下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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(投稿遅れましてすみませんでした!!)


72.もう一つの生き方

 

下町の鶴

8章-眠らない下町-

☆Episode.72「もう一つの生き方」

 

「十四時頃、駅前のカフェに三十分滞在。その後、車で移動し、次はパチンコ店...。」

とある会社の一室で探偵入崎が調査依頼の結果を伝えている。明確に顔の映った写真や、その他諸々の証拠品を依頼者に提示し、顔を伺う。依頼主の男は腕を組み、深いため息をついた。

「うーむ...。」

「彼の素行についてですが、常に何かに警戒しているような雰囲気でした。恐らく、まだこういう事をし始めて長くはないでしょう。」

「.....。」

俗に言う”サボり営業マン”というヤツだ。上司の監視下にいないサラリーマンというのは気が抜けがちで、大体こういうのは営業ノルマが低いか、上司の指導不足が原因だったりする。かといって厳しくすれば明日から来なくなる社員が続出。部下を持つというのはさほど楽なものとは言い難い、と探偵業をしていてつくづくそう感じさせられる。

「仕事の飲み込みが早い人でね、見込みがあると思っていたのだが...。」

依頼主は俯きながらそう言った。そこで入崎はそれに対し、

「これはあくまでも私の意見ですが、」

と言いかけ、彼に助言する。

「出来る人材であるならば、それを活用するのも手かと。」

「活用...ですって?」

「ええ、使える人材なら切るのは勿体ない。かといって、このことを本人に突き詰めれば間違いなく仕事のモチベーションを下げてしまう。」

「はあ。」

「泳がせるんです。仕事量を適度に増やし、「頑張ればサボれる」という状況を保ち続けさせれば、会社にとっても良い利害関係になり得るのではないでしょうか。」

依頼主の目が少しだけ変わり、その状態で考え続けていた。

探偵というのは相手の情報だけを手に入れ、それを依頼主に開示することだけが仕事ではない。真実を知った者へのアフターケアが必要不可欠になってくる。真実を手にすれば、その先には大抵失望が後を付けてくるもの。これからどうしていくべきかを話し合わなければ本当の解決とは言えない。

 

ひと仕事を終えて、彼は煙草を取り出した。そして手にした一本を咥えると、車の行き交う喧騒の中に、彼は今回の依頼主に言われた言葉を浮かべた。

「彼にも家族がいるからね、そう簡単には切れないさ。」

その一言で思い出された過去が、入崎の胸の奥を痛める。そして彼はその喧騒へと呟いた。

「家族、ねえ。」

ため息の代わりに、と煙草に火をつけようとしたが、取り出したマッチ箱は気づけば空箱になっている。ため息の理由が煙草が吸えないことになろうとしていた時、左から誰かの手が伸びてきた。驚く間もやらずに、その手に持っていたライターが点火し、咥えていた煙草に火がつく。ひと吸いを終えて横に目をやると

「おひさ、探偵さん。」

若い女性の声、この前の河島とかいう女子大生だった。

「何してるんだ...?こんなところで。」

「バイト終わり。ったく、飲食店はキチぃキチぃー。」 

「ああ...、そうか。」

「おじさんも仕事終わり?」

「ま、そんなとこだ。」

「ふーん、お互いお疲れ様だねえ。」

慣れた手付きで火をつけ、煙草をふかす彼女。その姿を見ていると、千春は話しかけてきた。

「何吸ってんのー?」

「え?」

「銘柄だよ。何かタールめっちゃ高そう。」

「これか。アロマローストってヤツだ。」

「へぇ、何かすんごい甘い匂いするね。美味しそう。」

「ああ、甘い。だが、コイツは肺喫煙には向いてない。」

「何ミリ?」

「リトルシガーだ、記載はない。」

「うわ、でた。葉巻だ。」

「そういうこと。」

何かとつけて「これ何?これ何?」と聞いてくる少女。入崎は呆れ半分で答えつつ、ため息の代わりに口から何度も煙を吐いた。

「ところで君、こんな時代でどこで煙草なんて覚えた?誰かから勧められたのか?」

入崎は彼女に尋ねた。

「え?おじさん、もしかして女煙草とか差別する感じー?」

「違う。少し珍しいと思っただけだ。」

そういうと彼女はフフ、と笑い、煙草を咥えたまま深い呼吸をすると答えた。

「やってらんないって思って始めたの。やりたいことなんて見つからないのに、そんな私をしつこく追い立てようとする進路がさ。」

「進路ねえ。」

「やれ進学だ、やれ就職だ。嫌んなっちゃって。」

彼女の言葉に、彼は学生時代の頃を思い出した。就職先が決まったと、誰もが浮かれていた時期に訪れたバブル経済の崩壊。明るいと信じていたはずの未来が消えたことに皆が戸惑っていた。

