下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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ー回想ー
父のアドバイス(2)

「あと、これだけは覚えておいてほしい。」
「なに?」
「どれだけ人気者になっても、誰かを支配してやろうとは絶対に思わないこと。」
「どういうこと?」
「人に好かれてる間は「自分ってもしかして何だって出来るんとちゃう?」って思ってしまうねん。せやから例えば嫌いな奴に会うても、そいつを苛め返してやろうとしても簡単にできてしまうわけや。」
「うん。」
「でも、折角何でも出来てしまうんやったら、そんなしょうもない苛めっ子に成り下がってやるのもアホらしい。そう思わへんか?」
「そうなのかな。」
「ああ。苛めっ子と同じレベルになってしもたらまた同じこと繰り返してしまうやろうからな。」
「でも、あんな奴と私、友達になんてなりたくない。」
「あはは、無理に友達になろうとせんでええ。詩鶴が純粋に人を楽しませたいって気持ちでやり続けてたら、自然に居なくなるか、向こうから友達になりたいって言うてくるわ。ま、そうなったらそこからは、そっちのキャパシティ(許容力)の問題やな。」


24.闇に触れるとき

 

下町の鶴

4章-詩鶴のボコボコ戦記-

☆Episode.24「闇に触れるとき」

 

次の日、私は先生に呼び出された。

人気の少ない廊下に面した仮教室。先生にとって人目を気にせずに叱責できる場所だからか、私たち生徒の間では取調室という意味合いを込めて、「カツ丼部屋」と呼ばれている。

「名取、ちょっと聞きたいことがある。」

「何ですか....?」

急に呼び出され、あまりに鋭い目付きで問いかけるものだから、緊張して少し声が小さくなった。

「藤島と、その友達が名取(おまえ)()()()()()と聞いたぞ。」

「え....?私が何をしたんですか。」

「男子を使って、密室に追い込んで暴力を振るったって。」

耳を疑った。私はすぐさま反論しようとした....が、

「いえ、それは誤解です―――」

「そこにいた全員が証言してるんだぞ。」

その一言で、今置かれてる状況が少し分かった。なるほど、藤島は自分がしたことを、まるで()()()()()のように捏造して先生に訴えたのか。それを理解する頃には私はあっけらかんとした顔になっていて、心底呆れた。

「その人達が全員、口裏合わせて嘘ついてるっては思いませんか?」

「お前、よくそんなこと言えるな。」

「だって―――」

「何が"だって"だ、オラァ!!」

「っぐ....!」

突然、物凄い声量で怒鳴り出すので、私は怖くなって咄嗟に顔を両手で守った。

「自分が苛められてたからって調子乗ってんじゃねえぞ!ああ?」

「....。」

「悲劇のヒロインだったら何しても良いのか。」

「え....。」

「何しても良いのかって聞いてんだよ。」

「....何て答えれば良いんですか。」

「おお、何て答えれば良いか分からねえのか。」

「....そう言ってるじゃないですか。」

震えた声で返事をする。

「すみませんでしたって謝ればいいんだよ。」

「......。」

やってもいないことをですか、と反論したい気で胸が一杯になったが、あまりに強い圧で私はただ黙るしか出来なかった。

散々、説教を言わせてやったあと、先生は大きくため息を吐き出して言った。

「そんなんだから苛められるんだよ。」

私はその一言で確信した。"先生は味方なんかじゃない"って。そして怒鳴り声に怯えていた目は、一瞬にして氷のように冷たくなった。

話にならない。そんなことを説教して何になる。

そんな言葉で頭が埋め尽くされた。

 

