下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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74.下町少年のラプソディ-前編-

 

下町の鶴

8章-眠らない下町-

☆Episode.74「下町少年のラプソディ-前編-」

 

「お母さん。」

キッチンにて店番をするも、あまりの暇さに退屈して母に話しかけた。うん?と、奥から声が返ってくる。母の声を受け取ると

「お母さんってさ、初恋の人どんなだった?」

と、私は他愛もない話題を振った。が、しかし。

「詩鶴、やること残したまま話しかけてないでしょうね。」

母は相変わらず、決まって初めは看守みたいな一言でチェックを入れてくる。私はため息一つ、母に文句を垂らした。

「あのさ、入りたてのバイトじゃないんだから。仕事残ってるなら話しかけないって。」

「そう、なら良かった。で、何て?」

「ぷー、話す気失くしたよ...。」

何を話しかけるにも、初めにこんな尋問があっては弾む話も弾まないし、そもそも話題が発展しない。せっかく用意したムードをお座なりにされ機嫌を損ねた私は、暇を潰そうと店内のテレビのチャンネルを探した。

「もういいよ、一人でも暇つぶしてやる。」

棚に放置されたリモコンを手に取り、電源を押すと、この時間帯に珍しくバラエティー番組が映った。手伝いの日だからと居残り教室を抜け出し、急いで帰宅したのに、暇なだけの時間を店で過ごすだなんてあまりに勿体なさすぎる。そう強く思うから、わちゃわちゃした番組からの音に内心でガッツポーズした。

 

コマーシャルが二回ほど流れた頃だろうか、店の扉が開き、誰かがやってきた。お客だろうか?なんにせよ、心地いい忙しさになりそうな気がして安心した。暇を潰せる、という開放感の溜息に乗せて

「いらっしゃい。」

と、私は言う。すると自分の目線よりもずっと下の方から、焦りに焦った少年の声が聞こえた。

「すみません!ととととトイレ貸してください!」

「え、え??」

視線を下すと、小学生くらいの男の子が股間に手を当て、ジタバタしている。それを見た私は大慌てになり、

「あわわわわ...!こっちこっち!」

と、奥へ案内した。

少年が無事にトイレに到達すると、私は冷や汗を額に浮かべ、大きく息を吐いた。きっと下校の時から我慢していたんだろう。とにかく、間に合ったようで良かった。

暫くして少年が出てくると、

「ありがとうございました。」

と、丁寧にお辞儀をした。

「いえいえ。間に合った?」

「うん。」

「そう。良かった良かった。」

ちょうどコマーシャルも終わり、番組が再会したのでテレビに視線を戻した。何と言ってもこの番組、司会者の饒舌さが面白くてつい見入ってしまう。賑やかな笑い声、タレントのボケ、完璧な言い回しでツッコまれた時には、思わずこちらもクスリと笑いがこぼれる。そういえば、と私は思う。夢中になっていたが、あれから扉の音が一回も聞こえていない気がする。ふと視線を客間に向けると、先ほどの男の子が私と同じようにテレビに釘付けになっていた。少年が私の視線に気づくと、あたふたと申し訳なさそうに焦り、出口へ向けて歩き出す。私はその子に言った。

