下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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「ねえ、お父さん。」
「?」
「私がもし人を傷つけても平気な人間だったとしたら、天国に行けないのかな。」
二つのカップに珈琲を注ぎながら父に聞いた。
「うーん...。」
「どうだと思う?」
父は窓の外に目を向け、しばらく黙ったあとに答えた。
「もし、悪いことをしてない人間しか天国に行けないのなら、そこに人なんか居ないはずだよ。」
「それじゃあ、もし誰も行ったことがないとして、そしたら私はどこへ行くの?お母さんにもう会えない?」
「明希、それを証明する方法なんてないんだよ。」
「違う、そうじゃなくて。私は確証が欲しいだけなの。」
「証明が出来ないからこそ、思ったようになるって考えれば良いんじゃないかな。きっと天国はある、またお母さんに会える。それは正しいとか、間違いかどうかの問題じゃないよ。」

そんな父との話を彼女にした時、カーテンの奥から声が返ってきた。
「私は天国になんか行けない。」
初めて私に話しかけてくれたことにビックリしたが、その悲しい言葉に、胸が締め付けられた。
「それは...、どうして?」
そう聞くと、彼女は再び口を閉ざした。


44.鍵をひとつずつ

 

下町の鶴

6章-初秋-

☆Episode.44「鍵をひとつずつ」

【詩鶴編】

 

帰りのホームルームが終わり、廊下がざわつき始めた頃、私は瑞希の元へ駆け寄った。

「みっちゃーん。」

「つるりん、お疲れ。」

まだうっすらと暗さの残る、落ち着いた彼女の声。私は今日、彼女を街に連れ出す気でいた。

「みっちゃん、このあと暇?」

「あ、うん。一応。」

「ちょっと付き合ってくんない?」

「え、良いけど、どこ行くの?」

「良いから良いから。」

そう言って私は彼女の腕を引いた。どんな馬鹿げたことでも瑞希の心を軽くさせられるなら平気でやれる、そう思って行動に出た。

駅に着くと、二人分の切符を買って瑞希に渡した。もうそろそろ始まるであろうラッシュアワーの予感、ざわつく改札を通り抜けて、ホームへの階段を軽快に駆けのぼると、既に到着していた電車に瑞希の腕を引いて飛び乗った。

ハアハア、と息を切らす瑞希に

「あはは、みっちゃん大丈夫?」

と聞くと

「ねえ、本当に....、どこ行くのか教えて。」

と、過呼吸で問う。電車のドアが閉まると、私はこの瞬間までシラを切っていたことを全部嘘にするかのように呆気ない顔で答えた。

「渋谷だよ?」

「待って待て待て待て待て!遠い!!」

いつまでも暗い顔してるなら明るいところへ引きずり出してやる、というくらいの思いで咄嗟に都心へと向かった。慌てふためく瑞希に頬擦りして、大丈夫だと言い聞かせる。時々窓の外を見ては、これから先の不安を圧し殺していた。

 

ー押上、押上です。ー

 

電車が地下に入り込んですぐ、車内アナウンスが聞こえ、しばらくして開く扉。瑞希の柔らかい手のひらを握り飛び出した駅のホームには、始まりだした帰宅ラッシュでだんだんと人が増え始めていた。

次の電車に飛び込むと、予想以上のぎゅうぎゅう詰め。車窓というにも地下鉄で何も見えず、渋谷まではまだまだ長い。二人会話しようと思ったら、お互いの顔が近すぎて、話そうとする度に笑いがこみ上げる。

「みっ....みっちゃん。」

「な に 。」

「ぐぷぷぷ......。」

「うぷっ...........(プルプルプルプルプルプル)」

必死にそれを堪えながら酸素不足になって、停まる駅毎に深呼吸した。身体的にはとても辛かったけど、こんなに楽しいと思えたのは久しぶりだった。

やっと渋谷に着くと、駅の柱にもたれ掛かり

「はあああああああ、疲れたあああああ。」

お互いの顔が合うと、ふたたびこみ上げてきて大笑いした。

「っはははははははははは!!何さっきのみっちゃんの顔!?」

「ふふふ、あはははは!!つるりんだって、何なのさっきの言い方!!」

行き交う電車の轟音や、サラリーマンの足音にさえかき消されない二人の笑い声は、電車が走り去った後のトンネルに反響して恥ずかしくなり、外まで走って出た。

キラキラとした街の灯りの下で私たちは再び深呼吸をした。

「はあああ、笑ったあ。」

「もう、お腹めちゃめちゃ痛いんだけど...!」

そんな言葉を交わしながら、なかなか治まらない笑いに明るいため息を吐いた。

 

