初めはタバコが嫌いだった。
臭いし……そもそも生徒の前で吸ってなくても、服に匂いが染み付いてるのもいいことではないだろう。
トレーナーさんはヘビースモーカーらしく、タバコの匂いがしない日はなかった。
「トレーナーさん、タバコやめてくれませんか?臭いんで」
「……はっきりいうねぇ、まぁ無理だな!長いこと愛用してるもんでやめられないんだよ」
次の日から少し匂いが薄くなった……消臭剤だろうか?
……トレーナーさんができて、私はレースで実績を残すようになった。
G1にだって勝った。
気が付いたらトレーナーさんは相棒だった。
「ケホッ……トレーナーさんまたタバコ吸いましたね?」
「……いや、そもそもここはトレーナー寮の俺の部屋なんだが、なんでプライベートな場所まで来てんだ、セキュリティどうなってんだ」
「天気がいいのに部屋の中にずっといて……せっかく休みにしたんですからデートでも行きましょうよ!」
「あのなぁ……俺はこれでも結構忙しいんだぞ」
「まぁまぁそういわずに、セイちゃんのモチベと好感度が上がりますよ?」
「調子がいいことで……今日出かければモチベが上がるんなら明日はトレーニングの負荷あげるからな」
「うへー……」
こりゃ提案しない方がよかったかも……なんてちょっと思った。
トレーナーさんと出かけるのも単なる思いつきだし、トレーナー寮にいったらなぜかたづなさんが通してくれたから引くに引けなくなったのが一番の原因なんだけどなぁ。
「うへーじゃない、そもそも大分楽できるようなスケジュールにしてるだろ……まったく、なんでウマ娘は平気でトレーナー寮に入れるのにトレーナーはウマ娘寮に入れないんだか」
「おやぁ?今のはウマ娘寮に忍び込みたいっ!……ってことですかな?」
「あほか、どっかのねぼすけのさぼりを起こしに行くのが楽になると思っただけだ、トレーニングをさぼられても困るんでな」
そういってトレーナーさんは出かける準備をしてくれた。
タンスの服には全部タバコの匂いがしっかりあったけど……。
ケホッ……なーんてわざとらしくいったけど、タバコの匂いはもう気にしてはいなかった。
気がつく頃には向ける感情は信頼ではなくなってきていた。
「トレーナーさんが倒れた!?」
URAファイナルズ決勝で見事勝利を収めて……しばらくしたころだった。
原因はわかりやすくタバコの吸いすぎ、あと過労だそうだ。
……私の前だと疲れた素振りなんて見せてくれなかったのに。
「トレーナーさん!」
「おう、病院では静かにしろよ」
あっけらかんといつも通りの顔をして言われた。
どれだけ心配したと思っているのか。
……いつものようにに言われて、いつものように返す。
「……心配して損しました」
「俺はタフさが取り柄だからな」
「タバコ、やめません?」
「できない相談だなぁ」
「……これは貰っていきますね」
患者用の服のポケットに手を突っ込んでトレーナーさんからタバコの箱とライターを奪い取る。
「あっ!おま……俺の唯一の楽しみを!」
「病院では静かにしないとダメですよ、どうせ室内じゃ吸えないんですしこれを機に卒業しちゃいましょう」
「……マジかよ」
呆けた顔は面白いものだった。
タバコの箱を回収して部屋を後にする。
……トレーナーからはタバコの匂いがしなかった。
なんだか少し寂しくて、辛かった。
病院の屋上に出て……没収したトレーナーのタバコに火をつける。
……いつもトレーナーからする匂いだ。
……バレないだろうか?
「ケホッゲホッ!……まずい……」
「おら何やってる」
口からタバコを奪われる。
「トレーナーさん……」
奪われたタバコはトレーナーの口に収まっている……吸っているところは初めて見たかもしれない。
「未成年がタバコ吸うんじゃねぇよ……ったく、やばいのは俺なんだぞ」
「……間接キスなんですけど」
「俺は気にせん」
……いやいや私が気にするんですけど!?
「どうせならちゃんとキスしてくださいよ」
まっすぐに意志を伝えてもあっさり流されるとわかってはいるけど。
沈黙が流れる……。
「……代わりにこれやるよ」
「へ?んむっ」
棒付きのキャンディが口に入れられる……レモン味だ。
急にトレーナーの顔が目の前に現れて、棒付きキャンディの先に黒い痕が残る。
「シガーキスってやつだ、ちゃんとしたのはもっとでっかくなってから考えてやるよ」
そういってそっぽを向いてしまった。
ずるい人だ、本当に。
……だから私も、少しずるくなろう。
キャンディを手に移す。
「トレーナーさん?ちょっとこっち見てください」
「ん?」
さっとタバコを取って……。
すっぱくて……すこし苦い。
「今日は私の勝ち……ですよ」
「……誰に似たんだか」
……タバコの匂いは大好きだ。
あの人の匂いだから。