下町の鶴
3章-策略-
☆Episode.17「誤解」
オッチャンが帰ったあと、店はまた静かになった。
「ねえ、詩鶴?」
「何?」
母は急に私の両頬をぎゅーっとつねり出した。
「いででで!なに、おかあはぅ!いだぃ!!」
「何か隠してるでしょ。」
ぽんっと放され、揺れた頬に手をあてがう。
「隠してるって何を...!」
「学校で何かあったんじゃないの?」
「....ちょっと嫌なことあっただけだよ。」
母に物凄い短時間で見抜かれる。正直、こういう時の親って超能力者なんじゃないかって思う。実に怖い。
「また先生にこっぴどく怒られたんじゃないの?」
いや、言うほど超能力でもなかった。
「学校のいじめっ子にちょっとヤられたの。それだけ。」
「へぇ、詩鶴がボコボコにし返せないなんて、よっぽどの強敵なのね。」
「女同士の争いはそんな単純じゃないんだよ。」
「男じゃないんかい。珍しいな。」
「ほんっっと、思い出すだけでムカつく...。」
ボソッと不平不満を垂らしながら、汲んだ水を何度にも分けて飲み込む。
三口目を口に含んだとき、母は呟く。
「なーるほど、それで雅のオッチャン味方につけたって訳ね。」
ブーーーーーーーーー!!
「けほっ...!けほっ...!何で聞こえてるの、二階から!!」
「やっぱそうだったか。」
「やっぱって何!?」
「降りてきたら二人とも物耽った顔してるし、何か企んでるなって事くらい寝起きでも分かるよ。」
ごめん、やっぱ前言撤回。この人怖い、エスパーだ。
困惑した表情で母を見ると、両手を腰に当てて言う。
「詩鶴、目には"目まで"だよ。それ以上はやっちゃダメだからね。」
「分かってるよ。向こうが握ったのと同じ分の弱みを手に入れるだけ。」
「そ。なら良いけど。」
何故かあまり強く叱ってこないから、少し気になって私は聞いてみた。
「お母さんは学校で苛められたとき、どうしてた?」
「ん?ぶっ飛ばしてた。」
「Oh.....。」
「いや、ね?別に私は良いんだけど、気弱な友達にまで嫌がってるのに悪ノリ辞めない奴とか居たからさ。」
何か少し状況が似てる気がする....。
「面倒臭いやつだ....。」
「本当にね。ノリだけで生きてる奴って何でああも空気読めないのばっかりなのか...。」
「分かるー。寧ろ嫌がってるのを楽しんでるよね。」
「ほんっっと、詩鶴もそんな奴いたらぶっ飛ばしちまいな。」
「.....今やってる。」
ガラガラガラ
話の終わり目で丁度扉が開いた。お客さんが来た、と思い、挨拶する。
「いらっしゃー.......いー....。」
扉が開き、顔が見える。私は眉をひそめた。
河島と、山岸の二人だった。
「....よう。」
「二人分もお布団ないから!お泊まり禁止!!」
二人が私の怒号に飛び上がる。山岸は慌てて
「ちょっと待って!僕らはそういうので来たんじゃ...。」
「うるさいっ!!いっつもズカズカと上がり込んで、好き放題やって....。もうお前ら出入り禁止ぃっっ!!」
ゴツんっっ....!!!