「この番組好き?良かったら見ていきなよ。」

すると

「あの...、ぼくお金持ってない。」

少年はそんなことを大真面目にいうもんで、私はおかしくなって吹き出した。

「あはは、そんなことでお金取るほど鬼畜じゃないよ。」

「え...。」

「それに、テレビで金取るような連中だったらトイレ代も取ってこようとするはずだよ?高級トイレー、とか言って。ははは。」

余計な弁明を入れたせいで、少年が疑心暗鬼の表情を帯びる。

「....。」

「ま、好きにしな。」

ただ、余程見たかった番組なのか

「じゃ、じゃあちょっとだけ...。」

と、少年は恐る恐る呟いた。

「どうぞどうぞ。ランドセル重いでしょ、適当なとこ降ろしといて良いからね。」

そういうとテーブル席にちょこんと腰かけ、画面を見つめだす。私はコップにお茶を注ぎ

「はい、無料のやつ。」

といって出した。多分普通に出せば「金銭を要求される」と怯えそうなので。少年は相変わらず申し訳なさそうにしていた。

暫くテレビを見つめ、番組がコマーシャルに入った時、

「小学生もバラエティー見るんだね。」

と私は声を掛けた。するとその子は

「たまに友達が出てるんだ。今日はいるかなーって思って。」

と衝撃発言をする。

「え、芸能人と友達なの!?え、どの子役?どの子役?」

私は思わずハイテンションになって、少年の前で大はしゃぎした。困惑する少年、キラキラと目を輝かせて回答を待つ私に答えようとした時

「おい小金、こんな所で何してんだよ。」

ガラガラ、と扉が開き、この子の同級生と思わしき少年達が顔をのぞかせた。

「あ、いや、その...。」

「あ!こいつ人んちでテレビ見てやがるぜ。わーるいんだー。」

「明日先生に言いつけてやろー。」

同級生らは彼の寄り道を非難し、それを囃し立ててきた。

「違う!トイレ我慢出来なくて。」

そう理由を説明するも、彼らのバッシングはエスカレートしていき

「噓つけよ。」

「人のお店でトイレ借りたの?お前、気ぃ遣うってこと知らねえのかよ。」

などと酷い言葉を浴びせ続ける。私は見るに堪えなくなって、この子を擁護した。

「トイレくらい別に良いって。ここら辺、公衆トイレ少ないんだし仕方ないよ。」

彼らは私の言葉に一瞬口を噤むも、すぐに少年の方に視線を戻し

「だいたい知らない人と話しちゃあいけないって先生言ってたし。」

「普通こういうお店で借りるかよ。」

そう非難を続ける。どうやら注意というよりは、苛めたくて仕方ないらしい。私はキッチンから客席に移動し、彼らの目線に立って論を講じた。

「あのさ、逆の立場ならどうしてたかな。どうしても我慢出来なかったら、お外でするか漏らすってのが正解?」

彼らにそう問いかけると、話に割って入られたのを不満に思ってか何も返さず、こちらを一瞬睨んだ。私は続けた。

「この子はトイレ借りに来た。で、アンタらは何しに来たの?この子を責めにきただけ?」

「.....。」

「ほら、店に用がないなら帰った帰った。」

にこやかに語彙の暴力でドツき回すと、いじめっ子らは唇を嚙みしめて出ていった。そのリーダーらしき奴から去り際に

「ババァ、覚えてろよ!」

と言われたので、満面の笑みで

「ぁんだコラ、やるかあ!」

と返してやる。

「ひえぇー!」

小学生相手に大人げないと、逃げゆく背中を見つめながら思いました。

まあ、なんにせよ面倒事は過ぎ去った。ふう、と溜息を吐き、先ほどの男の子に目を向け微笑んだ。目のやり場に困るように慌てふためきながら少年が

「あ、ありがとう。」

と小さくお礼をする。ずっとモジモジしたままだったので、私はその背中を押してやった。

「元気だしなよ、あんな奴らのために落ち込んでやるな。」

すると男の子は、ほんの少しの笑顔を取り戻した。

ホッとしてテレビに視線を戻すと、この子と同じくらいの女の子が画面に映っていた。最近はドラマや、あちこちで見かける人気絶頂の子役だ。

「あ、香里ちゃんだー。」

テレビにそう呟き、彼女の活躍に目をとめた。

「君と歳近いんじゃない?凄いよねえ、こんな小さい時からテレビに出るなんて。」

画面から目を離さずに尋ねてみると、彼から何の返答もなかった。何だろう、と思い横目で確かめると、彼はその子役の女の子の姿を夢中で見つめ、笑みを浮かべている。まさかと思いつつ、画面を見続けていると

「幼なじみなんだ、幼稚園から一緒で。」

少年は、ぽつりとそう言った。

「へぇ~そうなんだ。良いね、幼な.....え?」

「....?」

「ちょ、待って待って待って、香里ちゃんと幼なじみ!?」

「そうだけど。」

あっけらかんとした表情で答えてくるが、爆弾発言が過ぎて理解が追い付かない。ただ少年の前で、馬鹿みたいにはしゃいでる女子高生を客観視できるくらいに頭が真っ白になっている。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら、少年との会話が噛み合うくらいの冷静さを取り戻すと、

「へー、凄いんだねー。」

無感情に、馬鹿みたいな感想が口から溢れ落ちた。

 

少年は彼女の映るテレビを前に

「羨ましいな、みんなから凄いって言われてさ。僕とは大違いだ。」

ピクリとも動かずに、ほろりと呟く。そして、その表情がほんのりと暗くなった。「大違い」という言葉に

「どうして?」

と尋ねると、小さく俯いて私にこう話した。

「だってそうじゃん。あの子は何でも出来て、知らない子は居ない。僕なんて、同じ教室の中でも全員には覚えられてないし、さっきみたいに皆に責められたら言い返すのも出来ないから。」