それから私は彼女を引き連れて、夏に叔母と行った雑貨屋のことを思いだし、近くのお店を探し歩いた。

「ところでつるりん、渋谷来て何するの?」

「え、近くに雑貨屋さん無いかなーって。」

「あー、デパートとか回ってみる?いくつか。」

「うん、そうだね。そうしよう。」

「....ていうか、これわざわざ渋谷じゃなきゃ駄目なやつだったの?」

「なーに言ってんの、渋谷ブランドってやつだよ。」

瑞希に、今思い付いて喋ったな?、と言わんばかりの顔をされた。

瑞希を連れて歩き回り、小一時間探し回ってお店を見つけると、二人すっかり落ち着いたように商品に目を落とした。店に入って早速

「へぇ、お洒落だね。」

と、呟く瑞希。私は

「ねえねえ、これとか似合うんじゃない?」

などと話しかけて会話を弾ませた。

髪飾り、ブレスレット、ミサンガ。どれもシックで目立ちすぎないデザイン。それが大人びていて、とても可愛い。

「ねえ、つるりん。これつるりんが着けてるのと似てない?」

瑞希が指差す方向に目を向けると、確かに私のものと似ている木製の髪留め(ヘアクリップ)が。埋め込まれた石の色は違っていたけど、何度見てもそれは綺麗だった。

「あー、それそれ!へぇ~、ここにも置いてるんだ~。」 

「つるりんのは綺麗な水色だね。あれ?もしかして緑なのかな?」

「えへへ、どうだろ。でもそのピンクのも可愛くない?」

「うん、可愛い。へぇ~、でもこれ校則違反とかになったりしないかな...。」

「大丈夫でしょ。いつも私、着けてきてるし。」

「そっか、なら大丈夫か。私も何か買おうかなー....。」

「お、みっちゃん良いね~。大人買い?」

「えへへ、そんなお金無いって。」

「まあ確かに、どれも結構良い値段してるもんねえ。」

「....渋谷プライスってやつ?」

「....ってやつ?」

二人、顔を見合わせて笑った。

「ねえ、みっちゃん、これ絶対似合うでしょ。」

そう言って瑞希の前に持ってきた、ボタンの付いた髪飾り。彼女の横髪にあてがって

「わー、良い!可愛い!」

と、はしゃいだ。

「え、なになに。」

そういう瑞希を鏡の前にもっていくと、わあ...と胸に手を置いて感動していた。

「ね、これ買おうよ。」

催促すると

「え、でも...。」

と、少し視線を落とす。値札を見ると確かに高い。千円超えの値段に迷ってる瑞希に

「あー、じゃあ私ちょっと出すよ。」

と言った。

「ええ...!いやいや、申し訳ないよ。そんな、私のためだけにそんな。」

「良いって良いって。こういう小さなお洒落が幸せの秘訣なんだよ。」

マセた口調で瑞希の背中を押す。

「うーん、じゃあ...買おっかな。」

「よぉーし!そうこなくっちゃ!」

そうして彼女はヘアアクセを買った。早速、彼女の横髪につけてあげると

「うん、やっぱ似合うよ。みっちゃん可愛いー。」

と誉める。彼女は小さく頬を赤らめた。

 

それから空はすっかり暗くなった。折角なので夕食も食べようということになって、近くのファミレスに立ち寄った。

「夜景の綺麗な....うん、まあレストランちゃあレストランか。」

そういう私に、瑞希は

「見上げる夜景も悪くないよ。」

と、笑い話に変えた。

ここ最近、ずっと暗い顔をしていた瑞希には、こういう突拍子な小旅行に連れ出してやるのが一番だと思っていた。久しぶりに見られた彼女の眩しい笑顔、それだけが私にとって十分すぎる答えだった。

「ごめんね、急にこんなとこまで連れてきて。」

「あはは、もう最悪!....でも、楽しかった。久しぶりにあんなに笑ったんだもん。」

「なら良かった。みっちゃん、ここ最近ずっと暗い顔してたからさ。」

瑞希は窓の外の人混みに目を向けて、小さく黄昏るようにして話した。

「私ってつくづく"助けて"が言えない性格なんだなあって。」

「え?」

「明希の側に居てあげなきゃって思うほど、あの子の恋愛感情に首を振りきれなくなって。我慢できなくなって爆発して、みんなに迷惑かけて。だから、こうやって連れ出してくれなかったら私、本当に戻ってこれなくなってたと思う。」

「みっちゃん....。」

「死んじゃいたいって何度も思ったけど、明希にこれ以上、死に別れの辛さを味わわせたくないからさ。」

「........。」

喉の奥が苦しくなって顔をあげると、瑞希の驚いた顔が少し滲んでいた。

「だから、もっと自分を大事にしなきゃダメだよね!明希のためにも。」

「....ほんと、みっちゃんはその優しすぎる性格、なんとかしなよ。」

「どうゆーとこ。私、そんなに綺麗な性格じゃないよ。」

「嘘つけぇっ...。」

「嘘じゃないもん!一回見てるでしょ?私の荒れてるとこ。」

「うわ、自分でネタにするかよ。」

私は鼻をすすって笑った。

「ふふ。今日はありがとね、つるりん。」

 

つづく。




【オマケ】
ー矢原家ー

弟の部屋のドアを開ける。
直哉(なおや)、お風呂。」
「えー、ちょっと待って。」
「次つっかえてるから早くしてよ。」
「えー、じゃあ瑞姉(ミズねえ)さき入れば良いじゃん。」
「いいから、とっとと終われよ。」
「ああもう、分かったよ。じゃあ風呂行ってる間ちょっとレベル上げやっといてくんない?」
「私いまからご飯なんだけど....。」
「食いながらでも行けるっしょ?」
「....対価。」
「今日おかず何?」
「エビフライ。」
「じゃあ、俺の分一本食って良いよ。」
「...よし、貸せ。」
「ういー。あ、死んだらアイテムで復活させてな。あと魔法は極力使わないで。あと―――」
「ああ!分かったから早く入ってきて。」
「頼んだかんな?」
そう言って弟はキッチンへ向かった。
夕食を囲んで、いただきますを言う。
「エビフライ~。」
「瑞希、なんで三本も取ってんの。」
姉がすぐさま察知して指摘した。
「え、あー。あの....」
「あ、直哉のゲーム機。さてはオノレ。」
「...賄賂です。いや、違う。正式なお仕事の対価――」
「はーい没収~。レベ上げは私がやるから食べんのに集中しとけー。」
「お姉ちゃん!!サイテー!!返して!!」
そうやってエビフライを取り合っていると、母からのイカヅチが落ちてきた。
「コラ!!直哉の分は直哉の分!皿に戻して!!」
「......はーい。」
姉を睨みつけた。
―――――――――――――――
【編集履歴 内容開示】
2023.3.6
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