下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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ープロローグー

.......やめて。

「いつもこれで稼ぎまくってんだろ?」
「じゃあ俺らともソレをする義理はあんだろうよ。」
「やめ.....て。」
「あ?なんだって?聞こえねえなあ。」
「さっきまで威勢張って抵抗してたくせに、今さら女の子ぶってんじゃねえよ。」
「おい、片方押さえてろ。」

―――やめて!!!!!!!

「っっはあ!」
ッケホっ....ケホっ....
飛び起きた衝撃で酷くむせた。呼吸が落ち着いてくると、(むご)たらしい悪夢に(うな)されていたことに気がつく。
毎日、目が覚めるたび私は朝日に怯えてる。何故、一日の始まりというのはこんなにも、全てが終わってしまったかのような暗さを孕んでいるのか、私には理解すらしたくない。
「きょ.....も、.....てない。」
そして御手洗いを出ると、さっきまでの夢が嘘だったかのような日常が流れる。そしてその日常も、私にとってはもうひとつの悪夢なのだ。
「おはよう。」
兄が私に一言、声をかけた。それに私はコクリと(うなづ)いて返し、椅子に座った。
食卓に並ぶ朝食。ひとつだけ空いた皿を見つめた。
チン!
オーブントースターが焼き終わりの合図を鳴らすと、兄がそれを開け、それぞれの皿に置いていく。
「はい、お前の分。」
「うん。」
夢と今が交互に流れゆく光景に、(うつ)ろな目でパンに口をつけた。
「お前....さ、」
兄は私を見て、何か話そうとした。
そのタイミングで母がゴミ出しから戻ってきて、兄は口を(つむ)いだ。母はすぐさま私を見つけて
「おはよう。」
と声をかけた。
「うん。」
黙々と朝食を食べていると、先に食べ終わった兄が皿を洗う。
「あ、お母さんやるから。」
「大丈夫、もう洗い終わるから。」
皿を洗い終わったのと入れ違いで、母が台所で手を洗う。手を洗いながら、私に聞いた。
「最近、学校上手くやれてる?」
「.......。」
「何か辛いことあったらお母さんに言いなさい。」
「お父さんはいつ帰ってくるの。」
「おい、やめろよ。」
兄は少し強い口調で私を止めた。
「いいのよ。」
母は兄を(なだ)めた。

しばらくこの部屋に、どんよりと重たい空気が漂った。
私はふと思い出したようにポケットの中を探った。
「お母さん、これ。」
そういって私は数枚の一万円札を母に向けた。
「...四季乃もいま大事な時なんだから、自分のために使いなさい。」
「いいって。今月、厳しいんでしょ。足しにして。」
母は悲しい顔をして、お金を受け取った。
「そんなお金、どこで稼いでるんだ?」
兄が怪訝そうな顔をして聞いてきた。
「関係ないでしょ。」
「いいや、関係あるだろ。家族の問題だぞ。」
「うるさい、黙れ。」
「お前―――」
「うるさいって言ってんだよ。人のことアレコレ言う暇あったらアンタも私くらいに稼いだら?」
「ねえ、やめてよ朝から。」
母が私たちを止めた。
「ごちそうさま。」
卓上の朝食を残して、椅子から飛ぶように立ち上がる。
「う"ぶっっ!!」
すると突然、急激な吐き気に襲われた。
「おい、大丈夫か。」
すぐ近くの台所で嘔吐した。呼吸ができないくらい辛かった。
「はあ...!!はあ.....!はあ....はぁ.....。」
「ちょっと。今日は休んだ方が良いよ。」
「知....らない....!っ行ってきます。」
「おい、無理するなよ。母さんの言うこと聞け。」
そう呼び止める兄を玄関から睨む。
「....兄弟が過干渉とかきっしょ。」
そう吐き捨てて、扉を蹴り閉めた。

夜が明けようが、雨が止もうが、私の心に晴れた始まりの空など、もう見られやしない。
暗い朝を呪い生きていくの。
「あ、四季乃おはよー。」
「....おはよー。」
そうして今日も扉の向こうで、心に服を着せて一日を過ごすのだ。
いつものように。


25.こわれもの-前編-

 

下町の鶴

4章-詩鶴のボコボコ戦記-

☆Episode.25「こわれもの-前編-」

 

「ご利用、ありがとうございました。」

駅のATMから、気のない機械音声が流れる。

明細書を見つめる。

「十万稼ぐのに一ヶ月もかかるのか。あの日なら頑張れば三日で稼げたのに。」

そう心でぼやくと、頭の中に光景が浮かんだ。

 

-可愛いよ-

 

-愛してるよ-

 

