下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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84.元気を出して

 

下町の鶴

9章-奮闘記-

☆Episode.84「元気を出して」

 

「名取。」

俺はその背中に声をかけた。しかし反応がない。

昼休みが始まり、ざわめきだした教室にいつもなら彼女のはしゃぐ声が聞こえてくるはずなのだが、机にじっと蹲って動かない。俺は名取の頭をポン、と軽く叩いた。

「わ!?...な、なんだ、河島か。何?」

「何?じゃねえよ。昼だぞ、購買行かね?」

「ああ、そうだね。」

「なんだ?今日は弁当か?」

「そうじゃないけど。」

一度は目を丸くして驚いた顔を見せるが、すぐにその表情が曇ってしまう。

「だったら早く行こうぜ。」

「ああ、うん。」

「...??」

言葉ではすぐに肯定するのだが、体が一向に動かない。いつもなら俺が言い切る前に

「ああもう腹ペコ!死ぬ、飢え死ぬ!!」

なんて声を上げて勢いよく教室を飛び出してしまうのに、今日は明らかに元気がない。

不思議に思って困っていると横を通りかかった山岸に、どうした?と尋ねられた。

「これ。」

俺はそう言って名取を指差す。

「名取がどうしたの?」

「いや、見て分からんかよ。こいつ朝からずっとこうなんだよ。」

一呼吸ほど置いて考える山岸。

「...確かに。いつもならもう既に何か食べてるもんな。」

「だろ?」

「うーん、まあ...そういう日なんじゃないの?一応女子だし。」

「あ、あ~。」

「な、そっとしといてやりなって。」

「そうだな、山岸は行くか?購買。」

そう話していると、名取はむくっとこちらに首を向けた。

「あの、全部聞こえてるんですけど。」

「お、失礼。」

と、俺は咄嗟に返答する。名取は席から立ち上がると、スカートのポケットに手をつっこみ、俺ら二人に体を向けた。

「別にそういうんじゃねえっつーの。」

「じゃあ早く行こうや。」

「んー。」

今日の名取は元気がない。

 

別に放っておけばじきに元通りになるとは思うが、このままのテンションで居残りを過ごすというのもつまらない。理由を聞こうにも

「あはは、何でもないって。」

と笑ってごまかしてくるし、そのくせ気を抜くとああやって落ち込みが顔に出る。だったらせめて悩んでることそのものを馬鹿馬鹿しく思わせてやる。あいつのために何か施すというのも変な話だが、俺は陰ながらに名取を元気づけさせる作戦を考えた。

「え、つるりんが元気ない?」

購買から戻り、まずは名取と一番近いであろう同性の友達に尋ねてみる。名取の状態を知った矢原さんは目を丸くして驚いた。

「そうなんだよ、購買に誘っても反応薄いし。」

「うーん、あのつるりんがお昼ごはんにも動じないなんて...。それよっぽど嫌なことあったパターンだよ。」

「ああ、俺もそう思う。だから何か良い案ないかなーって思ってさ。」

困った顔になる矢原さん。友達のことになると真剣に悩んでくれるあたり、名取は良い友達に恵まれたなあ、と感じさせられる。

「とりあえず私からも話しかけてみるね。」

と言って矢原さんは、名取のいる俺らの教室へ颯爽と駆け込んでいった。少し経ったあと、四倉さんが隣の教室から出てきた。彼女は俺を見つけると、しばらく周りをウロチョロと歩き、

「み、みっちゃん見なかった?」

と尋ねてきた。話しかけにくいのは分かるが、それが顕著に現れているせいで挙動が面白い。人見知りの気持ちは痛いほど分かるから、あまり笑っちゃいけないのだが。

「あー、隣(の教室)に。名取のお悩み相談中。」

「鶴ちゃん、何かあったの?」

俺は矢原さんに話したことをそのまま四倉さんに話した。それに彼女はピタリと体が固まる。

「大丈夫なのかな...。」

「んー、まあ女子同士なら何か話すだろう。それで俺にも手伝えそうなことだったらやってみるし。」

「多分だけど、河島君はそっとしておいてあげた方がいいと思う。」

「俺も最初はそう思ったが、どうも違うっぽくてな。」

「...??」

どうやら微妙に話が嚙み合ってないようで、お互いに言葉の意味を考えて沈黙した。そうして黙っていると、矢原さんが苦笑いで帰ってきた。その表情から察するに何となく答えが見えてしまってるが....

「買おうとしてた限定のポテチ、売り切れちゃってて~。だってさ。」

「噓つくの下手か。」

名取がそんなことで一日中悩むかよ。

なーんだ、そんなことか。みたいな顔をする彼女に反論すると、コテっ、と首を傾げてこう言った。

「何で噓って分かるのさー。」

「何でも何も、それなら俺とか他の友達にでも「見かけたら買っといてくんないー?」って頼んでくるだろ、特にあいつなら。食のことになると底なしに諦めの悪い奴なんだから。」

「ほへ~。河島君、つるりんのこと物知りだね。」

「当たり前だろ。何年付き合ってると思ってんだ。」

突然と静寂が訪れる。え、俺なにか変なこと言ったか...?