「いだっっっ!!」
上から母の拳が降ってくる。
「お友達に怒鳴り散らすんじゃないの。」
私は手のひらで頭を覆った。
「だって...!!」
「だってじゃない!」
二人がやり取りを茫然と見ている。私は羞恥に堪えられなくなって、酷く赤面した。
「もう二人とも嫌い...。大っっ嫌い....。」
二人と同じカウンターで隣に座り、テーブルに置いた腕のなかにその真っ赤な顔をうずめて泣き言を垂らす。
「ごめん...急に来て。」
山岸が二つ隣から申し訳なさそうに謝る。
「まあ、いつも通りで良かったよ。」
隣から河島が、ニコニコと私にそういうので
「(ギロッ).....チッ。」
睨んでやった。
河島は、山岸とのやり取りを知らない。私を騙してたことへの自覚がないから、きっとヒーロー気取りでいるんだ....。
「女将さーん、味噌卵焼きおひとつ~。」
それどころか河島は呑気に注文し始める。
「詩鶴、ほら注文入ったよ。」
「え、何で。お母さんやってよ、そこ(キッチン)居るんだから。」
「何言ってるの、味噌玉はあんたの方が作るの上手いでしょうが。」
このやり取りを聞いた山岸は不思議そうに河島と話す。
「卵焼きに味噌って合うの?」
「それが合うんだよー、ふわふわの卵に味噌の味が良いアクセントになってて。」
「うわあ、ちょっと待ってよ。お腹空いて来たじゃん...!」
二人:「じーーーー...。」
「ぷい。」
河島はさらに続ける。
「それでさ、ご飯と相性が良いんだよ。」
「え、卵焼きと?」
「そう、味がしっかりと濃くて、それでいてしつこくない。あれは最高の卵焼きだよ。」
「へえ~、名取が作ったの?」
「そうそう。料理の腕はシェフ並みだよ、マジで。」
母がニヒヒと笑う。
ただただ私は、恥ずかしさに苦しめられる他、術がない。
「へぇ~、さぞ美味しいんだろうなあ~。」
「本当に。なと....あ、"詩鶴ちゃん"の卵焼き、お前も一回食ってみろよ。」
「まじ?な....、"詩鶴ちゃん"の卵焼き。」
「そう、" 詩 鶴 ち ゃ ん "の 卵やk―――」
「もう!!うるせえよさっきから!聞こえてるっての。
下の名前で呼ぶな!下の名前でぇえ!!」
「あ、元気になった。」
「ったく、作りゃ良いんでしょ、作りゃあ!」
「おう。二人前、宜しく!」
「....チップ要求してやる。」
もう意味分かんない。何で人が悩んだり、ちょっと辛いときにまで極端に介入してくんの?人の心の部屋に、皆して土足で入りやがって。
詩鶴がキッチンに大股で入り込むと、どたばたと調理を始める。
「あーもう、全然休めない。全っっ然休ませてくんない...。」
「あー....何か手伝えることがあったら――」
ボソボソと文句を垂れながら仕事に追われる詩鶴に、山岸が少し心配したが
「ないっ!素人は座っとけ。」
「こーら、詩鶴。」
「やかましい!!お母さんこそボケェっと話聞いてないで仕事してよ、仕事をぉ!!」
「.....すいやせん。」
恐らく、今の詩鶴を止められる存在はこの屋根の下には居ないだろう。ここに居る誰もがそう頷いた。
チチチチ...ボゥッ、ツーーー。
フライパンに油をひいて、その間に出汁と卵をかき混ぜる。
しかし、その中の味噌が中々上手く混ざってくれなくてイライラする。
カッカッカッ.....カカカカカカカ!!
