから隠蔽しきれないレベルの証拠を見せつけなきゃならないんだよ。分かるかい。」

「...。」

「もし協力して、それが失敗すれば名取もその処分を受けることになるんだよ?」

「じゃ、じゃあ...それでもし二人が退学とかになっちゃったとしたら私はどうすれば良いの...。」

「大丈夫だよ。何も学校だけの関わりじゃないだろ?僕らは。それに名取は店を継ぐって夢があるんだし、こんなところで経歴に泥はつけられないよ。」

気づけば名取の目に、山岸は滲んで映った。

「ねえ、そこまでして実行する意味って何なの...?」

「ごめん、それは...今は言えない。」

名取は崩れるように床に膝をつき、ぼやいた。

「二人のいない学校なんて私の居場所じゃない。」

山岸は外を見たあと、名取に

「大丈夫だよ。必ず良い結果にしてくるから。」

と言い残し、倉庫を出ていってしまった。

「待って...ねえ待ってよ...。」

そうして、弱い陽の光の差し込んだその薄暗い部屋に一人、名取は取り残された。

 

彼女の中に重たい空気と時間が流れた。

本の匂いや、遠くの誰かの掛け声まで、何もかもが鮮明に感じるほどにその心は空っぽで、散らかっていた。

名取には藤島だけじゃなく、私を利用してまで"地獄に落とそう"としてる彼らさえも悪人に見えた。その戸惑いが彼女にとっては大きかった。

何かが大きく変わろうとしている気がする。それは名取にとって、何よりも辛いことだった。

 

「笑って生きていれば何とかなるんじゃないの?今までそうやってきたんじゃなかったの?」

 

そう心に問いかけたとき、彼女のなかで何かが壊れた。

「そっか....笑って生きてりゃ何とかなるね。」

心の中の音という音が一瞬にして無くなり、モノローグ(心の声)だけが胸の奥に響く。

「愚直で生真面目な奴らの前でも笑い続けて、全部冗談だったかのようにしてしまえば良い。変わろうとする人間をこの日常に引きずり戻してやれば良いんだ。」

その立ち直り方が良いものであるかの判断など、もう彼女にはできなかった。

そして、膝をついたまま、どこかねじ曲がったまま、その胸を撫で下ろした。

 

 

一方その頃、河島の方には一教師の怒号が鳴り響いた。

「お前ら何してるんだ。」

「先生ぇ、男子がここに入り込んで来て~。」

クサい言い訳が始まる。それに先生は

「いいから全員トイレから出ろ。」

と命令し、それに手下達は従った。

手下達が前に出てくる。先生は河島の姿を見るなり、問い詰めた。

「どういう状況だ。まず何でお前がこんな所に入り込んでいる。」

「同じクラスの名取がこいつらに虐められ―――」

「はァー!?意味分かんない。お前が勝手に入ってきたんだろうが!」

食い入るように河島の言い分を遮ろうとする。

「それで、ちょっとヤバいと思って独断ではありますが、女性用の方に―――」

「きっしょ。苛めて乱暴しようとしたのはお前の――」

「お前ら煩い、黙れ。」

先生が彼女らを叱責する。

「河島、続けろ。」

「大体のことはもう言いましたよ。」

先生は困り顔でしばらく考えると

「...で、まず名取がここに居たのは事実か。」

と質問した。

「居なきゃ無意味に入りませんよ...。」

「居るわけないじゃん!!」

と、同時に答える。

判断しかねた先生は頭を悩ませた。それを見た河島は提案する。

「先生、証拠があります。」

「本当か。」

「ええ、一人の教員による不正行為のお陰でね。」

 

 

【職員室にて】

「失礼します。二年二組の藤島四季乃です。お呼び出しがあったと聞き、参りました。」

「藤島、ちょっとこっち。」

そう呼んだのは教頭先生だった。

「教頭先生、如何しましたか?」

「今この校内で苛めの問題が多く上がっている。」

「左様ですか。」

「その主犯格について君が疑われているようだが、心当たりはあるかね。」

「いいえ、検討もつきません。」

「...まあ、仮にもし君がそうだったとしても言うはずがあるまいな。」

「どういうことです?証拠もなしに疑うというのは幾らなんでも失礼ではないでしょうか。」

教頭は小さくため息を吐き、こういった。

「証人がいるんだ。少し時間を頂戴するよ。」

そういって職員室に隣接する応接間に彼女を迎え入れた。

彼女が断りを入れてその部屋の椅子に座ると、すぐに

「教頭先生、証人というのは...。」

「ああ。」

「山岸君、入りなさい。」

 

 

名取は図書倉庫の中で、頬を伝う涙の最後の一粒を拭うと、立ち上がる。

彼女は瞳の光を失くしたまま、壊れた微笑みで呟いた。

「まずは邪魔者を消さなきゃ。」

 

つづく。

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