下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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55.嫌な予感

 

下町の鶴

7賞-ノ木の火-

☆Episode.55「嫌な予感」

 

「何をしてる。」

青組の議長こと、団長が取っ組み合い中の私たちに向けて尋問した。しかしそんな言葉が微塵にすら聞こえないほど、私はこの上崎という男に腹を立てていた。

「このっ!このっ!聞いてんのか、んにゃろおおお!!」

「こら、やめろ!神聖な会議室で―――」

「神聖だあ!?ええ?コラ、まだ言うかこのボケぇ!神聖とは真逆なんじゃ、お前なんか!!」

馬乗りで胸ぐらを掴み、グラグラと巨体を揺さぶる。そんな私に我慢ならなくなったのか、議長が声を上げた。

「うるせぇぇぇええええ!!!!!!」

私は咄嗟に

「うるっさ...。」

と声が漏れ、耳を塞ごうとして離した手で上崎が頭を打った。

「お前が名取か。」

低くずっしりとした議長の声が響く。

「ああそうだよ、あんた誰だ。」

と言おうとして振り向くと、その議長の姿に腰を抜かした。

「ああそ...ってうわあああ!!なになになになになになに!!」

真っ青な法被に、ふんどし姿の男が大股を広げて豪快に座っている。何が神聖だ、こんなの山賊のアジトじゃないか。しかも入口前の英国風な見張り人からは想像できないくらいに、中にいる人間の服装がみんな半裸に近いのだ。議長は言う。

「お前の技量を見越して用がある。」

私は咄嗟に返した。

「食べても美味しくないです私。」

「何言ってんだお前。」

「はい??」

議長は私に、私が青組を勝利に導くことの出来る優秀な人材だということを告げてきた。

「それはどうも...?」

いまいち状況がつかめずにポカーンとなる。議長はそんな私を置いてきぼりにしながら話す。

「それでだ。今回はお前により多くの種目を担ってもらおうと思っている。」

「はあ...。」

「走りを活かせる競技には全部だ。青組代表として。」

「全部って...。そもそも、私一人を前に立たせたところでそんなに効果あるんですかね。」

「青組代表と言ったろ。戦力のあるもので固めて、あとは外れてもらう。」

ペラペラと何を喋ってるのかと思ったら何なんだ、この男。私は彼の豪語を軽く笑うようにあしらった。

「いや、そんなこと先生たちが許すわけないでしょ。」

「許す許さないの問題じゃない。これで通させる。」

この男が言うには、戦力外は全て切り離し、使えるやつだけを土俵に立たせると言うのだ。滅茶苦茶な彼の意見に私は盾を突いた。

「勝ちたいって気持ちは重々分かるけど、そんなのフェアじゃないと思うなあ。」

「俺らは青組三年連続優勝の名誉をこの高校の歴史に刻む使命を背負っている。フェアとか、そういう次元の話ではない。」

「そういう話だよ。自分らだけでやりあって優勝したところで何が面白いのさ。」

「だから、面白いかどうかの話じゃないと言ってるだろう。」

「だったら辞めちまえよ。だいたい体育祭はあんたらだけのもんじゃないし、それをしたところで私が面白くない。」

ハッキリと言ってやると、周りが一斉に私に向けて野次を飛ばし始める。副長も怒りを込めて

「お前、自分が何言ってるのか分かってんのか!」

と声を上げた。私はそんな奴らの声を押しのけ、議長に意見を投げつけた。

「そんなのに付き合わすつもりなら私は却下、さようなら。」

議長は警告する。

「名取と言ったな。お前、覚えておけよ。」

私はフンっと首を振り、教室を後にした。

 

―――――――――――――――――――――

 

昼休みに廊下でで瑞希に会うと、彼女は妙に不安な面持ちで私に話しかけてきた。

「みっちゃん。」

「あ、つるりん。お疲れ...。」

「どうしたの?」

「明希がさ、体育祭を欠席するって言い出して。」

「あはは、休みたい気持ちも分かるよ。」

「そうじゃなくて。」

「???」

「私が出たらみんなに迷惑かけちゃうからって言うんだよ。」

「ばーか、迷惑は"かけるもの"だよ。ちょっと律儀になりすぎじゃないの?」

「私もそう言ったんだけどさ、」

「迷惑かけちゃえって?」

「違う。真面目に聞いて。」

「ごめんごめん。それで?」

「それで、誰に迷惑かけるっていうの?って聞いてみたら、「言えない」って。」

「それって...。」

「うん。もしかしたら明希を邪魔者扱いしてる連中がいるのかもしれない。」

にわかには信じたくない情報だった。でも、自分の組を優勝させたいがためにどんな手段も厭わないって考えの人間がいるのも確かだ。だとすると、明希をそう扱っているのがそういう奴だってことも可能性が高いだろう。私は瑞希に頼んだ。

