下町の鶴   作:瀧ヶ花真太郎

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しかしこのフウカという女の子、何かモラルのようなものが壊滅しているような気がする。お風呂から上がった際もバスタオルを盾に後ろから抱きついてくるし、いくらすることがないからといって備え付けの避妊具を口で膨らませて遊ぶなんてどうかしている。しかも有ろう事か、絶句していた私に向けてソレを風船の如く飛ばして来たので思わず悲鳴を上げた。
「ねえ何するの!!」
それなのにフウカはその反応をみて面白がっている。冷静に考えてこんな娘と四季乃が友達関係だったなんて想像が付かない。でも、彼女の小物入れの内側に見えたプリクラ写真には、確かに四季乃とのツーショットが映っていた。


99.探偵明希

 

下町の鶴

10章-明希の祈り-

☆Episode.99「探偵明希」

 

終業式が終わった帰り道、私は探偵さんの車でバスを追いかけた。本来なら探偵に依頼するのだから、黙って待っていればいずれ真相を手にできる。だけど今回に至っては四季乃のお兄さんの情報材料を何も伝えられない状態だし、仮に写真を持っていたとしても、じっと待っていられる程の心の余裕もない。

探偵さんの車は一見どこにでも見かけるようなものだけど、乗ってみれば今時珍しいミッション車で、信号が変わる度にカチャカチャと腕を動かす姿が後ろからよく見えた。

「探偵さん、バイクのイメージだったんで何か新鮮です」

「制服姿で二人乗りは幾ら何でも目立ちすぎるからな」

「それは...、ごめんなさい。着替える時間がなくて」

「気にするな。こっちの方がゆったり出来て良いだろ?」

「ええ、ありがとうございます」

四季乃のお兄さんを影から追いかけ、彼の乗り込んだバスを探偵さんと一緒に追跡している。バス停で停まる度に降車した人の顔を一つ一つ探しながら、環七の渋滞の中を進んでいた。自分でも何やってるんだろうって思うよ。親友の為だなんて表面だけで、本当はただ会いたいってだけなのに。

「焦る気持ちも分かるが、一日で全部やろうとするとすると水の泡になる」

「え?」

「見間違えじゃなけりゃ、顔に出てるよ。明希ちゃん」

「....ごめんなさい」

「今日は今日十に必要な情報だけを手に入れる。良いね?」

「はい、分かってます」

捜査課時代の父の同僚なだけあって、その洞察力で私の心は一瞬で読まれてしまう。バックミラーに映る鷹の目のような視線に銃口を突きつけられたような気持ちになって、速くなる心臓の鼓動が逸る想いに自戒を迫った。

「分かるよ、急ぎたい気持ちは。俺も昔、待機命令を破って散々怒られた」

「解決出来たのなら良いんじゃないですか?」

「出来たのならな。過去にそれで同僚が負傷した」

「そうですか。でも得るための多少の犠牲は仕方ないのでは?」

「あと一歩で死なせてたかもしれないんだ。それに....」

「...それに?」

「得た情報は大したものじゃなかった」 

「今回もそうだと...?」

「いや、冷静さを欠くと取り返しのつかないことになる。それだけ覚えていて欲しい」

「努力します」

 

バスは終点に到着し、ぞろぞろと人が降りてくる。ここで見つけられなければおしまいだ。明日からは冬休みが始まり、数週間は何の情報も得られなくなる。私は後部座席の窓に張り付くように目を凝らし、流れる人並みの一つ一つに視線を当てた。

「あれじゃないか?」

私が血眼になって探していると、探偵さんは横から指でポンと指す。その方向に目をやると、前に廊下で会った四季乃のお兄さんと同じ風貌の高校生を見つけた。確かにあれは本人で間違いない。今すぐにでもとドアを開けようとする私に探偵さんは「待って」と一声呼び止めた。

