下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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30.江戸っ子の東京観光

 

下町の鶴

5章-ユウレイ蜘蛛-

Episode.30「江戸っ子の東京観光」

 

空の青を裂く眩しい夏の日差しは、住宅街の窓ガラスをいくつも屈折して路地に降りしきる。

いつもより騒がしかった家の中にも、そろそろ静寂が訪れようとしていた。

「忙しい奴やな。もうちょっとゆっくりしていっても良いのに。」

そう言う父に、叔父は「色々遊んで回りたいから」と答える。

タッタは遊びに行きたい思いでいっぱいなのか、落ち着きがない。一方、風ちゃんの方はといえば、お母さんの腕にしがみついてピッタリだ。私が

「またね。」

と言うと、

「お姉ちゃんは来へんの?」

とタッタが頭をかしげた。叔父は

「おう、ついてくるか?」

と、ニコニコ笑う。それに対して母も

「せっかくなら遊んでもらったら?」

と微笑み出す。いきなり過ぎて戸惑った。

「いやいや、待って。私だってやることが....」

 

そして気づいたら

 

ガタンゴトン....

なんか連れていかれた。何故だ。私、断ったじゃないか。いや、別にこの家族が嫌いな訳じゃないんだよ?でもね、私もう高校生なんだよ?女子高生ってやつなんだよ?名取家から貸し出すならせめて私の意見くらい聞いてくれよ、もう...。

私は、受け答えも少し疲れ気味だった。特に昼食は母との共同作業で、まるで営業時間レベルの忙しさだったから。もちろん、お小遣いをくれたのは少しテンション上がりましたけれども。

金町から常磐線に乗り換え、再び電車に揺られ、私たちはずっと窓の外を見ていた。住宅街ばかりを走る光景に飽きもせず。

電車が亀有に着くと、ここで映画を観た日のことを思い出した。ほんの三日ほど前だというのに、みっちゃんと明希とで行ったのが随分昔に感じる。あの映画、意外にも明希が観に行きたいって言ったんだよなあ。観賞後、私がずっとロマンスに浸っているのを二人に笑われたのは、今となれば顔を真っ赤にさせる思い出だ。

電車が駅から発車すると、叔母さんが私に尋ねた。

「詩鶴ちゃんは、どこか行きたいってとこある?」

「んー...。」

正直、いきなり連れてこられたもんだから、パッと思い付かない。石のように固まって考え込んでいると

「なーんでも言ってな。半ば無理やり連れてきてしまったんやから。」

「うーん、何か美味しいもの食べれたら良いな。」

「美味しいものかあ、例えば?」

「夏だからアイスクリームも良いし、冷たいわらび餅とかも食べたいな~...なんて。」

「あ、良いなあ。美味しそう!」

叔母も私の提案に賛成して、どこか探そうよと叔父に催促した。

タッタは「東京に居る」ということ自体に興奮を覚えているようで、どこにいてもワクワクしている様子。風ちゃんはこちらをジーッと見つめ、まるで

「さっき食べたばっか。」

と言わんばかりの表情をしていた。私は少し気まずくなり、タッタの方に

「ねえ、スイーツ何食べたい?」

と聞くと、ゆっくり振り返り、不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「ふーとーるーぞー。」

「おのれ、コラ。あまり女敵に回すなよ。」

「アハハハハハハ!!」

人の気にしていることを平気で口にする餓鬼。もう怒った。後で一生モテない呪いでもかけてやろう。

 

途中、北千住から乗り換えて、上野駅のプラットホームに着いた。正直、柴又から上野までなら京成の方が楽に行けるから、ここで改札を出てしまうのはどうも勿体ない感じがした。

ひとつひとつ、色も形も違う電車が走る光景にタッタがはしゃぐのを叔母と私で必死に叱りつけていると、叔父は突然

「あ!野球観に行くの忘れてた!」

と大声を上げる。次の瞬間

「なあなあなあ、東京ドームってどう行けば良い?」

と、おお焦りで聞いて来たので、私はびっくりして

「え、えあ、その...とりあえず黄色い電車にのりかえて...」

「どこどこ、どこで乗れるん、それは。」

「あの、数駅先....ちょちょ、ちょっと落ち着いてくれるかな...。」

叔母も少し呆れた顔で

「野球くらいテレビでいつもやってるやん。」

と言うが、叔父の熱量が正気の沙汰じゃない。妻の言うことがまるで聞こえていないかのような勢いで

「とりあえず、その黄色い電車に乗ろ!」

と言い、駆け出した。

 

それからというもの、本当にドタバタの移動をした。野球なんて部活動や、テレビでチラッと見かけるくらいで、本物は初めて見たからか熱気が物凄かった。なんといっても、耳がやられる。花より団子の私は、タッタ兄妹とのお菓子の取り合いに熱中していて、観戦どころの騒ぎではなかった。

それから後は隣の遊園地で遊んだ。ジェットコースターは兄妹が身長制限で乗れなかったので、叔父と一緒に乗った。叔父は、応援していたチームが負けた悔しさから憂さ晴らしだとか何とか言いながら隣に座った。

