下町の鶴
8章-眠らない下町-
☆Episode.78「三馬鹿の同窓会」
とある昼下がり。町の小さな交番に詩鶴がやってきた。
「あ、すみませーん。」
その声に気づいた土浦警官が顔を上げる。
「はい。あ、あの時のお嬢ちゃん。どうも。」
「....?」
ぽかーんとした顔を見せる詩鶴。
「どっかのカッコつけ探偵の元同僚だが...、覚えてる訳ないか。」
「あー、えっと....。ごめんなさい。」
あはは、と苦笑いする土浦だが、それもそうか、と納得する。前にあったのは詩鶴が夏休みの頃だ。一回顔を合わせただけの男を半年近く経って覚えていたら逆に凄い。
土浦は一呼吸で気持ちを切り替え、仕事モードに入った。
「で、どうしたんだい?」
「あ、そうそう。これ、公園に落ちてました。」
詩鶴はそう言って土浦に落とし物を渡す。
「え、こりゃあ随分と貴重品だな。」
それはポケットに入りそうなサイズの財布だった。
「あ、一応。中身は手つけてないです。」
詩鶴は何気ない顔で言う。
「いや、うん。手つけるような子だとは思わないよ。」
そう言いながら土浦は、やたら入念に財布に目を通すので、変に思った詩鶴は首をかしげた。それに気づいた土浦警官は
「何かこれ、見覚えあるんだよなあ....。」
と呟く。
「知り合いの財布だったり...?」
「ああ、本当かは分からないんだが。」
スパイ映画に出てきそうな、やたらとポケットの多い黒の財布。折り畳みが出来て、そのほとんどの面に使いどころの分からないポケットがいくつも付いている。土浦がその財布から免許証を見つけると、それを取り出した途端に身体が固まった。
「...お嬢ちゃん。」
「?」
「ちょっと待ってて。」
「??....ええ。」
土浦警官がトボトボと裏へ入っていくと、すぐにペットボトルのお茶と、小袋を持って詩鶴の元に戻ってきて
「お詫びの粗品だ、受け取ってくれ。」
と言い、ガクンと椅子に座り込んだ。
「え、どうしたんです?」
「ああ、クッキーが入ってる。」
「いや、え?何で??」
「良いから良いから。コルディで買った上物だ。出来れば家に帰って、珈琲か紅茶で嗜むのをオススメするよ。」
「よ、良く分からないけどありがとう、お巡りさん。」
詩鶴は始終きょとんとしたまま交番をあとにした。その背中を見届け、視界から消えると大きな溜め息を吐いた土浦。
「ああ、嵐の前の何とかだ...。」
そうぼやくと、暫くして何やら聞き覚えのある声同士の言い争いが土浦の耳に届いた。そして先ほどよりも大きな溜め息を吐き、頭を抱えだす。瞬く間にその声が目の前までやって来た。
「聞けって四倉、さっきまでポケットに入ってたんだよ!」
「さっきあっても今ないんじゃ不保持だ。」
「だから今探しに戻ってる最中なんだって。心当たりあるとこまで押して歩けってか。」
「そうだ。」
「そうだじゃねえよ。お前も大型で見回ってんだから重さ分かってるだろ。」
ズカズカと元相棒達が交番にやってきて言い争いを続けるので、土浦は呆れ顔で手元の財布を机上に立てる。
「お探しのものはこれか、探偵。」
すると入崎は目をキラキラと輝かせ
「おー、土浦!さすがは地域課エリート、お前にかかれば捜査課いらずだな!」
どの口が言う。
「なあ土浦、お前もちょっと言ってやれよ。元同僚に対して冷たすぎるって。」
「四倉、書類はもう書いてるか?」
「その机、借りて良いか?」
「おい、ちょっと待てお前ら。」
入崎がごねるのを手慣れた様子で受け流し、違反の報告書類を書く四倉。その机の反対端に入崎が肘を付いて文句の続きを垂らしている。
「相変わらず生真面目な奴らだ、本当。公務員ってのはどうしてこう、融通の利かない頭でっかちがわんさかと...」
「入崎、」
土浦がそう言いかけ、続ける。
「現役の前だぞ。」
「けっ、なんだそりゃ。」
「知り合いの顔パスで違反を免除するのは汚職扱いなんだよ。なあ、四倉。」
「今書いてる。」
「だそうだ。」
入崎は詰まらなさそうな顔でため息をついた。
「ああ、結構点数来てるってのに。」
「相変わらず運転は荒いみたいだな。」
「仕事でやむを得ない場合だけだ。」
「本当か?前に停止線越えたあれは時間外だったんじゃないのか?」
「ほっとけ。」
土浦と嫌味をぶつけ合う二人。その合戦に疲れたみたいで、入崎はふと話題を変えた。
「公安の長谷川はまだいるのか?」
「さあな、部署が違う。長谷川がどうかしたのか?」
「免許、確かいま五点だったはず。免停は確定だ。あいつの教え方、高圧的な上に長いんだよ。」
「何言ってんだお前、不保持は加点対象外だぞ。」
「え?」
四倉が書類を書き終えると、土浦は
