下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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29.元相棒

 

下町の鶴

5章-ユウレイ蜘蛛-

☆Episode.29「元相棒」

 

私は安直に、子供が喜びそうという理由で、公園に向けて歩いていた。

「タッタ、そういえばお母さんと、(フー)ちゃんはどうしたの?」

「どうしても寄りたいとこがあるって言うて一旦別行動してる。お姉ちゃんとこ集合って言うてるからもうすぐ来ると思う。」

「ああそう。」

「うん。」

叔父の家族である"向こうの名取家"には明るすぎる叔父と、静かながら威厳ある叔母、そしてこのタッタと、その妹に風歌(ふうか)ちゃんがいる。私も周りからはハキハキしてると言われるが、この家族とでは比べ物にならない。ある時、父に

「大阪人ってこういうものなのか?」

と聞いたとき、

「アホ言え、あの家族が(やかま)しすぎるだけや。」

と呆れながら言われたのを今でも思い出す。

「タッタ、風ちゃんとは仲良くしてる?」

「あいつ、オレの分のおかずにまで手ぇだすから嫌いや。」

「相変わらずだな(笑)」

「今日かって新幹線でオレのお菓子勝手につまんで来よったし。」

「あらら。」

「そんで、アイツの方は何も分けてくれへんねん。んで、こっちがアカン言うたらお母ちゃんキレるし。意味分からへん。"お兄ちゃん"なんやから~って、何がお兄ちゃんやから~、や。それだけのことで何で全部こっちの責任になるねん。」

「よう喋るなあ...。」

言葉がうつった。

「そんなんおかしい。何でも分け分けなんて。」

「じゃあさ、何で私には今川焼はんぶんこしてくれたの?」

タッタをちょっとからかってやると、少し目線を反らして言った。

「...好きやから。」

私はニマァっとにやけて更にからかった。

「このマセガキめ~、私を好きになるなんて百年早いんじゃあ~。」

頭をワシャワシャと掻き乱してやると、少年は顔を真っ赤にしてキレた。

「何でやねん!何でそうなるねん!!」

「っはははははは!」

私は腹を抱えて大笑いした。

 

しばらく路地を歩いていくと、公園が見えてきた。

「ほら、タッタ。公園。」

私が指を指すと、タッタは不思議そうな顔で私の指す方向を見つめていた。

「タッタ?」

「なんか、警察の人と喧嘩してるのおる...。」

「え....。」

よく見ると、革ジャンのオジサンと、年の近そうなお巡りさんが言い合いをしている。

「もう勘弁してくれ。これ以上見逃すと上が黙っちゃいないんだよ。」

「そこんとこ何とかしてくれないか...。こっちも事情があったんだよ。」

「一時停止はね、ちょっと出ただけでもダメなの。」

「ちゃんと止まったじゃないか。」

「だーかーらー。」

私達は口をポカーンと開けたまま立ち尽くした。何を言おう、探偵のオッチャンが、驚くほど下らないことで言い合いをしているではないか。

「お姉ちゃん、まさか知り合い?」

私は大きく首を降った。

「知らない知らない。あんな人、私知らない。」

公園に入ると、草藪の影からこっそり二人の会話を盗み聞きした。

「知らん人なんちゃうん?」

「シー!うるさい!私から離れないで。」

タッタは私の裾を掴んで、そばに寄った。

「あんたとも長い付き合いだから、多少は見逃してやったこともあった。」

「だろ?」

「だろ?じゃねえよ。お前、見逃して何点だ、その免許証。」

「5点 ...です。」

「あと1点で免停じゃねえか馬鹿野郎。お前それでも元警官か。」

え、オッチャンそうなの!?

