下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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お母さんが死んでから、私はいつ死ねるのかばかりを考えてた。何をしても、何を食べても、何一つ心が動かない。もう同じ空の下にはいない、そう思うだけで目に映るもの全ては輝かなかった。
そう、あの頃と同じ目をしていたんだ。私の目の前にいるその少女は。


43.閉じた扉へ

 

下町の鶴

6章-初秋-

☆Episode.43「閉じた扉へ」

 

明けない夜があっても、心許せる誰かといるだけでそれは夜じゃなくなるだろう。止まない雨が降ったって、もう傘なんていらないと言えるだろう。でも、それを知らずに夜が明けたら、雨が止んだなら?

「藤島さん?」

「そう、藤島四季乃さん。同じ二年生で二組の子なんだけど、教室に戻るにはまだまだ時間が必要なの。」

「ああ......うう..、ううぅう....。」

「まだ私か、ご家族の方としか会話できなくてね。でもきっと四倉さんとならお友達になってくれるよ。ね?藤島さん。」

そう言って、先生は彼女の背中をさする。

「ううっ、あああ、......とも.......だ....?」

藤島さんは、片手で先生の裾を掴みながら視線を下に落としている。

「そうだよ。だから「もう味方なんて居ない」なんて悲観しないで。この子なら大丈夫だから。」

「あ、ああ、こここ、こ....怖、い。」

「大丈夫、裏切るような子じゃない。」

裏切る....?この子は過去に何があったんだろう。

私は慎重に、彼女に声をかけた。

「え、えっと――」

「ひッ!!」

「っ!......あの私、四倉...明希。よ、宜しく。」

藤島さんは目をキョロキョロとさせて怯えながら、一生懸命に精神を振り絞って声を出した。

「....じしま....。」

「え?」

「ふじしま...!.....です。」

「あ...、あの、握手して....大丈夫?」

「うう、ううう....。」

藤島さんは言葉を上手く喋れないまま、小刻みにコク、コクっと頷いた。私が恐る恐る手を伸ばすと、彼女の手が痙攣するかのようにカタカタと大きく震えだし、強く唇を噛んで怖がった。そっとその手を握ると、手のひらで空洞を作ったのか、触れ合う面積が小さい。まだ人と関わることに強い抵抗があるのだろう。その手はとても冷たく、そして柔らかかった。

肩をグッと上げて、荒い呼吸をする彼女。手を離すと私は

「ご、ごめんね、怖がらせて。」

と声をかけた。

「うう.......うう.....。」

身体を丸めてうめき声を上げる藤島さんに先生は

「よく頑張ったね。偉い偉い。」

と言って優しく宥める。

「せ、先生....。ちょっと休ませてあげた方が....。」

私がそう言うと先生は

「うん、そうね。そのつもり。」

と言って彼女をカーテンの中に戻した。

「ほら、戻ろうね。よく頑張ったよ、よく頑張った。」

「ああ....うう.......ああ.....。」

短かったけど、凄く濃い時間を過ごした気がする。人も心が壊れるとああなってしまうんだ、と。

先生が藤島さんの心のケアをし、戻ってくると、私の前に座って

「ありがとうね。」

と一言残した。

 

藤島さんと知り合ってから、私はまた一つ新しい視点を得た。今まで、何となく暗い、何となく生きづらいと感じていたのとは比べ物にならない程の極地を見た。それからまた私は机に座り、得意な暗い詩を書き、前よりも多い表現の中から言葉を使った。

あれ程の精神状態までに追い込まれたら、その人は何を救いとして見るのだろう。きっと「死んで解決」で終わるような単純明快なものではなくなっているのかもしれない。どこに行っても、どこかに敵がいるかもしれない、また独りぼっちになるかもしれないという不安をずっと背負っていくのだろう。

人間という不安定で、不完全なものを信じてでしか生きられないのが人生だ。でも、"一人じゃ生きられない"というプレッシャーに押しやられてああなってしまうのか。生きるのは本当に迷路の連続だと感じる。

 

 

「私ね。」

ベッドで毛布を膝に掛け、私はカーテン越しに話しかける。藤島さんと知り合ってから私は胸の中で、彼女と仲良くなりたいと思っていたから。それは思い付きの、歪んだ正義感から来ているのかもしれない。でも私に出来ることの中で、小さくても手を伸ばすことが必要な気がしていた。

