滅びゆく世界の勇者は、異世界で静かに暮らしたい   作:なんJお嬢様部

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続きました。軽く戦闘シーン。


盤上遊戯の駒のごとく

〈レックスく〜ん〉

〈……なんだよ〉

 

 俺が、塹壕に漂う臭いの発生源を断つことを諦めてから暫く。アリスのアホは相変わらず、話を無視しようとする俺を無視してペラペラ話しかけてくる、プロボクサーも真っ青のクロスカウンター状態だ。どうやらこいつは、学習能力もバグっているらしい。右斜め45°の角度から頭にチョップでもすれば、直ったりしないだろうか。

 

〈そんな大昔の(レトロな)家電扱いしないでほしいなっ!〉

〈ちっ、勝手に思考を読むんじゃねぇよ〉

 

 アリスは俺の脳に埋め込まれているので、おちおち考え事もできやしない。もし、前世というものがあるのなら、俺は身の毛もよだつ大犯罪者だったに違いない。

 でなければ、こんな拷問のような状況に陥るはずがない。

 

〈こんな美少女といつでも会話できる幸運を、拷問なんて酷いぜ! ……それよりもさ、レックスくん! 暇潰しにしりとりしようぜっ!〉

〈美少女って……お前はマイクロチップなんだから身体(ガワ)なんてねぇだろ……あと、しりとりは一人でやってろ〉

〈じゃあ、一人でやってるよ! しりとり、リス、スイカ……〉

〈わかった! わかった、やるよ……ったく〉

 

 もう少しで、しりとり独演会を延々と聞き続けるハメになりそうだった俺は、慌てて参加を表明した。こうなることを予測していたのだろう。わざとらしい声で〈わーい!〉と喝采を上げるアリスが、この上なく腹立たしい。

 

〈じゃあ最初はレックスくんからだよ! しりとりの「り」からスタートね!〉

〈リン〉

〈あ、「ん」がついた! レックスくんの負け〜。じゃあ、もう一回ね!〉

〈……リン酸〉

〈……今度は私からいくよ~? リンゴ!〉

〈ごはん〉

〈…………〉

〈…………〉

 

 暫しの沈黙。その後すぐに〈も〜う!〉と叫んでアリスの癇癪が爆発した。

 

〈レックスくんノリ悪〜い!〉

〈あ〜! 喧しい!〉

 

 脳内に響く金切り声に、俺は思わず叫びながら意味もないのに耳を塞いでしまった。

 

〈無駄に喋るな、こっちは少しでも休めるときに休んでたいんだよ!〉

 

 一度(ひとたび)、【怪物(フリーク)】共の襲撃が始まれば、【勇者】である俺は数日まともに休めないことなんてザラだ。体の8割を人工器官に置換し、生体修復用のナノマシンも血液中に打ち込んであるとはいえ、生身の脳は徐々に、しかし確実に摩耗していく。肉体ではなく精神が保たないのだ。

 【勇者】は基本的に自害を禁じられているが、それでも、トチ狂って自殺まがいの突撃を敢行して帰らなかった勇者は、両手の指に余るほど見てきた。

 

〈だってさ、近くに【怪物(フリーク)】もいないんだからさ、ちょっとぐらい遊んだってさ……〉

 

 それでも、疲れを知らないAIであるアリスは、尚も食い下がろうとグズる子供のように言葉を紡ぐ。

 しかしーー

 

〈ーーレックスくん〉

〈何だよ〉

〈十一時の方向、1キロ先に熱源を発見。【怪物】の可能性あり〉

〈……! アリス、俺の視覚野を望遠モードに切り替えろ〉

〈アイアイサー!〉

 

 アリスの声が響くと同時に、俺の視界のピントが急速に遠方へとズームされる。体の8割以上を人工器官に置き換えた俺は、当然のように眼球も人工器官だ。だから、このような望遠機能が備わっていたり、旧世代のアイウェアディスプレイのように、眼球上に直接情報を表示したりすることができる。

 そして、望遠モードで眺める900m先の荒野に、俺は明らかに通常の生物とは異なる動きをする一つの影を捉えた。

 

「……確かに【怪物】だ。ランク《ポーン》の【オクタヴィア】。単騎偵察だな、こいつは」

 

