下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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36.小さな駅

 

下町の鶴

6章-初秋-

Episode.36「小さな駅」

 

「え、嘘...。」

「嘘じゃなかったら私、気がおかしくなってるよ。」

詩鶴から真実を聞いて茫然とした。瑞希の手術の話が冗談だったということが半分嬉しくて、半分は嘘を付かれたという感情で気持ちの整理が追い付かない。

「明希、説教するわけじゃないんだけどさ...、心配しすぎだよ...。」

「だって...。」

「そりゃあ、本当に死んじゃうなんて話になったら私だってまともじゃいられなくなっちゃう。大事な友達だもん。」

「うん、そうだけど...。」

「でも、自分で何ともないって思ってるのに過保護にされ過ぎたらちょっとしつこいってなるでしょ?」

しつこいって思われてたのか、そう思うと、その言葉が胸に深く突き刺さった。誰かの為にと思ってやったことが、度を越してしまったせいで悪役になってしまったことに気づかされ、罪悪感に押し潰される。

「ごめん...なさい....。」

「私に謝ってどうすんのさ。」

詩鶴はそう言って笑った。

「...友達辞めたいって思われたかな。」

「そ~んな大袈裟な。仮にそう思うほど酷いことだったとしても、みっちゃんは根に持つようなタイプじゃないよ。」

「そうかな。」

「そうだよ。...ま、元気になったら一緒に謝りに行こ。」

彼女の優しさに目頭が熱くなる。

「一緒にってそんな...。」

「え、明希一人でごめんなさい出来るの?」

詩鶴はジト目で私をからかった。

「いや、子供じゃないんだし!馬鹿にしないでよ。」

「ふふ、でももしみっちゃんが「許さない!」って怒り出したら?」

「え、ちょっ...、やめてよ。」

「あはは、冗談だって。明希、私よりずっと大人だし大丈夫だよ。」

「もう、何それ。」

「っははは。」

からかわれてるのか良く分からない気分。詩鶴はただ、眩しいくらいの笑顔を見せて私を元気付けさせてくれていた。

「でも、その日は付いててあげる。一人でパニックになっちゃわないようにね。」

「....ありがとう。」

私は麦茶に浮かぶ氷に視線を落とした。なんだか今日は人の迷惑になるようなことしかしてないなと思い、明るい空気と一つになれずにいた。そんなウジウジしたままの私を心配してか、詩鶴はぎゅっとハグした。

「もう、いつまでグジグジしてるの。ほら、元気だしなよ。」

私は一瞬ビックリして抵抗しようとしたが、詩鶴の腕の中が温かく、その心地良さに感情全てが奪われていった。

「だいじょ~ぶ。明希に出来ないことはないっ。」

詩鶴は腕の中の私におまじないをかけた。そして離そうとした彼女を抱きしめ返し、私は引き留めた。

「詩鶴、もう少しこのままでいて。」

「え?え?」

「お願い。」

戸惑った彼女はたどたどしい口調で焦りを見せる。

「甘えん坊かーっ。ったく明希ったら、子供かよ。」

「詩鶴こそ、お母さんみたい。」

しかしその言葉を聞いた途端詩鶴は、まるで海鳴りの止んだ夕凪の様に落ち着いた。そして、さっきよりも優しい声で私の"お願い"に

「分かった。」

と応え、再びその腕を私の背中に回してくれた。

人肌の温もりは誰にでも持っている。どんな人間にでも同じように。その懐かしくも優しい温かさに、私は気づけば飛び込んでしまうのだ。軽い女と言われるかもしれない。幼子のままだと笑い者にされるかもしれない。でも、それは見せかけの愛を振り撒いているのではなくて、ただ戻れない過去にすがりたいだけなのだ。

「いつも誰かのせいにして生きていたいって、心のどこかで思ってるの。」

「うん。」

「お母さんが死んじゃったのも、私がこんな性格なのも、きっと誰かのせいなんだって。そんな訳あるわけ無いのにね。」

「うん。」

「私、何であんなこと言っちゃったんだろうね。世の中酷い人だらけだって。私もその一人なクセに。」

「大丈夫、明希は良くやってるよ。」

私の弱音を親身になって聞いてくれる詩鶴。友達同士のハグにしては長すぎるこの時間にも、彼女は呆れることさえしなかった。

「私、ずっとこんな優しさを求めてばかりいたんだ。いい加減、大人にならなくちゃね。」

「ゆっくりで良いよ、無理しないで。」

「ありがとう....。」

 

