天使のみに祈りを捧げよ   作:yuzu

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神様

 

その感情の名前はわからない。

執着だとか、依存だとか、深いところまで沈みこんでいるのはわかっている。

それでも、薄っぺらい言葉でこの関係を、この感情を、この敬愛をあらわすのは違う気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……うへぇ、これマジでやるんですか?というか、なんて私たちだけ?当の本人たちはごっ立腹のままふて寝ですか」

「レイン、私語は慎みなさい……否定はしないけれど、あくまで仕事なんだから」

「……悪魔だけに?」

「レイン?」

「冗談ですよ!怖い顔しちゃってー!」

 

そんなレインの気の抜けた声を聞いて、ミザリーは顔をしかめる。後ろから般若でも見えそうな勢いだが、レインはまったく気に止めることなく心の内を垂れ流しにしていく。

 

「って言うか、ヴェルザード様も[[rb:アイツ > レヴァア]]の関係って一体なんなんですかね?ヴェルザード様は【親子】なんて言ってましたけど、んなわけないし」

「…………レイン、この世にはね知らなくていいことがあるの。それがそのうちの一つよ。あの二人が関わる話題は命にも関わるからやめなさい」

「ミザリーは気になりません?あの不仲の理由と、その割にはガチの殺し合いはしてない原因」

「あのねえ……!」

 

いつの間にやら手を止めて軽口を叩く彼女らを注意するものはいない。

 

____はずだった。

 

「おい」

 

「はいいっ!」

 

地を這うような低い声に身体を大きく震わせた二人は反射的に返事をする。そして、聞きなれた声だということに気づき、それが誰であるかを認識した。

 

「ぎ、ギィ様……」

 

「なにやってるのかな?お前らには掃除しろって言ってあっただろうが」

 

「ちゃんとやろうとしてましたとも!……ですが、やはり気にかかることがあると作業が進まないとミザリーが……」

「レイン!___申し訳ありません」

 

息をするように嘘を吐き続けるレインを、ミザリーは青筋をたてながらいさめる。しかし、探究心に囚われた悪魔を止めることはできない。

 

「ギィ様は知ってます?あのおふたりの仲について」

「あ?ヴェルザードとレヴァアかよ?」

「反応されるってことは、やっぱり知ってるんですね。ふたりの関係」

「その言い方だと恋人同士なのを疑ってる高校生みたいだからやめなさい」

 

「高校生ってなんです?」

「さあ?……とにかく、作業を進めるわよ。いつにも増して酷いんだから……」

「ううう……ヤダなあ……」

 

渋々といったふうにモップを持ちながら、ミザリーとレインは荒れ果てた広場を見回し、大きなため息をついた。

 

 

「____しょうがねえな」

 

「えっ?」

 

「ヴェルザードとレヴァアが気になんだろ?さっさと話聞いて頑張ってオシゴトしろよ」

 

ニヤリと不敵に笑うギィに、レインの顔がパァと明るくなる。

 

「ギィ様ー!」

 

「ま、全部話すかはお前ら次第だがな」

 

「はい!お願いします!」

「ちょっと、レイン……」

 

「そうだな。地上が平定されるずっとずっと前___」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___これが、夢ならばどんなに幸せだろう。

 

 

 

妙に心地いい浮遊感がなくなり、代わりに少し歪んだような重さが足にかかる。ゆっくりと目を開け、目の前の景色を“認識”していく。サーモグラフィーのように細かくハッキリと、しかし何かが違う色合いの世界が脳に情報として送られていく。

 

まるで機械にでもなったかのような謎の落ち着きに、疑問を持つことなく立ち上がる。周りを見渡すが、特に何も無い。平坦な地が目の前に広がっているだけで、ひどく殺風景である。

何かあったとしても、それは死体だけ。

ピクリとも動かないただの屍が無数に転がり、自分に光を宿さぬ虚ろな目を向けていた。………それを見つめている自分と何が違うのかは難しいところだが、不思議と自分は生きていた。

 

「っ………」

 

