下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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堤防を越えると瑞希のギターが聴こえた。今日も相変わらず練習しているのだろう。彼女のもとへ駆けおりて行く。
「みっちゃーん。」
瑞希は私の声に気付き、振り向いた。
「お、明希。どしたのー。」
「暇だから会いに来た。ここに居るだろうと思って。」
「あれ?つるりんと一緒に居たんじゃないの?」
「いや、それが....。」
―――――――――――――――
「昨日は良いの聴けたよ~。みっちゃんっていつもあそこで練習してるの?」
「いや、放課後に堤防で練習してたりとか、色々だよ。」
「堤防で練習してるの!?良いね青春だね~。」
「今日はそこで練習するって言ってたよ。」
「ホント!?案内してよ!」
「ま、まあ良いけど。」
「やった~。私もお裾分けしてもらお~っと。」
ウキウキな詩鶴と一緒に正面玄関まで歩いていると、先生と会った。
「さようなら。」
「おう、さようなら。ちょっと待った。名取は止まれ。」
「ギクッ....。」
「お前、昨日の課題と夏休みのはやったのか。」
「も、もちろんですとも....。」
「そうか。じゃあ何故呼び止められてるのか、説明してみろ。」
「そ、それは........何ででしょう。」
「課題が手元に来てないからだ。ほら、さっさと教室に戻れ。」
「ヤです!」
「何がヤだよ、ほらとっとと戻れや。」
「ヤァったらヤァ―――」
「ふざけてないで戻れってんだ!!」
そう言って先生は詩鶴の腕を強く引いて教室に連れ戻していった。
「やだーーーーーっ!!」
「あの、先生....私は....。」
「何だ四倉、お前も課題やってないのか。」
「い、いえ...やってきてはいるんですが...。」
「そうか。なら帰れ。」
詩鶴は先生の手に引かれ、片方の手を私に伸ばして叫んだ。
「明希、私に青春は叶わなかったよ。」
「鶴ちゃん...。」
「私の居場所はどうやら、柔らかい風の吹く丘じゃなく、薄暗い教室の中だったみたいだわ。」
「....。」
「みっちゃんに伝えて...!私は、囚われの身でも元気でやっている、と。」
「う、うん...。分かった...。」
先生が詩鶴を見て問う。
「言いたいことは言い切れたか。」
詩鶴は片腕で涙を拭う素振りを見せる。
「ええ...、もう何も言い残すことはないわ。」
「そうか、なら行くぞ。」
腕を引かれた土壇、詩鶴は最後の力を振り絞って叫んだ。
「最後にっ...!明希、元気でね。」
「うん。...げ、元気で。」
その言葉を最後に、詩鶴の姿は廊下の奥の暗闇へと消えていった。最初は切なさのようにも見えたが、だんだん、どうみても悪あがきでふざけているようにしか見えなくなって、二人の姿が少し微笑ましくも思えた。
「おい名取、あれで最後って言ったろ、なに嘘ついてんだ。」
「嘘ついてません。最期の言葉は何回"お手付き"しても良いんですー。これ常識ですよ。」
「そんな常識知らんな。」
「ハァー、非常識。」
「おい、いい加減にしないと反省文――」
「すみませんでした。」
「分かれば良いんだ、分かれば。」
―――――――――――――――
瑞希は苦笑いした。
「それで、今日鶴ちゃん来れないって...。」
「そ、そう。(一から十まで話すんだなあ...)」


34.四倉家

 

下町の鶴

6章-初秋-

☆Episode.34「四倉家」

 

柔らかい風の吹く堤防に詩鶴を連れてこなかったのが気にかかる。今頃、彼女はどうしているのだろうか。河島君たちと楽しくふざけあってたら良いんだけど。

「明希、詩はどんな調子?」

瑞希が聞く。

「んー....まだ全然書けてない。」

「やっぱり難しいんだね、作詞って。」

「というより、自分の伝えたい世界を明確にしないと中途半端になるの。それは多分、作曲にしたってそうだと思うけど。」

「なるほど。でもまあ、曲は言葉にしなくて良いからね。」 

「そう言えちゃうのが凄いよ。」

瑞希のギターの音を聴きながら、私は彼女の隣に座り、対岸の町の風景を見つめた。幾千もの家々をオレンジに染めて沈む夕日が、友達との時間が減っていくことを気づかせる。まだまだ沢山お話していたいのに、あともう少しすれば"また明日"だ。

「鶴ちゃんの"作詞旅行"とかいうの、あれって本気なのかな。」

「つるりんならやりかねないね。嫌なら今のうちに言っとかないと話進んじゃうよ~。」

「ええ...。行くって言ってもどこに...。」

「さあね。きっと見つけてあげたいんだよ、明希が探してるものを、一緒にね。」

瑞希は微笑んだ。

 

 

家の鍵を開ける。瑞希と分かれてから数十分、太陽は沈んだが、まだ空は明るい。

「ただいまー。」

夕焼け色に染まったリビングに着くも、人の気配は全くない。父はまだ帰っていないようだ。鞄を自分の部屋に置き、部屋着に着替えて戻ってくると、夕飯のことが頭を過った。

「帰ってくる前になんか作らなきゃな。」

そう独り言を呟き、ため息を吐く。冷蔵庫を開けてみても、大した材料が入っていなく、炊飯ジャーの中にもご飯は茶碗一杯程度。帰ってきたばかりの疲れも押し寄せてどうしようもない状況になった。

「とりあえず...、少し休もっかな。」

無駄に大きいソファーに腰かけ、小さくため息を吐いた。横を向くとソファーには、あと三人は座れそうなスペースが。そこを見つめていると、ここが賑やかだった頃の思い出がよみがえった。

