↓なお、「十二国記の戴国メンバーの物語を、日本の平安時代でやってみたらどうなるだろう?」と思ってオリジナル小説を書きました。カクヨムで連載中です。是非お読みいただければ幸いです!!!
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860647624393
暗闇の中、白刃の切っ先が宙を舞う。
右上から左下へ、その反対に左上から右下へ、そして見えなくなったかと思えば点となって突き出される。
その動きが───読めない。
驍宗に、相手の太刀筋が読めなかったことなど一度もない。
なのに、この者たちの技量には、どう足掻いても敵わない。
絶対に勝てない──絶望が頭の奥を凍らせる。
悪夢だった。
驍宗が目を覚ましても、呼吸は収まらない。胸の鼓動はドクドクと音が聞こえるようだ。驍宗は額の冷や汗を拭い、深いため息をついた。
少し冷静になって、なぜ自分が悪夢を見たのか考える。
阿選を倒し、朝が整い、戴の政情は順風満帆だ。だからこそ、ようやく閉じ込めておいた悪夢が現れるようになったのかもしれない。
そういえば、蒿里が最近悪夢を見なくなったと言っていた。
蓬莱で何があったか、本人が語りたがる以上のことは聞いていない。しかし、尋ね得た話を聞いているだけでも、蒿里には過酷な年月であったことはよく分かる。
蒿里が悪夢に苦しめられている間、自分がそのことに心痛めているうちは、自分自身の悪夢は見ずに済んだのだろう。
驍宗は半身を起こし、牀榻を見回した。もう一度同じ状況で寝入りたいと思えない。ここで、独りで眠るのは切ない気がした。
彼は臥牀を降りた。寝汗で湿ったものは脱ぎ、部屋にあるもので着られるものを身にまとい、そして外に出た。園林を歩いていれば、気持ちも変わるだろう。どこへ行こうかと思い、自然と足はあの路亭に向かった。以前、李斎と会話を交わした場所だった。冬狩のさなか、花影について彼女に仲立ちを頼んだ時のことだ。
路亭が見える辺りまで来て、驍宗は思った。悪夢の次は幻か、と。そこに李斎の姿があったから。しかし、自分は過去の幻影を見ているのではない。李斎の衣の右腕はだらりとぶら下がり、彼女が隻腕であることを示している。
近づくと彼女が振り返った。
「寒くないか?」
かつてと同じ言葉を掛けてみた。彼女も同じ状況を思い出したのか、同じ返事を寄越した。
「……冷えます」
ただ、今の二人の間には、かつてのように冬狩や花影の処遇といった生々しい緊張を強いられる話題はない。互いに相手を気遣うような表情を浮かべる中、驍宗の方が先に尋ねた。
「李斎は何故ここに?」
李斎は少し言葉に詰まった。彼女は彼に逢いたかった。ただ、逢いたかった。だから、以前に会話した場所が慕わしかったのだった。とはいえ、それを直截に口に出すことが躊躇われる。驍宗の方が質問を続けた。
「眠れないのか?」
そうだった。昔からそのような夜はある。以前は、そのようなとき李斎は飛燕を厩舎に訪ねた。手入れをしてやり、そしてその懐に入り込む。天馬は心得たように翼で覆ってくれたものだった。だが、今、飛燕はいない。
李斎はようやく当たり障りのない答えを口にした。
「飛燕を偲んでおりました。それで、ここで主上とお話をしたことを思いだしたのです」
ほう、と驍宗はいぶかしんで見せ、李斎は微笑んで見せる。
「主上の白銀の髪を拝見すると、飛燕を連想しますので」
「なるほどな」
隣に座ってもいいか、と驍宗は聞いてから李斎の間近に座った。
「李斎さえよければ、飛燕の翼をあい務めるが……」
李斎は覚えていないが、自分は過去に寝ぼけて飛燕と間違えて驍宗に抱き付いたことがあると聞いていた。また、二人で下界を見に行った折に腕を組むことはあった。
李斎ははにかみながら、小声で「お願い申し上げます」と言った。
李斎の肩に回された腕は、思ったより細く、そしてどこか不自然に歪んでいた。七年の虜囚生活の間に驍宗の体躯は痩せ、骨はねじくれてしまった。ただ、彼は今の生活に必要のないものを戻そうとしない。そして、どのような姿であれ確かに彼は生きており、その体は温かかった。
