下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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71.スレンダーガール詩鶴

 

下町の鶴

8章-眠らない下町-

☆Episode.71「スレンダーガール詩鶴」

 

「詩鶴、買い出し行ってきてくれる?」

「はいはーい。メモどこ?あ、これね。」

「...?」

いつもと比べ、異様に聞き分けの良い私を見て母がキョトンとする。

「ふんふん、おっけ了解。お母さん、お金。」

「...詩鶴、頭ぶつけた?」

「え?何さ、失礼な。」

状況が理解出来ないまま、母は買い出しの費用分を渡した。

「はい、ありがとう。行ってきまーす。」

「詩鶴、ちょっと待った!」

「え、なになに。どうしたの。」

「何か変なこと企んでないでしょうね?」

「え?何で??」

「逆に聞くけど、何でそんなに急いでんの。今日なんかあんの?」

「別に何もないよ。もうすぐお店始まるでしょ?急がなきゃ。」

「ああ、そう。」

そう言って私は家を飛び出た。母は最後まで怪しい目で私をじっと見つめていた。

今はこうして、なるべく運動不足を解消させることに意味があるのだ。別にこれといって健康に気を使っている訳じゃない。体育祭も終わったことだし、今更体力作りに勤しむ理由もない。ならどうしてこんなに焦っているかって?それは...

 

それは昨日の部活での出来事だった。久しぶりに参加出来た陸上部で、顧問の先生が少し変わったことをやろうと言い出したのだ。

「お前らァ!青春真っ盛りなお前らに特別ゲームを用意した!」

「特別ゲーム??」「何それ。」「えー、良く分からんけど楽しそう。」

「聞けェ!いざという時にカッコイイとこみせてこそ運動部というものだ。よって男女別でペアを組み、お姫様抱っこしながら走って貰う!!」

なにその地獄みたいな競技。周りからも部員の半分が文句を垂らしていた。

「先生ェ~。」

すると、その内の男子が先生に向かって声を上げた。

「何だ、文句なら受け付けんぞ。」

先生は鋭い目をし、反論すらも許さない姿勢を取っている。でもせめて苦言の一つくらいは呈して欲しいものだ。そう思いつつ、私はその男子に微かなる期待を寄せた。

「文句ではないんですけど、」

「じゃあ何だ、言ってみろ。」

「男女でやりたいです!!」

コイツくたばれば良いのに。

そんなこんなで男女ペアでやることは免れたものの、結局この罰ゲームみたいな種目は実行された。百メートル走の往復で、担いで走り終えた先で交代し、逆パターンで今度は担いだ人がその人に担がれて元の位置に戻ってくるというルールだ。

部活仲間の女の子と組み、先ずは私がその子を担いで走った。

「よいっしょ!!」

「大丈夫?私、重くない?」

「ヘーキヘーキ!ほら行くよー!」

なんて言いながら、汗水垂らして私は走った。途中、彼女が

「わあ、なんかこれドキドキするー。名取ちゃん、力持ち~。」

などと言ってくるので思わず楽しくなる。地獄だとか思ってたけど、やってみると案外面白いもんだなあ。そう思った。

しかし、問題は復路で起きた...。

「よし、じゃあ交代っ!よろしく頼んだ!」

「頑張る!」

そういって彼女に身体を預けたとき...

「ヴっ!重っ...。」

「エ?」

一向に身体が持ち上げられない。戸惑いつつも応援し、励ましてみたものの

「うおおおおおっ!!行けたあっ!行けた!けど...。」

今度は前に進まない。

「あの、大丈夫...?」

「気に...しな、い、で...!!」

怪獣のように一歩一歩を大きく踏みしめて、ゆっくりとゴールへと進んでいく。しかしあまりの遅さに先生からも怒号が飛んでくる。焦りを感じた彼女は唇を嚙みしめ、ゆるやかに吹く秋風の十割もの速さで走った。そして私のペアだけがレーンに残り、ようやく完走した頃には皆が私たちのことをジッと見ていて、二人は言葉を失った。私を担ぎ走り終えた彼女は息を切らし、膝をついて倒れる。この様子を見かねたのか、先生が

「名取、お前昼飯食い過ぎなんだよ。」

と一言。周りからクスクスと笑いが起こり、私も赤面で膝から崩れ落ちた。

 

あれから、私は瘦せると決心した。体力の消耗が激しいことを進んで行い、間食は避ける。そうして私はスレンダーで、水も滴るイイ女へと生まれ変わるのだ。ついでに月夜の晩、カッコイイ王子様に攫われて一晩中夜空をさすらうのだ!うへへ...、うへへへへ!!