「ねえ、みっちゃん。明希に「今日一緒に帰ろう」って言っといてくんない?」

「分かった。」

迷うことなく了承する瑞希。体育祭を前に、何か不穏な空気が流れているような気がした。

私は落ち込む瑞希の肩をそっと叩く。

「大丈夫だって。私がいるじゃんか、なぁにまた一人で抱え込んでんの。」

「...うん、そうだね。ごめん心配かけて。」

瑞希は小さく微笑んだ。

「で、明希は今どこ?」

「トイレ行くって言ってたけど...。」

「みっちゃん、一緒に行かなかったの?」

「一人で良いって言うし、私も別に平気だったから。無理は言えないかなって。」

「そっか。ならさ、一緒にお昼食べない?明希も誘ってさ。」

瑞希はコクリと頷いた。まだ不安そうにモジモジしている彼女に私は

「ほら、明希探そ。」

と言って、背中をポンポンと叩く。消えかけの火に薪を焼べるように、少し笑っては消えてしまう彼女の明るさに元気を分け与えた。

 

廊下を瑞希と話しながら歩く。彼女の不安を煽るのも悪い気がして、それとは全く関係のない話を振った。

「みっちゃんってさ、家族仲良いの?」

「え?どうして?」

「何となく。」

「うーん、普通だよ?」

「普通...?うーん、普通かあ。」

「え?うん?え??」

聞き方が抽象的過ぎたのか、瑞希は困った顔を浮かべた。そしてその顔には分かりやすく「もうちょっと具体的に欲しい」と書いてある。

「あ、ごめんごめん。私さ、一人っ子だから分かんないんだけど、兄弟ってよく喧嘩するもんなの?」

「え?うーん...どうだろ、喧嘩するときはするし、でも特段仲が悪いわけでもないし。」

「ふーん、そうなんだ。え、どんなことで喧嘩するの?」

「どんなこと??」

瑞希はうーん...と考える。暫くすると、彼女は頭上に電球が光ったかのように思い出し、「あ!」と声を出した。

「あのさ、この前お姉ちゃんのせいでエビフライ一本食べ損ねたんだよ。」

「食べ損ねた?」

「そう。弟がね、お風呂入る番来てもずっとゲームやっててさ。」

「うんうん。」

「急かしたら、エビフライ一本やるから代わりにレベル上げしといてーってゲーム機渡されて。」

「お、ラッキーじゃん。」

「そこまでは良かったの。でもね、ご飯の時にお姉ちゃんがそれをズルいズルいって大声出したせいでお母さんにバレて。」

「うわぁ...。え、それでどうなったの?」

「返しなさいって。もう私それでムカムカしちゃって。」

「えー...酷っ。でもさすがに弟くん、お風呂上がってきてからはくれたよね。」

「くれたよ。でもその時には冷めてた。」

「...災難だね。」

「しかもお姉ちゃん、私が残念そうに食べてるの見て笑うんだよ!?さすがに私、カチンときて。」

「そりゃあ喧嘩になるわな。」

「喧嘩になんない方がおかしいよ!ああいうとこ私、大っ嫌い。」

「...お姉ちゃんとは仲悪そうだね。」

「別にいつも悪いわけじゃない。だけど...ふんっ、どうせ私のこと、いいオモチャだって思ってるのよ。」

「今日はみっちゃん、大荒れだね。」

自分から話を振っておいてなんだが、家族が多いのも大変なんだな、と薄々理解した。

 

暫く歩いていると、明希に会った。

「あ、明希!探したよ。」

「鶴ちゃん、みっちゃん、どうしたの?」

「お昼一緒に食べよー。」

「あ、うん。わかった。」

相変わらず人に話しかけられると、目をまん丸にキョトンとした顔をする明希。仲のいい三人でならきっと彼女の緊張もほぐれるはず。さて、明希の不安の元を突き止められるかやってみよう。探偵さんごっこの始まりだ。

 

つづく。

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