「ふん、何が愛だ。」

鼻息を吐き、手のひらを閉じる。明細書を紙くずへと変えた。

朝焼けの駅前はこんな夏でもどこか涼しげ。これだけの金があれば、いくらでも遊んで暮らせる。金の無いクラスメイトを好き放題遊ばせて飼い慣らすのも良い。

金があればなんだって出来る。それに私には誰もが憧れるような容姿さえ持っている。愛さえ信じなければ人は何だって手にできるのだ。

 

-お前とはもう切る-

-待って....行かないで-

 

しかし、私のような人間の中にも"心"という邪魔な機関がある。そのせいで恋や、愛なんていうありもしない幻さえ、時に欲しがろうとしてしまう。

目に見えないものなど初めから存在すらしないのだ。

しかし何度自分に言い聞かせても、それを完全に信じ込ませることが出来ない。目に映る恋人同士や、お似合いの男女を見ると、それを嘘と言い聞かせることが出来ない。

だから悔しいのだ。「そんなものは存在しない」と言い聞かせるために、目に映る全てを壊してやるんだ。

「四季乃ー、カラオケ行こー。」

「いいねー、行こ行こー。」

私は信頼されている。だからどんな作り話だって簡単に広まって、その話題で学校内は持ちきりになる。

「名取と河島、この前ラブホから出てきたの見ちゃったんだー。」

「え、それマジ?」

「マジマジ。なのにあの二人、まだ学校で付き合ってない設定にしたいみたいだよ?」

「はー?気取っててウザっ。明日学校でばら蒔いちゃお。」

「良いんじゃない。」

もう取り返しはつかないだろうが、前にやられた分は仕返さないと気が済まない。

そしてあいつらを潰したら、次は友部と石岡の二人か。どういう風に仕掛けてやろう。名取と河島のときは私としても強行し過ぎたから、もっと隠密に作り話を流してやろう。

「あたしらより良い学校生活送るやつなんてみんな地獄に落ちちゃえば良いのよ。」

友達のひとりが不機嫌を表に出す。

「ええ、とことんやっちゃいましょ。」

そう返して笑う私に友達は

「それにしても四季乃、何か変わったよね~。」

と言った。

「え、どうして?」

「昔は私らのこと、不良みたいな目で見て関わろうとしなかったじゃん。」

その言葉に私は真実を話せなかった。ただ、虚空を見つめるようにして、呟いた。

「....どうしてなんだろうね。」

 

 

五ヶ月前、私は友人達と遊び終わった帰り道、ひとりになったタイミングを狙われ、他校の不良グループに絡まれた。私の仕事のことを嗅ぎ付けて、遊び道具にするための交渉をしに。

でもそれは交渉というより、脅迫に近い雰囲気だった。

「お前、パパ活して稼いでるんだって?」

「誰、貴方達。何のつもり?」

人影もない23時の町外れ。助けを呼ぼうにもどうしようもなく、男達に囲まれたまま、私は路地裏へと追いやられた。

「何するのよ!やめて。」

私は必死に抵抗した。だけど、あんなにたくさんの男の力にはどうすることもできなかった。

「大人しく言うこときけよ。」

「言うことって何よ!」

その集団のリーダー格と思われる奴が私の肩を押さえて言った。

「脱げよ、ここで脱いだら許してやる。」

瞳孔が開ききった。自分の身の危険を最大限に実感した。何故なら奴らには性にルールがない。安全など考えるような生き物ではないのだ。それに気づいた頃には恐怖が一気に押し寄せた。私は暴れに暴れ、大声で叫んだ。

