下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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21.新しい戦い方

 

下町の鶴

4章-詩鶴のボコボコ戦記-

☆Episode.21「新しい戦い方」

 

すっかり空は真っ暗になって、町の灯りが夜道を照らす午後九時頃、家族三人で食卓を囲んで夕飯を食べる。

「ほんっと!酷くない!?コーラだよ!?コーラ!!」

「ほんま、この世のカスやな!」

「ええい、もっと言ったれーい!」

「詩鶴、座って食べなさい。」

少し冷静になって座布団に座る。お惣菜を自分のお皿によそって、何口か口に放り込むと、父が喋りだす。

「あんなあ、詩鶴もやられてばっかやアカンで?もっとバシーッって決めたらな。」

「やってうよ!やってもやっても影でこほこほとやらえ――」

「詩鶴、口の物ちゃんと飲み込んでから喋りなさい。」

「.....。」

言いたいことが言えない代わりに箸を動かすスピードが上がり、これでもかと言わんばかりに口に入れては飲み込んだ。

「詩鶴なあ―――」

「あなたも!喋ってないで。」

「なぬぃ言おうほひはほ(何言おうとしたの)。」

「詩鶴!」

「(ごくっ)...るっさいなあ、喋ってなきゃやってらんないんだよ。」

「じゃあ食べてから喋りなさいよ。」

「.....なさいなさいって。何、占いに「親らしく」とでも書いてたの?」

私が口をモゴモゴさせながら反論すると、母は冷静な態度で言い返した。

「あなた、食べるときに「作った人の気持ち」とか考えたことある?」

「今そんな話して――」

「してる。あのねえ、二人ともテーブルに食べかす飛び散ってるんだけど、いい加減にしてくれない?」

父は小さく「ごめん」と、謝った。しかし私は、どうも心のわだかまりが消えず、口を噤いだまま、少し目を逸らして母を睨んだ。

 

食事が終わって、そそくさと寝室に逃げ込む。

猫の額ほどの家とはいえ、オマケ程度に二階がある。梯子のような急な階段の先にそのまま扉が付いていて、河島が来たときは転げ落ちるんじゃないかと恐る恐る上ってたのを思い出す。

灯りのひもを引っ張り、部屋を明るくする。窓を開け、小さな六畳間の部屋の、片付けられていない三つの布団の上に寝転んで一息ついた。

照明が小さく揺れる。それをボーッと見つめていると、窓から電車の音が聞こえる。

ガガン、ゴゴン、キィーーー、ホゥーーーー。

車輪や、車体の軋む音に耳を済ませ、駅に到着しようとする列車の光景を頭に浮かべてみる。

どんな人が降りてくるだろう。スーツを着た上司と後輩、学生の友達同士、同棲中のカップルもいたりして。

そうして一度鳴り止んだ電車の音は、再び唸りだして遠くへ走り去っていく。どのみち始発駅から来て、次は終点なのだけれど。

 

引き続きぼーっとしていると、父が部屋にやってきた。

「おはよう。」

「おやすみなさい。」

「おい、待て待て。遠足前みたいな就寝時間やないかい。」

「遠足前ならワクワクで寝られなくてもっと起きてる。」

「それもそうやな。」

「....で、何かご用で。」

父は壁にもたれて、あぐらをかき、ビールの缶を開けると、一口飲んで喋りだした。

「あんな、ひとつアドバイスしときたかってん。」

私は聞く体勢を取る前に一言もの申す。

「ねえ、それ絶対に布団に溢さないでよ?」

「おう、大丈夫大丈夫。」

「あ、うん。それで?」

「詩鶴、ムードメーカー副長やってるって言うてたやろ。」

「え、あー.....そうっすね。」

別に好きでやってるわけじゃないけど。

「いっぺんな、敵も味方も関係なしに笑わしてみ。」

「どういうこと?」

「人を苛めるような奴には2パターンおんねん。一つはただ楽しみたいだけのやつ、もう一つは....まあ、言わずと知れてるわな。」

「傷つける方が目的の奴?」

「おーう!よう分かっとるやんけ。さすが家の娘や。」

「鬱陶しいテンションだなあ。」

「...お?」

「...え?」

小声で言ったのが丸聞こえだったようで地味にショックを受ける父。

「まあ、なんや。楽しみたいだけの奴には全力でその期待に応えてやったらええ。」

「もう片方の奴らには?」

「同じことをやれば良い。」

「....え?」

 

