下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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88.ひょんなことから

 

下町の鶴

9章-奮闘記-

☆Episode.88「ひょんなことから」

 

嫌な予感がしていた。それは、今までのペースじゃあ目標額に達せないということ。ただひたすら仕事を頑張ったところで、いつもの収益から大幅に差を付けられる気がしないのだ。これは何かしらの策を講じねばならない。

まずは何と言ってもお客さんを増やさないといけない。沢山来て、沢山飲んでもらえれば理想だ。そこで必要となってくるのは周りに認知してもらう事。ここから全てが始まるはず。より多くの人に知ってもらうためには宣伝しなきゃいけない。ええ、そんなことくらいは私にでも理解できる。違う、問題はここが学校という点だ。高校で居酒屋の宣伝などして誰が来る。先生?いや、そんなことをすれば我が家という安らぎの地が大人たちの監視下に置かれてしまう。じゃあ何だ、十代で酒タバコに明け暮れる不良組に教えるとか?...バカバカ、普通に犯罪だよ。それに下手したら先生に目を付けられるよりタチの悪いことが起こる。冷静になるんだ、詩鶴。お母さんもさすがに無理ゲーを仕込むほど鬼畜じゃない。はず。うん、そう信じてる。これには何かしらの答えがあるはずだ。

しかし、それは考えれば考えるほど浮かばないもので、いつしか頭痛の種も芽を生やすほどには疲労が溜まっていた。鏡を見なくとも分かる。いま私、絶対げっそりとした顔してるって。

「げはーー。」

机に突っ伏す。せっかくの昼休みなのに頭が重くてしょうがない。河島はそんな私を見つけると

「電池切れJK。」

などと早速からかってきた。首だけ河島の方へ傾けて真顔で睨む。暫くそのままでいて、大きな溜息をついたり。

「はあ、だめか。」

「何がだよ。」

「何でもない。河島には分からんよ。」

「そうっすか。」

あっさりと頷いて鞄を漁る河島。そんな彼はコンビニから買ってきたであろう菓子パンを取り出すと、黙々と袋を開けて食べ始める。分からないと突っぱねておきながら何だけど、ちょっとだけ話を聞いてくれたら気も少しは楽になるかな?なんて思いつつ、環境音になるように然り気無く呟いた。

「今週、手伝いがフル出勤でさー。」

「んー。」

「お母さんから収益ノルマとか課せられて。」

「おーん。」

「客足伸ばさなきゃいけないんだけど何にも案浮かばなくてさー?」

「へー。」

「今のままじゃヤバいなあって。...河島?」

「そうなんだー。」

食べることに集中してるのか、生返事でばっかり返される。何だよ、人が真面目に悩んでいるってのに。

「ちぇっ、聞けよ...。」

思わず本意気の溜息を吐いてしまった。もういい、購買で何か買ってこ。そんでもってみっちゃん達が居たら、今日はあの娘らとお昼食べよ。

椅子から立ち上がり教室を出ようとすると、「あ、」と河島が吞気に呼び止め、

「りんごジュース買ってきてくんね?」

顔も向けずに要求を投げてきた。私は思わずカチンときてしまって

「自分で行けよ。」

と突っぱねた。

 

購買に着いたが、瑞希たちの姿は見当たらない。二階から遠く足を運んできたというのに、待ち受けていた結果がこれだなんて。何だか最近不幸続きになってしまってるように感じる。少しの躓き如きで自分のことを不幸というのも変な話だが、どうして人間というのはこんなに早い周期で心が空くのか。まただ、また溜息がこぼれる。ダメだダメだ、何とかして切り替えないとこんな状態のままで一日が終わってしまう。少し焦りを感じた。

そうだ、せっかく今購買にいるんだから、思いっきりお腹を満たしてやろう。そうすれば少しは気分が楽になるはず。弁当が一瞬で無くなるのは仕方ないとして、今日はすぐ売り切れる揚げ物類がいくつか残っている。その隣には焼きそば...。よおし、焼きそば(コイツ)の上に唐揚げを乗せて食ってやろう。ギトギトこってりな組み合わせなんて、もうこんなのは快楽物質の供給過多じゃあ。おっと、もちろん白飯も忘れちゃあいねえぜ。本来、唐揚げと焼きそばはカロリーの塊。だが白米に油分が吸収されることによって実質カロリーはゼロ。味のくどさも丁度良いバランスになり、美味しくダイエットを保つことができる。私やっぱ天才だわ。毎日テレビ見てると頭良くなるワケっすわ!!

頭の中で完璧な構図を描いた私は、その惣菜たちに手を伸ばした。するとその時、同じく取ろうとしていた別の人の手とぶつかった。誰かと思い、私はふと顔を上げた。そこに居たのは

「あ?名取じゃねえか。何すんだよ。」

因縁の同級生、村草だった。とはいえ、今の村草はただ同じ総菜を取ろうとしているだけ。しかも、残り一つというわけでもない、三パックもある唐揚げを。なに、ここで下手に喧嘩になるのも馬鹿らしい。私は大人らしく、素直に先手を譲ってやった。

「先取りなよ。」

するとコイツは、私の善意を踏みにじり

「あっそう。じゃ、お先ー。」

と言って三パックとも全部手に取ろうとした。私は思わず咄嗟に腕を掴んだ。何してんだコイツは。先を譲って全部取る奴があるか。

「ちょちょちょ!!なに全部取ってんの。あたしもそれ取ろうとしてたんだけど?」

「え?いや、先譲ったのお前だろう。それにこれは頼まれた分も含んでるんで引けませーん。」

虫の羽音を耳元で聞くような不快感が身体中を走る。行動、言動、表情からその仕草まで、コイツは生まれながらにして人を怒らせる才能があるみたいだ。人の形したゴキカブリめ、生かしてはおけん。