人間ではない『何か』が、生前ならば『バケモノ』と称していたであろう者達が、まるで自分を醜い怪物でも見たかのように恐怖の表情で硬直し、息絶えている。

今にも溶けそうなほどに腐った白濁の瞳が、知らない“私”を映す。全身を血で染め、殺生に快楽を覚えて引き裂くような笑みを浮かべた“私”を。

 

「__________や、めろ」

 

やめろ、そんな目で見るな。責め立てるような視線を向けるな。悪くない。自分は悪くない。何もしてないなんで、これは誰、何があった。私じゃない。私じゃないはずなのに_____________なんで、

 

 

 

《確認しました___罪___の……》

 

 

ノイズのような音が響くと同時に、ガツンと大きな何かに殴られたかのような衝撃とともに、感じたことのない異次元の痛みに襲われる。

 

頭が痛い。くだらない情報ばかりが大きな質量となって、頭を押し潰す。痛みをごまかすように頭をガリガリとひっかけるも、目に見えない圧力を受けているかのような静かで激しい痛みは止まらない。

 

耳鳴りがする。頭の中で私を糾弾するヒステリックな声が響く。

『お前に殺された』『お前が殺した』『なぜ笑っているのだ』『罪人の分際で!』

 

息が苦しい。息を吸い込んでも、血のにおいと共に肺がズシリと重くなる。まるで、呼吸ですら許されなくなったようだ。

 

 

熱い。

 

痛い。

 

寒い。

 

怖い。

 

嫌だ、そっちに行きたくない。

 

 

 

全身が熱い。身体中の血液が沸騰し続けているかのように、熱くて痛い。いつか膨張して爆発でもしてしまうのではないかと錯覚するほど、この熱さは容赦がない、

 

終わることのない呪いのような苦しみに、醜い声が漏れる。

なにもない虚空に手を伸ばす。誰か、誰かタスケテ___

 

 

 

音が消える。

 

 

 

深い深い底に落ちていく。

 

 

 

誰もいなくて、たった一人の空間で、

 

 

誰かがにんまりと笑っていた。

 

 

 

『バカだなあ、誰かが助けてくれると信じて疑わないんだもの』

 

残酷で無邪気な笑い声がした。

 

『なんで、助けてもらえるなんて思ったの?』

 

 

 

 

 

意識が浮上する____________

 

 

もちろん、すべて悪い夢でした、なんて幸せなオチはやってこない。身体は今も激痛を訴え、魂が悲鳴をあげていた。

 

 

もう、心が限界だった。

 

 

痛い、苦しい痛い痛い苦しい苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい。

 

 

なんで、くるしい?

 

 

 

ギョロリと、血走った眼が彷徨う。

 

 

何かを探して、求めていた。それが何かはわからないが、とても大切なものなのだと思う。

 

 

__________それが何かすらも忘れてしまったというのか。

 

 

 

「_____」

 

 

 

 

 

再び、嘲笑うような声がする。

 

『愚かな君には愚かな名を。愚かな君には愚かな主を。素敵な僕からのプレゼントだ。ねえ、【⠀】』

 

 

 

空白で空虚で中身のない名が【⠀】だった。これ以上ない侮辱の名だった。

それでも、【⠀】は苦しみ続け、もがき続けた。何かを信じているわけでもなく、ただ救われるために。

 

 

 

救われたいと願うことの___何がいけないというのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喉がカラカラに乾く。乾いて、渇いて、仕方がない。

 

地面に顔をこすりつけるように倒れ伏した【 】は、立っている人影を見つける。

 

否、それは人ではなかった。

圧倒的なまでの神々しいオーラと無表情で人を寄せつけない雰囲気を持ち、背中に生える美しい翼が人ではないことをこれでもかと証明している。

 

危害を加えられるとは到底思えなかった。自分とは【格】が違うのだ。年や力の問題ではない。もっと根本的なところにあるものが、何から何まで違っている。

ふと、衝動的な何かが芽生え、あの___きっと天使と呼ばれる神の使いに重い手を伸ばす。

 