そうしてるうちにフライパンの上の油が蒸発し始めた。
「詩鶴?フライパ―――」
「分かってるって。お皿用意しといて。」
ここからはスピード勝負。モタモタすると直ぐ焦げてしまう。
混ぜた卵を注ぐと、手際よく焼いていった。
酷い疲れの中、料理の匂いが少し私の気を楽にさせた。
出来上がった卵焼きをお皿に乗せ、切り込みをいれる。
二人分を一皿に乗せて、はみ出そうな分をもうひとつのお皿にわけ、二人に差し出した。
「はい。」
「おーー。」
二人は美味しそうにそれを見ると、早速
「いただきまーす。」
といって一口食べる。
「名取すごいな、こんな旨いの作れるなんて。」
山岸が絶賛する。
「ああそう、どうもー。」
疲れてて正直、言葉を考えて出せない。
「やっぱこれだわ。お前のが一番旨い。」
河島の一言で数日前、彼がここに来たことを思い出した。
あれからたった数日で何があったのか、ただ楽しいだけの思い出として残ってくれなかったのか、その疑問が胸の奥を拗らせる。
「ねえお母さん....、大事な話するから一旦向こう行ってて。」
そう重たい声と表情で伝えると、察してくれたのか、すぐに頷いてくれた。
「ねえ、二人とも。」
私が話を切り出そうとすると、河島がすぐに
「ごめん、今日は本当に。」
と謝る。間にピリッとした静寂が流れた。
「ねえ河島、山岸、私らって友達だよね。そう思ってくれているんだよね。」
「ああ。」
「私ね、二人に捨てられたかと思った。もう二度と、三人ではいられなくなるんじゃないかって。」
「.....。」
「難しい作戦だったんだよね。馬鹿な私じゃ足引っ張っちゃうから....。」
「そういうつもりじゃないんだ。」
今度は山岸が答える。
「この作戦はもっと時間をかけるつもりだった。その中で、名取も誘うつもりでいた。」
「いいよもう。そんな嘘つかなくたって。」
ため息混じりの笑いを溢す私に、河島が話す。
「俺らあの時の会話で、お前もアイツの被害者だったことを知ったんだ。それから作戦に誘う予定だった。お前が藤島から何もされていないとしたら俺らだけの問題だし、それこそ巻き込むべきじゃないって思ってた。」
「....。」
「予想外だったんだよ、それを知ってからあんな短時間でアイツの"制裁"が始まるなんて。」
「トイレでのアレ...?」
「ああ。まさかと思って見に行ったら藤島と、お前の声が聞こえた。それから山岸に作戦の実行を伝えて、お前のところに行った。」
次に山岸が話す。
「作戦もまだ準備段階だったからさ。でも、君がやられてるのを知ってて放って置くなんて出来なかった。」
「じゃ...じゃあ、あの後でも私を作戦に入れてくれなかったのは何で...?」
「だってそれは、あの状況で作戦全部を理解して今すぐ実行しろだなんて、幾らなんでも無茶だろ...?」
「そ....そっか。」
「でもとにかく、今日は大変な思いをさせたと思う。本当に悪かった。」
山岸から頭を下げ出す、続けて河島も
「ごめんな。俺も、何もしてやれなくて。」
二人が神妙な様子で謝るもんだから、心が落ち着かなくなる。
「さ、冷めちゃうよ、卵焼き。残したら私、許さないから...!」
目を丸くした二人は、やがていつもの笑顔に戻って食べ始めた。
河島はふっと私に呟く。
「俺も変化は怖いよ。だから、ずっとこのままでいたい。」
ありきたりな恋歌にも聞こえそうな台詞をふと口にする河島に
「へぇ~~~?」
と、からかってみると、ハテナ状態の河島に山岸が更に追い討ちをかける。
「抜け駆けとかズルいぞー。」
「は!?馬鹿、三人のままでって意味だよ。」
やっと気づいた河島が焦りに焦る姿を二人で笑った。
「あーあ。取って置きのチップ用意したのに。やっぱ辞ぁーめよ。」
「え!なになに!?」
顔を近づけると、河島はビックリ仰天で椅子から転げた。
ヒョコっと顔を出すと
「顔近いわ馬鹿!!」
と、一喝。
「で、なになに?チップって何?」
期待度MAXの私に困惑しながら、鞄からそれを取り出す。
「ほら、今日発売の新作プリン。お前欲しがってたろ―――」
「わああ!!まじで!?これ私に!?」
「落ち着け....。」
「結構長い時間並ばされたんだよ(笑)河島がどうしてもって言うから。」
「お前、何言って....」
