下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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67.残り火

 

下町の鶴

7章-ノ木の火-

☆Episode.67「残り火」

 

乱れた呼吸を整えたあと、私は明希と瑞希に声を掛けた。

「ま、イイ感じに終わったし、結果オーライだよね!」

瑞希は関心した表情で

「つるりん、やっぱ流石だあ。走ると一流だね。」

と私を褒めた。

()()()って何さ、走るとって。」

「え??」

「えへへ、冗談冗談。ありがと。」

「わー、言うねえ。」

つっついてみると、予想通りの反応を見せる瑞希。こんな下らない戯れさえ、疲れには不思議と効く。いっぱい怒って、泣いて、とフルコースな一日だったから、こういうハッチャケが今は欲しい。明希の方に目をやると、彼女は未だ目元を赤くしたままでいるので、私はその背中をポンっと叩いてやった。

「しゃぁらくせぇー!いつまでそうしてるつもりー?」

笑いながらそう言ったが、何故か逆効果だったみたい。彼女は顔を覆った手の内側で、頬をまたベタベタに濡らそうとしだす。私たちは笑顔で困惑した。

しばらくすると瑞希が、明希と私の服を見て言う。

「二人とも服、泥だらけ。」

頭をかきながら、私はそれに答えた。

「みっちゃんが白すぎなんだよ。」

「あはは...、帰ったら洗濯しなきゃだね。」

「...だね。」

体育祭だから分かってはくれるだろうけど多分お母さん、物凄い頭抱えるだろうな...。

 

二人を後にし、辺りを歩いていると勝田の姿があった。彼は前に見た時と同じで、暗い雰囲気を分かりやすい程に漂わせ、排水溝の前のアスファルトに腰を下ろしていた。気分が高揚していた私は、すぐにでも彼の気を晴らせると思っていたので、軽い足取りで近づいて行った。

「おいどうしたー、元気出そうや。」

そう声を掛けると、勝田はそれに気づいて振り向いた。

「おう、名取か。お前、アンカー凄かったな。」

「えっへへ、ありがと。でもアンタんとこも結構順位高かったじゃん?」

「そうだっけか?まあ、どうも。」

空返事を返す勝田。この話が乗り気じゃないのか、詰まらなさそうな様子だった。私から声をかけなければ、向こうからは一切の話題を切り出すことはなさそうだ。こちらも少し黙って、顔を覗き込んでみる。

「勝田。」

「....おん?」

「どうしたの?体調悪いの?」

「ああ...いや、別に何ともない。」

「あそ。」

また会話が詰まる。そこで私は、ふと頭をよぎったことを口にして、彼に尋ねてみた。

「藤島、来てた?」

「.....。」

やはり、反応を見せた。勝田の遠くを見つめる目が微かに下へと落ちる。

「やっぱり、そのことで落ち込んでたのね。」

そう言うと、勝田がゆっくりと溜息を吐いた。

「...ああ。」

「きっと藤島も忙しいんだよ。分かってやりなって。」

「お前が言うかよ、それ。」

「ははは。まあ、卒業すればみんな言えるようになるよ。」

「....卒業すれば、かあ。」

勝田は考え込んだ。これからどんな道に進むべきなのか迷ったのだろう。

「勝田はさ、会えたらどうしたいの?」

「え?」

「ま、好きって伝えるのは前提として、そっからどうするのさ。」

勝田は頬を赤らめ、分かりやすく慌てだす。

「ぜ、前提って....!」

「ったりめぇだろ。次言わずしていつ言うんだよ。」

「いや、だ...段取りってのがあるだろ!」

「ロマンチストかお前。」

「あいつだって、急にそんなこと言われたらビックリするって。」

「あのさ、そんな悠長なこと言ってる暇あんの?」

「え....?」

ポカーンとしたままの勝田。私は言った。

「向こうはさ、もう青春とか言ってる余裕なんてないんだよ。ま、私が言えた口じゃないけどさ。でもさ?あんたがもし、そんな藤島を守ってやりたいって思ってるなら、会えたその日の内にでもそう伝えてやるべきなんじゃないかな。」

「.......。」

「違う?」

「....いや、その通りだ。」

「じゃあどうすんの?」

「お、俺は....その、守――」

「ああ!いい、それ以上言わんで結構。てか私のほう向いて言うな、キモい。」

「お前なあ....。」

「ま、今のうちに考えときな。会うまでにそのウジウジ、治しとけよー。」

藤島が高校を去ったときは「清々した」とでも言ってやりたい気分だったけど、あいつのことを大切に思ってる人たちも案外身近にいて、少し複雑な気持ちだった。彼女にはもう攻撃意識はなく、あんなに反省していたからこそ恨みつらみとかはもうどうでも良くなっていたんだけど、別にバトル漫画みたいにそこから友達になろうなんて考えもさらさらなくて、敵から他人に戻った、というのが私の答えだ。

でも一つ気掛かりなのは、藤島の存在が欠けたことで友達がいつまでも前を向けない、ということだろうか。勝田は別にいいとして、明希は未だに彼女の退学のショックを抱えているみたいだし。何かベストな解決策を見つけられると良いんだけど...。

そこで私は喧騒の中に戻り、明希を探した。こんな大勢の人ごみから見つけ出すのは少し時間がかかると予想していたのだが、皮肉にも服が人一倍泥だらけだったせいで見つけるのは簡単だった。