脳天が沸騰するような怒りがこみ上げてくる。私は村草に圧強めで詰め寄った。

「あのなァ、お前なぁ!!少しは罪悪感とかねえのかよ、おい。」

勢いに押され、小刻みで五、六歩ほど後退りする村草を大股二歩で詰める。とはいっても、村草から見れば私はうんと背が低くて、悲しいことに平均的にも小さい方。そんな女に圧倒されてることに悔しさを覚えるのだろう。村草は負けじと嫌みをぶつけた。

「うるせえチビ!いくら食っても身長伸びないんだから諦めろー!」

「なんだと!このっ!」

「へへへ、どうせ言い返せないんだろう。ばーかばーか。」

言いたい放題浴びせられて、私もこんな奴に言い負かされるのは尺だと思わされた。こちらも同じように馬鹿にして返してやる。

「ふん、そうやって女にしかデカい口叩けないからパシられんだよ。」

「はああ!?生意気なんだよ、名取の癖に!」

「悔しかったら言い返してみ?ほら、おい。ほらぁ。」

「やるかこの野郎おお!!」

「ああ、やってやるよ捨て駒野郎おお!!」

 

 

一方その頃、名取の教室では...

「河島君、つるりん知らない?」

ボーっと考え事をしながらパンを食べる河島に瑞希たちが尋ねる。彼女らに対して河島は

「あー、購買行ったよー。」

と気のない返し方をした。瑞希はそれに

「まあ、待ってたら戻ってくるか。」

と明希に言って、二人はそれぞれ河島と名取の隣の空席に腰を下ろした。

「ねえねえ、あれから進展どう?」

「進展?なにそれ。」

「つるりんとだよ、何かあった?」

「何もないよ。妄想も大概にしてくれ...。」

瑞希がノリノリで詰め寄るのに、河島は少し面倒くさそうな表情を浮かべる。そんな誤解を寄せられるのも無理はない。この前の居残り大脱走の日、正面玄関での合流に遅れてやってやってきた河島が、名取を抱きかかえて走ってきたのだ。

「みんな、走れえええ!!」

そう叫ぶ彼を見て、みんなは茫然としていた。先ほどまで家庭科室で蹲っていた明希と同じ表情の名取が、そんな河島の腕の中で発狂していたのだから。やがて名取がみんなの存在に気づくと、目がぐるぐると渦巻いて失神してしまった。

そんな出来事があってからというもの、瑞希たちは妄想のラブストーリーに花を咲かせている。

「青春だね~!」

などと、何かとつけて盛り上がるので、軽はずみに口を開くのも危なっかしい。河島は、瑞希らが一日も早くこの話題に飽きて、いつも通りの生活に戻ってくれることを願っていたのだろう。その証拠に、先ほどよりもぎっしりとパンを口に詰め込んでいた。

口の中のものが全部なくなる頃には河島へのダル絡みも収まっていて、いつの間にか彼女たちの会話は他愛もない話題に変わっていた。やっと落ち着いて食べられると思っていた河島だが、パサパサになった口を潤せる飲み物がないことに今更気づく。

「ああ、自分で行かなきゃだめか...。」

などと思いながら、面倒に感じて身体が動かない。話を聞いてやれば買ってきてくれたのかもしれないと後悔する。そこで河島は、ラジオ代わりに聞き流していた名取の話を思い出してみる。

「収益ノルマとか課せられてさ。」

そういえば、何かそんなこと言ってたっけ。

特に申し訳ないという気持ちはないのだが、ここで少し名取に貢献してやれば多少はこちらの頼みも聞いてくれるだろう、という考えになった河島。こちらから名取の話をすると面倒くさくなることは分かっていたが、仕方ないという気持ちで彼女らに話しかけた。

「なあ、放課後暇だったら名取んちで何か食べない?」

すると案の定、目をキラキラと輝かせて

「おお...!私たちお邪魔しても良いの?」

と大はしゃぎ。河島は困惑しつつも、「まあいいか、名取には後でツケにしてやる。」と胸の内に呟いた。

 

つづく。




「えらい本格的な職業体験やな。」
父と母が晩酌を始めていた。安物のワインと、グラスがふたつ。軽くつまめるものがテーブルの上に置かれている。
「ええ、まあ。この店もいつまでもあるとは限らないだろうし。」
「どんな商売も十年続けば凄いって言われるやんか。この店開いた頃なんて詩鶴がまだこーんな小っちゃかってんで。」
「それも貴方の支援あってのものよ。そうでなきゃとっくに畳んでる。」
「まあ、俺も出来る限りのことはやったるから、詩鶴にもやりたいようにさせてやり。」
母はそんな父の言葉に暫く口を噤むと、頬杖をつき、呟くような口ぶりで話した。
「最近、あの子と喧嘩してばっかりなのよね...。」
自責の念を口にし、ため息を吐く母。伝えようとした言葉がどれも刺々しくなってしまい、穏便に教えてやろうとしても上手くいかないことを悔やむ。
「本当は私だって、うんと褒めてやりたいって思ってるのよ。実際仕事はちゃんとやれてるし。でもね、それで大人になって苦労しないかが心配なの。」
「お母ちゃんのことが好きやからぶつかれるねん。ほんまに興味がないんやったら喧嘩すら起こらへんで。」
「そうなのかねえ...。」
「その証拠に、ちゃんと逃げずに料理に向き合うて来たやんか。俺は一生かかったって詩鶴ほど美味しいもんは作られへん。」
そう言われると母は、その言葉の意味を確かめるように顔を上げた。父は続ける。
「あの子は何回でも起き上がる。小町の血を引いてんねん、負けることなんかあるもんか。」

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