「最高の分からず屋だよ。」

帰り道、河島たちと一緒にそれぞれの別れ道まで話した。

「先生も僕らのこと、ポイしたか。」

山岸が鼻で笑う。

「あーあ。これじゃあ事をどれだけ大きくしたところで「この件はなかったことで」って言われるオチだな。」

河島は空を見上げてぼやいた。

「最低。」

「まあ、気に病むことはないよ。」

「大人はそういう生き物だから。」

二人が私に同情をくれる。

「本当に...。それに藤島(あいつ)、自分のしたことを私のせいにしたんだよ!?信じられない。」

私がそう愚痴を溢すと、山岸は私に答えた。

「情報操作が得意な藤島にとっては、朝飯前なんだろうな。」

「ふん、先生に媚びまくったんだろうねえ、しっぽフリフリして。」

「だろうね。悪女になりたきゃ、アイツから学ぶことは多そうだ。」

と、山岸が藤島を皮肉って笑う。

「あー、そりゃあもう最高の先生になれるよ、あいつなら。」

握り拳の手を振りながら歩く。

「でも藤島はもう、そう長くは持たないよ。」

「どうしてそう思うの?」

「名取が副長に戻ってきたからだよ。な、ムードメーカー長?」

山岸にからかわれ、河島は

「ほっとけ。」

と吐いて、虚空を見つめた。

「まあ、あの勝田が味方に付いたなら少なくとも、もう僕らには手を出せなくなったはずだよ。」

と、山岸は清々しい顔で言う。

「まあ、藤島側について怒鳴り散らかしてるようなアホの話なんか、鼻くそほじりながら聞いときゃ良いんだよ。」

河島はそう言って私の頭にポンっと手を置いた。

「...だね、ありがとう。」

少し気が楽になった。

しばらくして、河島は私に聞いてきた。

「でも名取。何でこのやり方を選んだんだ?」

「このやり方って?」

「ムードメーカー?そういうやつだよ。」

「それは....なんでだろうね?」

「お前、前までイジられるの嫌そうだったじゃん。」

「え?別にそんな嫌じゃなかったよ?....でも、なんだろなあ、自分がきっかけで人が笑顔になるのって、案外楽しいもんなんだなって思ってさ。」

「ふーん。」

山岸が聞いてきた。

「これも藤島の苛めを終わらせる為だったんでしょ?」

「うーん、最初はそうだったんだけど、周りを盛り上げたりしてるうちに、どうでも良く感じてきてさ。」

「へえ?」

「二人は、藤島に復讐してやりたいって思う?」

「やられた分は少なくともな。逆にお前は平和的に解決させたいのか?」

河島は即答で答えたあと、私に聞いた。

「んーん。でも、折角なら一番面白い方法で終止符を打たせてやりたい。」

「面白い方法?」

「うん。笑いって暗い空気を明るく出来るでしょ?でも、悪い風に考えるなら"真面目(シリアス)な空気をあやふやにだって出来る"じゃない。」

「あ、ああ。まあ、そうだな。」

「苛めるんじゃなくて、違う視点から変えてみたいんだよね。悪意のない、何か狂気に近いもので。」

二人がその言葉の意味を理解できずにぽかーんとしている中、私だけが笑っていた。

 

 

それから四時間ほど過ぎた夜、私はお店の手伝いをしながらお客さんとお喋りしていた。

「そっかあ、そんなワルがいるんだなあ。」

「本当に。最近は学校面白くなってきたから良いけど、思い出すとイライラが戻ってきちゃう。」

カッカッカッカッ!!