私が、二人の話に夢中になっていると

「お姉ちゃん、暇ぁー。一緒に遊んでぇやー。」

と、文句を言われた。私はそんなタッタを叱りつけるように

「ちょっと待って!今大事な話の真っ最中なの!」

と言って黙らせた。

「元警官っつっても、俺が居たのは捜査課だよ。交通課じゃない。」

「知ってるよ、てか知らないわけねえだろ、同じとこ居たんだから。ったく、あれから地域課に異動させられて十年は経ったかな。もう捜査課に戻れる可能性はゼロだよ。」

「おう、あれから待望の白バイには乗れたのかい。」

「地域課って言ってんだろ、交通課じゃない。...こちとら毎日、白い自転車(バイク)だよチキショー...。」

オッチャンはフッと笑った。しばらく町の空気を身体全体で嗜むと、お巡りさんに言った。

「この5点の内、3点は四倉(よつくら)にヤられた。」

「ああ、アイツは望み通り交通課に異動になったらしいな。ケッ、俺たち三人、捜査から外されてから完全にバラバラになっちまった。で、元気にやってんのか、四倉の奴は。」

「ああ、相変わらず無口で、お前より頭が固い。」

「そうか、元気なら良かった。」

「固すぎて、見逃してくれない。」

「普通は見逃さねえよ。それにアイツは公妨(公務執行妨害)ですらキッチリ取り締まるくらいだ。あんな面倒臭い書類を平気で書き上げてしまうんだから、勤勉そのものよ。」

「勤勉なのは良いんだが、650cc(ロクハン)を1300ccで追っかける奴があるか、普通...。」

「ふっ、アイツは()()()んだな。」

オッチャンが煙草を取り出し、火をつける。

「お前も一本どうだ?」

「馬鹿、勤務中だコノヤロウ。」

ため息混じりの白煙を口から吐き出すと、オッチャンは呟いた。

「ふ、自由の効かねえ所だなあ、相変わらず」

「当たり前だ。町の警察が外でプカプカしてたら周りの信用を失う。」

「ま、その勤勉さから、お互い一番合う場所に分かれたんだろうな。」

「一番合う場所、ねえ...。」

オッチャンがまた一つ、煙草の煙を吐き出す。その表情は少し笑っているように見えた。

煙がお巡りさんの顔より上に飛んでいくと、オッチャンに聞いた。

「そういうお前はまだあの事件追ってるのか?」

「まあな。」

ジーっと話を聞いていると、とうとうタッタの我慢も限界が来たようで

「ああもう!!はよ遊ぼうや!いつまで待てばええねん!」

と騒ぎだした。

「あっ、ちょっとタッタ!」

 

お陰で二人に気づかれた。

 

「ほら、競争だ。行くぞ!」

「わーーい!」

二人の話に興味を寄せていた私は、タッタをオッチャンと遊ばせ、お巡りさんと二人で見守りながら話した。

「昔、アイツとは同じ部署で勤めてて、その時の相棒だったんだ。」

「そうだったんですね。何かさっき聞いた話ではもう一人いるような感じだったんですけど――」

「ああ、四倉か?彼もそう。三人でタッグを組んでいた。バカ真面目な奴でね。ジョークなんてこれっぽっちも通じやしない。奥さんを亡くしてから娘を男手一つで育ててるらしいが、あんな無口の石頭と二人っきりなんて思春期の女の子からしたら大変だろうよ。」

「無口かあ...。でも、娘さんの前では意外とお喋りだったりして。」

「まあ、だと良いんだがな。むしろ高校生くらいの年齢ならそっとしておいてやるくらいがちょうど良かったりするのかな?」

「うーん、それは人それぞれかと。」

気軽にお喋りしつつ、お巡りさんの目は周りをずっと見渡していた。パトロール精神が根付いているんだな、きっと。

「そういえば、何で三人はバラバラになっちゃったんですか?」

そういうと、彼は少し笑って答えた。

「ある捜査を任されていたんだが、この三人があまりにも自由に動くものだから、捜査から外されたんだよ。三人ともね。」

「自由に?」

「まあ、良い言い方をするなら刑事ドラマのメイン人物みたいな感じ?あはは。みんな腕利きだが、熱心になると度が過ぎてしまうメンバーだったんだよ。」

「な、なるほど。」

「それでオレは交番のお巡りさんへ、四倉ってのは交通課で取り締まりの警察官へ。で、あのオッサンは...。」

「探偵?」

「ああ。一度任されたら誰の命令でも降りないって言って独立しやがった。退職金持って、江戸川の向こう側で事務所まで建てちまったのさ。」

「あ、へえー。オッチャン、千葉に住んでるんだ...。」

「松戸のどこかって聞いたが、詳しくは知らないな。ここの管轄だと探偵の申請が通らないだろうからって言ってわざわざ。」

松戸から何度もうちの店通ってるのか。地味に大変だな。

「ところでお巡りさん、その事件って?」

そう聞いてみると、彼は虚空を見つめて言った。

「いつか、あのオッチャンに聞いてみると良いさ。」

「え...?」

「だが、今は辞めておきな。なんせ、上から捜査課を解任されるほどバカ熱心な三人の中で、アイツだけは未だに諦めていないんだ。きっと面倒事を引き起こして、取り返しが付かなくなる。」