「やめて!!助けてええええ!!!」

声が狭い路地に響き渡ると、奴は私の髪を引っ張り上げ、口を強く押さえてきた。

「てめえ、ふざけてんじゃねえぞ。殺されてえのか。」

助かる確率なんて考えもせず、ただ全力で暴れ続けた。羽織っていた服を無理やりに脱がされると、私は恐怖で景色が滲み、何も見えなくなった。

しかし、そんな真っ暗闇から一筋の光が差した。

「おい、お前ら。俺の友達に何しやがる。」

その声は勝田のものだった。

さっき別れたばかりで、私の叫び声が届いたのかと考えると、私の心に希望が満ちた。

「勝田?勝田なの?」

「藤島!お前、大丈夫か。」

涙で何も見えないまま、その声のもとに向かって叫び続けた。

「助けて!!お願い、助けて!!」

「何だ、この男。この女の知り合いか。」

不良の問いかけに勝田は答えた。

「そうだ。そいつを放してやれ。」

男らは獣のようにケラケラと笑いながら勝田を馬鹿にする。

「ハハハァ!こいつ、ヒーローぶってやがるぜ。」

「この人数に勝てるとでも思ってんのかぁ?ガハハ。」

それに彼は動じること無く、奴らに要求した。

「そいつを、放せ。」

すると、リーダー格の男は言った。

「いいぜえ?」

「本当か。」

「ただ、条件がある。」

「?」

「俺ら全員に一万円ずつ寄越せ。そしたらこいつは諦めてやる。」

パッと見ても五万は下らない人数。勝田の財布にそんな金は無かった。

「分かった、おろしてくる。」

「駄目だ、今ここで出せ。」

「は?無いからおろしてくるって言ってんだろ。」

「聞こえなかったか。無いならこの女は放してやらねえ。それとも?力ずくでやれるならやってみろよ。」

そういわれ、勝田に残された選択は一つしかなかった。どう足掻いたって勝てるはずのない人数だ。しかし、彼は食い下がらなかった。

「分かった、やってやるよ。」

そうして、私の目の前で彼は戦った。一人や二人、ボコボコに出来たところでどうしようもない人数でも、彼は諦めなかった。

「オラァ!!テメぇらなんかに負けて溜まるかってんだ!!」

殴られたら、殴り返し、蹴られたら、蹴り返しと、目の前では大喧嘩が繰り広げられた。

数人の不良を戦闘不能にさせることが出来て、勝田にも勝機が見えたと思われた。

 

しかし、現実というのはあまりに残酷なものだった。

おとぎ話のように正義が勝つ展開を、神様は見せてはくれなかった。

彼は男達に押さえつけられ、私が好き放題にされる姿を目の前で見せつけられた。

私は、今までに味わったことのない屈辱と、不快感に(さいな)まれた。

辛くて(たま)らなかった。恥ずかしくてならなかった。彼の絶望に満ちているであろう目など、誰が見られるだろうか。私は強く目を(つぶ)り、自分に言い聞かせた。

これは夢だ、夢なんだ。早く覚めろ。早く覚めろ。

覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ。

 

はやく覚めろよ!!!!!!

 

そのあとは、灰になった脳みそのせいで何も考えられないまま、勝田の背中におぶられて帰ったのを覚えてる。

何故だろう、どうしてなんだろうね。悪魔が乗り移った人間の肌と、私を必死に助けようと戦ってくれた彼の肌の温度が一緒なのは。

彼はずっと、同じ言葉を繰り返していた。

「ごめん、助けてやれなくて。ごめん、何もできなくて。」

勝田だって、世間から見れば聖人君主なんかじゃない。楽しみのために人を傷つけることだってあるし、なんと言っても彼の女好きといったら誰もが呆れるものだろう。

しかしどうしてか、私に対しては駆け引きなどなかった。まっすぐな目をしていた。それは気まぐれの正義感なのか、友人を重んじる性格なのかはよく分からない。

私は複雑な感情に翻弄された。助けきれなかった彼に対する恨みと、最後まで男らしかった彼へ、心のどこかで感じた「好き」という想いに。

その二つの感情は比例するように大きくなっていった。 

 

この惨劇から時間が経つにつれて、その時の恐怖がフラッシュバックされるせいで、身体を売れなくなってしまった。それからは次のアルバイトを始めてからの給料日まで、バレないように貯金を崩して母に仕送りしていた。でも、身体を売るよりも遥かに大変だったアルバイトは、私の身体に影響しないはずがなかった。正直、最初は「こんな仕事、身体が持たない。」と思っていた。

薬を売るのも考えはしたが、風俗より素性がバレやすい薬の売人は、逮捕歴の付けられない私にとってはリスクが大きかった。

 

そんな私に更なる追い討ちを掛けたのが、生理だった。

その月に来なかった分はまだ、そんな訳がないといい聞かせられた。だが、その翌月になっても訪れない状況には、だんだん恐怖を覚えていった。

そんな訳がないと言い聞かせても、目の前にある、ぼやけていたはずの現実が段々ハッキリと見えてくるのに絶望を感じた。

そして、私の体調にも異変があった。毎日、強い倦怠感と、吐き気に襲われるのだ。元々、生理による体調悪化が人より強かったため初めは信じなかったが、いつもの体調悪化とはレベルが桁違いだった。

ただの病気だと周りに誤魔化せるのも時間の問題だった。私は相談できる相手も居なく、途方にくれるしかなかった。身体で金を稼いでいた娼婦が、知らない不良の子を孕んだなんて誰に、一体誰に話せるというんだ。

いっそ、この事が知られる前に首を吊ろう、そう考えるのが一番楽な答えだった。

 

神様というのは残忍なものだ。だが、私は居ると信じてやる。居ると信じて、最後まで(うら)んでやる。

そしていつか私が死んで地獄に行く前に問い詰めてやる。

「楽しかったか。」

って。

そうやって、神様という存在を呪うと

「じゃあ早く言いに来てみろ。」

と言わんばかりの出来事が起こった。

 

お腹が膨らんできたのだ。

ー後半へ続くー

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