下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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明希を突き飛ばしたとき、彼女は酷く怯えた顔をしていた。私は明希に、夢の中から無理やり引きずり出すようなことをしてしまったのだろう。彼女が唯一信頼していた存在が、彼女を拒絶したのだから。
でも、あのままキスの続きを許していたらどうなっていただろう。詩鶴にもこの秘密を背負わせてしまうし、それを見られた明希がどんなに辛い思いをするだろうかを考えると、こうせざるを得なかったんだ。
でも、じゃあ私は?あそこにいたのが明希だけだったら、私は彼女に抱かれるのを許した?だって...だって明希は女の子なんだよ...?私、初めてのキスを女の子としちゃったんだよ...?それでさえまだ心の整理がついていないのに。明希は私をお母さん以上の存在で見ていたのか、その現実と明希からの愛情を受け止めきれずに、あの日は涙が溢れて止まらなかった。


「みっちゃん、泣いてるの!?どうしたの、何があったの?」
「......。」
「え、明希もどうしたの...。ねえ、二人とも何で泣いてるの、何があったの!!」
「ぐすっ..........ごめんなさい.....ごめんなさい....。」


ねえ明希、私どうすればいいの。貴女の何になればいいの。


38.友愛の迷路 -瑞希編-

 

下町の鶴

6章-初秋-

☆Episode.38「友愛の迷路 -瑞希編-」

 

―――――――――――――――

「みっちゃん、話してくれないと分からないよ。」

―――――――――――――――

 

朝のホームルーム。いつもなら通路を挟んだ向こうの席の明希に話しかけているんだが、彼女はまだ学校に来ていない。モヤモヤした気持ちが晴れないまま、先生が出席を取りだした。

「村下。」

「はーい。」

「山井。」

「はいはーい。」

「おい、ちゃんと返事しろ。」

「はい、すいませんでした。」

順に呼ばれていき、私の名前が呼ばれた。

「えーっと....次、矢原。」

「...はい。」

「四日ぶりだな、元気か。」

「はい、大丈夫です。」

「はい次......えー四倉は今朝、欠席の連絡があった。体調不良だそうだ。」

彼女の席を見つめる。空いた席からはどこか悲しげな空気が漂っているようにも見える。私が休んでる間は、私がいま座っているこの席を同じように見ていたんだろう。

分かってる。彼女は体調不良なんかじゃない。私があのキスを嫌がったから、合わせる顔が見つからないんだろう。

「じゃあ、先生来るまで静かに待ってろよ。」

そういって担任の先生は教室を去っていった。一時間目が始まるまでの時間、先生の言うことなどお構い無しに教室は騒がしくなる。

「ねえねえ。」

「なになに?」

「四倉ってあの矢原さんにいつもくっついてる子だよね?」

その中で、何人かが明希に関することでコソコソ話をしているのが聞こえてくる。小さな声で喋っているはずの声が何故か今だけハッキリと聞き取れてしまう。なんて皮肉な話だろうか。

「そうそう、なんかベタベタしすぎだよね。」

「わかるー。」

「私らだってハグくらいするけどさー、あれはもう愛し合ってるよね。なんつーか、ちょっとキモい。」

「あはっ....確かに。裏で実は付き合ってたりして。」

「うっそー、マジありえない。」

聞こえてきた明希の陰口に苛立ちを顔に出すまいと思いつつ、鉛筆が震えてまともに持てない。今すぐにでも誰かにこの愚痴を聞いて貰いたいのに、あんなことがあった後では何を話せば良いのかも分からない。他人からも、近い存在からも重圧がのし掛かってくる。背負ったものをどこにも下ろせない。辛い、ただ辛い。それなのに、誰にも助けを呼べない。

「なあなあ、あの四倉って女、」

「え、四倉?あの根暗?」

「そうそう。あいつ、暗いけど顔は良いんだよなあ。」

「え、マジ?狙ってんの?」

「ああ。だって、いつも付き添いの女にベッタリだし、意外と裏はビッチなんじゃねえかと思ってさ。」

「お前マジかよ、やべえな!」

「もしかしたら案外すんなりヤれちゃったりしてな!」

「あははははははははははははは!!」

 

やめて......あの子に酷いこと言わないで

明希を傷つけないで....

 

「嫌なことはちゃんと嫌って言ってあげてね。」

「ごめんなさい....私、瑞希に酷いことした。」

「みっちゃん、本当のこと話して。」

 

やめてよ、もうやめて.....私に構わないで

 

「キモいよね.....。」「尻軽いんだろうな!」

「絶対処女じゃねえよ。」「横にいる女も同じくらい...」

「どうかあの子のこと、お願い。」「みっちゃん、ごめん。私のせいで...。」「あはは、みっちゃんは優しいもんね。」

やめて...やめて....私知らない.....、何も悪くない....。

やめ.....やめろ、やめろやめろやめろヤメロ..........

