下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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60.一方その頃

 

下町の鶴

7章-ノ木の火-

☆Episode.60「一方その頃」

 

瑞希が青組のスペースに戻ってくると、先ほど起きたのだろうか、ボケーっと試合を見ている河島が彼女に気付いて声を掛けた。

「お疲れー。...どしたの、暗い顔して。」

「何でもない。大丈夫。」

「あそ。風邪ひくなよ、雨降ってきたし。」

「...うん、ありがと。」

「んで、四倉さんと一緒じゃないの?あと名取がそっち探しに行ってたみたいだけど。」

「さあ...、どこかで雨宿りでもしてるんじゃないかしら。」

グッと何かを我慢しているような表情で、さっきからずっと俯いたままでいる。そんな瑞希に違和感を覚えてか、河島は暫く灰色の空を見つめてからこう言った。

「やな天気だよな、折角の体育祭が。」

河島の言い放った言葉は、彼女にとって違う意味に聞こえた。余計に戸惑った瑞希は河島に対し、

「ごめん、ちょっとだけそっとしておいて欲しいかな。」

と、無理に優しい声を作って要求する。その声にはちっとも隠せていない彼女の我慢が混じっていて、ひそめた眉や、下唇を嚙む様子からもにじみ出ていた。

「ああ、悪い。」

河島は退屈そうに欠伸をした。

 

その頃、詩鶴たちを背にして歩いていた明希は、雨の匂いに包まれていた。降り出したばかりで、その一粒一粒が彼女の肩を濡らしていく。暫く歩き続け、正面玄関前で雨を凌ぐ明希。小さな階段に座り込むと、じわじわと滲み出てきた後悔が彼女の胸を締め付けた。

「こんなはずじゃなかった。」

と心に呟いては、詩鶴の失言に未だ怒りが立ち込める。二つの重たい感情はいつまでも抱えられるものでもない。重たすぎて、心が今にも壊れてしまいそうで。私が駄目だったのかな、正しい方を選ぶなんて言って、結局こんな結果を招いてしまうような自分のどこに正しさがあるのか、そんな風に自責を繰り返し、どんどん駄目になっていく。そう自分を問い詰めながら、彼女はだんだんと自信を失くしていった。

「私、どうしたらいいの。助けて。」

膝の中に顔を埋めて明希は呟く。その時、彼女の前に先生とは違う雰囲気の男の人が現れた。

「あの、すみません。」

明希が膝から顔を離してから視界に彼のズボンが映った時、知らない人だという緊張から顔を上げられずに、その場で身体が固まった。

「...は、はい。」

目を激しく泳がせ混乱する彼女に、その男はおかしな質問を投げかける。

「煙草吸える場所、知らないかな。」

彼女は思った。明らかにヤバい人だ、と。ここが未成年の通う学校であることを知ってて聞いているのか、だとしたらとんでもない人に絡まれてしまった。ひどい目に遭わされるかもしれない、と。そう思うと先ほどよりも強く、その胸に「助けて」と繰り返した。

あまりの怯え具合に折れたのか、彼は失笑して言った。

「はは、冗談だって。顔上げなよ、知らないオジサンじゃない。」

そう言われて恐る恐る顔を上げると、渋い風格のおじさんが立っていた。明希は、見覚えのあるその顔を思い出そうと一瞬だけ固まり、そのあと名前を言った。

「あの時の...探偵さん?」

「あはは、君にとっては"お父さんの友達"と言った方がしっくりくるんじゃないか?」

「そう...なんですか??」

ポカンとしている明希。彼が前回、詩鶴の店で会った時にその話をしていなかったばっかりに、彼女は余計に混乱した。

「あれ...、まあいいや。」

次に明希は、彼が何故ここにいるのかを疑問に思って尋ねた。すると入崎は、その質問を待っていたかのような言い方で答える。

「君の失くし物を探しにね。」

 

一方その頃、河島は退屈さに耐えかねて、一人言を聞かせるかの如く、近くにいた瑞希に話しかけていた。

「矢原さんってさ、兄弟いたっけ?」

「....。」

そっとしておいてって言ったのに、と言わんばかりに、彼女は河島の回答に対して直ぐには答えなかった。しばらくして、会話を広げないように一言だけ返した。

「二人。」

「え、まじー?俺も上と下にいてさー。姉ちゃんにはパシられるわ、妹には小言ばっか言われるわで大変なんだよねー。」

不運にもその一言が河島と共通していたせいで、彼はペラペラと話し始める。瑞希は「やってしまった」と心底思った。

「そうなんだ。」

素っ気ない返事で返すも、彼はブレーキをかけずに喋り続ける。

「あ、昨日のロカ電見た?普通電車だけで乗り継いで目的地目指すヤツ。」

「...見てない。」

「えー、まじ?めっちゃ面白かったのに。秘境駅で四時間待ちってハプニングが起きたんだけどさ、ゲストの女子アナが耐え切れなくなって「帰る!!」とか言い出したんだけど、そこ山に囲まれてて、まともな道路すら周りにないとこでさ。メンバーも「帰れるもんなら帰ってみやがれ!」ってブチ切れ出して。あー、あのシーンまじで面白かったわー。」