「明希。」

「.....。」

「ねえ。」

「え?」

あとは閉会式を待つだけの長い待機時間に、彼女は黄昏に耽るように秋空を見ていた。

「何見てるのー?」

「え、あ...ごめん。ボーってしてた。」

「あはは、もうやることないもんね~。」

「うん、まあ。そうだね。」

泥交じりの、もつれた明希の髪に手ぐしを入れて、そっと撫でるように解かす。すると彼女は、落ち着いた声で「ありがとう」と返した。

「明希。」

「うん?」

「今日は頑張ったね。」

「うん、お陰様で。」

「えへへ、私なにもしてないって。」

「そんなことないよ。鶴ちゃんが居なかったら私、あの場で立ち直れなかった。」

「明希もそれで最後まで走ったじゃんか。偉いよ。」

「えへ、なんか恥ずかしい。」

お互いを褒めちぎったあと、明希は小さく微笑んで言った。

「こんなに早く仲直りできるなんて思わなかった。」

「ね。私、明希とあんなに大喧嘩したの初めてかも。」

そういうと、明希は赤面を隠すように俯き、恐る恐るこちらに目を向けて言う。

「ごめんね、あの時はムキになって...。」

「私こそ。酷いこと沢山言った。」

そんな彼女に私は、ほいッと手を差し出した。

「改めて、仲直り。」

「ほんとに...ありがと。」

明希が弱々しく手を握る。あの喧嘩から、もしかしたら二度と戻らなかったかもしれない縁だから、まるで夢でも見ているような気持ちだった。私はそっと彼女にハグをして、ありがとうの言葉を返した。

夕焼けだった。青と茜の交じりあう空を見て、二人は静かにまどろむ。そのひとときに言葉はなかった。

 

しばらくすると、私は明希に尋ねた。

「明希はさ、」

と声を掛けると、彼女はこちらに目を向けた。

「明希はさ、今も藤島に会いたいって思う?」

「え?」

「大事な友達なんでしょ?」

「そうだけど、どうして?」

「私も探してみるよ、藤島のこと。どこにいるのかサッパリ検討つかないけど。」

「え、本当に言ってるの?」

「うん。ホントに、あの人なしじゃどうしようもなくなっちゃう人は案外多いみたいでさ。」

「....。」

「とりあえずは、あの探偵さんに聞いてみなよ。あの人、仕事モードになると凄いから。」

「...ありがとね。」

「ううん、私に出来ること、これくらいだから。常連さんにも聞いてみるね。」

明希は目を潤ませて言った。

「鶴ちゃんが友達で良かった。本当に良かった。」

少し大袈裟にも思えた彼女の感謝に、私はニッコリと笑って返した。見つかるまで、果たしてどれだけの時間が掛かるかは検討もつかないけど。遠い目で交わした約束を嘘に出来なくなって、何だか異様なプレッシャーがのしかかる。ああ...オッチャン、この件、丸投げしてもいいですか...。

 

 

体育祭を終えた帰り道、河島と二人で歩いていた。

「お前、真っ茶色だな...。」

河島が泥だらけの服を見て戸惑う。

「うるさいな。吞気に他組とお喋りしかしてなかった奴に言われたかねえよ。」

「まあ、それは否めない。」

こいつ、開き直りやがった。更に河島は

「まあ、なんだ。終わり良かったので総べて良し、と。まあそうゆーことよ。」

と、得意げな表情でほざく。

「その終わりまでにどれだけボロボロになったことか...。」

私は呆れ顔で言った。

しばらく言葉を交わさずに歩いていると、河島は変なことを口にした。

「あ、そうだ。一つ言い忘れてたことが。」

「言い忘れてたこと?なに?」

「体育祭、壊して悪かった。」

「え?どういうこと??」

「あー、分からないなら良いや。」

「え、なになに。言ってよ、じれったいな。」

河島は一旦、言おうか迷うような素振りを見せる。そんな彼に

「はやく、はやく。」

と急かすと、彼は困惑した様子で答えた。

「四倉さんが一回、体育祭を休むって言い出したことがあったろ?」

「あれ、言ってたっけ。」

「もういいよ...。」

分かりやすく呆れる河島、私はこの話が中断されるのを阻止しようと、明確に思い出せていないまま噓をついた。

「ああ...!言った、言いました!それで??」

「.....。」

「ねえ~、お願ぁーい。続き話して~。」

「...分かったからその喋り方やめろ。」

「やったあ。」





【55.5話】
体育祭の数日前、教室にて。
「四倉さん。」
「え?」
「体育祭、どう?楽しみ?」
「え...。いや、まあ...普通かな。」
「そっか。」
「えっと、どうして聞いたの?」
「いや、なんていうか...。」
「...??」
「今回の体育祭、たぶん物凄く荒れると思う。」
「どうして?」
「この青組の一部が、やたら優勝に固執しているみたいで。」
「そうなんだ...。」
「四倉さんは勝ちたい?」
「え...どうなんだろ...。」
「俺は自由に楽しむ方でやりたい。」
「そ、そうなんだ。」
「多分ね、この意見は向こうと衝突する。追い詰めるつもりはないんだけど、"どうしたいか"が明確になっていない状態なら今回、四倉さんにとってはかなりキツい体育祭になると思う。」
「....そっか。」
少し顔を俯かせ、考え込む明希。そんな彼女に河島は、ひとつの質問を投げ掛けた。そしてその言葉は後に、明希を酷く悩ませる種となった。

「ねえ、四倉さんはどうしたい?」

7章-ノ木の火-
おしまい。
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