下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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【メタ茶番】

「やっと体育祭終わったあああ!!」
詩鶴が気だるげに言う。それを見た河島がボケーっと返すところから会話は始まった。
「清々したみたいな言い方だな。」
「え、いや、そういうんじゃないけど...。でも何て言うか、物凄く長く感じた。」
「そりゃあな。体育祭の部分だけでも二ヶ月連載してるからな。」
「うわあ...、どうりで長く感じた訳だ。これ絶対途中で読み辞めた人いるでしょ。」
「まあ、章の真ん中辺りから鬱展開になるの、お決まりみたいになってきてるし。」
「なんか、全然コメディじゃないよね。」
「まあ、な。」
詩鶴は頬杖をつき、乙女な溜息を吐いた。
「はぁ~あー...。私、ラブコメの主人公が良かったあ~。」
「それは...ちょっとキツくね?」
「なんでよ。」
作者(あのひと)、恋とか云々にマジで縁がない。」
「ああ....。」
「まあ、そう落ち込むなって。いつか誰かが恋愛ものの二次創作でも書いてくれる。」
「そんな日、いつまで待てば来るのさ。」
「うーん、永遠の愛くらい?芸能人基準とかで。」
「一、二年じゃあさすがにないでしょ。」
「おい、それ以上言うな。」
五秒程の沈黙が流れた。
「ま、あれよね。要はもっとテンポよく話が進めば良いってことよ。」
「だな。」
「それに題名、「下町の鶴」だよ?名前のくせして殆ど学園モノじゃない。」
「下町要素は確かに、今のところかなり薄いよな。」
「でしょ!?だったらもっと下町人情とか描かないでどうすんのよ。」
「....俺に言われても。」
詩鶴はワシャワシャと頭を搔きむしり、もどかしさの念を表に出した。
「あーもう!ギャアギャア言いまくったせいでお腹減った!河島、居残り終わったら何か食べに行こ。」
「おん。山岸も誘うか?」
「ったり前!見つけ次第、連行じゃああ!!」


8章.眠らない下町
68.父と歯ブラシ


 

下町の鶴

8章-眠らない下町-

☆Episode.68「父と歯ブラシ」

 

私は歯ブラシを見つめ、強い戸惑いを覚えた。口に入れた瞬間に、鼻腔を貫いた強烈な酒臭さに吐きかける。

「お父さん...、ちょっと....。」

そこで私は、青ざめた顔で父に詰めよった。ちょうど食卓にいた。

「どうした詩鶴、おはよう。」

「ちょっと聞きたいんだが...、昨日どこにいた...。」

「なんや怖い顔して。え、もしかして顔に口紅ついてる?」

あっけらかんとした態度で冗談をかます父。私は続けて尋問した。

「どこに、居たかって、聞いてるんだが...。」

「どこにって...、普通に会社の同僚と呑みに行って――」

「そんで?」

「電車で帰って、風呂はさすがにフラフラやったから入らんかったけど。」

「うんうん、それから?」

「それからって...、歯ぁ磨いて、寝てって、それだけやん。」

「待って。歯ぁ磨いてっつったか。」

「そりゃあ酔うてたかって歯ぁくらい磨くわ。だって虫歯んなんの嫌やもん。」

何かに魘されたような顔で私は問い続けた。しかし、父は何を聞かれてもポカーンとしたまま。私はいよいよ核となる部分の質問を切り出した。

「お父さん、私の歯ブラシ、酒臭いんだけど。」

これで父も気づいてくれるだろうと思ってた。だが...

「詩鶴...お前、」

「分かった?」

「酒飲むほどの悩みがあるなら何で言わへんねん!!」

ズゴーーーーーーーーーーーン!!!

