下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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2012年、12月10日。今日は私が生まれて17回目になる誕生日だ。人生を語るには若く、何もかもを背負って生きるにはまだ幼い。そんなハッキリとしないボーダーラインの上で、時には誰かにもたれかかって、時には誰かの腕を引きながら、大人と子供の両方を演じ生きている。
いわゆるティーンエイジャーというのも終盤に入ってきて、その境界線に迷い悩む日々が私を待っているのだろう。明日や過去より、今を楽しむことに重点を置きたい私にとっては
「待ってないでどっか行け。暇なのか。」
と言ってやりたいところだが、時間というのは待っていても向こうから勝手に歩いて来るものだ。ええ、幸せと違ってね。だからもしかすれば、今のままじゃいられなくなるのかもしれない。そんな風に考えると頭が痛くなった。
さて、今日は肝心の私の誕生日だというのに、家族はみんな大忙し。父は仕事が長引くそうで、遅くまで帰ってこない。母は、山積みの家事を片付けるとか何とかで話しかけられそうにない。出かけてこい、と追いたてられた末にあるところに来たんだが....
「おー!!名取ちゃん?奇遇だね~。」
今年の誕生日は落ち着かなさそうだ。


80.詩鶴の誕生日

 

下町の鶴

8章-眠らない下町-

☆Episode.80「詩鶴の誕生日」

 

洗濯用の風呂水がまだ残ってるとかいう理由で、私は銭湯に叩き飛ばされた。母なりの家事プランがあるというのは分かるが、昼過ぎから湯船に浸かるなんてさすがに早すぎる。そう心の中で文句を垂れつつ、こんな明るい内から洗面器を抱え、外を出歩くという少々新鮮な感覚を味わいながら向かったのだ。

「こんにちは、一人です。」

到着し次第、番台さんにそう言ってお金を渡す。

「寒いねえ、ゆっくり温まってって。」

「本当ですね、ありがとう。」

銭湯には、所によってはこういった小さな言葉の交わし合いがあったりする。そういった交流がお客ひとりひとりの心も温めているのだろう。...なんて、この町で生まれ育った私にとっては何ら変わり無い、いつもの日常なんだけれども。

服を脱ぎはじめてすぐ、私の名を呼ぶ声が聞こえた。

「お、名取ちゃん?」

その声に私は、捲り上げた服を咄嗟に下ろす。警戒を帯びた目で声の元を辿ると、

「千春....さん?」

河島のお姉ちゃんだった。脱衣場へはたった今来たようで、私を見つけ次第すぐに声をかけたようだ。私、この人に好かれてんのかなぁ。会った頃から会話の距離が近いっていうか、まあフレンドリーな人と呼べば良い言い方にはなるのだけれども。彼女は私に会うなり、陽気に話しかけてきた。

「奇遇だねえ、名取ちゃんも今からお風呂?」

「ええ。千春さんも?」

「うん、そうなの。ねえ聞いてよ、私、終電逃しちゃってさ、朝の電車で帰ったらお風呂キンキンに冷えてやがって。今日一日はもういいかなって思ってたんだけど、身体ベタベタするしさ。いやあ、今日寒いから決死の思いで来たんだけど、名取ちゃん居て良かった!」

流暢に話しつつ、ロッカーに荷物を放り込んで着替える所作はスムーズで、思わずボーっと見てしまった。すると千春はそんな私の目線に気づいて、茶化すように笑いだす。

「ん?やーだー、名取ちゃん見過ぎー。私今日そんな可愛いブラ付けてないから。」

知らんがな、友達の姉の下着事情なんか。

まあ、まじまじと観察して何かを得られるわけでもない。こちらもとっとと脱いで温まることにしよう。そう心に呟き、取っ払った服を一つずつロッカーへと放り込み、裸になってタオルを取る。さて、この格好じゃあ寒いので早く浴室に向かおう。そう思ったのだが、まだ横に千春の気配を感じる。横を向いてみると、私と一緒にお風呂に入れるのが余程嬉しいのか、千春が物凄くキラキラした目でこちらを見ていた。