楽しそうに昨日の番組のことを話す河島。詩鶴たちと喧嘩してきたばかりの瑞希にとっては最悪の話題だった。忘れようとしていた感情がぶり返してしまい、彼女は「ひぃぃ...」と小声で呻きながら、二つの手のひらで頭を抱えた。

 

明希は、入崎に悩みの種を突き止められて困惑していた。

「どうして喧嘩のこと、知ってるんですか。」

「職業柄だよ。何となくこういうことになるんじゃないかとは予測していた。」

「...後をつけてたとかじゃないですよね。」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うなあ。これでも一応、君の父さんと同じ課にいたんだぞー?」

「交通課ですか。」

「いや、捜査課時代のだよ。君がまだ小さかった時の話だ。」

「そう...でしたか。」

「ああ、とある未解決事件の捜査打ち切りに反対してね。署長と大喧嘩して出ていった。」

「それで今、探偵さんに?」

「そーゆーこと。」

明希は彼に尋ねた。

「で、なんで居るのかって理由、詳しく聞けてないんですけど...。」

尋ねられた入崎は、ジト目になって答えた。

「探偵ってのは色んな仕事が舞い込んでくるもんでね。」

「ってことはこれも依頼...?全然読めないんですが...。」

「ああ、同感だよ。今日、学校でパパには会ったかい。」

「いえ、"仕事で来れない"って。」

「だよな。じゃあこれなーんだ。」

入崎はそう言って、首からぶら下げた一眼レフを指差して彼女に示した。

「はあ。」

ポカーンとしている明希に、入崎は目線を前にしたままカメラだけを彼女に向け

「はい、チーズ。」

と言って、シャッターを切る。

「あわわわ...!?え?え?」

赤面して慌てる明希に、入崎は表情一つ変えずに言う。

「これが今日のお仕事。ったく、親バカが過ぎるぜ。」

「え、親バカ?まさかお父さんが!?」

「愛娘の有志をカメラに収めてきて、とのご依頼だ。まあーったく、入校許可証取るのには苦労したんだぞー?もう女子高生の写真撮影はこれっきりにさせてくれ...。」

「以前にも...ご依頼が...?」

「ああ...、まあな。」

「探偵さんって大変なんですね。」

「...まあな。」

 

そのころ瑞希はというと...

「そのあとの映画も結構面白くってさ。」

河島のマシンガントークによって精神を蜂の巣にされている真っ最中だった。

「地球に侵略してきた火星人との戦争映画なんだけど、心優しきヒロインが主人公に対して言うんだ。「宇宙人とは言っても、彼らにも家族がいるのよ?」って。でも、奴らに家を壊された主人公は殲滅したい一心。ヒロインと大喧嘩してしまって、それに耐えかねた彼の幼馴染が激怒して出て行ってしまう。そこの迫真の演技と言ったらもう~...」

「ヒィ...!ヒィィ...!!」

彼女は半泣き状態で悶えながら、心の中で家族の名前を一人ずつ叫んだ。





二人が去っていった喧嘩の跡地には、詩鶴一人だけがポツリと佇んでいた。
「どうして。」
と自分に言い聞かせながら、明希と言い争ったことを悔やむ。雨の中、濡れる身体に慌てることもせずに、ただ深い失意に身を包みながら俯く。
やがて泣き疲れると、詩鶴は「くしゅん!」と小さなくしゃみをし、トボトボとした足取りでグラウンドへと歩き出した。しばらく歩いていると、グラウンドの砂地に足を踏み入れる前に青組の過激派の一人に見つかり、
「おいお前、サボってんじゃねぞ。早く戻れ。」
と詩鶴に言い放った。彼らのせいで明希があんな考えになってしまった、彼らのせいで明希と仲違いになった、ふとそんな考えが頭を過ってしまった詩鶴は、爪が食い込む程に手のひらを握りしめる。
「はああ....はああ...!!」
詩鶴の息は怒りで震え、自身を制御する冷静さはすっかり消し飛んでいた。そして鬼のような顔でゆっくりと、強い言葉を放ったその男へ向けて首が動いた。

つづく。
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