下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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「依頼だって?」
詩鶴の知り合いである探偵さんに事の経緯を話すと、何度も瞬きをして驚いていた。
「はい。手がかりも幾つか持っています。なので一緒に探して頂きたくて。」
「しかし...、どうして。」
探偵さんはあまり納得のいっていない様子だった。眉の辺りをカリカリと指で掻きながら、明希の求めている答えが読みとなれないのが分かりやすく顔に出ている。
こんな依頼に踏み出したのは三日前、学校の廊下である人物にばったりと会ったのがきっかけだった。


97.探索

 

下町の鶴

10章-明希の祈り-

☆Episode.96「探索」

 

 足を止め、茫然とこちらを見始めた明希の存在に気づき、男子生徒が

「どうしたんだ?」

と話しかける。背の高い、真面目そうな三年の先輩だった。

「え、いや...あの、離ればなれになっちゃった友達と顔が似ていたもので。」

「そっか。」

「それだけです。すみませ―――」

引き留めてしまったことを謝罪しようとした時、その人の名札が目に入り、彼女は言葉を失った。何故なら、そこには『藤島』という二文字が刻まれていたから。

急に押し寄せた莫大な情報量に、たじろぐように頭がくらくらする。その藤島という姓の男性が、茫然と立ち尽くす明希を心配して声をかけた。

「どうした、大丈夫か?」

「い、いえ。きっと偶然だ。そんなことあるわけ...。」

「なに、どうしたんだよ。」

明希は彼に、その友達のことを説明した。温かい記憶を甦らせるというのは残酷なもので、明希の目は話すうちに虚ろなものに変わる。しかし、彼女の話にピンときたのか、その藤島という人は穏やかな眼差しで彼女にこう返した。

「悪いね、妹が世話になったみたいで。」

「え。」

明希は立ち尽くし、驚きのあまり言葉が出なくなった。

「君、もしかして明希さん?」

「...はい、四倉明希です。」

「四季乃から聞いたよ。病んでた時の力になってくれたんだってね。」

「....。」

「あいつから――」

「四季乃ちゃんは元気なんですか。」

明希は突然に話を遮り、食い入るように頭に浮かんだ心配事を投げつけた。いきなりのことでびっくりしたのか、藤島は

「え?」

と、言葉を詰まらせる。明希の真っ黒な瞳は、目を合わせれば吸い込まれてしまいそうな程の狂気を帯びていて、彼の答えを今か今かと渇望しているような様子だった。

「ああ、心配ないよ。ただ」

「ただ?どうしたんですか。何か良くないことが?」

藤島は、歯止めの効かない予感がする彼女を気遣ってか、何でもないと言い聞かせる。しかし、それは明希にとって、かえって不安を煽ることになってしまう。明希は一呼吸ほど言葉をつぐむと、何かを決心したような物言いで彼にこう言った。

「一度会わせてはくれませんか」

それが気の迷いから出た言葉ではないことは、藤島には十分に伝わった。しかし、それに即答で「分かった」と言ってやれない理由があったのか

「あいつも今仕事で忙しいから。」

と言ってはぐらかした。

明希にとって、親友との生き別れはあまりにも大きな心の痛手であった。だからこそ、思い出になりかけていたものを身近に感じた途端、その傷が再び開いて、底なしの不安や寂しさが彼女を苦しめてしまう。かといって無理を突き通せるほどの気の強さは持っていないし、彼の言い分が全くの理解出来ないものではないということも、明希は分かっていた。

「分かりました」

明希はそう言うと、彼の目を真っ直ぐに見つめ、こう続けた。

「だったらお兄さん、どうか四季乃ちゃんに伝えて下さい。」

その殺気立ったとも取れる目付きに、藤島はごくり、と固唾を飲んで身構える。

「一人で抱え込むのだけは私、絶対に許さないから。って」

普通であれば良い友達を持ったな、と伝えてやれるはずだったろう。しかし彼女の背に、まるで赤黒い炎が燃え盛っているかような猟奇的な物言いが、藤島を冷や汗とともに無理やり頷かせる結果となった。

 

それから時は進み、探偵入崎は都心のネオン街で情報を集めていた。しかし得られる情報は皆

「もうあの娘はこの街には居ない」

という答えだけだった。そこからどこへ消えたのか、どこで生活しているのかを知り得ない限り、追うことも張り込むことも出来ない。

「何か手がかりは見つかりました?」

明希からの問いに対し、入崎は鼻からため息を噴き、両手で"さっぱりだ"とポーズを出す。

「そうですか...。」

「足を洗ったみたいだ。それも半年近く前に」

「それを知れただけでも収穫です」

「だな」

「その子らは他に何か言ってましたか?」

「変わった子だと言ってたよ。集めた金で薬を買うわけでもなく、男に貢いだりもしてなかった、だと。」

「真面目な子だったんだなあ。」

そう呼ぶには皮肉だ。入崎はその言葉を喉元で留めた。ある時は校内最悪の苛めっ子、ある時は家庭のためにと裏で身を売っていた事実を、詩鶴からの依頼で半年前に知り得ていたのだから。

