下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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77.河島家の初冬

 

下町の鶴

8章-眠らない下町-

☆Episode.77「河島家の初冬」

 

白い窓を片手で拭き、冬雲のかかる空を見た。この頃、肌寒さが気になってしょうがない。布団から出て間もないが、はやく戻りたくてしょうがない。

長い長い今週の学業を終えた後の休日。何も予定が入っていない土曜日というのは何とも暇なもので、かと言って特別仲が良い訳でもない家族と一緒に過ごすというのは休日が勿体なく感じる。電気ストーブの前で漫画でも読めたら最高なんだが...

「お姉ぇ、独り占めしないで!」

何だか居間がうるさい。一つ溜息をついて布団に戻ろうとすると、母がそれを畳んでいる最中で

「自分の分くらい自分でやりなさいよ、男なんだから。」

と、朝一から説教される。ああ、どっか遠くへ行きたい。遠くへ一人旅して、誰からも何も言われない時間が五分で良いから欲しい。

布団を畳むと、もう戻れない温もりが恋しくなって居間に向かった。が、しかし

「お兄、ちょっとお姉どかして。ずっとストーブ独り占めしてんの。」

妹から面倒臭い要求が飛んでくる。こういう時の姉はマジで言うことを聞かないから放っておきたいんだが、...寒いのはこちらも同じだ。俺は仕方なく説得を試みた。

「お姉、煙草でも吸って来いよ。」

お姉の三大欲求(四つ目)を突いてストーブから離れさせようとする。しかし、それを聞いた姉は何をとち狂ったのか

「あ~、それ良いねえ。へへへ。」

と言ってポケットの煙草を取り出し、それを電気ストーブの電熱に当てようとし始める。俺は咄嗟に取り上げて

「おいバカ、外で吸え。」

と低声を唸らせた。

「ちぇーっ、エイのケチぃー。」

「ったり前だろ。火事んなったらどうすんだ。」

「それはそれで温かい。」

「もう分かったからとっととキメて来い、外で。」

そう言って姉を追い出すと、妹と半分ずつストーブの灯に手をかざした。姉がベランダの戸の前で何かぶつくさと文句を言っている。

「はあ、か弱い女を寒空の下に放り出すとは。男ってぇ生き物はこれだから...―――」

「戸閉めろよ。」

「けぇーっ、この一生童貞ぇー!」

姉の一撃が刺さり、地味にイラッときた。しかし言い返すまいとグッと堪え、温もりの方を優先する。戸がガラガラと音を立てて閉まると、姉の後ろ姿の奥に煙がのぼった。何はともあれ、これで寒さは少し凌げる。

「はあ、せっかくの休みなのに全然落ち着けん。」

大きなあくびをし、文句を垂らすと、妹は首の一つも動かさないで言ってきた。

「どっか出掛ければ?」

「...女ってぇ生き物はこれだから。」

「狭いんだけど、もうちょっと向こう行ってよ。」

妹からは文句三昧。我儘ばっか、自分のことばっか。喉まで出かかってるけど、言い返したらどうせ手が出るまで止まらなくなるんだろう。もう何か、こんな休日にあまり無駄な労力を使いたくない。

「我慢しろ、ストーブこれしかないんだから。それか何か取ってきてやるからブツブツ言うな。」

互い、居心地悪そうに一つのストーブの温もりを分けながら、暫く黙り込んだ。

「今日から明日にかけて冷え込む寒さとなっています。お出かけの際は、服装に十分注意してください。」

チューナーを繋いだブラウン管のテレビからは天気予報が流れる。よりによって出掛けづらい気温になっているそうで、皮肉にも居場所を完全に失った。

ふと妹に話しかけてみる。

「小春。」

「うるさい。」

「あ?」

一言目からいきなり冷たい態度を取ってきたのに対し、何がそんなに気に障るのかと妹の方を向くと、俺が読もうとしていた漫画を勝手に読まれていた。一瞬、本当にぶん殴ってやろうかと思ったが、それを通り越して呆れが押し寄せる。思わず小さな溜息を吐く。もう何ならノリに乗ってやろうと思い、妹が一息つくのを待った。

「ふう。」

「ジェシー、時々良いとこ見せるんだよな。」

「まー、とんでもない悪女だけどねー。」

「まあな。でもソイツの能力めっちゃ使えるから、正直仲間にいると勝ち確で面白い。」

少しだけまともな会話が成立してホッとする。いつも一言二言喋るとすぐ空気が悪くなるから、お互い他人みたいに何も話さない日もあるくらい。歳の近い兄妹ってロクな事がないけど、近いなりに同じ世代の趣味を持ってるというのは唯一の救いなのかも。

