下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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47.1ヶ月間の不登校 -後編-

 

下町の鶴

6章-初秋-

☆Episode.47「1ヶ月間の不登校 -後編-」

 

「みっちゃん。」

「......あ。」

瑞希が振り向き、こちらに気づく。彼女は一瞬驚いた目をしたが、しばらくしてすぐに落ち着いた雰囲気で微笑みを浮かべた。

「えと...あの、...その。」

「....おいで。」

瑞希は優しい声で言う。私は何も言わずに彼女の元へと歩いた。瑞希の側に来ると、彼女は再び窓の外を見つめだした。

「綺麗だねえ。」

瑞希の黒い瞳に、私たちの町を染める夕焼けが映っている。私も同じように窓の外に顔を向けると、夕日は遠くの都心のビル群へと沈み始めていた。

「あの太陽も明日にはまた昇るのにどうしてだろうね、沈んでいくのがあんなに悲しいのは。」

瑞希の言葉が、今見ているこの何気ない景色を彩っている。彼女は続ける。

「真っ暗な夜の中にいるとね、朝なんてもう来ないんじゃないかって思えてくるの。明けない夜ってやつ?」

「...夜は誰だって怖いよ。」

「それに寂しい。」

「うん。」

しばらく二人は景色を見つめた。キラキラと光る川や、大通りの忙しなく行き交う車たち。耳を澄ませば鳥の鳴き声や、子供たちのはしゃぐ声。みんな帰るべき場所を持っていて、それを夕日はじっと見守っているかのよう。

「ごめんね、ひとりぼっちにさせて。」

瑞希は優しい声でそう言った。

「ううん。私ね、この一ヶ月で色んなものを見つけられたんだ。」

「色んなもの?」

「うん。一人じゃないと見つけられない景色や、言葉。保健室で心閉ざしてた子とも話せるようになったんだよ。」

「大冒険だね。」

「その子、昔の私と同じ目をしてたんだ。」

「へえ?」

「本当に真っ暗な過去を持ってる子でさ、でもその子に背中押してもらったお陰で会いに来れたんだ。」

「良い友達に出会えたんだね、良かった。私も今日までの間、つるりんに何度も助けられたよ。」

「鶴ちゃん、何よりも私らのこと心配してたもんね。」

「本当にね。私、つるりんが居なかったら元に戻ってこれなかったと思う。」

瑞希は遠くを見つめ、微笑んだ。思えば詩鶴の頑張りは、どれだけ二人を引き止める綱となってくれただろう。私はなんて良い人たちに巡り会ってこれたんだ、そう思うと、杏色に染まる町の風景が微かににじんだ。