「お前、刑事やめて道交法も忘れちまったか。」
と言いながら四倉からの書類を受け取り、判子を探す。入崎は反論した。
「辞めて何年経つと思ってんだ。」
それに対して四倉が少し微笑みを見せる。
「その割には捜査協力にも励んでるらしいじゃないか。署でも時々、お前の名前を耳にするぞ。」
「ああそうかい。だがお前に切符切られた分の汚名でどっこいこっこいだ。」
「ふっ、そりゃあどうも。」
入崎は土浦の方を向き、高校生のようなノリで絡んだ。
「なあ、聞いてくれよ土浦。どっかの誰かさんから自分の娘の写真撮ってこいって依頼出されてよお。」
四倉が赤面する。
「ば、ばば、馬鹿、何を言い出す。」
土浦、無気力な目つきで
「本当かあ、四倉。」
と尋ねた。
「しししし、知らん、そんな男。それに、娘の体育祭に仕事と重なりでもしたら、そういう依頼する奴がいても不思議じゃないだろう...!」
土浦、ジト目になる。
「四倉。」
「な、何だ。」
「お前、本当に元一課か...。」
「.....。ここの三人、全員そうだろう。」
「...三馬鹿一課の一員だった俺が言うのもなんだが、降ろされたのも納得だよ。」
呆れ顔の反面、土浦は少しホッとしたようなため息を吐いた。入崎が笑みを浮かべる。
「写真の出来の感想を聞いても?」
四倉は真っ赤になった顔を隠しつつも、小声で
「良かった。」
と呟くように言った。
「そうか、苦労して入校許可証を取った甲斐があった。」
「良かったんだが...、」
「おん?」
「一枚だけ、どアップで酷く驚いた顔をしていたんだが。お前、明希に何した。」
「....。遠くからの写真だけじゃバリエーションが少ないだろうと思って。」
「理由になってない。当時の状況を聞いている。」
捜査課時代の口ぶりで問い詰める四倉。その静かかつ、強烈な緊張を与える尋問に入崎が容易く折れる。
「明希ちゃんの友達から相談役も任されてまして、相談のついでに撮ったら驚かれた。私からは以上です...。」
「そうか、それは世話になったなあ。」
「あの、マジで怖いんでそれ以上顔近づけんでください。」
尋問を話半分に聞いていた土浦は、二人の空気に割って入るように喋りだした。
「ほら入崎、指貸せ。」
「あー...?あー、はいはい。勝手に借りてけ。」
そう言って机にポン、と乗っけられた手の人差し指を引き、違反切符に指印を押させた。入崎は脱力した様子で四倉の小言を受け止めている。しかし、目線はすっかり土浦の手元の方に向いていて、まるで話を聞いていない。
「違反金はここから受け取っとくぞー。」
財布から抜き取られていく現金に、入崎は彼の説教を遮って話す。
「ああ、現ナマが....。」
「おい、まだ話がおわ―――」
「なあ土浦、今回は口座振替とかにしてくれないかなあ。珈琲買おうと思ってたんだよ。」
土浦は言い返した。
「珈琲に三千円も掛かるかよ。」
「ブルマンはそんくらいするんだよ。」
「贅沢もんが。小銭で買える範囲で我慢しとけ。」
「お前が買ってきたとかいう茶菓子のために張り切って買おうと思ってたのによ。みんな一緒くたになってカツアゲか?コノヤロー。」
「ああ、それのことだが。」
「何だよ、早く出して来いよ。ここに有るもんで淹れてやるから。」
「ああ、すまない。やったよ。」
土浦の一言で、ここに三人も人がいるとは思えないような静寂が訪れた。
「なんだって?」
「お前の財布を届けに来てくれた優良区民に。」
混乱と困惑の中で、何とか奮闘して言葉を絞り出そうとする入崎。
「いやお前...そんなのありかよ。」
などと纏まってないままの言葉を溢すも、最後には諦めたような溜息を吐いた。
「で、誰にやったんだ。」
「あんたが撮った女子高生のお友達だよ。」
「.....ああ。」
「分かったか。」
「ああ。俺を盗撮魔みたいに言うな。」
気づけば交番は、三人が同じ部署にいた頃のような空気に包まれていた。互いを馬鹿にし合ったり、下らない世間話を交わしていたあの頃に。今ではみんなバラバラになり、顔も当時からすればすっかり老けたようだが。
「そろそろ仕事に戻る。」
そう四倉は短く告げると、トコトコと歩き去っていった。
「さ、同窓会は終わりだ。お前もさっさと帰った。」
軽く笑みを浮かべ、シッシと手を縦に振る土浦。入崎が
「相変わらず仕事以外になるとどこまでもつれねえ奴らだ。」
とぼやくと、
「ははは、お前にだけは言われたくねえよ。」
と笑って返す。土浦は去り際の入崎へ続けて言った。
「お前もいい加減、思い出にしがみついてばかりいるなよ。」
足を止める入崎。一呼吸ほど黙ると、先ほどよりもずっと落ち着いた声色で言った。
「余計なお世話だ。」
つづく。