「そういえば明希ちゃん、何で今になってその親友を探そうと思ったんだっけ?」

入崎の問いに、明希は彼女の兄であるという人物との会話を口にした。一つ一つを言葉にしていく度に、明希は視線を地面へと落としていく。

「もしかしたら大変な状況かもしれなくて、でもお兄さんはそれを話してはくれなくて。」

「そうか」

「もし四季乃ちゃんに万が一のことがあったら私...」

眉をひそめて不安がる明希。続けて、あの娘の力になれることなら何でもすると口走ると、入崎は星の一つも見えない真っ暗な都会の空を見つめ、過去の話を交えた。

「昔、君の親父さんと一緒に仕事していた頃はね、ありとあらゆる事件を明るみに出そうと頑張ったんだ。」

「はあ」

「勿論、解決に持っていけたものも沢山あった。あいつは特に抜け目のない奴でね、緊迫した状況下でも的確な判断が人一倍出来る男だった。」

「へえ、父から捜査課時代の話はあまりしてくれないので、なんだか新鮮です。」

「そうだろうな」

「え?」

「真相を解き明かすのは、パズルのピースを埋めることとは違う。」

入崎はポケットから取り出したタバコを、火もつけずにじっと見はじめた。懐かしむような目の色で、その穏やかな表情はどこか哀しそうにも見て取れる。

「死んだ友人と同じだ。真実を一度手にすると、いつまでも記憶に纏わりついて自分を苦しめる。」

「ならどうしてこの仕事を続けてるんですか?」

明希は素朴な疑問を投げかけた。

「知りたがる人間が一定数いるからさ。だが、そんなものを知って喜ぶ結末など、ほぼ有り得ないと言っていいだろう。」

「辛くならないんですか?」

「時にはね。だが、その質問はそっくり君に返すよ。」

言われた明希は、眉をひそめて困惑した。しかし、己の恐怖を理由に親友の捜索を諦めるのは、彼女のプライドが決して許さなかった。ベージュ色のマフラーに隠れていた下あごをさらけ出すと、入崎に向けて自身の覚悟を証明した。

「何と言われようと、私は四季乃ちゃんを探します。」

 

「四季乃がどうしたってぇ?」

 

「え...?」

明希と入崎の二人が声のする方へ目を向けると、サイズの合ってない緩い服を身にまとった少女がこちらに笑いかけている。二人が見る限りは、明希との歳の差は殆どないような見た目をしていた。

入崎は戸惑う間もくれずに彼女に尋ねる。

「君、もしかして知り合いか?」

「そういうあんた達は何者ぉ?親族って割には顔が似てないねえ」

風貌から喋り方に至るまで、全体的におっとりとした雰囲気が特徴的な娘だった。この娘もきっとこの街でやり繰りをしているのだろう。遊びに来ていると考えるにはまるで荷物がないし、明らかにこのネオンに慣れている様子だった。明希は少女の質問に正直に答えた。

「音沙汰もなく学校から居なくなって、今大変な状況みたいなの。だから探しに来た。」

「へえ、それで客と一緒に消えた嬢探しと。」

「客じゃない...!この人は探偵さん。私に協力してくれているの!」

この少女が妙な物言いをするので、明希は顔を真っ赤にして言い返した。するとどうだろう、少女は腹を抱えて笑いだすので、ますますこの娘の性格が掴めなくなった。

「四季乃一人に探偵ぃ?あんたちょっと可笑しいんじゃないの」

明希はしかめっ面で入崎に、この人ちょっと苦手かもと小声で愚痴をこぼしたが、運の悪いことに一文字残らず少女の耳に届いてしまい、少女に指摘されて気まずい空気になった。少女はその空気を気遣うつもりもなく鼻笑いで茶化し、その後、明希が四季乃のことをどれだけ知っているのかを試した。会ったばかりの相手をタダで信用してやる理由もない。そういう意味では、知り合いの情報は渡さないつもりでいたのだろう。しかし、どうせ答えられまいと投げたはずの質問をあまりにも正確に答えていくので、少女はドン引きしてる様子だった。

明希が四季乃と友人関係であるという確証を得られて、少女は四季乃の情報を話すことと引き換えに条件を提示してきた。入崎がその内容を尋ねると、おにぎり一つを丸飲みしてしまえるくらいの大きな口で呑気に欠伸を放つ。

「アタシ今日はもう稼ぎ疲れたからさァ、一泊代奢ってくれたら良いよォ。」

その場しのぎで生きていることが手に取るようにわかるような言動と態度。この野良猫のような少女を前にして二人は

「どうしようか」

と話し合った。

 

つづく。




2024.6.30
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