「違う!!お父さん、私の歯ブラシ使ったでしょって話!!」

「え、噓ぉ。ちゃんと自分の使たで。」

駄目だ、完全に酒で忘れてる。

私はぷんすかと大股で洗面所から歯ブラシを二本取ってきて、父に見せつけた。

「これ、赤いの。見覚えないかな。」

「おん、詩鶴のやろ?」

「うん。で、この青いのは?」

「それこっちのや。」

「うん。じゃあ何で赤い方から変な臭いがするのかなあ!」

「え....。え、噓や。ちょっと嗅がせて。」

そう言って、父は私の歯ブラシをスンスン、と嗅いだ。すると父は数秒ほど固まったあと、分かりやすく青ざめた。

「うわ、ほんまや。.......ごめん。」

私はというと、

「気づくの遅いんじゃあああああああ!!」

キレた。

「ごめんって!え?だってほんまに...え?スンスン...うわ、ニンニク臭っ!」

「私、口ん中入れちゃったんだけど!?どうしてくれんの!!」

「え、間接キスにしてはディープ過ぎるでコレ。」

「は?」

「いや、その...」

「あのなァ!!」

「ですから、心より、その...おあ――」

「ふざけんなああああ!!!」

 

--会社にて----------------------------

 

そんなこんなで娘に、新品の歯ブラシを買う予定が出来たのである。

「なるほど、それはやらかしましたね...。」

パソコンをカタカタと打って仕事に勤しむ最中、同僚が憐れみの言葉をくれた。

「ああ、あともうちょっとで病院に転勤するとこでしたよ。」

「ご愁傷様です。」

本当、家の中なのに課長に怒鳴られるくらい怖かった。あともうひと冗談を入れてたら恐らく、二針は縫っていたであろう。

「あんなに怒るもんかねえ...。」

「まあ、娘さんも年頃でしょうし。てか、歯ブラシ間違われるなんて誰だって嫌ですよ。」

「ま、それもそうか。」

「ええ。」

数秒ほど編集作業に戻り、パソコンを打ち始めた。しかし単純作業の繰り返しで、脳は別のことを考える余裕が定期的にくる。ので、会社が終わってからの買い物のことが気にかかってしまう。

そうやってしているうちに、今度は同僚の方から話しかけてきた。

「電動歯ブラシでも買ってあげたらどうです?」

「いや、いくら何でも高いですって...。」

「うーん、まあ二千円はしますよね。」

「ははあぁ~....、歯ブラシで二千円....。」

「娘さんの許しが二千円なら安い方じゃないですか?」

「大罪すぎる...。」

「はは、可愛い娘のためだと思って。」

「それやったら普通のでちょっと高いの買いますよ。」

「あ、ケチった。」

「やかましいわい。」

詩鶴の喜ぶような案が旨い飯以外に思いつかない。俺は「うーん」と、溜息交じりに背伸びをした。

「名取さん、こういう時は女子の意見を参考にしましょ。」

同僚はそう言って、近くにいた後輩の女性を捕まえた。

「どうしたんですか?」

「いや、名取さんがね?」

そして彼はこちらの事情を説明する。そしたらその後輩の第一声が

「うわあ、終わってますね(笑)」

...誰か俺を殺してくれ。

その後輩は苦笑いを浮かべたあと、気前よく案を出してくれた。

「最近はホワイトニングのとかも出てますよ。」

「ホワイト...ニング??」

「ええ、歯が真っ白になるんですよ。表面の黄ばみとか落ちるんで、煙草吸われる方も時々買われるんだとか。」

「はあ、なるほどねえ。」

「娘さん、今おいくつでしたっけ。」

「あともう少しで十七。ピチピチのJKってやつですわ。」

「へえ~、それでしたら多分喜んで貰えますよ。」

後輩にそんなことを言われるもんで、俺はついつい、そんな娘の姿を想像してしまう。

「え、お父さん、女子力たっか!天才!?」

なんて。あかん、顔がにやけてきた。

「えへ、うへへ...、喜ぶかあ、そうかあ。」

引きあがった頬が戻らないまま、気づけば二人は冷めた苦笑いを浮かべていた。

 

 

そんなこんなで、そのホワイト()()()とやらの歯ブラシを買ってきた。二本で五百円を超えるという何ともお高い歯ブラシではあったが、歯の黄ばみが取れるというのは少し気になる。煙草こそ今はもう吸わないのだが、酒は飲むし、それなりに味の濃いものも好んで食べるので。こんなに高かったんだから、もしかして口臭消しの効果もついていたりするかな。今日の歯磨きが何だか楽しみになってきた。

