異端の土蜘蛛の子・煙・
徹底的に貶められたこの呼び名は、かつての私の生家で大勢から呼ばれていた名前だった。
呪術師にとっての理解できない異常な人間で、虫けらの子と同等で、煙たい存在。
禪院家の末端の封建的な家に生まれたのが今で言う親ガチャとやらにしくじったとも言える。
けれども、昔親しくしていた侍女が言うには赤子の頃は下にも置かれないような身分だったそうだ。
絹の産着に包まれて、上等な食事を食べさせてもらっていたと。
今思い返してみれば、一人娘だった私は親だった人たちにとっては期待の跡取りだったのだろうと思っている。
5歳になった日から、呪術師になる訓練が始まった時に私にある事実が発覚した。
呪力を練ってアウトプットする事ができなかったのだ。
私自身は呪霊も見える。
呪力を流し、呪具に呪力を満たすこともできる。
ただ、アウトプット…五条家の蒼と赫のように高濃度の呪力の塊を体外に打ち出すことがどうしても出来なかった。
天与呪縛。呪力はあれど、呪具を扱わずに術式を扱う事ができない。
代わりに、世界は私に力を与えた。
呪具を作り、誰よりも上手く扱う無二の才能を。
8歳の時にミスをして蔵に押し込まれていた時に見つけた赤い玉と青い玉。
それで暇つぶしにボール遊びみたいなことをしたり、泥団子をこねるように、こねこねしてみた。
すると、徐々に球体の輪郭がぼやけていき、トロトロしたものに変化した。
びっくりして思わずスライムみたいになったそれを地面に叩きつける。
すると、溶けた一部が赤い球に混じり合い紫に変色した次の瞬間。
ドン!
紫の火花が目の前を煌めき、蔵中が大爆発を起こした。
「ゲッッホ!ゲホ!」
青い液体が混じり合った球から起こった爆発だった。
父親と母親、ジジイの軍団に叱られて分かったあの球の正体。
それは、何百年も前に異端の呪具師が作り上げた術を込める魂込めの宝珠というものだった。
二つの玉に入っていた術は五条家の相伝術式の応用、術式順転蒼 術式反転赫。
誰も扱うことができず、なんの因果かうちの家にながれついた結果。
私が玉の効力を溶かしてしまい、虚式・茈が意図せずに発動した。
特別なことをしたわけではない。知らず知らずただ遊んでいただけだった。
呪力をただ流しただけ、それだけのことをしただけで私の生活はまた一変することになった。
小さな角部屋を与えられ、そこに大量の呪具製作のための素材が運び込まれていた。
そして親から言われたのはここで呪具を作るようにという一言だけ、襖が閉じられ足音が徐々に遠ざかって行った。
微かに母屋の方から赤子の鳴き声が奥からこちらに流れてくる。
この屋敷に仕えている使用人は皆独身だ。
だとすれば、消去法で考えられるのは蔵に押し込まれたりしているうちに生まれた嫡子の誕生。
それを思いついた途端、私の心は一気に冷え込んでいった。
呪具を使われたわけでもないのに、私と親を繋ぐ縁がどんどんと消えていく感触がした。
好きの反対は無関心。
消えていった愛は今でも湧いてきたことはない。
17歳になったある日、使用人に呼ばれて母屋に赴くと、そこには父であった当主と、柔らがな相貌をした当主より幾分か若い男性が座っていた。
「お呼びと伺い参上いたしました。」
「おお!きたかそこに直れ。」
「こんにちは。お邪魔させてもらっているよ。」
横柄な当主の態度はいつものことだったが、若い男性は気遣うようにこちらを見ていた。
二人が座る上座から一段下がった板間に腰を下ろす。
すると、男性は自分の円座を腰から離し手に持つと、こちらに歩みよってきた。
「これに座りなさい。冬場の板間は冷え込むからね。」
「藤原殿。それは使用人です。情けをかけるべき存在ではないですぞ。」
「そちらこそ何を言われるのですか?方院殿。子供は誰であろうと、世の宝。等しく大切に扱うそれが大切なのです。」
「はぁ。そうですか。」
当主は奇特な物を見るかのように男性に呆れた顔をすると、円座に座り直した。
「これをお呼びになった時はいささか驚きましたが、本日はいかがな御用件でまいられたのでしょうか?」
私を見ることもなく、これと言った当主はそばに座る藤原様にあからさまにゴマを擦っている。
それを不快な表情を見せることもなく、藤原様はにこにこと穏やかな声で話し始める。
「実はですね。もうすぐ私の娘が生まれるのですよ。」
「おお!それはそれはおめでとうございます。して、その姫御前は例の予言にあった方でございますか。」
「いえ…そこまではまだはっきりとは、しかし、数代ぶりの女児が生まれるのですから、できる安全をしておこうと思いまして。」
「ほうほう。そうなのですな。」
「そこで、方院殿のご息女の煙殿を娘の傅役として、即金で300万円で買い受けたいと思い、こちらへまがりこしました。」
「「はぁっ!?」」
