下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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ー回想ー
居残り教室を後に、校舎をあちこちに散歩していた時、私は藤島の兄に会った。
「また脱走かい?」
余裕の面構えでからかってくる先輩に、私のさっきまでのご機嫌を奪われる。
しかし、その日の先輩は私を教室に連れ戻すのが目的では無かった。
「君に話さなきゃいけないことがある。」
「何ですか。」
「僕の妹のことだ。」
何を言い出すのかと思えば家庭相談かよ、と呆れた。しかも、その妹とはここ最近、私らを苛めの標的に好き放題やっていた悪党なのだから。
その関係性もその先輩の口から聞いた。
「君には色々と酷いことをしたと聞いている。すまなかった。」
「それは本人から聞けなきゃ意味ないです。」
代表して謝ろうとするのを断った。それからも、その被害について私は洗いざらい文句を言ってやった。
スッキリするまで言葉も選ばずに喋り続けた。向こうからの慈悲すら受け取らない勢いで。
しかし、話の最後に先輩の口から発した言葉が、脳裏に焼き付くように残ったのだ。

「妹を助けてほしい。」

話を聞いていたのか、と声を荒らげる私の前で急いで訂正をし、
「あいつの苛めを終わらせてくれ。」
と言い換えた。
「やってますよ。あんなにやっておいて、何も無かったように頷くなんて出来ません。」
そう言うと、先輩は落ち着いているようで、どこか寂しさを感じるような表情をし
「ありがとう。」
とだけ残した。
その時の私には、彼の言葉の意味が分からなかった。


23.片翼

 

下町の鶴

4章-詩鶴のボコボコ戦記-

☆Episode.23「片翼」

 

昼休み。教卓をステージ代わりにして河島たちと遊んでいた。その遊びに、暇をもて余していた何人かのクラスメイトも傍観していた。

河島が野党になって教卓に立ち、質問を投げる。

「名取議員、今日、授業中にこっそり早弁したとの情報が上がってきておりますが、これについてはどうなのでしょうか。」

そう言って自分の机に戻っていく。私は引きつった苦笑いで山岸に挙手する。

「名取クン。」

山岸が先生の椅子に座り、議長の役を務めている。

名を呼ばれた私は立ち上がり、教卓に立つ。とっても偉い人!って感じを出しながら言う。

「記憶にございません。」

発言の後、片手に持ったソーセージパンにかぶりつく。

「えー河島クン。」

「記録に残っております。」

「名取クン。」

「それってあなたの憶測ですよね。」

すると、クラスメイトの一人が半笑いで山岸に声をあげた。

「議長。オレ、食ってるとこ見ましたー。」

それを聞いた河島は調子に乗ってニタニタと笑い、今度は記者になって私を煽った。

「パシャ!パシャ!名取議員っ、だそうですがっ。パシャ!」

急な設定変更をする河島に、私はクサいレベルの泣きの演技で返す。

「貴方に何が分かるって言うんですかっ!」

「皆さんに何か一言!」

「うるせえ!パン旨えええ!!」

周りのみんなはテレビ代わりに、何だか楽しそうに見ているので、私も嬉しくなった。

そうやって呑気に遊んでいると、藤島の手下だろうか、こそこそと廊下からこちらを視察しているのが見えた。

そこで私はふと、彼女らも巻き込んでやろうという悪戯心が働いた。

「記者席、まだ空いてるんで廊下の方もどうぞ。」

そういうと教室のみんなが廊下側を向いた。しかし、彼女らは咄嗟に身を隠したため、みんなの目には何も映らなかった。

「誰も居ねえじゃねえかよ。」

と、河島のツッコミで周りの空気が元に戻る。

まだ足りないと思った私は、せめてもの小さな仕返しをしてやろうと思った。

「現代社会というのは資源が不足してましてねえ、私のところにもファンレターがよく来るんですが、如何せん紙がないようで。

 

