下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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「四倉さん自身はどうなの?」
「え?」
明希は突然話しかけられたことにビクッとなって驚き、目を丸くした。河島は続ける。
「迷惑かどうかを一旦置いてさ、こうしてみたいとか、こうなれば面白いのにって思うことない?」
その発言に明希は、言葉をどもらせながら戸惑った。
「えっと、その...、わ、私なんかが意見していいのかな。ただでさえ役に立ててないのに...。」
「意見に"して良い権利"とかは関係ないと思うよ?」
「....。」
「今から望んだことは全部叶えられる!そうだとしたらさ、どうしたい?」
「...分かんないよ、そんなの。」
明希は眉をひそめ、俯いてそう言った。今まで自分の主張を表に出してこなかった明希にとってはきっと、とても重くて大きな問題なのだろう。私はそんな明希を見て、河島をからかった。
「あー、河島が明希苛めたぁ~。」
「ちょっ、苛めてねえよ。そういうお前はどうなんだよ。」
「え、何が?」
「体育祭、どうしたいって思ってるんだ?」
「え、私?別に楽しくやれれば何でもいい。」
「ああそう...。」
二人でわちゃわちゃと言い合っている中でただ一人、明希はじっと考え込んでいた。




54.勝ち負けの価値観

 

下町の鶴

7章-ノ木の火-

☆Episode.54「勝ち負けの価値観」

 

「ただいまー」

家に帰ると、見慣れた風格の激渋おじさんがカウンターに座り、母と話していた。扉の音に気づいた母は、私を見て

「お帰り。」

と言う。続けて探偵のおっちゃんも

「お邪魔してます。」

と、小さく笑った。

「いらっしゃーい。何の話してたの?」

二人に尋ねると、母は

「昔の話。」

コップを片手にそう言う。おっちゃんも続けて

「歳取ると、懐かしいものばかり喋りたくなるものでね。」

と、感傷に浸ったようなことを言い出した。

「懐かしいもの、ねえ。」

「十六年も生きたら、詩鶴ちゃんもそろそろそういうの、出てくるんじゃないか?」

そう投げかける彼に

「"昔は良かった"しか言えなくなったら人生終わりだと思う。」

と放つ。すると彼は「ハハハ」と笑い

「その通りだとも。三十半ばまでは、今と未来だけ見ておいた方が良い。」

意外と現実的なことを言い出す。いつもロマンの中にしか生きていない人なのに。

「そういう詩鶴は、今学校どうなの?」

母が聞いた。

「体育祭の準備期間。」

「体育祭ねえ。詩鶴の得意分野じゃない?体育は。」

「まあ、そうなんだけど、相変わらずみんな「勝つ!勝つ!」って必死でさ。私ん友達、そのせいで結構バテかけてて。」

「運動苦手な子にも、ちゃんと配慮してやらないとね。」

「そう。それで足遅い子に裏でコソコソ陰口叩く奴とかいてさ。」

「あー、いたいた。私の頃にもそういう奴。ねえ?雅っち。」

「うーん、覚えてないな。」

「ええ...。」

「あまりそういうの、興味なかったから。」

そういって珈琲を飲むおっちゃん。母は腰に手を当てながら私に言った。

「まあなに、大事なのは結果じゃなくて、「どう頑張ったか」よ。」

「ふむむ...。」

「勝つ為に手段を選ばないのは違うけど、初めから努力をしないってのも良いとは言えない。」

「...私、どうしたら良いのかねぇ。」

そう呟くと、母はニッコリと笑った。

「まあ、詩鶴は言われなくたって良い方向に持っていけるよ。」

「そう?」

「うん、自分が良いと思ったものを選んでいきな。同じ目標を持った者同士が集まると、自分の意思や考えって案外見失いやすいものだから。」

「良いものって、例えば?」

「そうね、じゃあ...」

と、母は言いかける。そして少し考えたあと、私に話した。

「ギリギリに家を出て、今日遅刻したらもう先生は許してくれない。大説教に、居残りで反省文、おまけに詩鶴の好きな購買のメロンパンも売ってくれない。ヤバいと思って通学路を猛ダッシュしていたら、道にランドセルをしょった男の子が転んで泣いているのを見つけた。さ、詩鶴ならどうする?」

「助ける時間くらいはあるでしょ。」

「はーい、遅刻ー。」

「えー...。」

「後悔した?」

「いや、そりゃあ...。」

「しかも仮にその男の子が礼も言わず、舌を出して「べーっ」てしてきたら?」

「はぁ!?何それ、助けてやっといて?」

「うん。」

「思いっきし悪口言ってやる!」

「あはは。言うだろうね、詩鶴なら。」

「当ったり前でしょ。」

「でも、その子を助ける方を詩鶴は咄嗟に選んだ。それは何で?」

「...困ってたからに決まってるでしょ。」

眉をひそめる私に、母は笑いながら言った。

「それができるなら気にすることじゃないよ。」

私はその言葉がどうもしっくり来なくて、おっちゃんにも少し尋ねてみた。

「ねえ、おっちゃん。」

「ん?」

「勝つって何だろうね。」

すると、おっちゃんはコップを片手にこちらを向いて答えた。

「自分にとって()()()()のが大事かを、まずは見つけることじゃないかな。」

「何に...?」

「ああ。何と戦ってるのかも分からずに武器を握るのは、自分を切りつけること同じだよ。」

彼の意味深な発言に私は、少し黙って考え込んだ。

 