私はこの子の言葉に戸惑った。

誰しも憧れは持っている。心から尊敬する存在を前にすれば、誰だって立ちすくんで、自分を卑下してしまいそうになるものだ。私だって、思えば瑞希の優しさや、明希の繊細さと比べると、どうしようもない人間に思えて仕方ない。他にも自分より凄いと思えるものなんて、私の周りには沢山溢れてるのだから。河島の気楽さ、山岸の気前の良さ、探偵のオッチャンなんて、何かを任せれば何だってこなせてしまう。みんな、みんな私よりずっと凄いんだ。...でも、

私は男の子に言った。

「素敵だよね、香里ちゃん。」

「うん。」

「みんなに愛されてて羨ましいよ。でも私にとっての"特別"は、あの場所では見いだせないかな。」

少年は、キョトンとした顔でこちらを向いた。

「あの子にしか出来ないことは、君や私じゃできっこないだろうけど。でも、私の料理のレベルは香里ちゃんがどんなに頑張ったって超えられやしないと思うね。」

「え?」

「有名になるから凄いんじゃない。この町にも、私の友達にも、あの子にないものを持ってる人が沢山いる。私だって、君のようにはなれないんだから。」

少年のそばに来て、私はその小さな肩をポン、と叩いた。

「自分にしか持ってないものって、人から言われなきゃ中々気づけないものだよ。」

「例えば?」

「ありがとうって、ちゃんと言えるところ。」

「それ、普通じゃない?」

二人で話していると、店の扉が再び開いた。誰かと思って目をやると、先ほどの餓鬼んちょ共のリーダーだった。

「おうおう何だい、用は済んだんじゃなかったの?」

私は腰に手を当てて、そいつにそう言った。しかし仲間等はもう居ないようで、たった一人だけでここに舞い戻ってきている。状況が理解できないまま待っていると、

「トイレ、貸して。」

と、ぶっきらぼうな態度で要求してきた。

「あら?こういう所で借りるのは何とかって言ったのはどこの誰だあー?」

「オレじゃねえし!アイツらが言ってただけだし!本当はあの時から行きたかったんだよ。」

「ふーん。」

「だから貸せ。」

「貸 ぁ せ ぇ ?」

「貸して。」

「貸して?」

「何だよ。」

私はちょっと、この子に悪戯してやりたくなった。

「貸して、「く」。」

「く?」

「だ。」

「....??」

「さ。」

「.....。」

「い。」

ようやく餓鬼の理解が追いついたようなので、復唱を誘導した。

「貸して、く・だ・さ・い。ほら。」

「何でそこまで言わなきゃいけないんだよ!」

「別ぃ~?漏らしても良いなら好きにすればあー?」

「分かったよ!トイレ貸してください!!」

「ヨシ、奥だ。とっとと行ってこい。」

許可してやると、そいつはそそくさとトイレに向かった。その姿を横目に、私は少年に不敵な笑みを浮かべた。

「お姉ちゃん、強いんだね。」

と言って少年が笑うので

「見てみぬフリも悪の内、なんてね。まあ、やり過ぎは良くないけど。」

そう言って、彼と同じように笑った。

 

暫くすると、餓鬼んちょリーダーが戻ってきた。そいつはテレビに映る香里ちゃんの姿を一瞬目にすると、少年の方に嫌味な笑みを見せつけていた。そして私に

「世話になった。」

と、淡々とそう言って帰ろうとしたので

「またいつでも来な。」

と、皮肉を込めて言ってやった。すると、

「あんた、名前は?」

振り返って更に生意気な態度をこいてきた。

「そういうのは普通、自分から先に名乗るんだよ。」

そう悪態をついてやると、餓鬼んちょは不貞腐れたような顔でこちらを睨み付けてくる。舌打ちをし、不満げに渋々

「村草ともき。」

と名乗ると、被せるように勢い任せで

「青砥高校二年、名取詩鶴、十六歳、夜露死苦ぅぅうう!!」

威勢よく返した。すると飛び上がるようにビビり散らかし

「覚えてろよ!!」

と捨て台詞を吐いて走り去って言った。私は少年の方へ振り返り

「はは、あのクソガキっぷりはアイツにしかできまい。でしょ?」

そう言って大笑いしてやった。

 

 

...少年が帰ったあと、母から

「小学生相手に馬鹿じゃないの!?」

と、滅茶苦茶に説教されたのは、あの子たちの前では内緒にして欲しい。

 

つづく。

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