買い受けるという衝撃の言葉に、私も当主も口からおかしな調子で言葉が飛び出す。
「し!し!し!し!失礼でございますがこれは我が家の重要な資金源でございまして、いなくなられると非常に困るのですが…」
「足りないですか?ではこちらもつけましょう。」
男性の側にあった包みの結び目が解かれて中から一振りの刀剣と一つの鏡が現れる。
「こちらは、村正作の打刀。こちらは本物には劣りますが、私たちの技術で作り上げた照魔鏡。どちらも呪術的価値で言えば億を超えます。」
現れた宝物に当主の目がわかりやすく欲望に輝く。
その様に呆れてしまった。
人は欲のためならどんなこともできる。これが後に、世を渡り歩く時に役に立つ一つの学びとなった。
当主の手が、宝物に徐々に伸びてくる。
それを見咎めた男性がひょいと両手で二つを持ち上げると、図体のでかい当主は勢い余ってすっ転んだ。
「ーーーっふっ。」
笑いを堪えるのに必死になる。
それだけ、面白かったのだ。
「失礼。ゴム鞠がこちらに飛んできたもので、大切な品が壊れてはいけないと思い、持ち上げました。」
暗に馬鹿にされた当主は顔真っ赤にする。
しかし、自分自身を指摘されたわけでもないので言い返すことができなかった。
「ごっほん!そうでしたかすみませんしっかりと家のものに伝えておきますのでどうぞ平にご容赦を。」
「ええ。大丈夫ですよ。あなたはとても聡明な方です。なので、私の言いたいことも、わかりますよね?」
にっこりと、しかし有無を言わせない圧が当主に向けられる。
「はっ、はいいいいぃっもちろんにございます。」
当主はダラダラと冷や汗をかいて慌てだす。
使用人を呼び出して何やら耳打ちをすると、部屋を出ていき、何やら物を持って再度使用人とともに入ってくる。
使用人が持っていたのは私の衣服と仕事道具が詰められた鞄二つ。
当主が大事そうに抱えていたのは短刀が一振りだった。
「こちらで宜しいでしょうか?」
恐る恐る差し出したそれを藤原様はにこりとした表情で受け取ると
「では、私からはこちらを。」
脇に置いていた太刀と鏡を当主に渡す。
「確かに、お受け取り、しました。。」
今日この日、契約によって土蜘蛛の煙は死に、呪具師として新しく御館様から名を受けるまであと少し。
〜人物紹介〜
・銅(あかがね)
呪具師兼銀樹の保護者。
数えで多分夜蛾先生と歳が近い。
五条が生まれてくる前の時代に生を受け、甚爾ほどのレア度では無いものの珍しい天与呪縛を持つことから色々と注目されてた存在。
5歳の時に相伝術式を持っていながら、何をやっても術式を扱うことができなかった為使用人として生活していたが、8歳の時にどこからか流れ着いたガラクタ扱いになっていた五条家の術式が込められた蒼と赫を崩したことで虚式・茈が暴発した。
ガラクタ扱いだったけれど、誰にも扱えたことの無い呪具を扱ったことで呪具師の素養ありとみなされて飼い殺しが決定された。
けれども、部屋に押し込められてこれ作れと注文が来たり、無理難題が来たりで腕の上げようがなかったり、ちょこちょこ思い出されたかのように使用人の仕事を押し付けられたり、独学でなんとかやったりと10年余り、銅が預かり知らぬところで銅を寄越せだの養子にしてやるだの御三家からよく無茶振りが来ていたが、基本は金が得られない無茶振りだったので当主が全部ブロックしていた。
多分家宝を譲ってやるとかだったら、資産が得られるということで金にがめつい当主は喜んで銅を差し出してしまい、このお話自体が始まらなかった。
当主の元から脱出計画を練って数年。
思わぬ人物が銅を買い取り、自分の脱出計画もこれまでかと思っていたが、御館様について行った先は夢のような場所だった。
銀樹との出会いはまたいつか。
・御館様 藤原◽️■
銀樹の父親。
モデルは某あのお方。
娘のために自分が死ぬことを薄々勘づいている。
特に力を持ってはいないが、感がとてつもなく鋭い。
妻が妊娠したと知った時、多分自分は子供のために死ぬんだろうなと思い、娘の生存の為に元々仕えていた呪術師たちのつてを辿った結果、銅の存在が目に留まり、この子だと思って即座に財宝を持って凸。
無事にお買い上げとなった。
基本娘の為ならば死をも恐れない覚悟ガンぎまり人間。
ちなみに銅は普通に武道も出来ます。
剣道、弓道、柔道となんでもござれ。
自作の呪具なら出力は五倍になるのだとか。
娘が仕事に行く貴方を寂しそうに見送っています今日の仕事はそこまで急ぎではありません貴方はどちらをとりますか?
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娘と一日中遊ぶ
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将来の貯金の為に仕事に行く