下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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28.少年タッタ

 

下町の鶴

5章-ユウレイ蜘蛛-

☆Episode.28「少年タッタ」

 

助けてくれ。

みっちゃん、明希、私の三人で恋愛映画を観に行ってからというもの、私の日常の景色がまるで変わってしまった。どうして、どうしてこういうロマンチックなストーリーの映画は乙女の心をいとも容易く奪うのだ。お陰で胸が苦しいぞ、ばか野郎。

か弱い少女が、失恋を経て大人になっていく。そんな主人公が何十年と経ってから、昔の自分と同じ境遇にある少女に出会い、アドバイスをしていく。

「恋は夢と同じ、いつかは覚めるわ。しかも、そんな過去の幻に何時までも向き合わされてしまう。でもね、どれだけ年老いても悪夢と呼べずにいるのが恋なのよ。」

だなんて、こんなベタな台詞なのに女優さんの演技がこれまた私を全力で泣かせに来るんじゃあ。

 

それからというもの、私は完全にその主人公の女性の虜となったのだ。

何でも知っていて、ロマンチックを(にじ)ませた格言みたいな言葉をことあるごとに喋りたくなる症候群に陥ってしまった。俗にいう中二病ってヤツでしょうか。いいえ、私はロマンチストなだけよ。なーんて。

 

最近は何処にいても、片手で頬杖をついて、虚空を見つめて微笑んでいる。

お店のお手伝いの時も

「詩鶴ちゃん、どうしたんだい?ぽかーんとして。」

「え?ああ、今はこうしていたいの。」

「もしかして、好きな人でも出来たのかい。」

「乙女の心は()()()()()()なの。恋なんてしたら指先一つ触れられるだけで胸が張り裂けてしまうわ。」

「詩鶴ちゃん、そんな喋り方だっけ。」

友達にも

「はあー。夏休みの課題って何でこんなに多いんだよ。こんなの、この世界から消えちゃえば良いのに。」

「まあね。でも、そうなっても不思議と、居残りは消えないで欲しいって思うなあ。」

「ふっ、それはちょっと分かる気がする。」

「夏が終わったら、今度の居残りの教室で見られる夕焼けは、もっと寂しく見えるかもね。だから、暑いって感じる間は青春を大事にしなくっちゃ。」

「あーそーだな。」

「ええ。」

「なあ、名取。」

「どうしたの、河島。」

「熱中症になったか。」

そして今日、日曜の朝。家族との朝食で...。

「おはよう。詩鶴、パン焼いたからバター自分で塗って。」

「んー...、お早う。素敵な朝ね。」

「はいはい、素敵素敵。先に顔洗って来なさい。」

洗面台に行くと、ちょうど起きたばかりの父に会った。

「お、詩鶴。おはよう。」

「お早う、父さん。」

「...と、父さん?」

「母さんがパンを焼いてくれたって。焼きたてできっと美味しいわよ。」

困惑したまま、父は母の元へ行った。

「小町、詩鶴に何かあったんか?」

「映画。ロマンス映画に影響されるのはあの子、昔っからじゃない。」

「ほえ....お陰で目ぇ覚めたわ。」

「小学生の頃だって、ジュースを酒飲みみたいな飲み方したり、宝石店のショーウィンドウに顔をはりつけたりしてさ。」

「あー。将来が怖いって話してたわ、そういえば。」

思い出話を話していると、詩鶴が奥から戻ってきた。二人は更に困惑した。

「詩鶴...お前...。」

「っふふ。さあ、朝ごはん食べよ~。」

母は腰に手を当てて言った。

「詩鶴、朝からそんな厚化粧してどこ行くの。」

「え~?どこも行かないよ。化粧は女の何とかとか言うじゃない?いつも綺麗でなきゃいけないの。」

詩鶴はコツンと頭に拳を落とされ

「あのねえ、せめて口紅は食後につけなさいよ。おめかしには順序ってのがあるの。」

と言って、ティッシュで口紅を拭き取られた。

「あー!!もう、せっかく上手に塗れたのにぃっ!」

「はいはい、後でちゃんと教えたげるから早く食べる!」

「んぬー....。」

父はパンを片手に、口をぽかーんと開けている。

「今の子らって、こういう格好流行ってんの...?」

「え?分かんないけど、女の子はみんなこういうお化粧しない?え、見たことない?」

「ああ...うん。八十年代のミュージックビデオでよく見たわ...。」

「でしょ?」

「おん、もう三十年近く経つけどな。」

「ねえねえ。正直なとこ、どう見える?」

「え、何が?」

「今日のお化粧。」

「.........詩鶴がええと思ってんねやったら....それでええんとちゃう...。」

父は私を庇いきれずに、唖然としていた。

やがて、食事につくと母は

「一体どんな映画を観たらそうなるの?」

と聞いた。私は嬉しくなって、口数が更に増えた。

「主人公の台詞が一つ一つ、まるで名言の様なの。いつも水平線の向こう側を見つめるような瞳で、恋の悩みに苦しむ女の子にアドバイスをしていくの。」

「だそうよ、お父さん?」

「そ、そやな。とりあえず、お化粧はお母ちゃんにアドバイスして貰い。」

そうして、私が映画のことを話していると

 

ガラガラ!