「あの...千春さん。」

「うん?」

「謝るから、あんまマジマジと見ないで。」

いくら女同士と言えど、自分の裸体にガッツリ目線をやられると流石に恥ずかしい。じろじろ見てごめんね。気持ち分かったよ、千春さん。

「名取ちゃん、意外と綺麗なボディしてるんだね~。」

「悪かった、悪かったから。」

 

浴室に入ると、千春と隣同士に椅子に座って身体を洗った。途中、彼女から

「無いのあったら使って良いよー。」

と言って、アメニティ類を私の手の届く範囲に置いてくれた。洗顔とか、そういうのは持ってきていたのだが、せかせかと家を追い出されたせいで忘れたものがいくつかある。

「あ、ごめんなさい。化粧水とか持ってたら後で貸してくれませんか?」

そう聞いてみると、千春は気前よく

「え、化粧水?うん良いよ、使って使って。」

と言ってくれた。

キュッ、サァーーサァーー。

音を立てて降り注ぐ心地良い温かさの雨に、全身の泡ぶくが流れていく。目を横にやると、千春はちょうど髪を洗っている最中。きっと思いっきり見てやったところで、目をつぶっていて私の視線には気づかないだろう。そう思い、そんな彼女の身体に少し目が行ってしまったが、散々人のことを褒めちぎっておいて随分と綺麗な身体をしている。私より胸も大きいし、腰回りだってすらっとしているじゃないか。そんな千春と比べて私は...。お腹はぷにぷにだし、せめてもう少し胸も膨らんではくれないだろうか。そう思いながら自分の胸を触っていると...

「名取ちゃん、何してんの?」

洗髪が終わっていたようで、千春が気づいて声をかける。私は頭が真っ白になって硬直した。

 

全身を洗い終わって湯船に入る前、千春は私の髪を結ってくれた。彼女に背を向け、髪を纏めてもらってる間、私たちは散髪屋さんみたいに言葉を交わし合った。

「別にそんな気にする程じゃないよ。揉むなり何なりで大きくなるから。」

「そんなもんなんですかね。」

「うん。そういう名取ちゃんだって綺麗な色してるじゃん。さすがにそれは遺伝だから、努力じゃどうにもならないよ。」

「色ってそこまで気になります?」

「なるよ。茶色みがかってるよりは良いでしょ?」

「そんなもんなんですかね。」

「そんなもんだよ。揉むぞ。」

「勘弁してください。」

髪がまとまると、私は千春に礼を言い、湯船に浸かった。水温が家のお風呂よりも熱いから、足からゆっくりと入っていく。肩まで浸かると、熱さでチクチクとしたような感覚が肌を刺激し

「っつつつつ、ふうーーーー。」

と、思わず声が漏れた。

温度に慣れてきた頃、私は小さくこの一年を振り返っていた。二年生になるまでのこと、二年生になってからの人間関係、大変なことだらけだった記憶だけど、何だか冒険に近い経験をしたように思える。

瑞希や、明希と別々のクラスになり、二年からの知り合いが河島だった時は正直、頭を抱えて嘆いた。隙あらば私にちょっかいばかりかける奴だったから。でも、今じゃそんなアイツとも友達と呼べる仲になったし、何故かその姉にも懐かれた。人生、おかしなことだらけだ。

暫くすると千春も身体を洗い終えて湯船にやってくる。チャポン、と音を立てて隣に座ると、

「あ~、気持ちぃー。」

と言って、私と同じように深く息を吐いた。そうして身体を顎先まで沈めさせ、一息つくと千春はこちらに身を寄せて話してきた。

「ねえねえ名取ちゃん、名取ちゃん。」

「どーしました?」

「弟から聞いたんだけどさ、今日誕生日なんだって?」

「え、ああ。はい。」

覚えてたんだ、あいつ。

「あとで牛乳奢らせてくれー。」

「え、良いんですか?ありがとうございます。」

「ついでにアイスとか如何?」

「え...いや、嬉しいけど、良いんですか?」

「良いよ良いよ、ここで会えたのも何かの何とかってね。」

誕生日という情報一つで随分と気前の良い千春。そういえば河島...あー、えっと、弟の方の誕生日を祝ったときは蝉のうるさい夏日だった。今年の私の誕生日はその血縁の姉に祝われると思うと、ますます人生というものが不思議なものに思えた。