片手には離そうとしても離せない剣、片手は掴もうとしても掴めない空っぽ。空虚なこの手を埋めて欲しくて、手を伸ばす。最後の力を振り絞って。

 

天使がこちらを向く。

ひたすらに無表情で、生物の片鱗をもすら感じさせない空虚な瞳でこちらを機械的に見つめる。探るような、品定めをするような絡みつくような視線。見つめる瞳はガラスのようだというのに、妙に生々しく不快感を覚える。

 

「……落……………か……」

 

天使はポツリと何かを呟くと、興味をなくしたようにそっぽを向くと翼を羽ばたかせ、去ってしまった。

 

「_____________」

 

声も出ないかった。

【⠀】はそれを傍観するしかすべがない。

 

 

 

それでよかった。

心に後悔は残っていなかった。

 

あるのは『どう変わっていた』のか……という僅かな好奇心。いくつもある未来の好奇心へのだった。助けを懇願すればよかっただろうか。

しがみついてまで、プライドを捨ててまですがりついたら未来は好転したのだろうか。

 

《確認しました。個体名【 】の【未来的好奇心】の発芽が開始されました。__________認証完了。個体名【 】はユニークスキル『[[rb:貪婪者 > モルタ]]』を獲得。》

 

無機質な声が響く。無意味で理解不能な言葉が紡がれているそのさまはひどく滑稽に思える。

 

 

視線が胸の内のように淀んだ空から、ずっしりと重みのかかる右手へ向く。そこある美しい剣。繊細な模様が彫られながらも、どこか禍々しい雰囲気を持つ奇妙な剣。

刃のほとんどを血に染めているそれは乾ききっていない血で鈍く光り、何万もの魂や血肉を啜り続けていたことがわかる。

 

じっと、穴が空くほど剣を見つめる。ただ見つめるだけではなく、自問自答を繰り返す。

 

自分はあの天使に何を求めていたのか。

 

やはり殺したかったのか。あのプログラムされたような生き物の『生』を奪ってしまいたかったのだろう。かなうはずもない圧倒的な存在が目の前に君臨していた時でも、それは変わらないらしい。

 

 

 

_____死、なのだ

 

 

 

生きているだけで苦しい。何か棘の着いた蔓に締め付けられるているように、痛いのだ。動くだけで苦しくて、必要のない呼吸をしようとするだけで喉が奇妙な音を立てる。生きようとするだけで、縛りは強く身体を軋ませる。

 

存在するだけで地獄だった。一歩も動けず、動こうとも思わない。あの天使に求めていたのはこの不毛な生命を終わらせること。

 

 

痛む体に鞭を打ち、上半身を起こして左胸に剣を添える。

 

____考える頭が単調になっていく。

 

頭や首はダメだ。

 

何故かわからないが、きっと死ねない。

 

狙うべきは心臓の代わりの何かがあるここしかない。

 

ここを穿てば、このどうしようもない衝動が消えてくれる。

 

 

手に力を込める。真っ直ぐと、忌まわしい自分の命の鼓動が聞こえる方へ。

 

 

剣に反射して映った自分の表情は、歪み曲がり捻じれていてひどく醜かった。

 

 

ひきつった口角が自然と上にいく。

 

 

 

 

「____!」

 

小さな、けれど眩しい光が一瞬見えた気がしたのは、未練と呼ばれるやつだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわりと意識が浮上する。

ぼんやりともせずに今の状況をすぐ整理してしまう自分が憎い。苦々しい顔で上半身を起こすと、隣には少しだけ心配そうな表情を浮かべた天使がいた。

 

だが、さっきの天使とは明らかに異なる個体だ。

 

表情はさっきの天使に比べると幾分かは穏やか______のように見える。風になびく銀糸は美しく、自分を映す瞳は空のように澄み切っていて、何もかもを見通すような、そんな恐ろしささえ感じる。

 

目の前の天使は自分の世界の中で明らかに異質な存在感を放っていた。

 