「明希、私ね、」

「....?」

「ずっと自分が分からなかったの。明希の母親でいればいいのか、恋人でいれば良いのか、そう考えてく内に自分がどう思うのかを見失って....。」

「それは....。」

「どっちを取っても自分か、明希かのどっちかを傷つけなきゃいけない。その選択がずっと出来ずにいた。とても怖かったんだ。」

「ごめんなさい...。それは私がおかしいせいだから。」

「...いいや、おかしくなんかないよ。」

「....え?」

「明希は女の子を好きになっちゃうんでしょ?」

「.....。」

私は瑞希への視線を反らし、一点を見つめて固まった。言葉が何も浮かんでくれなかったから。

「だったらそれで良いんじゃないかな。明希には明希のベストな答えがあるはずだから、みんなの言う当たり前の形に囚われるべきじゃないと思う。」

「みっちゃん....、ありがとう。」

「ごめんね、私に出来ることには限界がある。でも、それを責める材料にして欲しくないの。」

「私こそごめん。もっと普通な心に生まれたかった。」

「.....また「私が悪い」の言い合い合戦になっちゃうね。」

「....うん、だね。」

「きっとお互い様なんだと思う。私が言っちゃうのもなんだけど、その結論に気づいても言い出せなかったと思うから。」

「みっちゃん。」

「うん?なに?」

「あやふやにしたくないから、ちゃんと仲直りしたい。」

「そう.....だね。」

身体ごと瑞希に向けて、私は彼女の目を見た。

「いっぱい迷惑かけてごめんなさい。それに...あの、...キスのこと...。」

「ううん、大丈夫。初めはビックリしたけどね。」

「ごめん。あの時は何て言うか、...気持ちが我慢出来なくなって....。」

「私もあの後、明希に酷いことした。乱暴して、怒鳴って、ひとりぼっちにさせて...。本当にごめんなさい。」

瑞希は深々と頭を下げる。そんな彼女に私は、少し悪戯に胸の内を明かしてみる。

「みっちゃん。」

「うん...?」

「みっちゃんがキスを返してくれたの、本心なら私、泣いて喜んでたかも。」

「ごめんね、....騙したりして。」

「ううん、良いの。」

決して叶うことのない恋だというのを確かめたくて、分かりきった答えをもう一度鼓膜に触れさせる。でも、こうして二人の関係が引き裂かれずに済んだのだから、今は何だかあの日の出来事は良い思い出だったと思えてくる。そう考えると、肺に触れる涼しい空気が気持ちよく感じて、私はうんと背伸びをした。

「ふあああ、なんかスッキリしたっ。みっちゃんと友達に戻れて。」

「えへへ、ありがと。」

「あ~あ、こんなことならキスの続き、黙ってしてもらっとけば良かったなあ~...!」

「ちょっと、このタイミングでそんなこと言うとか酷ぉ!?」

やっと仲直りが出来た、そんな日が訪れてくれた、そのことで私は胸が一杯になった。瑞希と友達に戻れる日など、もしや来ないんじゃないかとまで思っていたから。 

「これからも宜しくね、みっちゃん。」

「こちらこそ、明希。」

そう言葉を交わして、二人は笑顔を見せあった。

「そうそう、明希このあと暇?」

「え?うん、まあ。」

「あのね、良かったら―――」

 

 

ガラガラガラ.....

午後、五時半頃。夕空もそろそろ青くなり始めたくらいに、私たちは古い引き戸を開けた。

「いらっしゃ.....あ。」

「お疲れ~、今やってる?」

「みっちゃん!明希!」

そう。二人を繋ぎ止めてくれた恩人である詩鶴にお礼を言いに行かなきゃ、ということになって、彼女のお店にやってきた。詩鶴は私たちの顔を見るなり、急いで駆け寄り、ぎゅっと抱きしめ、

「もう....、一時はどうなるかって心配してたんだよ!?」

二人よりも先に顔をぐしゃぐしゃにして大泣きした。

「つるりんが居なかったら私―――」

「うああああああん、良かった....良かったあああはあああん....!!」

「鶴ちゃん、鶴ちゃんが頑張ってくれたお陰で――」

「あはははあああん、二人とも仲直り....ぐずん.....しでぐれだんだねぇっへぇっ、へえええん。」

「.......。」

「.......。」

「つるりん、分かったから...、もう泣かないで。」

「無理ぃいいいいい、そんなの無理ぃいいいい。」

「........。」

「........。」

瑞希と私のを合わせても足りないくらい貰い泣きしていた。

 