詩鶴をぎゅっと抱きしめていると、ガラガラっと扉が開いた。私は飛び上がって、咄嗟に彼女の陰に隠れた。

「こんばんは。おや、お友達かい?」

「いらっしゃーい。」

目の前にはガタイの良いオジサンがいた。俗にいうイケオジってやつだろうか、純粋に怖い。

「彼女かい?」

「いや友達だよ。女の子にはコレがないとバッテリー切れちゃうの。」

私は大焦りで

「鶴ちゃんヤメテ、誤解されちゃうから!」

と止める。

「え、あー、大丈夫だよ。オッチャン、全体的にキャパ(許容)広いから。」

「そう....なの...?」

詩鶴は私とオジサンの中間に立ち、オジサンの方に注目させた。

「紹介するね。このオッチャンは入崎さん。探偵やってて、うちの常連さんでもあるの。」

「本来なら「西崎」と書くんだが、俺の場合は普通に入口の「入」なんだな。ま、よろしく。」

「オッチャン。」

「何だ。」

「割りとどうでも良い。」

「冷たいなオイ。」

苦笑いが溢れた。二人は案外、楽しそうに喋っている。

「で、こっちが明希。私のお友達。繊細な子だから言葉気をつけてね。」

「鶴ちゃんヤメテ...!恥ずかしいから。」

オジサンは私を見てニッコリと笑った。初対面で戸惑う私は、怖くて目を合わせられずに、視線が定まらないままでいた。

「宜しくな、明希ちゃん。」

「よよ、宜しく...お願いします...。」

その入崎という名の探偵さんは、椅子に座るなり

「あー、詩鶴ちゃん、いつもの頼むよ。」

と注文をした。

「あー、はいはい。いつものね~。」

そう言うと詩鶴は棚からせっせとお洒落な珈琲ミルを取り出した。そのまま慣れた手つきで棚から珈琲豆を取り出し、その中にパラパラと音を立てながら注ぎ込むと、ゴリゴリと挽き始めた。

「私、珈琲は詳しくないけど、悪くない匂いなのは確かだね。」

詩鶴は豆を見つめながらそう呟いた。

「お、分かるかい?亀有に行きつけの珈琲の店があってね、苦味の強さから、香り、舌触りまで色々選べて良いんだよ。本当はブルマンくらいドカンと持ってきたいところだが、物凄い値段でね。そこに置いてあるのはマンデリンっていう苦味とコクが中心の豆で、ブルマンが出るまでは世界一の味だと評されて――」

探偵さんはブレーキをかけずにマシンガントークで珈琲を語りだした。詩鶴は聞いているようで何も耳に入ってこないかのように作業に集中している。私の方に少し視線をやると、軽く鼻で笑った。この人、話長いでしょとでも言わんばかりに。

一通り話が終わると、詩鶴はその数分をたった一言でまとめた。

「――という訳だ。」

「ま、つまりは自分の好みの珈琲を女子高生に淹れて貰いたいってワケ。」

「オイ、なんかヤな言い方だなあ。」

「ふふっ。」

私も思わず笑いが溢れた。

「はい、お待たせ。」

「お、どうもー。」

お店の中には、確かにとても良い香りが広がっている。探偵さんがあまりにも美味しそうに飲むので、私も少し飲んでみたくなった。

「お、君も飲んでみたくなったかい?奢るから一杯試してみな。」

「え、いや...奢るだなんてそんな...。自分で出しますよ。」

すると詩鶴は

「良いよ、お代なんて別に。」

探偵さんは

「まあまあまあ、気にするな。何なら三人でお茶会と行こうじゃないか。」

「いや、私は良いよ。オッチャンが無償で持ってきてくれてるんだし。そもそもこのパック、いくらするのさ。」

「絶対言~わない。言うと気ぃ使うだろうから。」

「何だそれ。」

気ぃ使うほど高いのね...。

「お茶菓子にとスイーツも買ってきたんだ。ほら、どうだ。」

探偵さんの準備の良さに開いた口が閉まらない。彼はどうしても私達と飲みたいみたい。

詩鶴は苦笑いで了承し、豆を挽き始めた。

 