「おじさんももしかして、同じ理由で吸い始めてたりして?」

「.....。」

「あれ、探偵さん?」

「え?ああ、すまない。俺はちょっと違う。」

「へえ、良かったら聞かせてよ。」

「...いつか、な。」

「えー。」

「えー、じゃない。」

文句を垂らす千春を横に、彼は何食わぬ顔で煙草をふかし続ける。

日常だったはずのものがいくつも壊れ、それに倒れていった人達のことを思い出す。あの時代は良かった、と呼べるものばかりではないから、懐かしく感じるものに何度も思いを馳せるのだ。そして二人の間に少しの沈黙が流れると、彼は一部を話した。

「まあ、コイツはその”進路に浮かれてた馬鹿”が愛用してたヤツだ。」

「へえー?」

「いっつも甘ったるい匂いをプカプカとまき散らして、就職したらやれ車だ、女だ~とか、ほざき倒してやがった。」

「よりにもよって何でそんな奴の煙草を?」

「懐かしいのさ。お互いにデカくなろうぜって抜かしてたのが。」

「.....?」

入崎は遠くを見る目で思い出に耽っていた。河島はその言葉の意味を見抜けず、ただポカンと首をかしげていた。入崎の黄昏気分が終わると、彼は夢から醒めたようにハッと我に返り、急に話題を閉じる。

「話はここまでだ。後は勝手に想像してな。」

「えー!?そんなイイとこで切る?フツー。」

不満げな彼女に、入崎は軽く微笑んで答える。

「まあ、今のうち何度でも計画を練って迷うと良い。」

「え、何の話?....ああ、進路ね。」

「自分で振っといて忘れるかよ。」

「あはは。まあ、良いとこ見つかるよう、模索してみるよ。」

「そうだな。言っておくが、未来に浮かれてると小さな失敗でとち狂う。君はそうなるなよ。」

「肝に命じておくよ、探偵さん。」

キリの良いところで煙草が切れ、入崎は吸い殻を灰皿に捨てた。

「俺はそろそろ行くが、何か話しておきたいことはあるか?」

「話したいことだらけだね、今は。」

「そうか。まあ、あの居酒屋に入り浸ればまた直ぐに会えるさ。」

「完全に名取ちゃんにホの字じゃん。」

「それはお互い様だろ?」

「えへ~?」

「冗談だ。ただの旧友だよ。」

目の前の大通りはすっかりラッシュアワーの渋滞が始まり、何台もの車の排気口がこの街を都会の香りに染めていく。ネオンライトの明かりが見え始めた黄昏時に、二人の姿が怪しく映る。そんな中、千春がぽつりと呟いた。

「あの子見てるとね、私みたいになっちゃわないかって心配なんだ。」

名取のことを口にして、ぼんやりと通りを眺めている。彼女は続けた。

「就きたいとこも決まらないで、ブラブラと街ほっつき歩いて。挙げ句、酒タバコにしか逃げ場がないなんてさ。」

入崎が彼女の方に目をやると、千春の目は微かに潤んでいた。入崎は通りに視線を戻し、

「まあ、あの子に西口(ネオン街)で声掛けられた時には、即座に札束置いて持ち帰りだな。」

と、冗談交じりに呟いた。

「え....?」

「知り合い全員集めて、袋叩きで説教だ。」

「待って待って、私がそういうとこで働いてるみたいな言い草。」

「ははは、君もそうはなるなよって暗喩だ。」

「分かりにくい格好の付け方するなあ...。」

入崎はポケットに手を突っ込んだ。人通りに目をやると、何人かの夜売りが行き交っている。

「食える仕事さ、皮肉にもね。金も憐れみも、必要以上に手に入る。借金のツケなら話は変わるがね。」

「.....。」

「見合った以上の報酬は、自分の環境への疑問もなくさせる。」

「金に狂うってヤツね。」

「君は、そうなりたいかい。」

千春は静かに首を振ったあと、落ち着いた声で打ち明けた。

「でも分かんない。このまま路頭に迷って、それしかなかったらあり得るのかも。」

「まだ卒業まで時間はあるだろう。卑屈になるな。」

「へへ、そうだね。妹が真似する。」

ほんのりと微笑みを取り戻した千春を前に、入崎は煙草を取り出した。

「ほら、ライターのお返しだ。」

彼はその一本を取り出し、千春に渡した。彼女はキョトンとした顔をする。

「え...?」

「俺はそろそろお暇させてもらうよ。」

「また話聞いてくれるかな。」

去り際の入崎が振り返る。

「死にたくなったら吸いな、火が消えるまでに会いに行く。」

フッと笑顔を見せて格好をつけると、夜の街の中に消えていった。

 

つづく。

 

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