「ただいまー。」

夜の九時半頃に家に着き、帰宅の一報。残業の疲れがこびりついたスーツをとっとと脱ぎたいと思っていた時、開けようと思っていた襖が勝手に開き、その隙間から詩鶴がひょこッと顔を出した。

「お か え り 。」

「お、おう、ただいま。」

「...お父さん、お土産は。」

詩鶴はそう言って新品を差し出すよう要求した。俺はサプライズ精神に心を躍らせ、特に意味もなくネクタイをキュッと締めて格好をつける。そんな態度で娘にプレゼントした。

「詩鶴、今朝はほんまに悪いことした。これ受け取ってくれるか?」

詩鶴はそれを手に取って、しばらく眺めた。

「なにこれ。」

「ホワイト()()()とか言ってな、歯がツヤツヤの真っ白になるねん。」

「ほへー。」

「高かってんでー?まあ詩鶴も美容に気ィ遣う時期やろうから、ジャンジャン使てな。」

「よく分かんないけど、ありがと。」

「へへへ。ええねん、ええねん。気にせんで。」

予想よりかは反応が薄かったが、喜んで貰えたようで何より。礼を言われて思わずにやけ顔になった。

ニタニタしていると、妻がこちらを見て笑顔で言う。

「へえ~凄いねえ。で、私の分は?」

俺は一瞬、身体が固まった。そうか、こんな良品を買ったんだから妻も欲しがるのは至極当然。しかし、いま手持ちにはあと一本しか残っていない。これだと妻だけ仲間はずれみたいになってしまうではないか。親子の関係修復に目を向けすぎて、肝心の家族円満を作り続けることを見落としていた。これは大誤算だ。こうなったら...

「おう、そう言うと思って、そっちの分も買うてきたで。」

妻に自分の分の歯ブラシを取り出し、渡した。すると妻は目を丸くして驚く。

「え、ウソ...。冗談のつもりだったのに。」

ん、ん??いま何て?え、冗談??

「えー、ありがとう。たまには気が利くね。」

「お、おう。」

「え、ちなみに自分の分は買ってあるの?」

「え??あー!あはは、こんなん、歯ァの美白なんて男にはええねん。」

「ああそう。」

「そうやそうや!大体、アラフィフのオッサンが歯ァだけ白いとか変やろ。」

というと、娘がたった一言

「うん、変。」

詩鶴....、お前覚えとけよ。

「まあ、大事に使ってくれ!こっちもそれ、どれくらい綺麗になるんか気になるわ。」

俺はそうして、何とか家族の円満を守ったのだ。手違いで渡してしまったのは置いといて...。でも、今回はちゃんと"お父ちゃんしてる"やろ、今日の自分は偉い。まあ、元は自分でやらかしたことやから、別に自分の分のことをそこまで惜しんだりはしないけど。そんなことよりもずっと、家族の笑顔の方が俺は嬉しいから。

ああ、良いことしたって思うとビールが飲みたくなってきた。

「お母ちゃん?ビール頼むわー!」

「冷蔵庫にあるよー。」

「なんとまあ...よくお冷えになられて...。」





少し飲みすぎたようで、気づけば寝落ちしていた。付けていたはずのテレビも消えていて、辺りには妻も、娘の姿もない。多分、もう先に寝ているんだろう。いつものことだろうからきっと
「先に上あがってるよー。」
とか、
「風邪ひくよー。」
とか、寝てる間に言われてたんだろう。覚えてないけど。
立ち上がると、まだ軽く酔いが残ってるようでフラフラする。このまま二階に上がって寝てしまおうかと思ったが、子供の頃の歯医者でのトラウマがあって、正直もう行きたくない。仕方あるまい、と洗面所まで歩き、歯ブラシ入れを開ける。そこには自分が買ってきた歯ブラシが二本。
「ちゃんと使ってくれてるみたいやな。」
寝ぼけまなこで心に呟く。
「ふああああああ。」
と、欠伸をし、俺は会社での会話を半醒半睡で思い出した。
~「煙草吸われる方も時々買われるんだとか。」~
なんかそんなこと言ってたっけ。ああ、そうそう。そう言えば歯の黄ばみが落ちる効果が気になるからってもう一本買ったんやっけ。思い出した思い出した。えっと、こっちが詩鶴のやから...

つづく。
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