それからは三人でテーブル席に座り、お茶会の"二次会"をした。知らない人というプレッシャーが重くて、ずっと詩鶴のそばにいたが、人前ということもあってくっ付けなかったのがより緊張感を高めた。

黙々と居るのも大変なので、探偵さんオススメの珈琲を一口含んでみた。強い苦味に一瞬ビックリしたが、そのあとに来た深い香りに珈琲のイメージがガラッと変わった。

「あ、美味しい....。」

思わず漏れた一言に探偵さんは

「だろ。」

と短く返して微笑んだ。

「ええ。何て言うか、味もそうですけど香りを楽しむってこういうことなんだなって。」

「そうかそうか!分かってるじゃないか。そうなんだよ。」

少し二人で盛り上がっていると

「何か二人とも楽しそうだね。そんなに美味しいの?これ。どれどれ ......苦っっっ!!!」

詩鶴が悶絶しだした。

「スイーツスイーツ!はむっ....ん~、こっちの方が好き~。」

皆で大笑いした。

 

そうしている内に陽は落ちて、辺りが暗くなってきたので帰ることにした。店の外まで出て見送る詩鶴と、別れ際に少しお喋りした。

「夕食っていうにも生憎ここ、居酒屋だからねえ。」

と詩鶴は少し困った顔をする。私はそんな彼女の横で夜空に微かに光る小さな星を見つめて言った。

「色んな人が来るんだなあって思った。居酒屋ってほら、サラリーマンのオジサン達で溢れてるイメージだったからさ。」

「えへへ、大丈夫。もうすぐそうなる。」

「あ、そうなんだね。あはは。」

「あのオッチャンだけちょっと珍しいお客さんなんだよ。」

「だろうね。」

「酒場で珈琲しか頼まないってさあ。」

二人、笑いが溢れた。

「ま、何かあったらまたおいで。」

そう言った詩鶴に

「うん、ありがとう。......鶴ちゃん、」

さっきのお茶会で出来なかった分のハグを名一杯にした。

「あはは!明希、苦しいって。」

気づけば昨日よりも彼女と仲良くなれたことに、私は瑞希への感謝の思いで溢れた。そして、きっと詩鶴の存在はこの場所で、心の停まる駅なんだろうと感じた。それを彼女に話すと

「そ、そうなのかな。まあ、特急は停まってくれないだろうけどね。」

と言って、再び笑いあった。





明希が帰ったあと、店に戻ると、オッチャンが謎めいた一言を発した。
「大きくなったな、あの()。」
「え、何。明希のこと知ってるの?」
「ああ、警察官時代の同僚の娘さんだ。名前や顔でもしかしてって思ったが、名札を見て確信した。」
「はぁー...探偵の目は伊達じゃないね。でも向こうはオッチャンのこと、覚えてないみたいだったよ?」
「はは、そりゃあそうだ。前に会ったのはもう十何年も前の話だから。彼女はまだ小学校に入る前だった。」
「そんな昔なんだ。」
「ああ。いつもお母さんの背中に隠れてて人見知りな女の子だった。あの性格は昔のまんまだな。」
そう言って彼は小さく微笑む。昔を懐かしむような温かい表情で。しかし次の一言でその表情は、錆びて剥がれる鉄のようにゆっくりと消え落ちていった。
「幸せそうな家族だった。無口な男に不似合いの綺麗なお相手さんに、更には子宝にも恵まれて。あの頃は四倉のヤツ、ほんと幸せそうな顔してたよ。...嫁さん亡くすまではな。」
いつも穏やかなオッチャンの目は、真っ直ぐ真剣な眼差しになっていて、その目で虚空を見つめていた。
「......オッチャン。その話、詳しく聞かせて。」

つづく。
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