.....私物に直接書いてくれるんですよねぇー!」

と、隠れている彼女らに聞こえる声で大袈裟に、教科書や、ノートを皆の前で掲げた。

そこには油性マジックで乱雑に書かれた

「死ね」「キモい」「学校来んな」

などの文字が。

笑わせるつもりが、場は一瞬にして凍りついた。笑いは起こったには起こったのだが、苦笑いの嵐。

「お前、それ何て書いてるか見えてんのか...?」

河島の心配そうな声をも払いのけて、私は全力で周囲の笑いと、彼女らへの警告を比例させて、大きくしようと試みた。

「ペンネーム、匿名2.7組さんから頂きましたー。

-ブスが調子乗ーんーな-

って、誰がブスじゃコン畜生おおおお!!」

「......。」

「ええ私、顔も性格も、残念ながら雷落ちても変わらないもので。

このまま調子に乗らせて頂きまーーーす!!」

「元気だね。」

「ありがとう。」

大きな笑いこそ起きなかったけど、代わりに廊下から大焦りで走り去っていく音が、この耳にうっすらと聞こえた。

 

 

そして時は流れ、放課後。私は何かされるかもしれないことを覚悟していた。

居残りの教室はいつもの三人ぼっちで、いつものようにおしゃべりメインで課題を進めた。

「名取、あんまり自虐ネタは使うなよ。」

河島が心配して言う。

「え、マズかった?」

「ああいうのは最終手段で取っておくもんだ。まだお前が面白いって思われてる内に多用すると、卒業まで馬鹿にされて終わるぞ。」

「えー、それはやだ。」

「だろ?」

「うん。」

山岸が私に言った。

「あれ、藤島の手下らに向けてやってたでしょ。」

河島が驚く。

「え、マジで?」

私はニヤリと笑って答えた。

「うん。アイツら、めちゃめちゃビックリしてたよ。」

河島は頭を抱えて項垂れた。

「あんま刺激すんなよ...。面倒臭い連中なんだから....。」

「ごめんごめん。ちょっと確かめたかっただけだよ、アイツらの目的をさ。」

「目的?」

「うん。楽しみたいだけの奴と、傷つけるのが目的の奴は反応から違う。」

河島はそれを聞いて呆れ顔で答える。

「確かめなくたって分かるだろうよ、そんなの。」

「でも、楽しみたいだけの奴だって居た。そうでしょ?」 

河島は私をじっと見ると、こう答えた。

「あまり無茶な行動に出るなよ。」

「大丈夫。心配してくれてありがとう。」

河島の心配を受け取る。

「お花積んできまーす。」

そして、私は教室を後にした。

 

ずっと心配そうな顔をしたままの河島に、山岸は笑顔で言った。

「河島。名取んとこ行かなくていいのかい?」

「バカ。もう女子トイレは懲り懲りだ。」

それを聞いて軽く笑う山岸。その笑い声がゆっくりと収まると、静寂の中に一言放った。

「今度は名取に一票入れることにするよ。」

河島は表情を変えることなく、答えをゆっくりと押し出した。

「....ああ。」

 

 

用を済ませると、私はトイレの窓からの景色を眺めた。

どこまでも続くごちゃごちゃとした町並み、学校の柵に囲まれた小さな世界。この先、自分がどこへ向かっていくのかを決めていくには、地図があまりに大きすぎる。

私は手を入念に洗った。指の間や、爪の先の汚れまで全部、全部。

きっと、その場その時で向き合うべきものは変わるのだろう。大人になれば今よりも、もっと汚いものを見なきゃいけないのかもしれない。

でも、先ばかりを見ることも、昔ばかりを想うことも、それは今と向き合っていくことと比べればどうでもいいこと。

だから―――

 

「お久しぶり、名取さん。」

 