「あんな穏やかそうなオッチャンが?」

「奴は愛憎でしか動けないんだよ。臭い言い方に聞こえるだろうが、言葉通りの男だ。」

そう言っている彼の瞳があまりにも真っ直ぐだったので、その表情を見つめていると、その目線に気づいたのか直ぐに笑いだし

「だーから何時まで経っても結婚できないんだアイツは!」

と言った。

「おい土浦、聞こえてるぞ。」

オッチャンがその声に気付き、戻ってくる。

「ふっ、まずお前は結婚より先に免許をゴールドにするんだな。」

「仕方ないだろ、目標が全速力で逃げたらこっちもエンジンを回さなきゃいかん。」

オッチャンがアクセルを回す動作を見せると

「オッチャン、バイク乗ってんのー?」

タッタが好奇心満々で聞いてきた。

「おう、跨がってみるか?」

「やるー!」

オッチャンは嬉しそうに

「よしきた!」

と乗り気になった。そんな彼の肩に、お巡りさんはそっと手を乗せ

「今回はチャラにしといてやる。せいぜい四倉に見つからないようにするんだな。」

と警告した。

 

全員でバイクの方へ向かうと

ブオンボロボロボロボロ!!

と大きな音を立てて、魔改造された族車が走ってきた。それが私達の目の前の道へとやってくる。

「なんだありゃ...。」

「魔改造車か。最近のヤンキー共は変な趣味してるな、本当。」

私は、タッタを自分の後ろに隠れさせた。

「タッタ、目合わせちゃダメだよ。」

少年はコクりと頷いた。

「全く、こんな住宅街で爆音ならされちゃあ溜まったもんじゃないな。ちょいとドヤしてくるぁ。」

お巡りさんは、その車の運転手に注意を促そうと向かった。すると....

 

ゴツン、ガガガガ

 

「あ....。」

 

キィイイイ、ガガゴゴゴ...

車がバイクにぶつかる。そこにいた全員、身体が固まった。確実にぶつけてしまったことに気がついたのか、その車はオッチャンのバイクの目の前で止まる。

そのバイクが、やがて音を立て、ゆっくりと倒れた。

グ...ググ.......ガッシャーーーン!!

オッチャンとお巡りさんは、目を丸くしたまま、お互いを見つめた。私は、何かとても嫌な予感がした。タッタの手を握り、一歩、二歩と後退りする。

車の中の、いかにもヤンキーみたいな風格の男が、倒れたバイクに目をやる。男が辺りを見回すと、なんとそこに明らかに持ち主と思われる男と、警察官が二人並んでこちらを見ているではないか。

「あ、やっべ。」

男は思わず声を漏らし、額の汗を一滴「ポタリ」と落とすと、アクセルを蹴り潰すように吹かし、車が爆音を奏でながら走り出した。すると...

「待てゴルァアアアアアアア!!!!」

オッチャンと、お巡りさんが鬼の形相で大声を上げた。タッタと私は背筋が凍り、咄嗟に二人、身を寄せ合った。

オッチャン達は全速力でバイクに走っていき、二人でそれを起こそうと奮闘する。年齢が身体に応えてしまってか、両者とも息切れ状態だ。

「おら、こん畜生!大型ってこんな重いのかよ!」

「おう、こんなので重いって言ってたら白バイはこの比じゃないぞ!」

「辞めろ、二度と白バイの話するんじゃねえ。良いからとっとと起こせ!」

そして、バイクを立て直すと、オッチャンはキックペダルを目一杯に蹴ってエンジンをかけた。そして二人は同時に

「よし、乗れ!」

「よし、乗せろ!」

と、声が被って、互いにヘヘッと笑ったあと、

「待ちやがれぇええ!!」

「地域課ナメんじゃねえええ!!」

などと叫びながら、仲良く二人で走り去っていった。

 

...公園には、感情を言葉にできないままの少女と少年の二つの影が、物言わぬ木陰のように立っていた。

 

ーつづくー




11.27...誤字修正

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