 

学校についてからというもの、私は前より爽やかな表情で登校した。

コソコソと陰口を叩いてる奴に満面の笑みを遠くから見せつけてやると、分かりやすいくらいに青ざめた顔をするもんだから、私は可笑しくって、余計に笑いが溢れた。

サンタさんが来たあとの子供のような振る舞いで毎日を生きるだなんて、端から見ると絶対に可笑しいんだろうけど、そんなことを考えるとまた可笑しくなって笑えてくる。

「つるりーん、おは....どしたの、何か嬉そうだね。」

「えーへへぇ?いつも通りだよー?っははは。」

「え、何。ちょっと大丈夫....?」

「いやはは、大丈夫大丈夫。何かさ、最近何してても可笑しく感じちゃうようになっちゃって。」

「あの、お医者さん診て貰った方がいいんじゃ...。」

「ちょっと、みっちゃん引かないでよ!」

「え....で、さっきは何で笑ってたの?」

「何か、私から見える位置で陰口叩いてる奴居たんだよね。もう馬鹿すぎて。陰口なら陰でやれっての、あははは。」

「人生、楽しそうっすね。」

「そう、楽しいの!あははー!」

「ちょっと辞めて、笑い移って来そうなんだけど。」

そういって瑞希も失笑し始めた。

 

人生、面白くなるような考え方を掴んでしまえば辛いことは吹き飛んでしまう。その考え方というものを見つけたのか知らないけど、一周回ってか、回りすぎてしまったのか、何もかもが面白可笑しく感じてしまう頭を手に入れてしまったようだ。

 

教室に入るとき、瑞希が声を上げる。

「河島くーーん!!助けてええ!!」

「え、どしたん...。」

「詩鶴が壊れたああ!どうにかしてえ!」

「あはは!壊れたって、あはは!」

河島、大困惑。

「え、壊れたって....あの...。」

「とにかく後は頼んだよ、じゃ!」

「あ、おい....。」

燃え尽きた焚き火の後のように、笑い転げた後の熱が残ったまま、河島の方に向かってくる。風を吹けばまた燃え上がりそうな様子で。

私は目元の涙を手で拭いながら自分の机に鞄を置いた。

「あー、可笑しかった。あ、河島おはよー。」

「お、おはよう。」

河島がずっと怪訝そうな顔で見つめるので、また頬と肩が上がりだす。

「あの...名取、一つ聞いていいか?」

「なはっ、何ぃ?」

「薬やった?」

「なははははは!やめてやめて、笑わせないで!」

「落ち着け、落ち着け。何があったか話せ。」

そう言われ、一瞬口をぎゅっとすぼめるも、そんな程度じゃ収まるはずもなく。

「何もっ?うははははは!」

「山岸いいい!!ちょっと来ぉぉぉい!!」

過呼吸になる私をどうにかしようと河島が焦りだす。

その声に振り向いた山岸がこちらにやって来る....が、

「どうしたの。」

山岸は爆発頭とでも言えそうなボサボサの寝癖で、何食わぬ顔で喋りだした。

そのせいで私はお腹が劇的に痛くなる。河島は「絶対に笑うまい」と笑いを堪えつつ、私をもう止められないであろうことを悟って、頭を抱えた。

 

二時限目が終わり、次の授業は体育。体操服に着替えて、体育館に向かうとき、廊下の向こう側から藤島が歩いて来るのが見えた。やがて、互いの距離が縮まっていき、こちらに気づいた時、私にほくそ笑んだ。

しかし、それに対して屈託のない笑顔で

「おはよ、藤島さん。」

と返してみた。

あまりにも予想外な行動だったのか、藤島は驚いた様子ですれ違った後こちらに振り返った。

私からは顔をハッキリと伺えなかったが、きっと腰抜かしてるんだろうと想像すると楽しかった。

 

盾も武器も捨ててやった。でもこれが私の新しい戦い方なのよ。




「もう片方の奴らには?」
「同じことをやれば良い。」
「....え?意味分かんないんだけど。」
「まあ詳しく言うとな?楽しそうに笑う姿を、楽しみたい奴らに見せたら、そいつらは多分、気分が良いやろ?」
「う、うん。」
「じゃあ逆に、泣かせてやろうと思う相手が、ずっと自分の目の前でニコニコ笑ってたらどう思う?」
「腹立つ。....あ。」
「そういうことや。」

ーつづくー
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