言葉と共に、フライパンの中の料理を混ぜる力が少し強くなる。

「殴り返しちゃえば良いんだよ。」

「そうしちゃえたら楽だけど、それで解決するほど女の世界は甘くないのよ~。」

「どうして?」

「女の人間関係は血管みたいなものでね。腫瘍(しゅよう)が出来ても簡単には切れないの。」

「ほーう?面白いこと言うねえ。」

「おじさんはそういう経験、あるの?」

そう聞くと、常連さんはフッと笑って話した。

「そりゃあ、誰だってあるだろうよ。」

「へえ?」

「俺が覚えてるのは....そうだ、中学んときだ。」

「何されたの?」

「なんだっけな、態度がいけ好かねえとか何とか、そんな理由で無視されたりとか、人気(ひとけ)のないところで囲まれてボコボコにされたりとか。」

「滅茶苦茶だね。」

「そう。で、そいつらのボスみたいな奴に「偉そうに生きてんじゃねえよ」とか言われたっけなあ。それで「痛い目にあいたくなかったら俺の命令に従え」って。」

「で、どうしたの?」

「ボコボコにしてやったよ!あはははは。」

おじさんの酔いの勢いで笑い声が大きい。

「いいね。」

「詩鶴ちゃんも自分の身を守るだけの技は覚えていたほうがいいよ?」

そう言われたので、悪そうな顔で笑って返した。

「ふふ。私、カウンター技はプロ級だよ~?」

「お、さすが詩鶴ちゃん、やるね~。そういえばちっちゃい時、何か習ってたよな。」

「合気道?小学校のときやってたよ。」

「でもあれって殴ったりしないよね、確か。」

「まあ....護身術だしね。ズッコケ技ばっかりだよ。」

「ズッコケ?相手転ばせるとか?」

「そうそう。とりあえずコカしときゃあ何とかなるから。」

「それだけかあ。ぶん殴っちゃえば超スッキリするのに。」

....ぶん殴るの好きだなオイ。

「すてーんって転けるとこ見ると案外スッキリするもんだよ?だって私がやったのトイレだったから....ああ、ごめんなさい。」

口が滑った。飲み食いするとこであまり綺麗じゃないワード出しちゃった。

「おお?何だって~?聞かせてくれーい。」

酔ってて助かった。

「何でもなーい。ほら、もう一杯行っとくー?」

おじさんは喜んで引き受けた。

「うっしゃあ、注いでくれ。」

 

話が盛り上がっているうちに、外はすっかり暗くなった。時間は午後八時を回った位で、おじさんも家族の元に帰らなきゃ、といって財布からお金を数え始めた。

「七、八、九っ。」

「毎度、どうも~。」

「頑張れよ、詩鶴ちゃん。やられっぱなしじゃイカンぞ!」

「ありがとうね。頑張るから。」

おじさんが戸を開け、笑顔で帰っていく。貰った代金をしまうと、外からバイクの音が聞こえてきた。

 

ボンボロボロボロボロ....

 

エンジンの音が近くで止まると、しばらくして戸が開いた。

「こんばんは。」

「あ、オッチャン。あと一時間くらいで店閉めちゃうけど大丈夫?」

「ん?ああ、問題ないぞ。詩鶴ちゃんの方こそ大丈夫なのかい?」

「うん。だってオッチャン、珈琲しか頼まないでしょ?」

「まあ、そうだな。」

「うん、だからどうぞ。座って座って。」

オッチャンがカウンター席に腰かける。

「いつもので良いんだよね?」

「ああ、宜しく頼むよ。」

そして珈琲を淹れ始めると、オッチャンはこの場に漂い出した豆の香りを(たしな)みながら私に聞く。

「最近どうだい。」

「え?普通だけど。」

「それは良かった。」

「.....?」

オッチャンに珈琲を渡すと、彼は一口飲み

「さ、本題だ。君の依頼のものを持ってきた。」

と言って写真をテーブルの上に置いた。

「え、なに?」

「苛めっ子の調査を依頼したろ?」

私は藤島の一件でオッチャンに、探偵としての仕事を依頼していたのを思い出した。

「あ、そうだった...!」

そう言って写真を手に取ろうとすると、

バッ!

と、オッチャンは軽く、写真の入ったその封筒を抑えた。

「?」

「もしかしたら君には少し刺激が強いかもしれないよ。」

と、オッチャンは警告する。

私は怪訝そうな顔をして

「良いよ、別に。悪魔契約してましたーとか、そんなのでも。」

と、軽い気持ちで言い返したが

「もっと現実的なものだよ。」

と、真面目な顔をして言うので少し不安になった。

私はゆっくりと、その封筒の中を(ひら)けた。

 

.............、.......、.........................。

 

「な、言ったろ?」

私が目にしたものは、想像していたものと全然違っていた。例えるなら、造花の花畑が広がっているくらいだと思っていた。

しかしそれは、綺麗なものですらなかった。

「....何となく予想はしていたが。」

そう言うオッチャンに、私は問うた。

「ねえ、こういうのって普通なの...?」

「昔っからだよ。昭和だからとか、平成とかそう言うんじゃない。いつの時代もこういうのはあった。」

「私がおかしいだけ?」

眉を潜めて聞く私の目を、オッチャンは真っ直ぐ見て答えた。

「おかしい訳あるものか。これがあの子にとっての普通だったってだけだ。」

 

ーつづくー

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