やがてコースターが動き出すと、心臓のリズムがバクバクと速くなった。それと同時にだんだんと見晴らしが良くなっていく景色に圧巻した。

「ああ...これくらい景色の良いレストランでお腹いっぱい食べてみたいな。」

しかし、そう考えている最中に急降下して落ちたのは、神様からの皮肉としか思えなかった。

「えへへ....ステーキにガーリックバターのソース...、ああ、一生に一度で良いか...らあああああああああああああああああ!!!!」

上がっては降下を繰り返す、まるで人生の荒波のような乗り物に大はしゃぎする搭乗者達の中で、異様に隣が静かだったが、そんなことに気にかける余裕もなく、ただひたすらにスリルを楽しんだ。

「あー、楽しかった!」

そう口に出し、ふぅーっとため息を吐く。ふと横を見てみると、叔父は白目を向いていた。

「....あ....うぼぁ.......うう....。」

「.....。」

憂さ晴らしとか言って飛び乗ってたけど、多分乗ってすぐに後悔したのだろう。絶対乗れないタイプだよこれ。戻って叔母たちと合流したあとも、十分くらい叔父の介抱に追われた。

 

それから空がオレンジ色になるまで遊んだあと、近くのデパートみたいなところでお買い物をした。ここでは女性陣と、男性陣で見たいものが異なるだろうということで、一時間後に集合する形で分かれた。

叔母は私達を雑貨のコーナー連れていくと

「詩鶴ちゃんはちゃんとオシャレしてる?」

と私に聞いてきた。

「うーん、まあそれなりには....?」

曖昧な返事で返した。

店内に置いていたアクセサリー類は、デザインが心に刺さるような可愛いものから、言葉通りのお洒落さを秘めたもので溢れていた。

私がキラキラ目を光らせていると

「これとか似合うんじゃない?」

といって私に手のひらを見せた。それは木製の髪留めで、小さな水色の石のようなものが装飾がされている。それは森林の川のように透き通っていて、それを再現しているようでとても美しかった。

「綺麗...。」

思わず声を漏らすと、叔母はニコッと笑って私のために買ってくれた。風ちゃんの方を見ると、淡いピンクのブレスレットを身につけて嬉しそうにしていた。

 

連れてこられた、だなんて最初は愚痴を溢しそうになったけど、ついていってみると案外楽しかった。窓に映る自分を見ながら、買ってもらった髪飾りを見る度、私も何だか心躍るような気分で、自然と笑顔になっていた。

それから夕食はコッテリなラーメンを平らげた。空きっ腹にこの背脂と豚骨醤油のスープはあまりにも罪過ぎる。チャーシューも、薄いのに言うことなしの味の濃さ。(すす)っても、啜っても飽きない麺の食べごたえに涙が溢れそうになった。

やっぱ、夜食べるラーメン最高っす...。

 

東京駅に着くと良い時間になっていた。外も真っ暗で、家に着いたら即効お風呂に入って寝てしまおうと思った。

私たちは改札の手前の柱で、お別れの挨拶をした。

「詩鶴ちゃん、ありがとうな。色々付き合わせてしまって。」

そういう叔父に

「ううん、こちらこそ。最近、都心の方ぜんぜん行ってなかったから楽しかった。」

と笑顔を見せた。

「叔母ちゃんもありがとね。髪留め、大事にするよ。」

「いえいえ。高い洋服買わなくても、こういうとこから簡単にお洒落出来るから、頑張って。」

タッタの方を見てみると....相変わらず落ち着きがない。先に風ちゃんにお別れの挨拶をした。

「またおいでね。次会う時には私も、風ちゃんに負けないくらいお洒落してみせるから。」

といって頭を撫でた。

しばらく時計の針を遊ばせて、人の流れを目で追った。スーツ姿のビジネスマンと、この家族と同じような雰囲気の旅行者で溢れているこの駅は、私の住んでる町と比べたら煩すぎるくらいに賑やかだ。

目に映る景色を嗜むことに飽きた私は、叔父に聞いた。

「そういえば、ねえ。」

「おう、どうした?」

「そっちの街で"笑い"ってどういうものなの?」

急な質問に戸惑った叔父は、しばらく考えたあと、私に答えた。

「うーん、何やろ。コミュニケーションの一部?」

「へえ?」

「まあ、そんな"笑いとは!"みたいに深く考えなくても良いと思うよ。」

「なるほどね。」

「何かあったん?」

「まあ、ちょっとね。」

あまり参考にはならなかったような気がするが、人生少しでも面白くしてやろうって心がけが必要だとか、そういう風に解釈すれば良いのかな?そう思った。後で父にも聞いてみよう。

 

「おっと、そろそろ時間や。ほんじゃあな。」

家族は新幹線の発車時刻が近づいたことに気がつき、再び互いに手を振った。

とっとと改札をくぐろうとするタッタに

「タッタ、またね!」

と叫ぶと、クルリと振り返り

「化粧もほどほどにな~~。」

と、抜かした。

「あー、はいはい。行った行った!」

そう笑って返し、ポケットに手を突っ込む。

 

あのガキ、その歳で私に生き方を説く気か。一瞬そんな考えが頭をよぎると、まあ参考にしてやるか、と言わんばかりに鼻で笑った。

 

つづく。

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