...いかんいかん、妄想ばかりしていても瘦身には繋がらない。私は買い出しメモに書かれたものを順に買い集めていき、重くなっていく買い物袋を無駄に上下させて筋トレなんかもした。八百屋、魚屋と、町をぐるぐる駆け巡って、その移動の節々に無駄な運動を組み込ませた。そうやって買い出しに勤しんでいるうちに、少し疲れを感じたため近くにあったベンチに腰掛ける。すると何ということでしょう、信じられないくらいの疲労が押し寄せてきた。

「はあ...、はあ...。これでちょったァ瘦せただろ。」

と、心に呟く。体の疲れに意識を向けてみると、腕の筋肉はパンパンに張っていて、お腹にはジーンと脂肪の燃焼されていく様な感覚が伝う。これは確実に効果が表れている。やった、これで少しは体重が減るだろう、などと思いつつ、思った以上にヘトヘトになってしまって喜びどころの話じゃない。ボーっと空を見上げ、あかね色の空を映した目がもの思いに耽る。

「ああ、あとこれ何回繰り返せばいいんだろう。疲れたなあ。」

溜息を吐いてそのようなことを思っていると、何だか気が遠くなって虚しい気持ちにさせられた。

雲を数えながら、私は放課後の居残りでの会話を思い出す。

 

「河島。」

「おん?」

「私ってさ、....。」

「何。」

「...太ってると思う?」

「中肉中背。」

「言 い 方 。」

即答で返す河島。可もなく不可もなくって言いたいのか、地味に精神に被弾した。

「山岸はどう思う?」

と山岸にも尋ねてみたが、

「大丈夫、太ってはない。」

そんな大して励ましになってもないようなことを言われた。かといって何て言葉を貰えたら嬉しいのか、自分でも割と分からない。何か確証を得たいのだが、軽いと言われたいからといって

「お姫様抱っこしてみてよ。」

なんて口が裂けても言えない。第一、仲のいいって言ったって仮にも異性だし、ここでもし前みたいに

「うわ、重っ!!」

なんて言われたら今度こそ生きていけない。そうして心の中で葛藤していると、山岸が言った。

「まあ、気になるんだったら少し面倒臭いって思う事を率先してやってみたら?」

「面倒臭いこと、ねえ...。」

「普段避けてるような面倒事って、結構カロリー使うと思うからさ。」

「ほーう、良いこと聞いたかも。」

山岸のアドバイスに関心していると、河島が横から茶々を入れる。

「よし名取、ってことで明日から俺の分の焼きそばパンも買ってきなさい。」

「ふざけんな、それくらい自分でやれ。」

 

...思えば即行動で買い出しに出かけたのも、山岸の一言が頭の片隅に残ってたからなのかもしれない。瘦せることを天秤にかければ「このくらい何のこれしき」って程度に思っていたが、いざやってみると本当に面倒事だ。

乱れた呼吸も整ったことだし、そろそろ帰ろう。黄昏前の町角、私は重い袋を持ち上げ、脂汗を風に当てながら家路を辿った。

 

時は流れ、夜。お店を閉めたあと、今日の夕飯は母が作ることになっているのでその間、二階の寝室に寝転がって待っていた。窓からは大きな月が見える。夏が完全に遠ざかったことを教えるように、触れるもの一つ一つが秋へと変わっていった。扇風機がなければ居たたまれなかったこの部屋も、今となっては外の風だけで十分。運動するにも心地よく、人間が最も活発に動ける季節のように思える。

「疲れたけど、何とか明日も続けられそうかな。」

そう心に呟いて、私は小さく微笑んだ。

ふとお腹を指でつついてみると、硬いわけでもなく、どちらかというとプニプニしている。私、やっぱり太ったのかな。食べ過ぎなのかな。そう思うと、小さな溜息が口から零れた。

「詩鶴、ご飯できた。」

母の呼ぶ声がして、私はウンと力を入れて起き上がる。今日は少量にしよう、そう心に決め、私は食卓へ足を運んだ。

「はいはーい、お待た....せ。」

私は絶句した。階段を下りている時から、なんか凄くいい匂いがしてるなあ、とは思っていた。しかし...

「食欲の秋ってことで、月も綺麗に出てることだし、今日はすき焼き作ってみました。」

母はそう言って、家族の笑顔を誘った。父も期待に満ち溢れた表情で

「詩鶴、ボケーっとしてたら全部食うてまうで。」

と急かしてくる。

そうか、瘦せるとは戦いなのか。私はその過酷さを知った。目の前の誘惑に打ち勝つ心の強さ、まずはそこから鍛えていかなければならない。そのことを私は見落としていたのだ。理性が飛びそうな程の強烈な欲望、飲み込んでも飲み込んでも溢れる(よだれ)に抗いながら、手を合わせ、僧侶の如く

「いただきます。」

と、口にする。我は瘦身を心掛けし者、生きる上で必要な分だけ摂取すればいいのだ。箸を手に取り、私は心に言い聞かせた。祇園精舎の鐘の声....

「どうしたの?はやくしないと無くなっちゃうよ?」

と疑問を声にする母。私は仏の顔で答えようとした。

 

「うへへへ~、どれから食べよっかな~~♡まずはやっぱお肉かな~~♡♡」

 

仏の顔なんてできるはず無いじゃないか。理性など、端から飛んでいた。

そうだ、スポーツの秋じゃない、食欲の秋だ。何がスポーツの秋だ、何が瘦身だ。うるせえ、私はやりたいようにやる。ダイエット?明日からやる。気が向いたらやる!!

 

つづく。

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