四倉さんは両手で口を押さえ、キラキラと目が輝いている。矢原さんは、ほんのりと赤らめた顔でほろりと言葉を溢した。

「付き合っ...――」

「え、いや...友達付き合い、だぞ...?」

四倉さんが押さえていた両手をガッツポーズに変え、言った。

「わ、私おおお応援してるから...!」

「何をだよ...。」

はしゃぐ二人を元に戻すのにえらく時間を消費させられた。結局、相談になったのかすら怪しいし。ただ、無駄に駄弁って終わりにするのも勿体ないので、今回の作戦について良い案が出ないかと無理くりで話し合いの時間を作った。

 

そして来たる放課後、俺は名取に声をかける。予想通りに愛想のない声で

「うん。」

と返す彼女に、俺はその机の前に跪いた。

「え、何やってるの?」

「暇か。」

「残ってる課題、片付ける以外は。」

「あっそう。」

「何よ。」

首を傾げる名取。その怪訝そうな顔を前に向けて

「二人で教室、抜け出さないか。」

と、言いなれない少女漫画の台詞を吐いてみるも

「は...?」

当然の反応で返ってくる。自分で言っててなんだが、顔が赤くなってないかが心配でならない。ただ、ここで冗談だと思われたら計画が台無しだ。だから今は必死に我慢して、苦手な王子様を演じ切らなければ。

「まあ、ちょっとした散歩だ。いっつも放課後に居残り食らって、帰ったらバイトでじゃあ辛いだろ。」

「先生見つかったら怒られるよ?それに今日手伝いの日じゃないし。」

「ああ、かもな。だが、ちょっとは外出たいだろ。」

「別に?」

「...だったらちょっと付き合ってくれや。暇してるんだ。」

「えー、やだよ面倒くさい。」

予定が一ミリも調和しねえじゃねえか。少しは話に乗ってこいよ!

全く、フラットに話しかけても全然効果がない。矢原さん達から、少女漫画チックな語録を使えば反応すると聞いたが、正直あんな台詞、恥ずかしくて使える訳がない。でももし、もうそれしか使える手がないのだとしたら...?あの人達監修の展開が唯一心を開くルートだとしたら...?

...俺は心を鬼にした。今は自分の感情論で判断すべきではない、そう言い聞かせた。これはただの戯曲に過ぎない。演じきれたら後悔などきっとない、と。俺は名取の手を取り、真っ直ぐに彼女の目を見つめる。うわっ、こんな寒いのに手温かっ!それに何だ、このしっとりと柔らかい肌触りは。ずっと触ってられる気がす....違う違う、何を実況している。これじゃあただの"女子の手握りたいだけの奴"じゃねえか。名取もビクッと目を丸くしてるし、タイミングを見誤るな、河島。

「お前じゃなきゃダメなんだ。」

「は....は!?な、何言ってんの河島。」

「嫌か。」

「え、い、いや...嫌っていうか、あんたどうしたの??」

「目を逸らすな。答えるまでは俺を見ろ。」

逃げ出せない緊張が走る。それは、耳をすませばお互いの鼓動が聞こえそうなくらいのものだった。言いなれない台詞と動き、間違いなく黒歴史になってしまうであろうシチュエーションに、恥ずかしさで意識が飛びそうなのを必死で抑える。アドバイス通りのシチュエーションにしたが、これ本当に合ってるのか?遊ばれてる気がしてきたんだが。全く、お陰様で心臓が口から飛び出そうだ。あの二人、マジで覚えてろ。

名取はあたふたした様子で、何度も視線を逸らそうとしている。

「抜け出すってそもそもどこ行くの?」

「いいから、黙って俺についてこい。」

手を引くと、名取は何も言えなくなったまま立ち上がって歩き出す。右手で胸に手を当てて緊張しきった彼女に、俺はそこはかとない申し訳なさを噛みしめていた。

「あ、あの...河島さ。」

「.....ん。」

「変なこと、考えてないよね...?」

「断じてない。」

「そ、そう。分かった。」

廊下に響く二人の足音。別にやましい心持ちで手を引いているわけでもないのに、どうしてか胸いっぱいに罪悪感が溢れてくる。俺は何をしてるんだろう。ただ名取に元気を取り戻して欲しいってだけでここまでシチュエーションを作って。

「あの...河島。」

「んん。」

「いつまで手、握ってるつもりかな。」

恥ずかしそうな声で言われたその言葉に、俺は咄嗟に手を離した。

「あ、いや!悪い。」

「...別に、良いんだけど。」

二人はしばらく言葉を交わさなかった。

 

そろそろ沈黙のままでいるのも限界だと互いに感じ始めていた頃、ようやく河島は目的の場所に到達した。その部屋に着くと、河島は緊張から解放されたかのようにドテーン、と椅子に座る。状況の理解できない名取は、あっけらかんと立ち尽くしてしまった。

「あの、河島....くん?」

 

つづく。

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