 

 

 

 

―ねえ、みっちゃん...!―

 

「..........っっ、うるさい黙れ!!!!」

 

 

 

 

 

息を大きく飲み込み、気がつくと私は詩鶴のお店にいた。目の前には詩鶴が目を丸くして驚いている。我に返った私は、鉛のような重い頭をなんとか真っ直ぐにして作り笑いを見せたが、目が動転したままで口角が上がってるせいで、詩鶴がかなり引いている。

「......ごめんなさい...私.......。」

「え....、ああ...私こそごめん。問い詰めすぎちゃったよね。無理なら話さなくて良いんだけど、....ちょっと知りたかったから。ごめん。」

そういえば、私から詩鶴に相談を持ちかけてお店に来ていたんだった。昨日、あの部屋で泣いたまま何も話さずにいたことを改めて詩鶴が聞こうとしてきて、私は何を血迷ったのか、問い詰める詩鶴に怒鳴り返していたのだ。

「どうして怒鳴っちゃったんだろ。疲れてるのかな私....。あはは....私、ちょっとおかしいみたい。」

「...うん、おかしいよ...。さっきから声震えてるし、みっちゃんがこんなに荒れてるの、私初めて見たよ。」

「ごめんね.....本当にごめん....。」

相談役になってくれていた詩鶴に大声を浴びせるなんて私は何をしているんだろう。このままでは明希どころか、詩鶴や、他の関係ない人にまで暴れ散らして迷惑をかけてしまう。

「ほら、髪ぐしゃぐしゃだよ。これじゃ可愛い顔が台無し。」

そういって詩鶴は、逆立った髪を解かし、整えてくれた。

「今までみっちゃんに沢山手助けして貰ったから、今度は私がみっちゃんの力になりたいな。」

「(コクっ)」

「それに私、無理して辛い思いしてまで優しい顔してるとこなんか見たくない。」

「.........。」

「鞄の中に自分以外のものを入れすぎだよ、瑞希は。私にも背負わせて。それがどんなに重くたって構わないから。」

詩鶴が私の肩に手のひらを置いて微笑むので、私は彼女の胸の中に飛び込んで子供みたいに泣いた。

恥ずかしかった。こんな歳になって声を上げて泣くというのは。でも、それ以上に胸の奥が痛くて、苦しくて、死んでしまいたいくらい辛かった。

「私どうしたら良いの.....どうしたら........!」

「大丈夫。みぃーんなうまくいく。大丈夫だよ、心配しなくても。」

春の陽だまりのように温かい詩鶴の腕に包まれながら、その優しい声は木枯らしを春風へと変えていく。心の隅に閉じ込め、凍りついた厚い壁がその温もりに溶け、この目を濡らしつづけた。

「つらいの、つらいの飛んでいけーっ。」

そう言って彼女は笑った。

 

 

それから私は、詩鶴に今までのことを打ち明けた。あまり上手くは話せなかったけど、一つ一つを頑張って言葉にして。明希のことを話して詩鶴が驚く度に

「明希を責めないであげて...。」

と、その肩を掴んで嘆願した。彼女は笑顔で

「分かった。」

と答えるも、その目はどこか寂しそうだった。詩鶴からしても、きっとその胸の内は複雑なんだろう。彼女を突き離すことも、自分の心に嘘をついて彼女の愛を受け入れるのも、どっちも悪い方向にしか進まない。

「みっちゃんは.....どうしたいの?」

詩鶴が尋ねる。

「私は.........私は..........、。.....。、、。

...分かんない。出来るなら明希の気持ちに応えたい。」

「そっか。」

「でも、私怖い。明希をそういう目で見てあげられるかどうか....。好きになる努力っていうのかな、でも努力して好きになるのって、なんなのかな。」

「んー...。」

「あはは.....、ごめん。重たいよね。」

「いや、そんなことないよ。」

「私ってダメダメだよね。何やっても愛想笑いしてるみたいだし、実際に愛を受けるとどうして良いか分かんない。あはは、何言ってんだろ私...。」

「相当お疲れだね。」

「あはは。ねえ、つるりん、私の悪いとこ言ってってよ。直球で良いからさ。」

「急にどうしたのさ。」

「何か優しい優しいって言われても私分かんないからさ、もう滅茶苦茶に貶してくれた方が嬉しい。」

少し病みかけの私に、詩鶴は苦笑いで、少し申し訳なさそうに言った。

「.....みっちゃん、Mなの?」

「そういう貶しじゃない....。」

「いや、貶してるわけじゃ...。」

「むーっ....。」

「(なに今の。)」

詩鶴は急に目を丸くして私を見た。その表情の意味を掴めずに同じように目を丸くすると、彼女は答えた。

「とりあえず、もっと自我出していいんじゃないかな...?爆発しちゃう前にさ。」

「あ....うん、そうだよね。」

「もっと怒っていいんだよ。素直なみっちゃん、もっと見たいな。」

「うん、分かった。頑張る...。ありがとう。」

「あと、」

「うん...?」

 

詩鶴の目が突然キラキラし、顔をグーっと近づけてきた。

 

「さっきの"むーっ"ての、もっかいやってくんない!?ちょっとキュンって来ちゃった!」

「えっ、え....!?え、いや....そんな、狙ってやったわけじゃ....!!」

「狙ってないから可愛いんだよ!!」

「え、えぇ......?む、むぅ.....?」

「違う!もっと上目遣いで若干不貞腐れたみたいに!」

「んー......。むぅーー....ごめん恥ずかしい無理。」

「それそれそれそれ!!キャー~、めっちゃ可愛いんだけど!?もう一回やって、もう一回!!」

「無理無理無理無理無理無理!!駄目!絶対ヤぁ!」

「え~~、良いじゃ~ん♪ね、一回だけ!ねぇ~お願~い♡」

「ちょっ、あの....だから、その

って、コラァあああああああーーーーーーーー!!」

「あ、怒った。」 

 

つづく。

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