 俺は、現状を認識するために、あえて口に出して得られた情報を確かめる。

 【怪物】とは、人類が極地の永久凍土の中から掘り出してしまった、旧時代の生物兵器だ。こいつらのお陰で人類は最盛期に比べて、その8割ほどが死滅した。駆逐する目処も経っていないので、人類は早晩滅亡する運命になっている。世界の人口増加問題を解決するための極地開発の予定が、こんな形で人口問題が解決するとは当時の人間は夢にも思わなかっただろう。確かに、問題の原因が一掃されれば間違いなく問題は解決するが、一掃される側される側の身にもなってほしいものだと思う。

 

 あるいは、昔の奴らも将来に人口爆発が起きることを見越して、こんな【怪物】を仕込んでたのかもな。ま、今となっては真意はわからんけどさ。

 

 【怪物】の正体を語るべき旧人類は、滅びて久しい。最早、知りようもない歴史の真実に思いを馳せることは切り上げて、俺は目の前の【怪物】に集中する。

 【怪物】にはそれぞれチェスに見立てたランクがつけられ、《ポーン》は言うまでもなく最弱の部類だ。それでも接近されてしまえば、素の人間ならカートンほど束になっても全て肉塊に変わるレベルの強さはある。

 《ポーン》は個体数が多く、大概は群れで活動し、より上位の個体である《ナイト》や《ビショップ》を伴う。もしかすると、上位個体が統率を取っているのかもしれないが、【怪物】の頭の中など知ったこっちゃない。

 そんなことより重要なのは、群れでの活動を基本とする《ポーン》が単騎で行動するのは、間違いなく偵察だ。こいつらは人間のように命の重さや尊さを語ったりはしない。一匹を囮にして、人間(こちら)側の防衛ラインを計るくらいのことは難なくやってみせる。反吐が出るほど生物として合理的だ。

 

〈ね、ね、ね! 偵察ということはさ〜、こいつをほったらかしにすると本隊が来るよねぇ〜〉

 

 俺の思考を遮るようにアリスが話しかけてくる。その声色には、何かを期待するような含みがあった。

 

〈ああ、クソだが放置するわけにはいかんな。本部と周辺の塹壕の奴らに一応通信入れとけ〉

 

 俺は、万が一俺がやられて【怪物】を取り逃したときに備えて、周囲の残党に注意を喚起する。当然のように反応はない。周りの奴らもいつまでも続く戦闘に辟易しているし、そもそも俺が負けるなんて毛ほども考えていないような連中ばかりだ。無駄な活動は避けたいといったところだろう。

 

 まぁ、確かに負けんがな。

 

 俺だって、このクソみたいな戦線を、一年以上後退させずに維持してきた安い矜持(プライド)がある。戦うと決めた以上、負けはない。

 そんな決意に呼応するかのように、アリスが喝采を上げる。実際、俺の脳波を汲み取って、活性を高めているのかもしれない。

 

〈うひょ~! 戦闘だぁ! いっちょやったりますか、レックスくん!〉

〈珍しく、意見が合ったな。やるぞ。突撃後は、指示を出したとき以外は索敵を密に頼む〉

〈アイアイサー!〉

「よし、突撃(ラッシュ)突撃(ラッシュ)!」

 

 叫びを上げて塹壕から飛び出す。どうせ一緒に飛び出す仲間なんていないが、この方が闘いの雰囲気が出る。クソッタレな戦場だ。闘争のもたらす昂揚感に酔わなければ、白面(シラフ)で戦ってなどいられるものか。

 飛び出した俺の前方、100mほどの距離まで詰めていたのは、【オクタヴィア】という識別名で呼ばれる【怪物(フリーク)】だ。見た目を一言で表せば、海に棲むタコ。だが、こいつはもちろん普通のタコじゃない。普通のタコは荒野をホバリングしながら飛んできたりはしないし、澱みに溜まったヘドロのような緑色の体色もしていない。こいつを見てよだれを垂らすような奴がいるなら、そいつはかなりの悪食に違いない。

 そんな【食えないタコ】こと【オクタヴィア】は、突如として目の前に現れた俺に、一瞬、戸惑ったように動きを止めた。しかし、すぐに臨戦態勢を取り、宙に浮いたまま、俺の方に脚を向け花びらのように開くと、そのまま体をゆっくりと回転させ始める。これが、【オクタヴィア】の攻撃に向けての予備動作だ。

 

〈アリス、視覚情報にヤツの攻撃の予測起動を表示しろ〉

〈アイアイ!〉

 