しばらくして詩鶴が落ち着くと、彼女はお茶を出してくれた。

「つるりん、私らより泣くじゃん。」

瑞希がそう言って笑う。

「だって...、だって本当に二人絶縁してしまうって思ったんだから...。」

「それは...、心配かけてごめんなさい。」

「ごめんなさい...。」

瑞希に続き、私も頭を下げた。

「良いよ良いよ、そんな畏まんないで。」

「ありがと。あ、つるりん、折角だから正式に何か注文しちゃって良い?」

「正式??」

「いつもタダでお茶してたからさ。」

「あーいやいや!良いの良いの。友達からお金貰うなんて。」

「でもそれじゃあ商売になんないでしょ。義理立てさせてよ、助けて貰ったんだから。」

「えー...、何か申し訳ないな...。」

詩鶴は少々困った様子。私は彼女に軽いノリで話しかけてみた。

「へい大将ぉ!オススメは?」

「?」

普段、詩鶴にあまりやらないテンションで話しかけたせいか、詩鶴の頭に?マークが浮かぶ。私は脳天から煙が上がるほど赤面した。

「チョウシノッテゴメンナサイ....。」

「え!?あー!ごめんごめん!!元気な明希見るの久しぶりだったからつい!」

詩鶴の慰めが異様に刺さる。

「明希ぃ、つるりんはどっちかっていうと女将さんだぞー。」

「モウヤメテ....ワタシガ...ワルカッタカラ......。」

収拾がつかなくなった。

「あーっと、えーっとね、得意料理で言えば卵焼きとかね、あと...たこ焼きとか。」

「なんか(作るのが)難しそうなのばっかだね。」

瑞希は目を丸くする。私は

「たこ焼き??」

と、疑問を投げた。

「あー、あのね。お父さんにさ、「たこ焼き作れるのは義務教育の一環やー。」とか言われて、作り方叩き込まされた。」

「大阪の人...?」

「そ。料理全然出来ないクセにあれだけ出来るんだよ。」

と、詩鶴は失笑した。瑞希は、皆で食べられるようにと、たこ焼きを注文する。私が卵焼きを食べてみたいというと詩鶴がニコニコと笑い出した。

「お、出たー。河島の定番メニュー。」

「河島君の??」

「そー、あいつ店に来るたび毎回、味噌卵焼き(みそたま)ひとつ~って頼んでくるの。いや、お好み焼きかってw」

詩鶴は私たちと漫談を交えながらテキパキと料理を始める。いつもバイトで怒られてばっかりの私と比べたら、仕事も会話も余裕でこなせている彼女はとても格好良く思えた。

「じゃあそれ、お願いしよっかな。」

「みそたま?あいよーっ。」

たこ焼き機の電源を入れ、ボウルから、たこ焼き機のくぼみへ混ぜ合わせた材料を注ぎ込む。焼き上がるまでに詩鶴は卵焼きの調理に取り掛かりだした。

「ねえ、明希。」

詩鶴が聞く。

「....?」

「なんか明るくなったね。」

「え、そう?」

「うん。なんていうんだろうね、雰囲気変わったなあって。」

「えへへ、なにそれ。」

「ほら、何か変わったんだよ。え、変わったくない?ねえ、みっちゃん。」

話を振られた瑞希が、ニコニコとした表情で答える。

「沢山冒険したもんね~。」

「えへへ....まあ....。」

「冒険?なにそれ、聞かせて聞かせて!」

詩鶴の声色が更に明るくなった。盛り上がった空気の中で話すのは中々に抵抗があったが、私は詩鶴たちの前で保健室での出来事を話した。

「私が保健室に通ってた時ね、そこにいた子と色々話してたの。」

「へえ?」

「今まで辛い目に沢山あったそうで、最初会ったときは会話も出来ないくらい怯えてた。」

私は続けた。

「でも、何度か話しかけてく内にだんだん話せるようになっていって。私、それがとても嬉しくてさ。」

「へえ、心開いてくれたんだ。やるね。」

「うん、最後にはその子に背中を押して貰ったんだ。"もう十分待ったんじゃないかな"って。」

「良い子なんだね。」

「うん、とっても。でも、昔は散々酷いことしてたんだって。だからその報いを受けてるって言ってた。」

「へえ....。でも、今こうやって明希とみっちゃんを元通りにするきっかけを作ってくれたんだから、私にとっても恩人だね。」

「ふふ、ありがと。あの子が酷いことしてしまった人達に、いつか謝りに行こうって約束したんだ。元気になったら、ね。」

詩鶴は感心したようにして、言った。

「へぇ~。私も会ってみたいな、その子に。」

そう言って詩鶴は、私たちの前に完成した料理を並べた。

 

つづく。

 




2024.3.15
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