「友達と喧嘩しちゃったの。幼い頃からの大親友で、とっても好きだったんだけどね。」

カーテンの奥から返答はない。でも構わなかった。ひとりごとのつもりで、向こうからも聞き流す程度で、それでも私のことを知ってくれるなら嬉しいと思った。

次の授業が始まるごとに話題を変えてみる。私にとってもただのひとりごとだから緊張することもない。ただ、心に浮かんだ言葉を口にする時間を増やしていった。

「今日、雨ひどいね。」

「.....。」

「こんな日はお母さんが慌てて傘持ってきてさ、もう帰ろうって腕の中に飛び込んでた頃を思い出すんだ。私、昔っから弱っちくてさ、学校に来てもお家帰ることばっかり考えてた。」

雨音だけが部屋に響く静かな部屋の中で、私は自分と向き合うかのように、自分の内面の話をしていた。

「雨の日は窓の外を見るのが好きなの。もしかしたら今でも迎えに来てくれるんじゃないかって、そう思えるんだ。それで、子供の頃に住んでた古いアパートで温かいココアを飲むの。」

湿った空気と、だんだん冷たくなっていく気温。夏が終わったことにだんだん気づかされるような日々だ。

「えへへ、こんな寒い日はついつい寂しくなるんだ。色んなこと思い出すっていうかさ。」

―――――――――――――――

【7年前】

「四倉さん、なにしてるの?」

「外見てる。」

お昼休み、先生が話しかける。あれは瑞希と友達になってから数ヵ月後、小学三年生の頃だった。

「お友達と遊ばないの?」

「居ない。今日みっちゃん、熱で休んでるから。」

「そう。じゃあ良かったら先生と遊ぼ。」

「何を。」

「何したい?」

「お家帰りたい。」

「それはちょっと......。」

「.....。」

話が盛り上がらなくて試行錯誤する先生。私はずっと外を見ていた。

「お家、楽しい?」

「楽しいとかいうより、落ち着く。」

「そうなんだ。普段はお家で何してるの?」

「お母さんとテレビ見てる。」

「へえー、良いなあ。家族と見ると別格で面白いよね。」

「うん、そうだね。」

「昔は私も弟とよく見てたよ。コマーシャルの間、ずっとお喋りが止まんなくてね、気づいたら時間経ってて、よくお母さんに怒られてた。」

「先生、弟いるの?」

「あ、うん。四つ離れのね。四倉さんは兄弟いる?」

「居ない。」

「一人っ子かあ、良いな~。お菓子とかで喧嘩することないもんね。」

「先生。」

「うん?どうしたの。」

「兄弟いたら、友達いなくても平気になれる?」

「....うーん、どうだろう。分かり合えないことがあったら、その時は一人ぼっちになっちゃうし。」

「そう。お母さん、一人占めできない?」

「ふふ、兄弟持ちはみんな、最初そこで挫けるんだよ。」

「そっか、なら良い。いらない。」

―――――――――――――――

もしあの日に戻って、兄弟が欲しいって言ってたら、今こんな寂しい思いをすることもなかったのかな。なんて、時々思う。でも、私に似た妹や弟なら、居たって言葉の一つも交わさなかっただろうけど。

だけど、ふと思う。居なくなってしまえと面と向かって言えるような存在がいるなんて、そんな人はよっぽどの幸せ者だろう、と私は皮肉めいた笑みを溢してみる。

 

つづく。




【放課後ナトリ】

居残りの教室。河島と名取が課題を机に置いたままお喋りしている。
「ねえ、河島。」
「ん。」
「お腹空いた。」
「いや、知らねえよ。何も持ってないの?」
「持ってたら食べてるよ。」
「....あっそ。」

「ところでさ河島。」
「何だよ。」
「男の子ってさ、仲良い友達と喧嘩したらどうやって仲直りするの?」
「何だ急に。」
「いや、どうなんかなーって。」
「...さあ。次の日すれ違って、話しかけてもそっぽ向かれたら絶縁されたって割り切るかな。」
「いや、仲直りしろよ。割り切んなよ。」
「.....いや、でも普通に話しかけたら元通りになってるってもんじゃない?そんな畏まってごめんなさいとか、身内殺した訳じゃあるまいし。」
「極端だな。...えー、そんなもんなの?」
「まあ、俺だったらの話だけど。」
「そっか。」
「え、どしたん。何かあったん。」
名取は思った。やっぱ男子と女子じゃ価値観が全然違うなあ...、と。
「まあ、なに。厳しい厳しい女の世界の悩みってえヤツよ。」
「なんだそりゃ。」
「何でも良いの。」
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