「「…………」」

 

そんな天使と目がバチりと合い、どうしていいのかもわからずにお互いを数秒間見つめる。

 

「……起きた……のか」

 

遅れて天使が言った。喉から紡がれる中性的で美しい声が、耳鳴りの酷い聴覚をそっと癒す。

 

はい、と返事をしようとして声が出ないのに気がつく。

 

さっきのようなものではなく、ただ喉に何かが引っかかったような不快感があって、声を発することができない。 いや、できなくはないが限りなく小さくしなければ動物のような声が出るだろう。

 

俯く私に、天使は無理しなくていいと無表情のまま言った。

 

そして、その天使は優しく諭すように事情をゆっくりと説明し始める。

 

「……お前は多分、死んでいった者達の残滓と戦いの衝撃による歪みで突発的に生まれた天使だ」

 

天使はゆっくりと、赤子に話を聞かせるように優しく丁寧に、順序を並べ立てて話していく。

曰く、私は『天使』であると。

 

この世界の天使は創造神によって造られ、世界の繁栄のために戦うことを目的として生きる。呼吸も食事も排泄も必要ない。そこらに転がっている生き物……『魔物』とはまた少し違う生き物だと。

 

「て……んし……」

 

掠れた声が脳内で反響する。

 

「そ、天使な。……まだ話すことはあるけど、まずはこっちが先だろ」

 

目の前の天使は小さく頷くと、【⠀】の額にそっと手を触れた。

彼が触れた場所だけが温かく、痛みもなく、全てを委ねてしまいそうなくらいに心地いい。

 

天使はそのまま手のひらを下ろし、【⠀】の瞼を撫でるようにして閉じさせると、「楽にしながら聞いてろ」と優しく声をかけた。

 

「声が出ないのは、多分だけど魔素が循環する回路が不安定だからだな。今は俺がサポートしてるからそれだけで済むけど、離れたらどうなるか俺でもわからない。だから、できるだけ離れんなよ」

 

「はい……」と掠れた声で返せば、微笑えんだ気配がする。

 

____うれしい

 

目の前の天使の、彼の笑顔が見てみたくてそっと薄目で彼の顔を見る。

 

 

 

「_____あ……」

 

彼には慈悲の笑顔が浮かんでいた。何よりも美しい慈しむ心からくる美しい笑顔。

 

それがとても眩しくて__________“私”の頬も緩む。

 

 

安心出来る微笑み。生まれて初めて見た者を親と勘違いするように、生まれて初めて笑顔を見せてくれた相手にはむくむくと情が膨らむものらしい。

 

 

目の前の天使の凍った心をゆっくりと溶かすような笑顔が好きだ。

 

彼の柔らかくて包み込むような声が好きだ。

 

貴方の、こんなちっぽけな存在にも笑いかけてくれる優しさが好きだ。

 

「大丈夫………」

 

天使は囁く。

赤子を寝かしつけるように優しく丁寧に。

 

 

____これを守るためならば他には何もいらない。

 

この方だけが私を見ててくれる、笑顔を見せてくれる。こんな道端の石っころみたいな私に優しくしてくれるのだ。

 

だからこそ、私もこの方だけを守り続ける。おかしい理屈だけれど、それ以外考えられない。

 

 

「大丈夫だ……俺がいる」

 

 

___きっと、この天使様は本当に神様なのだ。

 

私を救ってくれる私だけの神様。だれにも奪うことの出来ない唯一無二の神様。たった一人の私の光。

 

何も無い世界で、何も分からない私を、すくいあげてくれた大切なひと__

 

 

「お前は___ひとりじゃない」

 

 

きっとそうに違いない。

私は少し頷き、思わず口元を緩めて彼の、神様の温もりに身を任せる。

 

つう……と頬に水がつたう。

空は雲の隙間から優しい光が降り注いでいる。まるで二人の出会いを祝福するように。暖かく、包み込むように。

 

空っぽだった左手には、確かな重みと温かさが握りしめられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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