翌日、私は青組の上層部の会議に呼び出され、その議席に出席する羽目になった。指定された三階の仮教室に近づくと、空気が驚くほどに急変したことに気がつく。そう、それはどちらかというと悪い意味でだ。まず最初に視界に入ったのは入口前に立つ、衛兵役の生徒。彼の制服はシワ一つなく、ボタンも上までしっかりと止めている。私はキョトンとしていた。ここ、本当に私の知ってる高校なのかって。

「あのぅ...。」

私は目の前の衛兵っぽい生徒に尋ねた。

「会議中だ。用のないものは近づくな。」

「はい...?」

予想以上に厳しい空気だ。これ、本当に体育祭に向けての組会議なのか?

「いや、あの...呼ばれて...。」

「誰に呼ばれた。名を申せ。」

「三年の―――」

私が言いかけると、足音が聞こえ、その方向から私の名が呼ばれた。

「名取君かね。」

「え??」

その声に、衛兵は

「ハッ!お疲れ様です。」

と言って敬礼しだす始末。

「そうですが。あの、今回は何の御用で...?」

と、私が聞くと

「体育祭、青組作戦会議本部の緊急会議だよ。」

まるで何言ってるか分からん。その男は衛兵に

「時間になったら扉を開けろ。」

と、命令する。

「あの..私、いつ返して貰えるんですかね。」

「会議が終わるまでだ。」

「はあ。」

なんだコレ、演劇部雇ってんのか?それともただの痛いやつらか。そんな変な人達の間で地獄の待ち時間を食らっている。私、今から何されるんだろう、なんて思えてしまう程の不安が襲った。

「あの、三年生さん?」

あまりに気まずい空気なので話しかけてみる。すると、その男は

「上崎だ。それに私は二年。」

と、申す。いや二年生かよ。同じじゃねえか、態度でかいな。

「そうなんだ~、同じだね。」

「無駄口を挟むな。会議中だぞ。」

「あそ...。」

先ほどの不安や、緊張などがまとまり、この男のでかい態度に対する苛立ちへと変わってきた。何も話すことなく、同じところに五分以上立たされ、そろそろ私は暇さが限界に達してくる。耐えられなくなり、私は男に話しかけた。

「上崎君だっけ?あと何分待てばいいのかな、私。」

すると男は、あろうことか私に見下したような目線で口を開いた。

「気安く話しかけるな。私のことは上崎様と呼べ。」

堪忍袋の緒が切れた。

 

会議室では、神聖な雰囲気で会議が行なわれていた。

「我々、青校の青組はここ二年間、一度も優勝を他の組に譲ったことはなかった。」

団長が言う。続けて、

「しかし、我ら三年生にとって最後の体育祭で、それが覆されるかもしれない危機に迫っている。」

と、真剣な眼差しで問題を提示した。すると、副長が前に出て言った。

「今回の青組には体育会系が少なく、競技において戦力外な人員が多すぎる!なのでここにて対策会議を緊急で行い、この青組に所属する優秀な人材を見つけ出し、前線に立たせる必要があるのだ。」

血走った目で語る副長。そして彼は言う。

「それでだ。私は、この青組の二年生で最も運動に適していると思われる人材をここに呼んだ。上崎、入れ!」

副長は上崎を呼んだ。しかし、反応がない。

「どうした上崎、入れと言っている!」

二度も彼の名を呼んだが、反応はまだ返らず。副長がもどかしさに耐えきれず、近くの机を叩こうとした瞬間、教室の扉がバタンと倒れ、取っ組み合いの状態の男女二人が部屋に転がり込む。

「中二病ならよそでやれ、このボケカス!!」

「貴様、態度を改めろ!」

「それはこっちの台詞じゃ、ばああああか!同じ二年のくせにイキがってんじゃねえよ!!!」

廊下から薄っすらと、倒れた衛兵の足が見える。そして、百七十はあるだろう高身長の上崎を床に倒し、馬乗りになるわ、胸ぐらを掴んで暴言を吐きまくるわと、滅茶苦茶な少女の姿が彼らの目に留まる。その少女がこの会議で言われていた"優秀な人材"だと周りが気づいた瞬間、この宗教じみた議会の空気が一気に「普通の教室」の空気へと変化した。

 

 

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