「なんか、悪くないなあ、こういうのも。」

私はそう呟いた。

「あ、もしかして栄汰(エイ)に祝われたかった?」

「いやいや。」

からかう千春に向けて、悪気のないつもりで大人の笑顔を見せる。私は続けて千春に言った。

「でも、覚えてたのが何か面白くて。そんでもって、まさかそのお姉ちゃんに偶然祝われるっていう。」

「えへへ、本当奇遇だよね。まあ何はともあれ、おめでと、名取ちゃん。」

「ありがとう。」

「裸で祝われる気分はどうだい?」

「ふっ、最低。」

どうせどれだけ体が温まっても、外に出れば冬の冷たい風に熱を奪われるだけ。結局そうなってしまうなら少し、まだもう少しと思い、浴槽から出られずにいた。そんな気持ちのまま五分くらいか、私は千春と二人でお喋りを続けた。

 

ビョイーーーン

脱衣所に戻り、体を拭き終え、体重計という悪魔の産物に身体を預ける。アナログの針はぶらぶらと揺れ、私を散々煽り散らかした挙句、最後には受け止めがたき重い現実をハッキリと示してくる始末。何度乗り直しても体重も現実も変わってくれないのはどういう訳だ。

「名取ちゃーん、私も乗るー。」

千春がこちらに向かってきたのに気づいた瞬間、私は反射的に飛び降り、体重計を彼女に譲った。

「うーん、特に変化無し。」

千春の一言で余計に頭が重くなる。そうだ、牛乳でも飲んで忘れよう。風呂上がりに飲んでおけば大概の美容効果は得られる。ああ、そうだ。これ一本できっと嫌なこと全部忘れられる。しかも千春の奢りだというんだから言うことなしだ。彼女は体重計から降りると、下着姿で小銭を握り、受付に繋がった小窓に牛乳を持っていった。

「ハッピーバースデー、名取ちゃん。カンパ~イ!」

二本の牛乳瓶をコツンと当てて乾杯した私達。半袖とズボン、首からバスタオルを掛けた格好の私に比べ、千春は最低限の格好で椅子にどっぷりと座り込んで飲んでいる。長いこと浸かっていて身体が火照っているのはお互い様だが、何ともボーイッシュというか...少しオッサンっぽい。水着じゃないんだぞ、とツッコんでやりたい。

そんな大胆にリラックスした様子でいる彼女に、私はふと思った疑問を投げかけた。

「そういや私が今日誕生日ってこと、河しm...栄汰から聞いたんでしたっけ。」

「え?あーうん、そうだよ。」

「ふーん...。」

「もしかして栄汰(エイ)とデートしたかったー?」

「...いや、そういうんじゃないですけど、覚えてた当の本人は何してるんだろーってふと思って。」

そういうと千春は「うーん」と声を漏らしながら記憶を辿り、一呼吸ほどして思い出したのか、私に答えた。

「何か出掛けるとか言ってたっけ。」

「へえ?」

「うん。」

牛乳を一口飲んで、少しのぼせた様子でボーッとする千春。私も同じように飲んでいると、彼女は唐突に大きめの声で喋りだす。その言葉は私を青ざめさせた。

「あ!思い出した!何か友達が誕生日だからとか言ってたんだ!祝いに行くって。」

牛乳が肺に入る。千春の言葉を聞き終わるより先に、私の思いっきり咽せた音がそれを遮った。

 

つづく。




【新年のご挨拶】
明けましておめでとうございます。
今年も「下町の鶴」をどうぞよろしくお願い申し上げます!
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