「落ち着いて。その姿じゃ人一倍見つかりやすい。これを羽織って行きな」

そう言われて探偵さんは私に厚手のコートを渡してくれた。礼を言って車外に出た途端、真冬の冷たい風が体温を拐おうとするので、腕は自然に袖を通った。口元を埋め、何か悪いことをしているような気分になる。これが探偵というものなのか、それとも達の悪いスパイに過ぎないのか。複雑な心境で四季乃の住んでいるであろう街に降り立つ。バス停や、地下へ下りる階段の前には「一之江駅」の看板が見えた。路線名には新宿の文字があり、ここから一本でフウカのいるネオン街に行けることが分かる。見失う前に視線を戻し、駅前のロータリーに停まったバスを遠目に四季乃のお兄さんをゆっくりと尾行する。見つかれば言い訳のしようも無い状況だからこそ、心拍数はみるみるうちに上がってきた。正直、心臓が口から飛び出そうな気分だった。探偵さんが陰ながらにフォローしてくれると聞いてはいるが、目の前にいないんじゃ心細くて仕方ない。こんなことなら最初からプロに全て任せるべきだったと反省している。もう後戻りは出来ない、そう思う度に私の正気は壊れかけた。お兄さんは駅前を抜けて、だんだんと人気のない場所へと進んでいく。展開は私を追い込もうとするばかりだ。振り向くな、振り向くなと祈るように胸に繰り返すこと以外、頭の中には何も残らなかった。

胸の中の探求心と罪悪感はバランスを失くし、段々と振れ幅が大きくなっていく。ここで引くわけにはいかないのに、もうこれ以上罪の意識に耐えられる気がしない。住宅街へと入っていった時に精神が限界を来してしまい、彼が曲がり角を曲がってからは、とうとう追うことを止めた。悔しかった。悔しいのに、体は動いてくれなかった。このまま私の存在がバレて、四季乃を怖がらせてしまうのではないかと思うと震えが止まらなくなった。

緊張からか突然強い吐き気に見舞われ、コンクリート塀に片手を付いて倒れかけた。胃を強く絞られたような感覚とと共に、込み上がる不快感から思わず嘔吐(えず)いてしまう。口先を側溝に向けたものの、喉奥からは何も出てこない。そうだ、学校の昼休みから何も食べてなかったんだ。フラフラになりながら今までのことを思い返す。知らない町に来て、慣れないことをして、探偵ごっこなんて端から私には出来なかったんだよ。

真冬の気温にも関わらず斑点のように浮かぶ脂汗、朦朧とする意識の中で誰かの心配する声が聞こえた気がした。

 

「起きたか」

エンジンの振動が左半身に伝わる。目を開けると、探偵さんの車の中のようだった。

「探偵...さん?」

「もう少し寝てな。立石まではまだかかる」

目を擦り、少し上体をおこして窓の外を見た。都道に並ぶお店や、街明かりが流れていく光景が映っている。

「四季乃ちゃんは...?」

「ああ、安心してくれ。必要な情報は全て手に入れた」

「そうですか、良かった」

「無理させて悪かったな。本来なら俺一人でやるべきだった」

「いえ、元はといえば私が我儘言って連れてきて貰ったんです。私の方こそ、ご心配おかけしてすみません」

「良いんだ。本当のことは誰だってこの目で見て確かめたいものさ」

車内には心地良い温度で暖房を付けているせいか、起きたばかりの私を再び眠りに誘う。そのあとは幽体離脱でもしたかのように、弱音を吐く私の声をぼんやりと聞いていたような気がする。優しさにもたれかかりたかったのか、話に耳を傾けてくれることに心が安らいだ。

「まだやることが一つ残っている。分かってるね?」

「はあ、そうだったかしらね。私もう疲れちゃった」

「大丈夫さ。探偵明希になら余裕の任務だ」

「お家帰るの。お母さんが今日はカレーライスだって」

甘えてばっかりだった子供の頃の自分と交差する。探偵さんも一瞬父の姿になったり、ふと気づけば探偵さんに戻っていたりと、世界線がごちゃごちゃになる。何が起きているのだろう、これは夢の中?ならどうしてこんなに自然な流れで車に乗っているのか。あれ..?私、探偵さんの車で目覚める前まで何をしてたんだっけ...。

後部座席からの光景が段々と遠のいていく。やがて真っ暗な目蓋の裏側が映り、私はゆっくりと目を開けた。すると景色の奥、キッチンで家事をしている女性の姿が見えた。ああ、思い出した。私、あの路地であのまま死んじゃったんだろう。氷のようなアスファルトに倒れこみ、冬の風に晒されている内に、きっと。奥に立つ女性の背中は恐らく母だろう。私はその背中に

「お母さん」

と、呼びかけた。しかし反応がない。何度か呼びかけてみても、母はこれっぽっちも気づいてくれない。そこで私はこの声が心の声であるということに気づいた。まだ起きて間もない体で無理に声を振り絞り、私はもう一度母を呼ぶ。

「お母さ...」

すると、飛び起きた意識が違和感を知らせてくれた。

 

ここ...どこ?

つづく。

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