 

と音を立て、扉が開いた。

三人ともビックリして扉の方を見ると

「詩鶴姉ちゃん、お久しぶりー!」

と、元気の良いガキんちょが入ってきた。

「....その声は。」

私は怪訝な顔でそいつらを見た。

「うわ、何その顔。ケバあ....。」

「誰がケバいじゃあ、このガキぃ...。」

父も頭を抱えて

「言わずにいようと思ってたことをハッキリと...。」

と呟く。

「お父さん!?」

私がバッと父の方を向くと、別の方向に顔を逸らして口笛を吹き始めた。しかも、ちょっと上手いのが異様に腹立つ。

こいつの名は名取竜太(りゅうた)。私の父方の叔父さんの子。つまりは従兄弟だ。毎年、大休みが来ると神出鬼没で現れる。何でもハッキリとモノを言う性格で、清々しいと言えば良い言い方だが、悪く言うなら小学生の分際であれこれと、包み隠さず楯突くクソ餓鬼だ。いつもタカタカと走り回るところから"タッタ"と呼んでいる。

「ああ...、タッタが居るってことは...。」

「ども~。お、詩鶴ちゃーん。元気してるー?」

「やっぱり...。」

「何や、えらい派手なメイクしとるやんけ。何、バンドでも始めたん?まあ、ええけどやな。女は顔ばっかりに気ぃ使ってないで、もっと中身意識せなあかんで、しかし。」

出た、叔父(おやだま)。出現早々、超早口。しかも台詞が一つ一つ私の心に綺麗にぶっ刺さる。例えるなら洗ってない包丁みたいなのが何本も、私に向かって。

それにしても最悪のタイミングで出くわした。私が映画にハマってロマンチックに浸っている真っ最中に。

「お、小町さんもお久しぶりです!相変わらず、いつ見てもベッピンさんですな!兄ちゃんも良うこんなエエ人捕まえたわ。あ、捕まえたって...すみません...失礼なことを。」

「いえいえ、言葉負けしないように頑張りま~す(笑)」

叔父ちゃんが母に挨拶をする。濁流のような彼の会話のスピードに、普通に言葉を返せているのがもう何か凄い。

父は腕を組んで、

「勇治...せめて前もって連絡せえよ。三人とも出掛けてたらどないすんねや。」

と弟を叱った。

「悪い悪い。まあ、居てへんかったらそこら辺ブラブラするわいな。折角の休みやし、顔見に行ったらなと思て。」

「せやからって。」

「おかん心配してんねんで?仕事忙しいか知らんけど、連絡の一つも入れて来うへんって言うてるから、俺が代わりに見に来たんや。」

終わりの見えなさそうな会話に呆然と立ち尽くしていると、母が私に

「外でタッちゃんと遊んであげて。」

と言って微笑んだ。

「ええー...。」

と不満を垂れ、ふと顔をあげると、タッタが外へ飛び出て行ったので、驚いた。

「ほら、お願い。」

「ああもう!!」

私はタッタを追いかけに、外へ走った。

 

タッタを捕まえると、しばらく辺りを散歩した。

「もう、自転車にぶつかったらどうすんの。」

「何処に目ぇつけて走っとんねん、コラァ!って言ってどつく。」

「どの口が言ってんだ、本当に...。」

タッタはウキウキとした足取りで私の手を握る。遊び盛りの少年の歩くスピードが速くて、まるで私の方が従兄弟に案内されているかのように手を引っ張られる。観光でやってきた従兄弟にとっては、いつもの通りを歩くだけでも新鮮に感じるのだろう。

「お姉ちゃん。」

「何?」

あんなー(あのね)、オレなー、体育の百メートル走で二位やってん。」

「へえ、やるねえ。」

「凄いやろー。でもな?一位のやつ、走ってるとき、オレを抜いた後にチラチラ後ろ見てくんねん。前だけ向いて走っとけばええのに、いちいちこっち向いては「ヘッ」って笑うねん。」

「うわ、クソ餓鬼じゃん。」

「やろ!?そんでな、せやからな、オレめっちゃ腹立って。」

「うん。」

「そいつに後で言うたってん。「陰気臭いねん、男の癖に。一位取る人間は前だけ向いて走れこのカス!」って。」

あまりの口の悪さに失笑した。

それから暫く歩いて、タッタが「小腹が空いた」といったので、今川焼を買ってあげた。

「お姉ちゃんは食べへんの?」

「私、朝食べたばっかりだから。」

「一口食べぇや。デザートデザート。」

と言って、口をつけてない部分を私に向けた。なんか、あーんってしてるみたいで変な気分だけど、せっかくなので一口貰った。だが...

しまった。全然中身が入ってないとこをかじっちまったじゃねえか、チキショー。

 

お互い、口をモグモグと動かしながら行き交う人達を見ていると、妙にさっきから視線を浴びていることに気がついた。

「"あーん"したの、そんなに気になるのかな。」

すると、タッタは言った。

「いや、そのお化けみたいなメイクとちゃうん。」

その一言で、私が派手にやりすぎた化粧を落とさずに外に出ていたことを思い出したのだった。

 

私は酷く赤面した。

 

ーつづくー

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