妹は床に寝転がると、リラックスした様子で爆弾発言をした。

「まあジェシー死ぬんだけどね。」

「まージェシーだしなー。.....は?」

「え?」

「お前いま何つった。」

「ジェシー死ぬって。」

「.....。」

「あ、ごめん、読んでなかった?そこまで。」

「...おう。」

四秒前後の沈黙が流れる。多分それくらいだが、異様に長く感じられた。ピリピリした緊張感の中、妹は寝転んだまま、キリッと親指を立てて一言

「許せ。」

と真顔で抜かす。せっかくの楽しみがまた一つ奪われてしまい、我慢ももうそろそろ限界に達そうとしていた。

「お前くたばれ、マジで。」

握った拳に爪が食い込む。

「お兄が早く読まないのがいけないんじゃん。」

「お前が勝手に取ってんだから読みようが無いだろ。」

イライラが限界に達そうとしていた時、後ろから突然姉に飛びつかれた。

「ほげーー、寒い寒い寒い寒い。私も入れてー。」

二人の首筋に物凄い冷たさの腕がのしかかる。

「わああああああ!!」

互いに悲鳴を上げ、振りほどいて直ぐ、一緒になって姉に怒りをぶつけた。

「何やっとんじゃあワレぇえ!!」

「だあって寒すぎるんだもん外。よくもこの極寒のなか煙草を勧めてくれたなあエイ!ちょうど吸いたいっては思ってたけどー!!」

「お姉がストーブ独り占めしてどかないからだろ!!」

「それとこれとは別ですぅー。」

「別じゃありませんー。」

「お兄ももう少し良い案出しとけば―――」

「何だコラやるか!」

三人が一緒くたになって喧嘩していると、そのドタバタを聞きつけた母が大股でこちらに近づいてきて

「あんたらうるさい!近所迷惑で怒られたらどうするの。そうなったらアンタ達で謝りに行きなさいよ!!」

滅茶苦茶に怒られた。

 

それから三人でストーブの周りに泣く泣く身を寄せて固まり、暖をとった。出来ることなら三人とも離散して別々のことをやりたいと思っているだろうけど、寒すぎてそれどころじゃない。本当ならここで暖房を付けるという手段が取れるはずなんだが、数年前に壊れてから「直す金がない」となって今のままだ。

そんな風に俺らは、昔から貧乏暮らしだった。同じ屋根の下で誰かが笑えばみんな笑い出し、怒り出せば嫌でも巻き込まれる。楽しかろうと辛かろうと、何もかもを分け合わなきゃいけない窮屈さがいつも付き纏っていた。

「犯人だーれだ。」

姉は吞気な声色でふざけたことを言い出す。体操座りで籠ったその声が二人の耳に届くと、絡むのも面倒だと言わんばかりの態度で返した。

「お姉、ストーブ取り上げられる前に話題変えろよ。」

「ちぇー、今日暇なんだから少しは乗れよ。」

「俺も暇だよ。出来れば外出たいけど寒いんだよ。」

そう突っぱねると、今度は姉は妹に話しかける。

「コハー。」

「なに?」

「しりとりしよー、「暖房」。」

眠たそうな声で唐突にしりとりを始めだした。

「羽毛」

それに妹が乗っかる。この状況で乗られると、こっちの逃げ場が無くなるから辞めてほしいんだが、

「エイ、次。「う」。」

ほら来た。姉は俺が答えるのを催促して来た。

「勝手にやってろよ、巻き込むな。」

「う。ほら、はよ。」

「チっ、ああもう。「売り子」。」

「こ、「こたつ」。」

姉が「こたつ」と答えると、続けて自分で

「こたつかあ。」

と言って微睡んだ顔になる。妹はそれに対し、

「あ、確か押入れにしまってなかったっけ?」

と返した。妹は、俺が

「出すの面倒臭い。」

と言い切る前に

「お母、こたつどこ仕舞ってたっけ。」

と言って立ち上がり、母のもとに向かった。唐突に始まり、唐突に終わるゲームに、乗ってやった自分が馬鹿らしく思える。呆然と固まって何も言葉が出なかったが、せっかくなら妹が戻るまでの間、空いた一人分のスペースを存分に使って温まろうと思った。

 

「はあ、短い幸せ。」

と呟いた俺を、姉は鼻で笑うと

「自由ならお外にあんぞ。」

と、ニヤニヤした顔でからかった。

木枯らしが窓を叩く音が、まるで嫌味かのように鼓膜に触れる。頭の重さに悩みつつ、今日朝起きて何回目かも忘れた溜息を吐いた。

「お姉。」

「ん。」

「一人っ子時代の感想を聞かせても?四年分たっぷりと。」

「忘れた。」

 

つづく。

 




2023.12.5
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