「主上のおかげで寒くなくなりました」
李斎は、そう言いながら驍宗の顔を見ようとし、その顔が自分の顔のすぐそばであることに驚いて慌ててうつむいてしまった。そして、それをごまかすためにも質問する。
「ところで主上は何故こんなところにおいでなのですか?」
少し沈黙をあけてから、ぽつりと彼は零した。
「……悪夢を見た」
「……」
「赭甲に初めて斬りかかられ、不甲斐なくも敗れた時のことだ」
それは彼にとって最も忌まわしい記憶だろう。李斎はたまらず至近距離ではあるが彼の顔を見た。
細くなった顎の線。額から零れ落ちるいく筋かの髪。夜の間に生えかけた髭。やはり銀の色の伏せられたまつ毛。そして、その中で静かに沈んだ色を見せる緋色の瞳。
視線を落としながら、彼は続けた。
「悪夢を見て、またあの夢の中に入る気になれなかった。外に出て気分を変えようと思った」
彼は瞳を彼女に向けた。彼もまた、互いの顔の距離が近いことにわずかに戸惑っているようだった。
「ここへ来たのは、李斎が居たらよいと思ったからだ。ただ、本当にいるとは思わなかったが」
彼は少し考えてから続けた。
「李斎に会うとは思っていなかったから、会ってどうするということは考えていなかった。ただ……私は李斎に甘えているのかもしれないな」
「私に、ですか?」
それには直接答えず、驍宗は別のことを言った。
「私が独りで悪夢に苦しんでいると、蒿里に告げないで欲しい」
李斎は眉をひそめた。昔、花影の処遇を語り合った時も、幼い泰麒に冬狩を見せたくないと彼は言っていた。
「おそれながら、台輔には何も隠さない方が良いかと……」
驍宗は口元を綻ばせた。
「いや、隠すというよりは……。独りで苦しんでいる訳ではなく、李斎に慰められているのだと伝えて欲しいということだ」
李斎は私を慰めてくれる……そうだろう? と驍宗は問う。李斎は「私にできますことでしたら」と少し笑んで答えた。そして少し気恥しくなってうつむいた。
驍宗も、李斎がうつむいた先の地面に目をやった。何かを見ようとしたわけでなく、ただ李斎に倣ってみたかった。
「蒿里も私も李斎に甘えてしまう。蒿里は勝手に置き去りにしても、『怒っていますか』と尋ねても、最終的に李斎に赦されると思っている。私も、人望がないと愚痴をこぼすし、花影の処遇も李斎なら上手くやってくれると任せてしまう」
「王と台輔に信頼いただけるのはありがたく、畏れ多いことです」
しばらく驍宗は黙って李斎の肩を抱いていた。突然その腕に微かに力が加わった。それと同時に、驍宗の口から掠れ声が漏れた。
「私は悪夢を独りで見たくないと思う。弱音を吐くが……」
彼は少し間をあけてから続けた。
「そのような私でも、甘えさせてくれると嬉しい」
李斎は抱き寄せられている以上に、驍宗に自ら身を寄せた。
「主上は周りに弱音を吐かれた方がよろしいかと存じます。李斎で相手が務まるなら、いくらでも伺いましょう」
そう言い終わると、李斎は何かを思いついたようで、顔がぐっと近づくのも構わず勢いよく驍宗に顔を向けた。
「李斎は今でも武人の端くれのつもりです。主上の夢の中に入って、主上に助太刀いたしましょう」
驍宗は表情を崩した。
「李斎らしい言いようだ。心強い」
それから彼は面白そうに言った。
「では、どのように私の夢の中に入るつもりなのか、と訊こう」
「それは……。明日からでも、私が大僕として寝ずの番を正寝の扉で致しましょう。主上が悪夢にうなされておいでと分かればすぐ駆けつけることができるように」
驍宗は首を振った。
「毎晩か? 私は悪夢をいつ見るか分からないのに? それに、王師将軍まで務めた人材を大僕などに使うのはもったいなさすぎるだろう」
「しかし、私にできることならなんでもしたいと……」
驍宗は一度視線を外し、しかし思い直した風に再び李斎を見た。顔が近いために、互いに瞳を覗き込むような形となる。
「私的に助けてはもらえないか……そのように召し抱えるのは劉将軍には不足なことかもしれないが」
「いえ……不足など」