「わあ....、わああ....!もう河島大好きー!」
「おいコラ山岸、どうすんだこの空気。」
「エヒヒ。」
「山岸が提案したんだから、こいつにも礼言えよ?」
「まじでー?山岸も大好きー!」
河島からの仕返しに、二人は小声で話しだす。
「....言われてみると案外キツいなこれ。」
「だろ、もう辞めろよ。」
私は再び、さっき座っていたカウンター席に戻り、落ち着かないくらいの勢いで蓋を開け、スプーンを通す。
口に入れると、舌で転がしてる内にとろけて消え、フワッと甘く、こんがりとした風味が。そして、じんわりとカラメルの甘味が口一杯に広がり、頬がこぼれ落ちそうになる。
「んー....、ん~.....!んふふぅ旨ぃぃ...しあわせ~...♡」
この美味を嗜む私の隣で二人がコソコソと何かを話しているが、聞き耳を立てるほど他のことに集中できない。
「心なしか何かエロく聞こえるんだが気のせいか...?」
「うーん、分からなくもない。」
「だよな...。」
「河島ぁ、元取れたなっ!」
「...お前いい加減黙れよ。」
「あ....もう無くなっちゃった....。ねえ早い~!無くなるのは~や~いー!!」
気づいたらカップが空っぽになっている。それにギャーギャーと騒ぐ。
「子供かあいつ...。」
「よっぽど疲れてたんだろうな...。」
「そっとしておいてやる?」
「ああ、そうしておこう。」
「でも美味しかった。エヘヘ~、ありがとね~。」
二人にそう言うと、癒された疲れとともにドッと眠気が襲ってきた。
「今日は疲れた....ほんっと疲れた....。」
フラフラとしながらそう言う私に
「本当、ゆっくり休んでな。」
と声をかけてくれた。
「うん....ありが....とう.....。」
コクッ....
意識が遠退く前に
「あ、ちょ...休むってその....お、女将さーん!!」
と、慌てる二人の声が聞こえた気がした。
もう、ゆっくり休ませておくれ。おやすみ。
―3章終わり―
ーオマケー(その後)
「ただいまー。あれ、今日詩鶴、お手伝いの日とちゃうん?」
「ああ、今日いろいろ大変だったみたいでね。向こうでスヤスヤ寝てる。」
「ああ、そうなんや。」
【数時間前】
「河島!足の方持って!」
「ここ!?」
「そこで大丈夫!持ち上げるよ!せーのっ!」
「よいしょー!!」
詩鶴を二人がかりで持ち上げて奥へ運ぶ。
「ごめんね、二人とも。こっちまでお願い。うん、そっちそっち。あ、そこ物、気をつけてね。」
―――――――――――――――
「おー...後でお礼せなあかんなあ。」
ちょうど店も閉め作業の最中。母はせっせと皿洗いを、父はネクタイをほどきながら口を動かす。
「小町、何か手伝うもんある?」
「今はもう大丈夫。ありがとう。」
「りょーかーい。」
「そういえばねえ、詩鶴が雅っちに探偵の依頼だって。」
「へー。アイツまだ探偵しとったん?」
「そうみたいよ。」
「まあ、腕は確かやけどな。雅に頼むとか詩鶴、何かあったんか(笑)」
「頭の良いーワルに苛められたみたいで―――」
「何?詩鶴が苛められた!?」
「...落ち着いて。それでもう悪さできないようにその子の取って置きの秘密を握りたいんだってさ。」
「おお...そうか。それはええ判断やわ。洗いざらい弱み握ってボコボコにしたれ。」
「ただ、雅っちは気合い入るとやり過ぎちゃうのが心配なんだよね。ほら、あの時みたいに。」
「あの時...?何かしてたっけアイツ。」
「ほら、警察同士の苛め問題の...。」
「あー、あれか。でもやり過ぎてたか...?」
「してたじゃない。加害者を逆に追い込ませて――」
「あーあれか、はいはい。あれ嘘やで。」
「....は?」
「正確には"盛ってる"って言うた方が正しいけど。」
「え....だってあれ...。」
「あの事件に関わったのは本当やけど、報道に言いふらしたとこまでで終わってる。あいつ、熱入るとすーぐ話盛るから。」
「....。」
「"理想ではそうしたかった"ってヤツとちゃう?」
「........。」
「まあ、あのあと裁判は勝ったみたいやし。それで――」
「 .....してやる。」
「え?」
「今度あったらボコボコにしてやる。」
「おう...、半殺しで止めときや。」
ーおわりー