 アリスからの返事があるやいなや、俺の視界に【オクタヴィア】を中心にした、赤い線が無数に伸びる。これがヤツの攻撃軌道だ。人工眼球の持つ【未来視(フォアサイト)】という機能によって視界に表示される赤い線は、【オクタヴィア】の回転に合わせて絶えず予測が変わり、失敗した手編みのマフラーのように複雑に絡み合う。

 それでも、線の終着点は全て俺だ。脚の数本が背後に回り込んで、四方八方から攻撃してくるわけでもない。この程度の情報処理なら朝飯前。ヤツの攻撃は、俺にとっては丸裸も同然だ。

 

〈いやん、丸裸なんてレックスくんのスケベ!〉

〈黙って情報処理してろ、タコ!〉

〈タコはあっちでしょ!〉

〈今のお前はあのタコと同レベルで有害なんだよ!〉

 

 ……まったく、ちょっとでも余裕があるとすぐこれだ。

 

 戦いの前に集中力を低下させるアホみたいな、というよりもアホそのものの発言をするアリスを窘めた瞬間、【オクタヴィア】が動いた。胴を回すその勢いのままに、八本の脚をレイピアのようにこちらへと突き出す。

 【オクタヴィア】は普段は空飛ぶタコなのだが、その最大の脅威は、元の柔軟性はそのままに、自分の体表の硬度をチタン並に高めることができるところにある。つまり、攻撃を受ける側からすれば、鞭のしなやかさでアホみたいに加速した槍の穂先が迫ってくる訳だ。しかも束で。強化されてない素の人間なら尽く串刺しにされ、塹壕まで漂う臭いの源が増えるのがオチだ。

 でも、俺は違う。

 

「アリス、【セパレーター】を起動しろ」

 

 アリスの返事を待たずに、俺は背中に負った大剣を抜き放つ。これが俺の獲物、【セパレーター】だ。

 

〈アイ、マスター! 【セパレーター】起動! エネルギーの残量は94%!〉

 

 アリスの言葉とともに、【セパレーター】が赤熱する。この武器は圧倒的な質量で【怪物】を溶断し、再生を阻害するというコンセプトで造られたものだ。硬い【怪物】にも有効な耐久力と、内部に入った加熱装置の保護。その両立の為に、厚みを増したその刀身の重量は30kgをゆうに超える。人ならざる【勇者】に与えられた超兵器だ。

 

「っらぁ!」

 

 俺は赤く熱された【セパレーター】を、迫りくる触手に向けて逆袈裟に切り上げる。【セパレーター】の刀身は日向に置いたバターを切るように、【オクタヴィア】の脚を容易く溶断する。

 

「ギュイッ!?」

 

 【オクタヴィア】は、身体の四分の一ほどの脚を失い、仰け反るようにバランスを崩す。そこへ追撃に移ろうとした瞬間、不意に【オクタヴィア】の姿が消え、入れ替わるようにその向こうに広がっていた青空が現れる。

 

「……擬態か! アリス、資格情報に【熱感知(サーモセンサー)】を追加!」

〈アイ、オーケー!〉

 

 【オクタヴィア】はタコの外見をしている通り、生物のタコに似た能力を持つ。体表の色を変え、周囲に溶け込む擬態能力もその一つだ。その体に空を透かし、そこに溶け込んで逃げる算段なのだろうが、【勇者】の俺に対してそれは悪手だった。

 

「丸見えなんだよタコ助!」

 

 サーモゴーグルと同じ機能を持つ俺の人工眼球には、ヤツの動きは丸見えだ。何なら、ナイトスコープや、物体が動くときの周囲の空気の流れを可視化する【動態視(アクティブビジョン)】なども搭載しているので、肉体そのものを消しでもしない限り俺の目は欺けない。

 そのまま奥に踏み込んで、先程逆袈裟で振り上げた【セパレーター】を、今度は袈裟に【オクタヴィア】の胴体へとお見舞する。

 攻撃を防ごうにも、脚を失った【オクタヴィア】に為すすべはない。「ギュペッ」という、熟れた野菜を踏みつけた音のような声を出して、【オクタヴィア】は溶断されるよりも先に、胴の内容物を派手にぶち撒けて破裂した。

 乾いた荒野に水風船を叩き割ったように染み込んでいく【怪物】の体液が、同じように乾いた俺の心をほんの僅かにだが潤していった。

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