鏡に映る一人の女性。蛇口を止め、手の水滴を払い、ハンカチを揉みながら声のする方へ振り向く。

「久しぶり。二週間ぶりくらい?」

「一週間と数日、だね。」

「へ~、まだそんなにしか経ってないんだあ。なんか懐かしいね。」

「そうね。」

笑顔で言葉を交わし合う二人の目の奥には、氷のような冷たさと、稲妻のような、指一本触れるだけで取り返しが付かなくなりそうな狂気を帯びている。

「そういえばねえ?私最近、ムードメーカー副長、復帰したんだー。」

「ムードメーカー?」

「そう、周りを盛り上げたり、笑顔にさせたりして周りを楽しい空気に変えるの。」

「面白そうね。」

「ええ、とっても!」

二人の目は、一切笑っていない。

「ところで........今日は何しに来たの。」

「何って。」

「何かあるから姿見せたんじゃないの。」

「ええ、そうよ。」

「なに、また私を苛めたくなった?」

「よく分かってるじゃない。」

名取は静かに笑って言った。

「じゃ、お好きにどうぞ?抵抗はしないよ。」

「へえ、前より往生際が良くなったのね。」

そう言うと藤島は、手下を呼び寄せ、名取を囲んだ。

「最近、随分と調子に乗ってるみたいじゃない。」

「ええ、最近学校生活が楽しくてね。」

「へえ?どんなことをしたらそうなれるのかな!」

藤島は名取の左頬を強く引っ張った。周りの手下たちも痛がる彼女の姿をニタニタと笑って見ている。

しばらくして引っ張るのを止め、発言権を渡された名取は

「さあね。ただ毎日を面白くしてやろうって考えになっただけだよ。あんたみたいに、人を傷つけてそうなろうとするのとは真逆でね。」

と言い放つ。それにカッとなったのか藤島は名取の頬に勢いよく平手打ちした。

「少しは真面目に答えたら?ヘラヘラ笑ってないで。」

藤島の後に続き、手下らも名取に暴言を浴びせたり、髪を引っ張るなどして乱暴し出した。

「キモいんだよ、毎日学校来やがって。」

「楽しそうにしてんじゃねえよ。」

「泣けよ、ほら泣けよ。」

やりたい放題に乱暴に明け暮れる藤島たち。そんな中、藤島に向かって名取は声を大にして言い放った。

「あんたの時代は終わるんだよ。」

「は?」

「表面だけの美しさで何でも支配できる時代は終わるって言ってんだよ。」

この一言が藤島の逆鱗(げきりん)に触れた。

「こいつ、(ひざまず)かせて。」

そう手下に命令し、名取は押さえつけられた。

「終わるのはそっちだよ。」

そう言って名取の腹めがけて足を振り下ろそうとしたその時

 

「やめろコラァああああ!」

 

地響きが起こるのではないかという程、ドスの効いた怒号と共に、藤島がトイレの外に引っ張り出された。

藤島が強く閉じた目を恐る恐る開ける。そこに居たのは不良のボス、勝田だった。

「は?」

藤島は驚きと、戸惑いに呆然と立ち尽くしてしまった。

「四季乃に何すんだよ!!」

「女子にこんなことして許されると思ってんの!?」

手下らは勝田に抵抗しようと試みたが

「るせええ!!ぶっ殺すぞてめえらあああ!」

「ひぃ....!!」

圧のレベルがあまりにも違っていて、彼女らは身の危険を感じ、その場から逃げた。

「先生呼んでくる!」

と、言い訳を残して。

「勝田。貴方、どういうつもり!?」

「名取苛めんのは辞めろ。」

「な、なに。貴方、こいつのこと好きなの?」

「あ?まあそうだな。こいつ、超面白ぇからな。」

名取は二人の様子を呆然と眺めていた。

「おい、今のうちに帰れ。」

勝田はそう言って名取を逃がした。

「あ、ちょっと!逃げるんじゃないわよ!」

名取は

「どこへも行かないよ。」

とだけ残し、去っていった。

 

藤島の目が変わる。

「裏切ったね。」

「裏切ったあ?何の話だよ。」

「この学校の女子を何人も抱いて回ってヤり捨てたこと、言いふらしても良いんだよ?」

「おう、言いたきゃ言え。」

「なっ...!?」

「あの名取ってやつはそれすらも笑い話に変えやがるだろうからさ。」

「ふ、ふーん。でもそれもどこまで出来るかな?私は嘘も事実のようにばら蒔けるのよ?」

勝田は呆れたようにため息を吐き、残念そうな顔をして言った。

「お前さあ、もうその弱味握って奴隷契約結ばせんの、辞めなよ。クソつまんねえぞ?」

「ふん、辞めてほしかったら―――」

「だから言いふらしたかったら好きにしろって。俺はもうお前みたいな奴の足舐めて学校生活送んのウンザリなんだよ。」

「......え。」

「そんな恐怖政治みてえなことして、面白えのはお前だけじゃねえか。」

「でも、私の元に居ればどんなことをしても無かったことに出来るのよ?」

「もういいって。」

「え?」

「もうお前とは切る。俺はもっと、人生面白くしてくれる奴と(つる)むことにすっから。」

そう言って、勝田は藤島に背を向けて歩き去って行った。

彼女は膝から崩れ落ちると、勝田の背中に手を伸ばしながら呟いた。

 

 

「やめて、行かないで....。」

ー続くー

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