「女性に頼むにはいささか問題があろうかと承知している。ただ、私が悪夢を見たら、李斎の邸を訪ねることを許して欲しい。臥牀に上がり込もうとは思わない。李斎と言葉を交わして落ち着いたら後は榻でも借りて寝よう」
李斎は、彼の言葉はそのままの意味だろうと受け取った。彼なら、台輔が言う「西洋の騎士」のように、女性の寝室でも自制することもできるだろう。
相手の言葉を信じ、それを肯うにもかかわらず、彼女は目を伏せて応えた。
「……お待ち申し上げております」
その夜は園林で別れて、李斎は自邸に戻った。寝ずの番をする下官に帰宅を告げ、労った後、彼女はためらいがちに説明した。
「……今後、夜中に私を人が訪ねてくることがあるかもしれない。そうしたら、私が眠っていてもそのまま臥室にまでお通しして構わない」
「……」
下官は明らかに当惑した顔を見せた。それもそうだな、と李斎は思う。だれかれ構わず臥室に通しているようでは、下官が起きて番をする意味がない。
「その方は……悪夢にうなされてお越しになる。そのような方を追い返すことが無いように」
それでも、下官は不審そうな表情をしたままだったし、李斎もこの説明で話が通じているとは思えなかった。
李斎はふと思いついたことを口にしてみる。
「その方は……飛燕が姿を変えて私を訪ねて現れるのだ……。その証拠に白い御髪をしていらっしゃる」
下官は少し顔をのけぞらせ、納得したように一礼をした。この女主公が敬語を使う白い髪の持ち主、そんな人物は白圭宮に一人しかいない。その方の訪れを歓迎こそすれ誰が拒むだろうか。
李斎は自室の臥室に戻った。彼は榻にでも眠ると言っていたが、もちろんそのような真似はさせられない。また、彼に臥牀を勧めて自分が榻に眠ることも、彼は良しとしないだろう。
李斎は臥牀に身を横たえ、その隣の敷布を指でつうっと撫でた。ため息をつきながら、もう一度自分の心に決めたことを反芻する。あの方がいらしたら、一緒にここで眠るのだ、と。
彼と共にする悪夢との戦いでは、剣技の時とは異なる吐息を漏らすことになるのだろう。飛燕と同じ白い髪を、撫でるのではなく指に絡めることだろう。戦闘での痛みとは反対に、甘い快楽が与えられることだろう。
彼女は、わななくような息を深々と吐く。そして小声でささやいた。
「……飛燕、本当は少し怖いんだ」
飛燕が居たから蓬山公と親しくなった。王として立つ男とも誼を得た。その後、台輔と王を救い出すための苦難の旅があった。けれど、いつでも飛燕が傍にいた。苦しみも悲しみも飛燕にだけは打ち明けられた。
「飛燕、私はお前に甘えていたんだな……」
王たるお方は自分に甘えるのだ、とおっしゃっていた。自分が飛燕にそうであったように、甘えるとは心を預けるということだ。光栄であり、信頼されていると思えば緊張することでもある。ただ……自分の中にあるのは苦しいほど切なく、そして甘い感情だった。このような深い感情を抱えることは初めてで、それに流されていく自分が少し怖かった。
「飛燕、でも、お前は怖がらずに私のために宙を駆けてくれた。その翼で私を守り、寒い時には温めてくれた。私も、あの方の翼になりたい。飛燕、お前がそうであったように、強くて優しく……。私も、そのようにありたいものだ」
主上が台輔を安心させて差し上げられるような、そんな翼になりたいんだ……。そのように独り言ちながら、李斎はまどろみ、眠りに入っていった。
くどくて申し訳ございませんw
2022年現在、十二国記の戴国メンバーをモデルにした、平安ファンタジー小説を投稿中です。
驍宗様はあまりに完璧すぎてキャラとして動かしづらかったので、英章と合体して別キャラになっております。
しかし、李斎や臥信、霜元的なキャラはわりとそのまま登場してます。
後半は、双璧の阿選をモデルとしたキャラのクソデカ感情が炸裂するんですよw
是非お読みいただければ幸いです。
「錦濤宮物語 女武人ノ宮仕ヘ或ハ近衛大将ノ大詐術」
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