「懐かしいな。もう何年経つんだっけ。」

そう呟くと、瞳の光が微かに暗くなった。バタン、とソファーに身体を預け、横たわってみると、より寂しさが溢れてしまった。それはまるで、子供の頃にしてもらった膝枕のような感覚で、自分の肌の温度でそれは、徐々に人の温度になっていく。

「ずっとこのままで居られたらな。」

そう呟くと、心はじんわりと、温かくなっていった。

 

「明希。」

「うーん...。」

「明希、明希ったら!」

「え...?」

「やっと起きた。ちょっとご飯、味見してくんない?」

「え、ああ。お母さん、今日ご飯なあに?」

「へへ~、明希の好きなシチュー。味もしかしたら濃いめかもしれないけど。」

小皿に少量よそわれたシチューを一口舐めてみる。すると、とても優しい味わいが口一杯に広がった。

「んー!美味しい。」

「そう、それは良かった。」

「早くご飯の時間にならないかな~。」

「落ち着きなさい。お父さん帰ってくる頃には出来てるよ。」

「やった。お父さん早く帰ってこないかな~。」

私は子供のように大はしゃぎしていた。母の裾を掴んで、グツグツと踊る鍋から香る匂いをずっと嗅いでいた。

「明希、お料理はちゃんと作ってる?」

「あー、いや。お父さんもたまに作ってるよ。」

「そ。お父さん、お仕事大変なんだから、明希もしっかりしなきゃダメよ。」

「そんなこと言ったって、私だって学校大変だし、宿題やらなきゃだし...。あーあ、お母さんが居てくれたらどん....なに....良い............のに....。」

私はそれが夢の中であることに気づかされた。

「お母......さん。」

「もう、相っ変わらず甘えたさんなんだから。」

母の姿を見つめた。その懐かしい光景に、私は立ち尽くすしか出来なかった。

「お母さん....。」

「ん?なあに?」

「会いたかった。」

「突然なに言い出すかと思ったら。なに、熱でも出たの?」

「え?」

その夢の中では、今までのことが嘘だったかのように、あの日の日常が流れていた。でも、なにかがおかしかった。ほんの少しだけ、夢の外側が交じっているようで。

「私はずっとここにいるよ。」

「...嘘つかないで。」

二人の間に一時の静寂が流れる。その間、グツグツと鳴る鍋の音だけが鼓膜に触れた。その大好きな顔を見つめていると、母はポツリと呟いた。

「大丈夫、サヨナラに永遠なんてないよ。」

「え?」

「また必ず会えるから。」

「...夢の中にも会いに来てくれる?」

「うーん、毎日は無理かもしれないなあ。」

母はそういって笑った。

「ずっとそばに居てほしいのに。」

「泣かないの。強く生きなきゃダメだよ、私も――」

その声はだんだんとぼやけるように聞こえなくなっていく。

「もうお別れなの...?」

そう聞いた時には、母の声は何も聞きとれなくなっていた。やがて白い光の中に何もかもが滲んで消えた。

 

 

目が覚めると、私はソファーの上で寝てしまっていた。母の夢の余韻に、心がふわふわと漂っている。夢と認めたくない思いで、今は胸が一杯だった。

時々私は母の夢を見る。それは現実と交ざっていたり、時には最初から死んだ事実が消えている夢だったりもする。そんな夢から覚めた後に起きるのは、とてつもなく億劫だ。なぜなら、夢にも"終わり"があるから。

ふと気づくと、私の身体に毛布がかけられていることに気づいた。目を擦り、まばたきを何度かして身体を目覚めさせると、調理の音が夢の外側でも聞こえている。上体を起こしてみると、父が黙々と夕食を作っていた。

「お父さん...帰ってたの。」

そう聞くと、パッと振り向いて

「おお、起きたか。もうすぐで出来上がるからな。」

と言った。

私は、寝落ちしてしまう前に夕食を作らなきゃと考えていたことを思いだし、立ち上がった。

「ごめん、私なんか手伝う。」

「あー...、大丈夫だよ。もう出来るから。」

そういって父は、私にテーブルで待ってるように伝えた。

しばらくすると、テーブルに夕飯が並べられた。少しベタついたチャーハンに、オマケ程度のパセリがかかっている。

「いただきます。」

と二人で食卓を囲んで、手を合わせる。

母が天国に行ってから、父が色々家事をするようになった。お母さんっ子だった私は、無口な父と二人きりになってからというもの、会話が弾むなんてことは滅多に起こらず少し寂しいものがあった。何とか話題を持ち出して喋るも、気づけばいつも独り言を言ってるみたいな雰囲気になる。それでも負けじと話題を見つけては、父の口数を増やそうと奮闘した。

「ねえ、リモコンどこだっけ。あ、ここか。」

そういって手に取って、私はテレビをつけた。静かな部屋の中には、煩いくらいに賑やかなバラエティ番組の音が流れる。それをラジオ代わりに流しながら、食べ物を口に運んでいく。昔なら"食事に集中しろ"と怒り出した父も、二人暮らしになってからは何だかとても丸くなった。

「仕事は順調?」

そう父に聞いてみると

「ああ。今日は三人捕まえた。」

と、二言返ってきた。

「スピード違反?」

「ああ、殆どそうだな。一人はスポーツカーで、逃げようとした。」

「追いつけたの?」

そう聞いてみると

「白バイは速いんだぞ。」

と、少し笑顔を見せた。

 

つづく




今年は大変お世話になりました。
来年もどうぞ、宜しくお願い申し上げます!
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